ニックネーム:  パスワード:
| MyBlogトップ | Blogポータル | ブログガイド | よくある質問 | サポート |
ふれあい塾あびこレポ-ト
記事一覧イベント一覧
[ 総Blog数:1302件 ] [ このMyBlogをブックマークする ] [ RSS0.91  RSS1.0  RSS2.0 ][ ATOM ]
前のページ   |   次のページ
2017/07/26のBlog
源氏物語を読む 第49回 源氏物語総まとめ
國學院大學講師・文学博士 堤 康夫氏

堤講師にはまず、約3年を掛けて「平家物語」を解説頂きました。
そのあと2013年3月14日「桐壷巻」から2017年6月5日の「巣守巻」まで、大作「源氏物語」を解説して頂きました。この間の講義回数は48回、ご参加頂いたお客様は3,036人にのぼります。
きょうは「源氏物語」を終えるにあたって、「文学作品の位置付けは作者が何を意図して作品を書いたかということと同時に、読者がその作品に何を求めて読んだかということが大きく関わっている」と前置きして次のように解説頂きました。

*人々は「源氏物語」に、何を読んできたか。一般的には雅やかな王朝のラブストーリーとして読まれているが、これまで、時代やその人の立場によってさまざまな評価があった。

*鎌倉から平安時代にかけては、仏教がその時代を支配した。その仏教の視点から「源氏物語」は、紫式部が妄想を持って創りあげた退廃的・反仏教作品で、その罪は深く、紫式部も光源氏も共に地獄に落ちる、という評価があった。

*その一方で、「源氏物語」に登場してくる人たち、とりわけ長生きをした人たちは最後に出家する。つまり仏教の教えを説くために書かれたのが「源氏物語」で、仏教普及にプラスとなったという見方もある。

*また、儒教の信奉者には、「源氏物語」は、儒教の最高の道徳である仁義の道を説いている。主従の付き合い方や人の振る舞いを通して、完成された道徳人を目指すストーリー、という評価もあった。

*同時に、「源氏物語」が後世において、新しい文芸を創りだす時の素材として頻繁に利用されたことを無視できない。収録和歌の一部を後の世の人が自分の詩歌に引用して良くみせようとした「引歌」なども数多い。

堤講師は「そのほか、内容の一部を自己のメッセージとして発信したり、個人や家の存続の為に中味を書き換える、など、実にいろいろな評価や、内容利用がありました」と締めくくって、全48回に及んだ堤源氏講座を終えられました。

この日はこの後、「堤源氏フィナーレの会」が開かれ、サンドウイッチを食べながら、たくさんの受講者の方が受講の感想や先生への謝辞を述べられました。

頂いたご感想の一部を紹介します。
*源氏物語を読むの最後の講座で軽食を共にしながらの講義は素晴らしく、今後の受講者のキズナになったと思う。竹取物語が始まるのが楽しみにしています。
*平安時代の習俗など解説いただき、当時の様子がわかり楽しく聞かせて頂きました。

1学期終了にあたって

この日は「ふれあい塾あびこ」1学期の最終講座でした。1学期の各種講座の講師の皆様、各講座受講者の皆様に厚く御礼申し上げます。どうか夏を健やかに過ごされ、また9月からの講座にご協力、ご参加くださいますようお願い申し上げます。
特定非営利活動法人「ふれあい塾あびこ」理事長 多田正志
〃 塾長代行 秋田桂子

2017/07/21のBlog
7/20「漱石が上野で聞いた“ハイカラの音楽会゛再演について」

本日は講師に音楽学者・音楽プロデューサー、瀧井敬子さんをお迎えしました。
講師は東京藝術大学大学院を卒業後、同大学の特任教授を歴任。明治の文豪の洋楽受容に関する音楽学研究のスペシャリストです。この講座では、講師が総監督になって10月15日に再演を予定している「漱石が明治45年に上野で聞いた音楽会」に関連して、以下のようなお話をしてくださいました。

1 ことし生誕150年の文豪、夏目漱石は、西洋のクラシック音楽を歓迎すべき近代化と評価し、音楽会にしばしば足を運びました。

2 漱石の洋楽体験の軌跡
 ・明治29年、英語教師として熊本の第5高等学校に赴任します。そこでバイオリン購入までした寺田寅彦を通じて西洋音楽に触れます。明治33年、イギリスに留学した時には軍楽隊のパレードを目の当たりにし、楽器名などを記録しています。

 ・帰国後、洋楽を歓迎すべき近代化と評価した漱石は、音楽会にしばしば出かけるようになり、当時の数少ないコンサートのうち、少なくとも12回の洋楽コンサートと2回のオペレッタに出かけたことが分かります。ノートには五線譜の記録もあります。

 ・名作「草枕」の中では、住みにくき世にあって、つかの間の長閑(のどかさ)が尊い、それを与えてくれるのは詩であり、あるは音楽と彫刻である。と書いています。子供たちにはピアノやバイオリンを習わせ、それを友人に自慢していました。

3 漱石が上野で聴いたハイカラの音楽会
 明治45年6月9日、上野・東京音楽学校奏楽堂で開かれた音楽会について、日記に「上野音楽会に聴きに行く。ハイカラの会なり」と記しています。管弦楽と合唱の全6曲の構成で、指揮者はアウグスト・ユンケルでした。

当日のプラグラムは以下の通りです。
 ①歌劇「魔弾の射手」序曲 (ウェーバー)
 ②ピアノ協奏曲第1番ト短調Op.25 (メンデルスゾーン)
 ③アイネ・クライネ・ナハトムジークK.525 (モーツァルト)
 ④3つの詩Op.29より 第3曲「流浪の民」 (シューマン)
 ⑤チェロ協奏曲第1番イ短調Op.33 (サン=サーンス)
 ⑥前奏曲/コラール/フーガ (J.S.バッハ=アーベルト)

以上のようなお話の後、当日の演目より3曲、「魔弾の射手」、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、「流浪の民」の一部をCD紹介され、「我が家にはその時の指揮者ユンケルの名前が刻まれたティンパニーがあり、これを10月15日の「ハイカラ音楽会」再演時には展示する予定です。どうかお出かけください」と結ばれました。

高価なピアノを買って子どもに習わせる親バカぶりなどを含めて、漱石の洋楽への傾倒ぶりを知ることが出来ました。 (佐藤 明)

本日のアンケートからご紹介します。

*今年の2月に「漱石の作品にあらわれた絵画」という講演を聞きましたが、きょうの瀧井先生のお話を伺い、改めて漱石の芸術観の広さや豊かさがこういう音楽体験があってのことと納得がいき感動しました。先生のお話は具体的で雄弁でわかりやすく、実際の音楽も聞けて楽しいひと時を過ごすことが出来ました。
*知らなかった漱石のクラシック音楽の世界を沢山お聞かせいただき、感激です。ありがとうございました。

2017/07/14のBlog
夏の夕暮れを彩る新鋭アーティストの協演 ギタ-&ベ-スによる世界の名曲
ギタリストの上野高史氏 ベーシストの齋藤隆一氏

昨年12月のレクチャーコンサート“ちょっと早いクリスマスプレゼント”でバンジョー奏者・吉原聡さんと協演して人気を博したギタリストの上野高史氏の再登場。今回は、ベーシストの齋藤隆一氏と世界の名曲をギターアレンジで演奏頂きました。

上野高史氏は2002年夏にバークリー音楽大学に入学。海外アーティストのレコーディング参加などで実績を積む。帰国後、バークリー音楽大学教授トモ藤田氏の推薦によりGUITARの東大のインストラクターに就任。2014年よりGUITARの東大・代表。2012年に浅草ジャズコンテストにてグランプリを受賞。演歌歌手への作曲、企業のサウンドロゴ制作、ギターユニットDEPAPEPEのアレンジャー等、作曲・編曲家としても活動。

齊藤隆一氏は幼少の頃より音楽が周囲にあり、14歳から本格的にベースを始める。大学在学中よりプロ活動を開始しセッション等精力的に活動。20歳で須藤満に師事し、その活動をサポートする傍ら、ベーステクニックはもちろん。ステージングや、エンターテイメントのあり方を学ぶ。スタジオ等のサポートやベースのインストラクターとして活動。『アダチ音研ベース義塾』インストラクター。富倉安生氏、依知川伸一氏によるプロベーシスト集団『地下室の会』No.133。

上野氏は「きょうは世界の名曲を、ギターを中心にお届けします。私はボストンのバークリー音楽大学で学んだのですが、ボストンは大学が多くあり、世界各国から多くの留学生が学びにやってきています。各地からやってきた留学生たちと仲良くなり、楽しい留学生活でした。その体験から、世界の名曲や楽しい音楽をお届けします」と前置きされて、齊藤氏との掛け合いで、以下の名曲を演奏下さいました。

●サマータイム (アメリカ)
●アマポーラ (スペイン)
●ベサメ・ムーチョ (メキシコ)
●コンドルは飛んでいく (ペルー)
●黒いオルフェ (ブラジル)
●ラ・クンパルシータ (アルゼンチン)
●アルフィー (イギリス)
●グリーン・スリーブス (イギリス)
●マイ・ウェイ (フランス)
●シェルブールの雨傘 (フランス)
●アロハ・オエ (ハワイ)
●オール・オブ・ミー (アメリカ)

当塾では初めての午後4時からのコンサートで、32度を超す暑い午後だったのですが、90名近くの参加者をお迎えしました。皆様暑さを忘れた一時だったようで、以下のご感想のようにお二人の競演を楽しんで頂きました。

*とてもきれいな音色をまじかで聞いて楽しかったです、ベースはオーケストラで聞いていましたがきょうのはいろいろ違う曲で感動しました。幅広い曲がとても楽しかったです。
*世界の音楽の背景や歴史の解説も分かりやすく、楽しい 素晴らしい演奏会でした。また我孫子にお出かけ下さい 楽しみにしております。
*1950年から1960年頃に青春時代を過ごした小生としては、楽しみは映画・レコード・カセットテープ・それに大学時代のダンスパーティなどで親しんだ曲ばかりであった。非常になつかしい音楽ばかりだったが、演奏者の編曲であるのか?我々の親しんだ時代の演奏とは全く異なった新鮮味が感じられた。
*ギタリストとベーシストの掛け合いが楽しかったです、澄んだギターの音色にうっとりしました。ベースもオーケストラでしか接したことが無く、身近で嬉しかったです
2017/07/13のBlog
7/12 市民カレッジ「我孫子を知る」コース第5回・我孫子市の現状と課題

午前中は、我孫子市副市長・青木章氏に掲題について以下のお話を頂きました。

*わが国の地方行政を取り巻く環境は、ここ15年ほどの間に、大きくかつ急速に変わってきた。まず市民サイドからの行政に対する要望が多様化、個別化してきた。一方、財政の状態は厳しさを増してきている。歳入面では経済成長率の長期的低迷、納税義務者の減少などにより減少傾向が続くものと思われる。一方、歳出面では少子高齢化対応のための社会保障費や水害対策など大規模事業が予定されている。

*我孫子市の高齢化率は東葛6市で最も高く、直近で29.1%にもなり、また、合計特殊出生率も1.31人、以前に比べ改善してきている。個人市民税が市税収入の根幹をなす我孫子市にとって、「人口減少問題」は最重要課題である。

*小泉政権(平成13年~18年)は、「民間にできることは民間に委ねる」という「小さな政府論」を打ち出した。また公共サービスを官と民とが‘協働’して担う、「新しい公共」という概念も浮上してきた。

*当我孫子市は、この市民との協働のパイオニア的存在だが、近年に至り「市民との協働なくして行政を進められない」という局面を迎えている。

*しかし、市民団体では高齢化、後継者不足が深刻で、協働を担う新しい担い手の登場が待たれている。特に、この市民カレッジのような生涯学習をしておられる方には、ぜひ市民活動や地域活動にご参加いただきたい。
午後は環境経済部農政課の美濃氏から農業の現状について、小澤氏から地産地消について、そして商業観光課の染谷課長からは商業と観光施設について、以下のようなご説明をされました。最後にあびこの魅力発信室の深田室長から各種メディアを利用した魅力発信の実例紹介がありました。

*当市の農業は急激な衰退を続けており、農家数は僅か415戸で、その平均年齢は67歳である。また、農業生産額は僅か28億円に後退した。市としても、農業振興を図るため、農業の生産性と付加価値を高めると共に、担い手の確保や地産地消の推進等様々な方策を実施している。

*本年6月、千葉県より無償で譲り受けた「水の館」をリニューアルオープンした。1Fに農産物の直売所(あびこん)とレストラン(米舞亭)を開設し、賑わいづくりの拠点とする。

*当市では観光面の発展に期待し、注力している。観光入れ込み客はここ40年間で3倍強となり、昨年の実績は36万人。その内訳は、手賀沼観光6万人、手賀沼花火大会16万人、ゴルフ場8万人、鳥の博物館、鳥のフェスティバル各3万人。

*当市では平成30年までの6年間にわたる観光振興計画を策定。52本のアクションプランを推進中で、その中の一つ、手賀沼遊歩道のサクラプロジェクトが始動した。

*「人と鳥が共存し、手賀沼を誇れるまち」を実現するため、環境基本計画を推進している。手賀沼の浄化と再生、自然エネルギーの普及などがその具体例である。

*H26年、秘書広報課内に「あびこの魅力発信室」を設置。TV・ラジオ・雑誌・駅中媒体等各種のメディアを利用して我孫子の魅力を発信している。今日は動画やラジオでの実例をご覧になって頂きます。

以下に、アンケートの一部をご紹介します。 (佐藤 明)

○副市長のお話はとてもよく分かりました。説明は、はっきりしていて聞きやすかった。
○我孫子市の現状がとてもよく分かりました。高齢化は社会全体の課題で、市民活動の大切さがよく分かった。
○我孫子の産業と観光の一端を知ることが出来た。それぞれの担当課が努力されているのが印象的でした。

2017/07/11のBlog
新シリーズ「絵画を観る喜び」⑧
前回の印象主義・ポスト印象主義補填と近代美術
その4 象徴主義
美術愛好家 長野一隆氏

好評の長野絵画解説シリーズ-8回目の今回は、前回の印象主義・ポスト印象主義補填と近代美術その4 象徴主義として、世界中で公開されている名画中の特選名画 33作品をスライドで紹介しながら、その魅力を熱く語ってくださいました。 長野講師は、これまで40年近くにわたって、42カ国、2000以上の美術館・博物館・教会・美術展示施設を訪問してこられたギネスブック級の美術愛好家です。その豊富な鑑賞体験をもとに、テーマ別に「絵画を観る喜びはどこにあるか」を、分かりやすく語ってくださり、今回も受講者のみなさんから大好評をいただきました。

カイユボット(1848-1894) 「ヨーロッパ橋」プティ・パレ美術館、パリ 1877年
カイユボット 「パリの通り、雨」シカゴ美術館、アメリカ合衆国 1877年
ハッサム(1859-1935) 「セリア・サクスターの庭園」 メトロポリタン美術館、ニューヨーク 1890年
ハッサム 「雨の大通り」 ホワイトハウス、ワシントン 1917年
ゴッホ(1853-1890) 「ジャガイモを食べる人達」ゴッホ美術館、アムステルダム1885年 8
ゴッホ「赤い葡萄畑」プーシキン美術館、モスクワ 1888年
ゴッホ 「ひまわり」東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館、東京都1888年
ゴーギャン(1848-1903) 「裸婦習作」ニュー・カールスベルク美術館、コペンハーゲン 1880年
ゴーギャン「アリスカンの並木路、アルル」東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館1888年
ゴーギャン「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」
ボストン美術館、アメリカ合衆国 1897-98年
ゴーギャン 「いつ結婚するの」バーゼル美術館(寄託:現在個人所有)、スイス1892年1
モロー(1826-1898) 「ヘロデ王の前で踊るサロメ」ギュスターヴ・モロー美術館、パリ 1876年
モロー「ダビデ王」アーマンド・ハマー美術館、ロサンゼルス 1878年
シャヴァンヌ(1824-1898) 「貧しき漁夫」オルセー美術館、パリ1881年 
シャヴァンヌ 「諸芸術とミューズたちの集う聖なる森」シカゴ美術館1884-89年
ルドン(1840-1916) 「キュクロプス」 クレラー=ミュラー美術館、オランダ 1898-1900年
ルドン 「大きな花束」 三菱一号館美術館、東京都 1901年 
ベックリン(1827-1901) 「死の島」バーゼル美術館、スイス 1880年
ベックリン 「ヴァイオリンを弾く死に神のいる自画像」旧国立美術館、ベルリン 1872年
ホドラー(1853-1918) 「夜」ベルン美術館、スイス1890年
ホドラー 「昼」ベルン美術館、スイス1900年
セガンティーニ(1858-1899)「死」セガンティーニ美術館、サン・モリッツ 1899年
セガンティーニ 「アルプスの真昼」大原美術館、倉敷市 1892年
セガンティーニ 「生の天使」ミラノ市立近代美術館、イタリア 1894年
クリムト(1862-1918) 「接吻」オーストリア美術館、ウィーン 1907-08年
クリムト 「乙女」プラハ国立美術館-ヴェレトゥルジュニー宮殿、チェコ 1913年
クリムト 「人生は戦いなり(黄金の騎士)」愛知県美術館、名古屋市 1908年
アンソール(1860-1949) 「キリストのブリュッセル入城」ゲッティ美術館、ロサンゼルス1888年
アンソール 「仮面の中の自画像」メナード美術館、愛知県小牧市 1889年
シュトゥック(1863-1928) 「罪」ノイエ・ピナコテーク、ミュンヘン 1893年
シュトゥック 「サロメ」レンバッハハウス美術館、ミュンヘン 1906年
ムンク(1863-1944) 「叫び」オスロ国立美術館、ノルウェー 1893年
ムンク 「マドンナ」ムンク美術館、オスロ 1894年 90 x 68cm

受講者のみなさんから頂いたご感想の一部を、ご紹介します。
*実際に自分の足での話なので大変面白かった。時間がいくらあっても足りない面白さ。時間の経つのを忘れた。ゆっくり区切ってまた聞きたい。
*実際に現物の絵を自分の目で見て、世界中の美術館2,000以上を訪問して研究された、その豊富な知識の次々と出て来る作家と絵のエピソードに毎回驚かされる。
しかも、いろいろな細かい知識の記憶力の素晴らしさには感服しています。個々の画家の話だけでなく、グループの主張、画商、美術館の所有者などの知識も知らされて良い勉強になります。
*印象派について、追加の説明は良かったと思います。象徴主義のお話も良く理解できました。いながらにして名画を鑑賞出来ることが何よりです。

前のページ   |   次のページ