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2019/06/15のBlog
お子様、お孫様とご一緒にどうぞ!
木管五重奏「アンサンブル・アクア」と朗読で綴る「ピーターと狼」ほか

フルート:渡辺奈津美さん
オーボエ:堀子孝英さん
クラリネット:上田奈緒さん
ホルン:皆川理恵さん
ファゴット:江黒未希さん
朗読:森山 太氏(俳優、オペラ演出家)

6/15千葉県民の日、小学生や未就学の児童にも参加頂いて、「木管五重奏団アンサンブル・アクア」と俳優 森山太氏によるレクチャーコンサートを開催しました。
Q:「木管五重奏団アンサンブル・アクア」とは?
A:以下、ホームページからの転用です。
水のように自由で新鮮な音楽を皆様へ を合言葉に、
『木管五重奏団アンサンブル・アクア』は2004年秋、近所に住む音楽仲間で結成されました。地域に根差した音楽活動をずっと大切にしていきたいというメンバーの一致した思いのもと、これまでに首都圏を中心に、様々なイベント・公共施設・商業施設での依頼演奏・自主公演など、音楽を通じた身近なふれあいを大切に活動して参りました。
アンサンブル・アクアの幅広いレパートリーには定評があり、バラエティー豊かなプログラムで主催者やお客様の期待と要望に応え続けています。

Q:木管五重奏とは?
A:以下、ホームページからの転用です。
木管五重奏とは、フルート・オーボエ・クラリネット・ホルン・ファゴットの5本で編成されている合奏です。
この5本の楽器はオーケストラの中の管楽器セクションにも入っており、その歴史は古く、ベートーヴェンが活躍していた頃の時代から確立している合奏形態です。
一番の特徴は5本の楽器それぞれの音色(発音原理)が違うことです。その為、鳥のようなさえずりからゾウの鳴き声まで様々な音を聴くことができます。しかし演奏する側にとってはそのことが裏目に出ることもあり、5人でぴったりタイミングや音色を揃えるには特有の難しさがあります。 木管五重奏とは5人の全く違ったキャラクターが一つの音楽を作り出すというところに醍醐味があると言っても過言ではないのかもしれません。

そして楽器の説明を加えながら、次の曲を演奏下さいました。
ビゼー作曲 「カルメン」より序奏
リー・ハーライン作曲「星に願いを」
<楽器紹介>
ダリウス・ミヨー作曲「ルネ王の暖炉」より、行列・朝の歌・曲芸師など
日本の歌メドレーから、ひなまつり・めだかの学校・こいのぼり・あめふり など
<休 憩>
セルゲイ・プロコフィエフ作曲「ピーターと狼」を、森山氏の朗読と木管五重奏で

大雨の中、未就学児から三世代の方々とのコンサート開催でしたが、次のようなご感想を頂きました。
*「ピーターと狼」それぞれの楽器と朗読の完璧な合体。素晴らしいハーモニー、素敵なデュエット。随所に耳なれた旋律が入り、朗読と一体となった世界。朗読の方の読み方に魅了。口の動き、発声、完全な描写。久しぶりに歯ぎれのよい日本語に接しました。音楽と朗読の一体となった世界づくりが私の「朗読&コンサート」の理念でした。本当にありがとうございました。

*雨のためか空席が目立ち、とても残念でした。木管五重奏ははじめて聞いたので良かったです。楽器の紹介は参考になり、新しい知識を得られて感激です。五人共千葉在住ですから、又ふれあい塾で計画していただけたら嬉しいです。日本のうたメドレーとても楽しめました。お子さん達も静かに聞いていたので感心しました。森山さん、流石に俳優さん、カッコイよ!!声も抜群素敵でした。

2019/06/13のBlog
絵画を観る喜び - 西洋絵画史 - 第5回:バロック美術
美術愛好家 長野一隆氏

アジア244軒、アメリカ276軒、ヨーロッパ1615軒、合計2135軒の美術館や名画を所蔵する教会などを、私費で回ってこられた美術愛好家の長野一隆氏。実際に目にして体感された名画の数々を、きょうも熱く解説下さいました。

カラヴァッジョ(1571-1610)
写実性の貫徹と劇的な明暗法、迫真的な描写力で名を成したイタリアバロック絵画の巨匠。しかし喧嘩相手を刺殺して殺人犯となり、免罪されたあとも決闘事件を起こして斬首。後の画家達に多大な影響を与え、明暗をくっきりさせたカラヴァジェスキ(カラヴァッジョ主義者)を生み出した。
カラヴァッジョ「聖マタイの召命」サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会、ローマ1600年頃322 x 340cm
カラヴァッジョ「果物籠」 アンブロジアーナ絵画館、ミラノ 1597年頃 31 x 47cm
カラヴァッジョ「ロレートの聖母」サンタゴスティーノ教会、ローマ 1604-1606年頃 260 x 150cm

グイド・レーニ(1575-1642)
17世紀計算されつくした構図と肉体表現からボローニャ派の巨匠、ラファエロの再来と称えられた。ゲーテは「神のごとき天才」と称えた。12年間をローマで過ごした後、宮仕えを嫌い自由人として女嫌いと博打の日々を故郷ボローニャで過ごす。
「アウローラ」 カジーノ・アウローラ、ローマ 1614年 280 x 700cm

コルトーナ(1596-1669)
本名:ピエトロ・ベレッティーニ、バロック期、ローマ絵画界の第一人者。
ダイナミックな構成と人物の劇的なポーズ、装飾的かつ優雅で豊穣な表現はバロックの芸術家に多大な影響を与えた。
「神の摂理」バルベリーニ国立古典絵画館、ローマ 1639年 25 x 15m

ルーベンス(1577-1640)
王の画家にして画家の王として盛名を馳せ、バロック期を代表する画家であり六か国語を操る外交官でもあった。
動きの多い劇的な構図、計算されつくされた人物の激しい身振り、華麗な色彩、豊満な裸体表現が特徴。
ルーベンス「キリスト昇架」聖母マリア大聖堂、アントワープ 1610年 460 x 340 (150 x 2)cm
ルーベンス「シュザンヌ・フールマンの肖像」ロンドン・ナショナル・ギャラリー 1625年 79 x 55cm
ルーベンス「毛皮をまとったエレーナ・フールマン」ウィーン美術史美術館、オーストリア 1638年頃 176 x 83cm

ヴァン・ダイク(1599-1641)
ルーベンスが「最大の弟子」としたヴァン・ダイクは、幼少時から画才を発揮し16歳で独立、フランドルの代表的な画家として肖像画、歴史画、宗教画、神話画の名手と謳われた。1632年からはイギリスの首席宮廷画家、ナイトとサーの称号を与えられた。
ヴァン・ダイク「イサベラ・ブラントの肖像」ワシントン・ナショナル・ギャラリー 1621年 153 x 120cm
ヴァン・ダイク「チャールズ1世の肖像」ルーヴル美術館、パリ 1635年頃 266 x 207cm

レンブラント(1606-1669)
オランダ絵画黄金期最大の巨匠、スポットを当てたような劇的な明暗法、深い精神性、赤褐色を基調とした輝くような色彩が特徴。自画像、肖像画、大勢の人物が描きこまれた集団肖像画、神話、宗教画など多くの名作をものにした。
レンブラント「夜警」アムステルダム国立美術館、オランダ 1642年 363 x 437cm
レンブラント「ユダヤの花嫁(イサクとリベカ)」 アムステルダム国立美術館1667年 122 x 167cm

フェルメール(1632-1675)
独特の光の質感、計算し尽くされた画面構成、美しい静寂が支配する画面が高い評価を受けたオランダ絵画傑出の画家。世界的にファンの多い画家、1675年にデルフトで亡くなったあと急速に忘れられ、190年後に再評価される。
フェルメール「牛乳を注ぐ女」 アムステルダム国立美術館1660年頃 45.5 x 41cm
フェルメール「デルフトの眺望」 マウリッツハイス美術館、ハーグ 1660年頃98.5 x 117.5cm
フェルメール「真珠の耳飾りの少女」 マウリッツハイス美術館、ハーグ 1665年頃44.5 x 39cm
フェルメール「合奏」 イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館、ボストン 1664年頃72.5 x 67cm
フェルメール帰属「聖女プラクセディス」 国立西洋美術館、東京 1655年頃 102 x 83cm

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652)
写実性と光と影による夜の場面が多いが、美術史上忘れられた存在だった。がヘルマン・フォスの「聖ヨゼフの夢」の研究を契機に、再発見・再評価される。フランスのルイ13世の、国王付きの画家
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール「悔悛するマグダラのマリア」 ルーヴル美術館 1640年頃128x 94cm
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール 「ダイヤのエースを持ついかさま師」ルーヴル美術館 1637年頃 106 x 146cm

リベーラ(1591-1652)
仇名:ロ・スパニョレット(小さなスペイン人)、大規模な工房を持ち、国際派の画家として活躍。若くして
イタリアに渡り、ナポリ派の祖となりスペインのバロック様式を確立。スティリアーノ公の依頼で描いた、『施しを与えよ』と書いた紙と松葉杖の少年の「エビ足の少年」は代表作。
リベーラ「エビ足の少年」ルーヴル美術館、パリ 1642年 164 x 92cm
リベーラ「髭の生えた女性」タベーラ病院、トレド 1631年 194 x 126cm

ベラスケス(1599-1660)
1623年セビーリヤからマドリードに出てフェリペ4世付の画家となり、職人としての画家から王の最側近となり、最高位の宮廷人となった。以後生涯を宮廷画家として、国王一家や宮廷人の肖像を描き、貴族となる。マネはベラスケスを、「画家の中の画家」と称えた。
ベラスケス「ラス・メニーナス(宮廷の侍女達)」プラド美術館、マドリード 1656年 318 x 276cm
ベラスケス「ブレダの開城」プラド美術館、マドリード 1634-35年 307 x 367cm

スルバラン(1598-1664)
ベラスケスと並ぶセビーリャ派の画家で、1614年セビーリャに出て絵画修業後、宗教画と静物画に特化して活躍。スペインのカラヴァッジョとも称せられ、超越的な写実主義の先駆者である。
スルバラン「聖ブルーノと食卓の奇跡」セビーリャ県立美術館、セビーリャ1655年頃 268 x 318cm
スルバラン「茶碗・アンフォラ・壺」 プラド美術館、マドリード1660年頃 46 x 84cm

ムリーリョ(1617-1682)
主としてセビーリャで活動、19世紀末にベラスケスが再発見されるまではスペイン最大の画家と見做されていた。カラヴァッジョに代表される明暗対比の技法で、多くの宗教画、風俗画、肖像画を手掛けた。
ムリーリョ「窓辺の女たち」 ワシントン・ナショナル・ギャラリー 1655-60年 125 x 104.5cm
ムリーリョ「無原罪の御宿り」 プラド美術館、マドリード 1665-70年 206 x 144cm

100枚を超えるスライドを堪能された方々の、ご感想の一部です:
*詳しくは知らなかったバロック美術についての知識が高まり、大変嬉しく思います。
*多くの絵画の説明と背景を解説していただき、興味深く拝聴しました。
*いつもながら、エピソードを多く含め、各作品を実際に鑑賞された実体感が解説に表現され、非常に参考・勉強になりました。今後講座を続けていただきたいと思います。
*先生のお話を聴きに来てとても良かった。美術館や絵画鑑賞が更に深く楽しめる自分の人生を豊かに楽しめます。
2019/06/10のBlog
[ 20:17 ] [ ふれあい塾講座記録 ]
「令和」スタート記念 万葉集を読む
國學院大學講師・文学博士 堤 康夫氏

新しい元号「令和」は『万葉集』巻第五の梅の花三十二首の連作の序文から採られました。そこで新元号がスタートしたのを記念して、『源氏物語』、『古典の恋歌』シリーズでおなじみの堤康夫氏に『万葉集』特別講座をお願いし、あらためて『万葉集』を学ぶ講座となりました。

*万葉集は日本最古の歌集であり、万葉仮名で記されていることが最大の特徴である。今から約1300年前の天平2年正月13日に太宰府で、大伴旅人が友人・知人などを招いて個人的な宴の会を開催した。この時の序文に、「初春の良い(令)月で、うららかで風も和らいでいる」とある。新しい元号は、この記載が出典とされる。

*この宴会のことを詠んだ歌が32首あるが、「毎年 正月には梅を愛でながら、いつまでも宴を続けていたいなあ」「柳と梅を手折って髪に刺したし、もう宴会が終わってもいいよ」「庭に白梅が散り始め、まるで雪が流れているようだ」などの、状況描写の歌がほとんどである。

*万葉集の歌の数は、数え方によっても違ってくるが、約4000首近くが収載されており、流れた時間は400年を数える。天皇や皇室の歌が多く、また益荒男の歌集ともいわれる。

*万葉集は大きく分けると、大化改新の第1期、藤原京時代の第2期、奈良時代前期の第3期、奈良後期の第4期となるが、全盛期は第3期といえる。

そして堤講師は巻一から巻十五の中から17首を、わかりやすく読み解いて下さいました。ご参加いただいた皆さんからも、
*知っている歌も多く楽しく聴かせていただきました。歌った人の様子を知れて、また違う味わいが判りました。
*万葉集の400年の流れに驚きました。先生の解説が楽しく眠くならないです。
*学生時代以来聞くことのなかった万葉集を持ち出した次第です。じっくりと読むことを楽しみたいと今更乍ら思いました。万葉人の言葉遊びとかユニークな話にも歌ばかりではなく興味をもちました。
などのご感想を頂きました。
2019/06/05のBlog
シリーズ“こだわって生きる我孫子の人”21
美しい日本の山‐Ⅶ「穂高岳と上高地・涸沢」
日本山岳写真協会理事 鈴木菊雄氏

今日の講座は “こだわって生きる我孫子の人”シリーズの21回目、我孫子市在住の山岳写真家鈴木菊雄氏による「美しい日本の山」シリーズ第7回目で、“日本アルプスの中でも最も人気がある穂高岳とその周辺”を取り上げていただきました。

今回は下記について、多くの美しい画像と資料をもとに紹介されました。
1 北アルプス南部 穂高岳概要:位置と地図・登山のアプローチ
2 初めて日本アルプスを西欧に紹介し、近代登山の幕を開けた2人の英国人
3 槍穂高岳の案内人、上條嘉門次
4 穂高岳に初登頂した測量官と登山家小島烏水など
5 春夏秋冬の穂高岳周辺の景観
6 手軽に楽しむ上高地周辺のお奨めガイド

*日本百名山に「穂高岳」はない。奥穂高岳3190mを筆頭に西穂、北穂、前穂、槍ケ岳などが連なる連峰で、山名は1646年の国絵図で「保高嶽」と記載されており1693年に穂高神社の宮司により「穂高嶽」と記載された。

*明治になり、上條嘉門次を案内人にして穂高連峰を登った英国人ゴーランドやウエストンたちは日本アルプスを西欧にも紹介し、日本では信仰登山から山岳登山へと変わってゆく。上高地ではウエストン氏の功績を称え偲ぶ行事が毎年6月第1土曜日・日曜日に開催され、夏山シーズンが始まる。

*上條嘉門次は上高地で猟師、山案内人として、公式な地図はなかった時代、経験と勘で山を案内。現在も明神池の畔に当時の面影を残す素朴な嘉門次小屋が残り、宿泊が出来る。

*明治26年、測量官の館潔彦が前穂高岳に初登頂。西洋式登山の黎明期を迎えて明治38年日本山岳会が創立され初代会長に小島鳥水が就任。その後、明治42年頃から鵜殿正雄や小島鳥水などが奥穂高岳から槍ヶ岳へ縦走し、近代登山が幕開け。大正13年には今田重太郎が穂高岳山荘を開業する。

*鈴木講師は以上のお話の後、奥穂高岳、北穂高岳付近の男性的な山稜、冬の常念山脈から雪の鎧を纏った穂高連峰、奥穂高山頂付近から見る雲湧くジャンダルム、黎明や天の川、涸沢の四季ー特に秋の紅葉などの素晴らしい画像を映写され、最後に上高地周辺のニリンソウの群落や動植物もご紹介くださり、なかなか訪れることができない穂高周辺の絶景を堪能する講座となりました。 (高橋 重)

以下に受講者のアンケートの一部を紹介します。
 
*沢山のすばらしい写真をありがとうございました。お話が具体的でわかりやすく面白いです。ここまですばらしい写真をとるには大変なご努力をつみ重ねられたことと思います。毎回鈴木先生の講座が楽しみです。

*初めて山の講座を伺いました。登山はしませんが、山の風景は大好きです。上高地は行ったことがあります。美しい風景に癒されました。

2019/05/24のBlog
我孫子にも氷室が?
我孫子の古代 最新情報
我孫子市教育委員会 主任文化財主事 手嶋秀吾氏

手嶋講師は「歴史豊かな我孫子では、現在も熱心な歴史探索が進められて、ますますその内容が豊かになっています。遺跡の発掘調査や研究の成果によって東葛地域の中心であった古代の我孫子の様子が明らかになりつつあります。きょうの講座では最新の発掘調査から、新たにわかったことなどをお話します」と話されて、次のように解説されました。

*水神山古墳は昭和40年代の調査により4世紀後半、全長69mの我孫子市最大の「前方後円墳」である。一方、前原古墳は平成22年の調査で出土した土器が3世紀後半のものと分かり我孫子で最古の「方墳」である。我孫子では手賀沼と利根川の水沿いの丘の上に、多くの古墳が作られている。古墳は王族の勢いを外部に誇示し、見せびらかすためのものである。

*平成30年 中里・別当地遺跡が官人の居住区と思われることから発掘調査を行った。その結果、54棟の竪穴建物や溝などが発見され確認された。この調査で確認された円形有段の遺構はすり鉢状であり、底が平になっているのが特徴である。8世紀後半の土師器が市川市内で発見されており、井戸状の遺構が今回の我孫子の遺構と酷似している。このことから我孫子にも氷室があったのではないかと、推測している。日当たりの悪い谷津の奥の方で氷を作って、氷室に保存して、夏などに活用していたのではないだろうか。

手嶋講師は多くのスライドや地図を駆使しながら「別当地遺跡の調査から、この地域には相馬郡の大規模な官庁街が形成され、多くの役人が暮らすための拠点施設が整備されていたのではないだろうか。古代の東海道が近くを走り、水辺と交通の要所であったことが、我孫子の重要性を高めたのではないかと言う推測が成り立ちます。」と話されて、解説を終えられました。

遺跡の名称は字アザ名がそのまま残っており、また相馬郡の蔵からは文字が書かれた墨書土器が見つかっていることから、文字が書ける人々が我孫子の地に実際に住んでいたのではないかとも話されました。因みに遺跡は現状のまま保存するのがルールなので、発掘や記録保全が完了したあとは元に戻すのが決まりだそうです。

聴講頂いた方からのご感想です:
「学生時代から趣味で考古学をやって来たので、今回の氷室発掘の講演は非常に興味があった。いろいろ考古学の発掘報告も聞いたが今回は新しい発見だった。今回の手嶋講師の講演は、詳しく良く整理されているのに感心させられた。我孫子市にこの様な素晴らしい学者が勤務しておられることは、我が市の財産であると考えます。末長く活躍下さい。」