もとまちアート・シンポジウム(1)

7/1、「もとまちアート海廊」のオープニング時に行われた「もとまちアート・シンポジウム」の様子をテキスト化しました。以下、何回かに分けて連載してまいります。

*****************

金藤美智子:
エーコさん(※出展作家。シンポジウム直前に衝撃的なパフォーマンスを行った)の後でとってもやりづらいんですが、それ以上に盛り上がっていきたいと思います。それでは、アートにまつわるシンポジウムということで、こちらの方でいろいろとお話をしていただきたいと思うんですが、今日は街のスピーカーでも流れているということで、堅苦しいシンポジウムではなく、おしゃべりの延長という感じでやっていきたいと思っています。
では最初に、簡単な自己紹介と今日のシンポジウムに対しての意気込みのようなものを一言ずつ、聞かせていただきたいと思います。
私は今日の進行役をつとめさせていただきます、もとまちアート海廊コーディネーターの金藤美智子です。よろしくお願いいたします。

高梨英行:
みなさん、こんにちは。今日のアートウォーク、本当にたくさんおいでいただきまして、ありがとうございます。私は本町で「器の郷 ひろ埜」という伊万里焼の専門店をやっております、高梨英行と申します。よろしくお願いいたします。
今回、若い芸術家の方々とすばらしいジョイントを組むということは、本町のよさとあいまって、新しい商業形態も生まれてくるんじゃないかと期待しております。

伊勢誠一:
同じく、本町通りの御釜神社前で、「やまだ屋」という昔なつかしい駄菓子屋をやっております。お帰りの際にはどうぞ、くじ引きとか、たすけとかやっておりますのでご覧ください。
私も同じく本町通りまちづくり研究会の方で、街の中で、楽しさ、うれしさをいかに表現してお客さんに喜んでいただけるかなというような感じでいろいろ考えていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

只野敏雄:
えー、みなさん、こんにちは。本町通り、壱番館の中で靴屋アンド足屋をやっております、只野と申します。楽しく仕事をしていくのが幸せだなといつも思っています。お客さん来ないとか、街がさびれていくということは、先ほどの歌(※シンポジウム前のエーコ氏によるパフォーマンス)じゃないですけど、「あー」と言いたくなるような生活はしたくないと常々思っています。

門脇篤:
仙台在住のアーティストで門脇と申します。もともとは絵を描いていたんですが、その後、街の中でアートをするという形態に移っていって、街の中でアートを飾る場までつくっていくというプロジェクト・アートというようなものを最近やっていて、そんな中で本町の方とお会いすることができ、今日このようなことになったというしだいで。きっと梅雨時にもかかわらず、今日こんなに晴れたのはみなさんのおかげじゃないかと思っています。

佐藤幸三:
「美術計画」の佐藤と申します。「美術計画」は30人ほどの作家さん含めて、建物の中でいろんなことさせていただこうと思っておりますので、よろしくお願いいたします。

金藤:
ありがとうございました。今ご紹介いただいたみなさんとごいっしょに、今日はお話をしていきたいと思います。
まず最初は、今日、塩竈じゃないところからいらっしゃったという方、どのくらいいらっしゃいますでしょうか。一番遠くから来たんじゃないかという方、いらっしゃいますか? みなさん、仙台から?
塩竈じゃないところからいらっしゃった方も大勢いらっしゃると思うんですが、なぜではこの塩竈でアートをすることになったのか、というあたりのお話から、門脇さん、ぜひお聞かせ願いたいのですが。

門脇:
塩竈というのは、どうしても通過点といいますか、仙台から松島あるいは石巻へと遠出する途中にある街で、本町通りまで入って来ることはほとんどなかったんです。ところが、鳴子の方たちとアートをする機会があって(※「GOTEN GOTEN アート湯治祭」のこと)、この鳴子の方たちが塩竈のみなさんを紹介してくれた。そういったご縁がご縁を呼んで、こちらへ来ることになりました。
もちろん、紹介してもらったからといって、そこに突然アートが生まれるわけではなく、塩竈のみなさんが培ってきた、例えば商店街の両側に大漁旗を掲げる企画、これを3年にわたってすでに繰り広げられていた、この上に、じゃあもうひとひねりしてはどうか、ということで、提案させていただいたところ、いいんじゃないかという非常に広い心で受け入れてもらい、始まったのが、この「もとまちアート海廊」です。
どうしても成功しなくてはならないとか、これが失敗したらみんなつぶれてしまうとか、そういった余裕のないところで始まったものではなく、おもしろいことができれば住んでいる自分たちもおもしろいし、街に来てくれた人もおもしろがってくれるのではないか。半分、やせがまんも入っているかもしれませんが、そうした余裕の上に、このアート、文化というのはあるんじゃないか。そういうものに乗ってくれる余地が、この本町にはあったということなのかなと思っています。

(つづく)