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2021/04/07のBlog
[ 20:27 ] [ 方法 ]
剛の方法は主に3通り。

1.身体全体を水平垂直に動かす

接点に対し、貼って抜いて引っ掛けてで△○□をつくる。


2.螺旋をつくっていく。

意識を弱く相手の意識に接すると□が発生する。
その□が壊れないうちにすぐに十に結び螺旋状に□をつくってつなげていく。


3.臍下丹田に意識を配置したまま、接点から動かす。

接点に意識をあてる(△)
接点から自分の意識を離し臍下丹田に意識を置く。(□)
そのまま身体を動かし、□を繰り返し発生させ続ける。

3つ目ができたとき、剛柔流がすべて意識化され、意識配置のみで切り替えできる。
2021/02/18のBlog
[ 08:25 ] [ 方法 ]
型稽古の中で
型のお題通りの△○□が表現されてなければ、受けから捕りへ技は伝授されない。

型をトレースするだけでなく、その型の中で△○□を表現できる技量が必要。

伝授されるのは型でなく、技(剛柔流)と体(△○□)である。
伝授するとは、手から手へ伝えていくもの。一度渡されればその人から一生消えることはない。

型は受けのもつ△○□の質(結果)と発生方法(技)を捕りにわざと見せるように設定されているもので
型は「お題」にすぎない。
よって、伝授が終われば型としての役割を終え、型を忘れても問題ない。
2021/02/14のBlog
[ 03:34 ] [ 方法 ]
結果は
△○□のあとに形(体)が起こる

剛・柔・流は時間軸でみると、

剛 後の先 過去 形の後で
柔 対の先 現在 形と同時に
流 先の先 未来 形の前に

となる。

交通事故で例えると、
剛 車と接触してから
柔 車が向かってきたとき
流 車と遭遇する前
となる。
2021/01/28のBlog
[ 03:37 ] [ 方法 ]
型には習得すべき意図(お題)がこめられている。
その意図を汲み取るには型の中で技をかける必要がある。
型の形が崩れてしまうとその意図通りのお題を乗り越えられず上達しない。

ただ問題なのは、型が優れていても自分の上達度までしか型のお題を読み取ることはできない。(良い師を自分で見出すことができないことと同じ)

そのため通常の稽古では、すでにその型を乗り越えた相手に受けをとってもらい、そのお題が乗り越えられるように導いてもらう必要がある。

実践に近い乱取り組手でなく、手順の決められている型稽古である必要性がここにある。
型には、乱取りの中ではとても思いつくことのできないお題(△○□の発生方法)が隠れている。

そこで型の意図はなにかを探っていくことになる。(技を盗む)
△○□があると、その型の意図を見出すのにとても役に立つ。

△○□を使った型への取り組み方法
体術の場合、

1.剛で型の形をなぞっていく
剛では型の形の通りに行うことは不可能。
限りなく型に近づけて、
最終的には、△○□の発生を身体の動きから臍下丹田の意識に置き換える。

2.柔で型の形通りに△○□を発生させる。
柔の場合、型=形のときに△○□が発生できるようになっている。

柔では、厳密に型の形になったときに△○□が発生する。
剛のときとは逆。

逆に型のとおりにしたとき、柔で△○□が成立するならば、
この型は柔(武器術)が由来とわかる。

3.流では型の中に組み込んでいく。
流は形によらないので自由に型に組み込める。
型の形に合わせて流を組み込めるかどうか、
型に合わせて自在に組み込めるならば上達している。

型の形通りにできるようにすることが、流の習熟度になる。
その型の形から離れているので(守破離の離)型の形通りにできる。


2021/01/27のBlog
[ 06:42 ] [ 原理 ]
剛・柔・流をバランスよく使うと、隙を最小化することができるのでは?

理由を考える。

剛・柔・流はそれぞれ
剛 後の先
柔 対の先
流 先の先
と対応する。

ここで、
第一文字の「後」・「対」・「先」は時間を指す
第三文字の「先」は三元の「□」をつくり、一体化する(技をかける)ことを指す
と解釈すると、

第一文字の時間は、
「後」 過去 
「対」 現在
「先」 未来
と対応する。

よって、剛・柔・流がそろっているとその時間軸に合わせることができ、隙が最小となる。
ただ、意識は1箇所にしか置けないため、一瞬一瞬は剛・柔・流のどれかのみとなる。
2021/01/26のBlog
[ 03:59 ] [ 方法 ]
実践と型稽古は明確に異なる。
型稽古は実践ではない。

実践では、
△○□を剛・柔・流のいずれかで作れていれば、技はかかっているので良し。
実践に形の評価は必要ない。

しかし、型稽古では、△○□と形=型の両立を求められる。
型稽古がうまくできていない状態は主に下記2通りある。

1.△○□ができていても、形≠型であれば型のお題を消化できていない。

理由は、
型はお題ごとに難易度が設定されており、
その難易度を超えているかどうかでその成熟度を測り、
次の課題にいけるかどうかを設定してあるため。
形を大きく崩して△○□ができたとしても、型のお題を消化できていないので上達しない。

2.形=型ができていても、△○□がないなら技がかかっていない。

理由は、
技(剛・柔・流)が抜けている。
技をかけるというのは、心技体(原因>方法>結果)の流れが必須。

以上。

また、
型稽古を実践のようにするとどうなるのか?
形が崩れるので、型で設定してあるお題を消化できず上達しなくなる。

よって、
型稽古を実践のようにする意味がないことがわかる。
型稽古は実践ではない。
△○□を実践で使えるように少しずつ導いていき、
お題を消化していくことで上達するようにできている。

逆に実践のような型もある。
それは怪我しない範囲で形を崩せる型となっている。

例えば、中国拳法の推手
これは、安全に△○□を剛・柔・流のいずれかで作れるかを確認できる。
どこまで稽古が進められているのかを確認できる良い方法。
2021/01/25のBlog
[ 04:53 ] [ 方法 ]
剛・柔・流
の五感の媒体は、
剛:触覚
柔:視覚
流:聴覚

評価に△○□がない場合は下記のように型を設定されている。

剛を型で習得させるためには、
型として身体に負荷のかかる形を設定する。
例えば、太極拳、沖縄空手の型がわかりやすい。
その負荷をかける型を楽にこなせるとき、意識に臍下丹田が芽生えている。
腰を落として素振り千回ふるのも同様の効果。

柔は視覚を媒体とするので、形=型となるように稽古する。
例えば、武器術の組稽古

流を型で習得させるには、
触覚と視覚の制限を型に設定する。
例えば、
居合では、
人を前に立たせない(視覚を抑える)、同じことの繰り返し(触覚一定)
により、聴覚に誘導している。
座禅では、
親指の一点(触覚の固定)、視点をろうそくの一点(視覚の固定)
により、聴覚に誘導している。

このように型稽古は、
形だけでも結果の評価していくことでもできるようになっている優れた方法である。

さらに、結果の評価に△○□を加えることで、
型稽古の型数と工数を削減させ、精度・抽象度が向上する。
2021/01/24のBlog
[ 17:15 ] [ 方法 ]
剛・柔・流によって技を施す時間軸が異なる

目に見える視覚を基準とすると、

剛:相手が来て接触してから 後の先
柔:相手が来た瞬間の非接触の時点で 対の先
流:相手が来る前、非接触の時点で 先の先
2021/01/22のBlog
[ 07:41 ] [ 方法 ]
結果は「心技体」の「体」であり結実した「有」
「有」は感覚で捉えられるものであり客観的に認識できるもの。
「心」→「技」を経て結果である「体」となる


結果は、下記2段で評価している。
1.△○□
2.かけた形と型の差

下記順で検証する。
1.△○□をどのように発生させたか
2.かけた形と型との差異をみて型の主旨としているお題をこなせたのか
3.この型を実現するさらに上の方法があるのか。
2020/09/17のBlog
[ 06:25 ] [ 方法 ]
剛・柔・流の順について、

それぞれ習得していく順番は特にない。
それらの次元(媒体)が異なるため、お互いに干渉しないため。

剛と柔はどちらも空間の間を変化させるため同時に重複させることはできない。
瞬時に切り替えることは可能。

流は時間の間を変化させるので、
空間と時間で次元が異なるので干渉しない。
よって、
剛と流
柔と流
は同時に重複させることが可能。

理解しやすい順番は、
剛>柔>流
となる。

媒体が、
触覚>視覚>聴覚
の順は知覚しやすい。

また、相手が近づいてくる順は
聴覚>視覚>触覚
より、触覚が最後の砦となるので、
触覚をまず鍛え、技を確実にかけられるようにし、
徐々に柔と流に拡張させていくと技が止まらず稽古が進みやすい。

人によっては、
触覚よりも視覚や聴覚が発達している(主体となっている)ことがある。

先に発達している感覚は、他の感覚の切り口になる。
2020/09/11のBlog
[ 00:27 ] [ 方法 ]
技がかけているのか、それとも力技なのか
を見分ける方法

□の結びは接触圧によらないので、
厳しく技をかけることも柔らかくかけることもできる。
柔らかくても相手は技がかかったままで、相手は抗することはできない。

力技は力を抜くとその時点で相手は抗することができる。

手加減、力加減の意味は、活殺自在であること。
活殺自在であれば、技をかけている証拠になる。
2020/04/16のBlog
[ 18:16 ] [ 方法 ]
心技体を表で書くと、右表のようになる。

技がかかるときは、
技がかかる螺旋:心→技→体→心→技→体→心→技→体・・・

逆流すると、
技のかからない螺旋:体→技→心→体→技→心→体→技→心・・・

技がかかるかどうかの違いは、この流れの向きのみによることが面白い。

心・技・体のそれぞれが重要でなく、
心・技・体の順番に意味がある。


2020/03/29のBlog
[ 17:50 ] [ 雑感 ]
意識を外に向けることは、
視覚 柔 剣術 目的地
聴覚 流 居合 周囲
この2通り

自分の外に意識があるので、自分の身体の中に意識(自分)がいない状態
これが無我ということではないか。
2020/02/07のBlog
[ 08:24 ] [ 方法 ]
心の制御方法を考える。

まず、
心を下記2つに分けて定義する。
1.感情
2.意識

1.感情
心の感情の起こりは、
素質(四魂)やその時の意識配置によって強調されて積み上げてできた
反射的反応にすぎず、実際にはない(結果)。
この感情自体を直接制御しようとしても難しい。
受動的。

2.意識
意識は感情と異なり、そのとき意識する場所を制御しやすい(原因)。
技(方法)である剛・柔・流はその意識する場所を任意に配置させること。
能動的。

稽古での意識配置は、
剛は、身体の内部、臍下丹田
柔は、目線上で身体の外、目的地
流は、聞き耳を立てる身体周辺、場の意識

面白いのは、意識と身体の距離が離れるほど、自分から発信された感情の起伏が小さくなること。

試しに、心の衝動が起こったときに、
この剛柔流の意識配置を試してみると心の反射的反応の程度が変化することがわかる。
剛よりも柔、柔よりも流の方が自分に対する依存がなくなり感情も落ち着く。

順に説明すると、

剛の状態で臍下丹田を意識していると身体の刺激に対して受ける体制となり、物事に動じにくくなる。

さらに、
柔の状態は、目線より自分の目的に意識が集中するため身体の外に意識が出て、自分の身体から離れる。剛よりもさらに感情の起伏がなくなる。
しかし、これはまだ自分のやりたいこと(目的)をみているため、まだ依存している。

さらに、
流の状態は、周囲に気を配っている状態より、自分より他人のことを重んじている状態となり、柔よりも自分を忘れている状態(無我)になっている。

つまり心(感情)の制御は、意識配置で可能といえる。

とすると、
上達とは、剛柔流の意識配置を任意にできること
とも表現できる。

さらに進めて、
心をこのように二分して考えると、
意識は、原因であり自分本来(実)
感情は、結果(虚=現実)
といえ、
心は原因と結果が共存する入れものといえる。

よって、
よく区別できるように稽古する必要がある。
2019/12/25のBlog
[ 12:18 ] [ 雑感 ]
沢庵和尚の「不動智神妙録」より「剣禅一如」とある

剣の道と禅が究極のところ一致するということ

これについては、
以前、居合(流)と座禅の共通項を考えた。
http://www.voluntary.jp/weblog/myblog/1170/4005673#4005673

整理すると、

剣の道の究極を居合とすれば、
居合(流)は、聴覚を媒体にした三元(△○□)のやり取り

座禅は、
触覚の静止(指先の接触を1点で固定)
視覚の静止(視線を蝋燭の火を半眼にて1点で固定)
させるので聴覚への拡張

ので確かに一致している。
2019/12/24のBlog
[ 07:59 ] [ 方法 ]
合気道の技は、関節技にしても逆に捕るものが少なく、
実際に打撃をすることもない。
型の稽古の中で実際に相手を痛めるものが少ない。

相手を倒す(殺す)場合、
急所を攻めたり痛めるようにすることは必要。

しかし、呼吸力(□の結び)を鍛える上では、
急所を攻めたり痛めるようにしてしまうと、先に受け身をとるようになってしまい、技が効いた(□が起こった)のか、そうでないのか(△or○)の区別がつけられず、□を知覚化することが難しくなる。
結果、上達が遅くなる。

合気道の型は、受けに痛みを与えないことで、相手に十分に抵抗できる状態を用意させる。

さらに、難易度が上がるのは、
・意識がぶれやすい腕先でかける
・掴ませることで身体内部のみの制限
・座ることで足を利用できないように
・相手の最も強い(□が作りやすい)中心(腹)に向ける

これらの型により意図的に呼吸力が必須となるように仕組んである。

この条件を設定すると、
技ができていないと(□がつくれないと)型をこなすことができない状態になる。

三元の結びを覚えていく上では、これが最短距離の型となる。
合気道の型は効かないように設定されており、よくできている。

2019/12/23のBlog
[ 07:47 ] [ 段階 ]
身体の動きで技がかかるのでなく、
意識で技がかかる(□が起こる)

ただ、初歩として
まず自分の身体を思い通りに動かすこと
言い換えると、自分の身体を意識化していくこと
が意識を扱う最初の入り口となる。

まずは思い通りに身体を扱うことが重要。
身体のどこに意識があるのか触感を通じてるので分かりやすい。

そうして身体を意識して動かすと技がかかりやすくなってくる。
これを、身体の動きが型通りになったから技がかかっていると勘違いしやすい。

この方法で技がかかる理由は、
身体の動きに意識がいくため、相手との接点から意識が離れ△が□になるため。

これは剛の方法
2019/12/16のBlog
[ 01:58 ] [ 型稽古 ]
技を盗む場合、通常の状態だと、
技が上のものから技を盗むことはできない。

自分より相手が自然体だと△○□が見えなくなるため。

△○□を知覚できるのは、自分よりある程度不自然体で差がある必要があるため。
だから技にかけられるときは、自分より自然体の相手である必要がある。

通常は負ける側が受けとなり、型にはめることで、お互いの自然体の有意差を逆にする。

これが型稽古が必要な理由

型稽古は、
受けの自然体を不自然体へ
捕りの不自然体を自然体へ
変換し、
上の△○□を知覚しやすいようにすることで、下が△○□を知覚し技の構造を理解しやすいようにしている。

型稽古でなければ、それはできない。
上手側が本来の動きである場合、
自然体であるため△○□が見えず、下は△○□の扱い方を学ぶことができないのだから。

今までの内容をまとめると、
型の役割は、技そのものの形を伝えるだけでなく、
・難易度毎の技がこなせるかどうか(□をつくれるかどうか)の題目。よって異常な形もあるし、役に立つ。
・自然体の逆転(手の内を見せること)
・手数を増やし、必要とされるレベル差の設定。互いに同等の場合に役に立つ
などの機能を有している。

これが自由に動ける乱取りとなると、
自然体の上下関係がそのままとなるので上下の逆転が起こらない。

そうなると、稽古の目的が
元から自然体のできている(素質のある)人を伸ばす(もしくは見出す)だけのものとなる。
これは本来の稽古ではない。

稽古は高い素質を会得するものであるので、型稽古が必須。
2019/12/01のBlog
[ 02:19 ] [ 方法 ]
剛柔流
どの段階でも言えるが、
技を身体の動きで実行しようとしても、技(□)にはならない
理由は、身体の動きに意識が囚われているため

方法により、意識配置が異なる。

剛は、接触点からなるべく遠い身体の中に意識を配置
柔は、目線上に意識を配置
流は、周囲の空間1点に意識を配置

それぞれの方法は、意識配置により区別されるので、
自分の身体操作に意識が囚われてしまうと、
どの方法でも「□」はできなくなる。

技をかけるとき操作するのは身体ではなく意識。
意識が原因で、身体の動きは結果。
普通は身体の動きで技ができていると考えている人が多いので、
技がかかったときの原因を身体の動きと解釈してしまう。

これは見つけたら消えてしまう青い鳥と同じ現象で、
せっかく技ができても、解釈が間違っていると再現しなくなる。
これを間違えやすいので気をつける必要がある。

ただ初心の人に説明する場合は身体の動きで説明する。
その方が納得し信じてもらえる。
それは偶像崇拝と同じ方法。
形を設定することで信じる段階に入れる。

しかし、その上にいくためには、
その偶像は偶像であり存在しないことを理解する必要がある。
2019/11/15のBlog
[ 07:53 ] [ 方法 ]
技を行う場合、

Output:剛 and 柔 and 流
Input:三元(△○□)
の両方の往復が必要。

Input側である結果(△○□)をみて、次どうするべきかを実行(Output)していく。

技をかける対象(相手)と自分の自然体の差で技のが効きが変わる。
しかし、相手も常に変化しているので常に相手との関係をみておく必要がある。

その自分の相手の関係は三元で知覚できる。
関係を知覚化しているのが三元。


2019/10/20のBlog
[ 01:26 ] [ 方法 ]
3つの方法を並行して稽古することが重要

剛柔流の3つの方法は、
実際には都度相手により混ぜて使用する
かつ、
その人の特性(四魂)により、どれが得意かどうか分かれてくるもの。
3つをある程度できた上で得意なものを伸ばしてよい。

ただし、この3法は区別を自覚(知覚)できるまでは習得しておく必要がある。

なぜならば、それぞれ次元が異なるため。
剛をやっても、柔、流の方法に自ずから気づくことは難しい。
言い換えると、それぞれ三元(△○□)の作り方が全く異なるため。

三元(△○□)の感覚を知覚化していく手順としては、
触覚から入ると良いので、剛>柔>流の順が良い。

ただ、これは手順ではなく、
剛をある程度進めたら、柔(剣)に入る
柔をある程度進めたら、流(居合)に入る
と、並行させて稽古を進めたほうがよい。

なぜならば、剛柔流は「流」を上位とした場合、
上位互換性があり
特に体術の剛には、柔と流が混ざってくることにより体術の技の効果が高くなり、
身体がより静止している状態(自然体)になってくる。

3法を同時にすすめることで稽古の進みが速くなる。

この3法である柔術・剣術・居合に分けて
稽古の型を制定したのは誰なのか?
2019/09/20のBlog
[ 08:07 ] [ 段階 ]
習得1 守 剛 触覚 体術 面 丹田 1次元 後の先
習得2 破 柔 視覚 剣術 線 螺旋 2次元 対の先
習得3 離 流 聴覚 居合 点 陰陽 3次元 先の先
習得4 ? __ ?_ ?__ ?_ ?_4次元 先々の先?

身体と意識の距離で考えると、
守破離と剛柔流が1対1で整合でき、上のようになった。
抽象度が高いので、応用がきく。
[ 00:44 ] [ 雑感 ]
心の定義を考える

心技体は上流から下流への流れ
これは、無から有を産み出すための過程

となると
心は
無から有を産み出す上流の起点、原点、源流となるもの

心とは、
自分の知覚できる「無」

心は2つに分けられる
1.心の反応
2.意識
2019/09/18のBlog
[ 08:14 ] [ 雑感 ]
守破離の解釈を
自分の身体と意識の相対位置の関係で説明すると、
型の説明より、整合性が良いよう。

守:剛。意識は自分の身体の中のみ巡り、身体の外に出ず、自分の感じる事のできる身体という殻から出れない状態
破:柔。自分の目的地を設定し、意識が自分の身体の外に出始めている
離:流。常に自分の身体の外へ意識が出ている状態。無我夢中の状態。
2019/09/03のBlog
習得の目安となる階梯をまとめておく。

△○□は方法論ではない。
方法論は剛・柔・流であり、
△○□は相手との関係を感覚で知覚区別すること。
この順序(階梯)を知っておくと稽古の進み具合がわかりやすい。

順に、

1.△○□を区別できること

まずは△○□の区別をできるようになることが一番先にくる
この△○□は相手との相対的な差でしか感覚することができない。

相手が自分より大きく不自然体であるときに区別できるので、
初心の方の腕を掴んで相手の身体の力みの箇所が△○□でみえること
この認識ができれば、△○□を知覚できたといえる。
この状態は、相手の内部を△○□で把握でき、相手の状態がよく見える。
相手が自分と近いもしくは上の自然体を持っていると見えない。

2.△○□を区別できる相手が増えていくこと

次に、△○□の見える人が増えてくるかどうかを確認する。
増えてくるときは、自分自身の自然体の状態が周りに比べて向上している。
常に比較(相対的)でしか把握できない。

これが△○□を知覚できると便利な点である。
同じ相手で見えなかったものが徐々に見えてくると、相手の稽古より自分の稽古の進みが速い。
自分自身の自然体の状態と稽古の進む速度とを、五感をもって明らかにできる。

3.△○□をもって技を盗む

上手な相手の技を盗む場合、通常は形や身体の操作を真似するが、
△○□を知覚できていると、△○□で盗む事ができる。
この方法の方がより正確に読み取れる。

上手な相手なので、自分自身の自然体のレベルをある程度その上手な相手に近づけている必要がある。そうしないと△○□が見えないので。
よって、2の段階を踏んでおかないと技を盗むことが難しい。

4.△○□の媒体を触覚から視覚・聴覚へ拡張し知覚化する。

剛柔流の方法論により、体術(触覚)を起点に視覚と聴覚を比較し、
非接触の感覚(視覚・聴覚)での△○□を知覚化する。
これにより触覚と視覚・聴覚の相関が身につく。

剛柔流の順に、触覚での△○□の変化は小さく速く軽くなるので、
触覚での△○□の感度をあげておく必要がある。(2と3の段階の成熟が必要)

5.△○□を視覚の非接触にて区別し制御する

△○□を視覚(剣術)で区別し制御する。

6.△○□を聴覚の非接触にて区別し制御する

△○□を聴覚(居合)で区別し制御する。

今の時点での実感はここまで。
まだ先がある。
2019/08/03のBlog
[ 08:08 ] [ 方法 ]
剛・柔・流により間の変化が異なる

間は空間と時間の2通り

剛:空間距離がずれて、維持する。
柔:空間を中心線で分断、その空間通しが互いにずれ続ける。
流:時間が継続してずれていく。

これら間の変化は、捕より受の動き・反応を観察した方が捕の技術がよく分かる。
2019/07/23のBlog
[ 04:41 ] [ 雑感 ]
柔(習得2・剣術)の身体操作は、

・目線の正中心
・腕の上下
・半身の切り替え 

のみ

合気道の型は、
これらを流派関係なく組み込めるので、剣術であるといえる
2019/07/06のBlog
身体から意識が遠いほど、より自然体になる。

意識と身体の距離が自然体の度量を指している。
2019/06/26のBlog
[ 08:13 ] [ 方法 ]
同じことを繰り返すと、
最初は、身体の操作を意識する(剛・触覚・守)
次に、自分の目的地を見るようになる(柔・視覚・破)
最後に、周りに意識をおいて、周りの人を見つつ動けるようになる(流・聴覚・離)

これはどのことにもいえる。
古流の稽古は、型をもってその場を能動的かつ高度に用意する。

日常も本来は型の繰り返しのはずだが、
通常は楽な方向へ流れてしまい、型なしとなる。

古流の稽古は、その型を用意し、厳守することでその効果を引き出している。
2019/06/20のBlog
五感により、身体と意識の距離が変わる。

触覚は身体の中の意識を感じ動かす
視覚は目線上の身体の外へ意識を動かす
聴覚は音の聞こえる身体の周囲に意識を動かす

身体と意識が離れるほど、自然体に近づくことを考えると、
熟練するとは、聴覚主体になることを目指すことではないのか。

座禅や型稽古は、聴覚主体に移行するための手段ともいえる。