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我孫子の景観を育てる会
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2011/02/25のBlog
福寿草が株が増えて、今年もみごとに咲きました。家族で楽しんでいます。娘が勤務する病院に来る患者さんから3年前にいただき、庭に植えました。病院に毎年患者さんが鉢に入れて持ってきて下さったお話を聞いておりましたので、わが家の小さな庭をのぞいて見るとつぼみを持っていたので、楽しみに待っていると、3日後に見ると小さい花が30個も咲いていました。毎年写真を撮って額に入れて、咲き終わっても楽しんでおります。
(写真1:昨年2月23日のスナップ)
同じ福寿草でも、昨年は大きな花を咲かせたけれど、今年は少し小さいようです。寒さのせいでしょうか。(写真2:今年の2月の咲き初め時2月17日、天気は日差しのない肌寒い昼時)
福寿草のいわれを調べて見ましたら、キンポウゲ科の多年草。アジア北部に分布し、日本の山地にも自生。縁起の良い名称と、花が少ない時期に咲くのが珍重され、正月用の花として広く栽培。太い根茎を持ち、地上茎は高さ20センチメートル。葉は羽状複葉。早春、葉に先立って黄色の美花を開く。東京付近での野生のものの開花は4月~5月。園芸品種も多い。有毒、根は強心薬となる元日草。やはり花の名前どおり縁起の良い環菜とわかりました。
昨年は地上茎は30センチぐらいでした。春の訪れを知らせてくれる最初の花です。2月中旬から3月初旬に咲いてくれると思います。福寿草は定植する時、土壌適応するかどうか難しい花と聞きました。3年経過しても、今春も咲きました。花が終わると油かす(固型)の肥料をあげて、お礼をしています。
小さな庭に1つの美しい花、福寿草を楽しみにしています。
(写真3:今年快晴の日2月22日、昼時のスナップ)
(会員:T.K記)

2011/02/22のBlog
[ 08:25 ] [ 会員投稿 ]
憎い。誰を。誰ではない。憎い・・・・・。自責の念もあるが、やっぱり、憎い。

立春も過ぎたのに、大雪に見舞われ、北風吹きすさび、“春まだ遠き”か、今日この頃。しかし確実に、春の足音は聞こえる。庭の河津桜の幼木も小さな枝々に蕾を膨らませてきた。そのわきのボケの花の蕾もほんのりと赤みを帯びてきた。
それなのに、うす緑のたおやかな小枝に囲まれて、直径5ミリほどの黄色の毛まりのような花を無数につけて、春を告げたミモザの木はない。夏から準備してきた枝々の花の蕾がおだやかな春の陽ざしを感じては、ポッポッと咲いた。隠れたところの小枝から黄色に彩っていく。一枝折って、小さな花瓶に入れて、家の中に春を連れてきた。
それができない。
(写真1:平成21年2月のミモザ)
3月にもなると、3メートルあるその木の無数の枝に球形の花を咲かせる。まっ黄っ黄の木に変身する。枝がしだれるほどに咲く。剪定を兼ねて、枝をパチパチ切って、隣近所の家に届ける。通りかかった保険のおばさん、ヨシケイのおねえさん、配達の人、買い物帰りの人、一枝二枝折って持っていってもらった。昔の職場にも、みなとスイミング受付け台にも、その花は春を知らせた。(ミモザの花は花粉だらけなのに、満開の時もしぼんでも花粉を落とさない。身体の器官にも洗濯物にも書類にも、悪さをしない。)ああ、それが今年はできない。
(写真2:満開のミモザ/平成21年2月)
昨夏の猛暑が憎い。酷暑が憎い。40日も雨がなく、あちこちの緑を茶色に変えたあの猛暑。直径15センチ近くのミモザの木だった。まさかあれだけ大きくなったなった木なのに。周りの植木鉢には、毎朝毎夕水をやった。8月の中旬か、どうも新芽の勢いがない。ぐんぐん伸びる時期なのに。おかしい・・・・。もしかして・・・・。
ミモザはハナアカシアともいう。そしてミモザアカシアとして売っている。アカシアの木は水を多く必要とする。アカシアの群生は、地盤沈下を起こすと聞いたことがある。
9年前、太さが小指ほどの苗木を買って植えた当初は、いつも十分に水をやっていたものだ。――忘れていた――すぐ隣の楠も山茶花も元気なのに、ずっと大きなミモザが枝を伸ばさない。ピーンときた。枯れる・・・。十日ほどたっぷり水をやりながら見守ったが、無理。どんどん生気がなくなり、枝もポキンと固く折れる。いつまでおいても仕方ない。すべての枝をのこぎりではらった。
(写真3:根元から1メートル余りのところで切ったミモザ)
ゴミ袋(大)に3杯。何故か、根元から切り離せず、塀の高さのところまで「切り杭」の状態で残した。
(写真4:塀の外から見た切り口)
そして、その上の1メートル半ほど幹は、庭の隅っこに立てかけた。
(写真5:切り取った幹は、庭の隅に立てかけられています。)

ミモザのない春。今、2代目を植えるかどうしようか迷っている。あっという間に大きくなってしまって、狭い玄関脇の敷地ではどうしたものかと、先のことを考えてしまったこともあったから。
でも、あのまっ黄っ黄のミモザのない今年の春なのです。

(会員:S.H記)

2011/02/01のBlog
※大きな画像をご覧いただくためには、画像をクリックしてフルスクリーンにしてご覧下さい。
また、大きなサイズの画像は、会員の「迷い鳥」さんの個人ブログに掲載されています。「迷い鳥」さんの川瀬巴水作品の紹介記事URL:
http://blogs.yahoo.co.jp/abbysasaki/22112473.html

《磯浜 昭和24年(1949)作》
夕かげる頃、磯浜の人家に陽が当たり、また地面に流れている。暗い家との対照が際立っているので効果がある。わずかにのぞかせた青い海、立ち昇る白雲ある空の遠見るがきいて、できのよい作となっている。'''戦後作中で注目すべきものの一つ'''である。(楢崎宗重)
《水戸大野 昭和24年(1949)作》
《袋田の滝(茨城県) 昭和29年(1954)作》
茨城県久慈郡大子町にある「袋田の滝」は日本三名瀑の一つに数えられる。高さ120m・幅73m。大岩壁を四段に流れることから、別名「四度の滝」とも呼ばれ、その昔、西行法師が訪れた際、「四季に一度ずつ来てみなければ本当の良さはわからない」と絶賛したことからも言われている。秋には色とりどりの紅葉が渓谷を飾り、滝は鮮やかにドレスアップ。自然の手によるこの豪華な風景画に、人々はただ息を呑むばかり。

(続く)

(T.S.記)
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http://blogs.yahoo.co.jp/abbysasaki/22112473.html

《潮来の月 昭和11年(1936)作》
乳白色のベールをかけて見るような月夜の空気はよく経験するところである。風景も構図もよく、月かげの微妙な心遣いもよい。(楢崎宗重)

《河原子エボシ岩 昭和20年(1945)作》
茨城県北部の日立市河原子海岸にあるシンボル「烏帽子岩」。中腹には海上安全の神様が祀られた「津神社」があり、海上安全や漁業大漁の神様として篤い信仰を得ている。巴水が描いた当時は、この津神社の階段の所まで海岸線があった。残念ながら現在は周りにあった岩は削られ、砂で埋め立てられている。

《水木の曇り日(茨城県) 昭和21年(1946)作》
茨城県水木は河原子と久慈浜の中間にあり、おだやかな波で、海水浴場として家族連れに人気がある。今日では「快水浴場百選」にも選定されている。近くには「常陸風土記」に登場する太古の霊泉「泉が森」があり、イトヨが生息するほど水質がよい。巴水は茨城県と福島県の太平洋岸を数多く作品に取り上げている。
《水戸涸沼の雪 昭和22年(1947)作》
茨城県の茨城町、大洗町、鉾田市にまたがる涸沼は、満潮時には海水が流れ込むため、海水と淡水が入り混じった生物層の豊かな湖。生息する魚介の種類も多く、県内屈指の釣り場ともなっている。天保4年(1833)、徳川斉昭は、領内景勝の8ヶ所を選んで「水戸八景」とした。「広浦の秋月」(茨城町)・下石崎字米津にはその八景のひとつ「広浦秋月」の碑がある。涸沼に突出した砂嘴の一つに親沢という景勝地があり、その突端は松の木が多い。巴水もこの景勝地を訪れ、雪景色に仕立てたものがこの作品。
《桃浦(茨城県) 昭和23年(1948)作》
桃浦の浦波近い民家が、長い影をうつした木かげのわずかな日だまりに、人ひとりない淋しさで描かれている。浮雲の白く流るる風情が画趣を添えた。巴水好みの図柄である。不可なき作品であろう。(楢崎宗重)

(続く)

(T.S.記)
我孫子の景観を育てる会が実行委員会構成団体として企画・運営に協力いたします「川瀬巴水木版画展」の出展作品が決まりつつありますので、順次ご紹介していきたいと思います。

【川瀬巴水木版画展のご案内】
◆会期: 2011年3月18日(金)~3月23日(水) 午前10時~午後7時
◆会場: 我孫子市民プラザ・ギヤラリー
(地図:http://members3.jcom.home.ne.jp/abikopla/sisetuannai.html)
JR我孫子駅北口・エスパ3F (あびこショッピングブラザ内)
 電話04-7183-2111
◆入場料600円、前売り500円
(会期中、ご本入に限り入場券で何度でも再入場できます、中学生以下無料)
◆江戸木版画摺師による木版画摺り実演など、イベント多数開催
※詳細案内紹介サイト: http://www.geocities.jp/shiminkatsudou_abiko/seminar/110318_oshirase.html

【出展作品の紹介】
展示会に出展される作品としては、巴水作品の中でも名品といわれている作品の中から51点、「常磐線沿線・茨城県作品」から27点の出展などが予定されています。
それらの出展作品を順次ブログで紹介していきたいと思います。

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また、大きなサイズの画像は、会員の「迷い鳥」さんの個人ブログに掲載されています。「迷い鳥」さんの川瀬巴水作品の紹介記事URL:
http://blogs.yahoo.co.jp/abbysasaki/22112473.html

《馬込の月 昭和5年(1930)作》
「東京ニ十景」という20図シリーズの1点。
巴水が住んでいた馬込の田園詩趣である。数幹の老松を思いきり大きく描き、雨後らしい冴え冴えとした満月を松の枝間に見せて、紺碧の一天地として作る。藁ぶきの農家から灯がもれる。丸い月と小さな角窓の狐燈の対照が実に巧妙である。巴水の夜景中の傑作として定評がある。

《土浦の朝 昭和6年(1931)9月作》
朝霧にまだ舟も木も道もあたりの空も、しっとりとぬれた気分を出そうとしたものであろう。
朝風のわずかに動いてかげゆらぐ川面もよい。この絵はじっと眺めていると趣の深まる作である。(楢崎宗重)
《舟堀栗渡 昭和7年(1932)作》
舟堀(現・船堀)は東京都江戸川区の荒川東岸沿にある。明治年間から荒川では水運が発達し、東京深川高橋から船堀を経由して浦安・行徳までの定期航路があった。昭和6年(1931)の東京汽船㈱の停船所一覧には、南船堀と西船堀の間に「栗渡」という駅名がある。観光ではなく生活のための航路と思われる。巴水は明るい真昼の船着場の生活感溢れる風景を描いている。画面中央の大木は、名前の由来となった栗の木でなかろうか。この作品が生まれた昭和7年10月には、7町村が合併して人口約10万人の江戸川区が誕生した。
《亀戸の藤 昭和7年(1932)5月作》
中判。美しい絵、そして江戸の昔から、清長・歌麿・北斎・広重等、数多くの浮世絵の題材に使われた名所絵。子宝に恵まれぬ巴水の幼女に寄する愛情を示す絵。(楢崎宗重)
《麻生の夕(茨城県)亀戸の藤 昭和11年(1936)作》
遠い雲にバレン目を生かそうとしている。近景のひなびた感じや空間性の表現は、巴水独特のものであり、巴水のよさや歴史的な価値創造である。夕暮れの情緒もよく出ていて、すぐれた作といえよう。(楢崎宗重)

(続く)

(T.S.記)