ニックネーム:  パスワード:
| MyBlogトップ | Blogポータル | ブログガイド | よくある質問 | サポート |
まなびの会
記事一覧イベント一覧
[ 総Blog数:1120件 ] [ このMyBlogをブックマークする ] [ RSS0.91  RSS1.0  RSS2.0 ][ ATOM ]
前のページ   |   次のページ
2017/04/27のBlog
[ 18:31 ] [ 音楽・美術 ]
日 時 平成29年4月27日(木)14時~16時
 今夏のプロデュースオペラ「フィガロの結婚」に先駆けて
同オペラのハイライトがありました。
 このオペラはフランスの劇作家・ボーマルシェのフィガロ
三部作の第二部で、「セビリアの理髪師」の続編にあたり
ダ・ポンテが台本を、モーツアルトが曲をつけたものです。
 内容はフィガロ(従僕)とスザンナ(小間使い)の結婚式当
日、スザンナに横恋慕する主人の伯爵が彼女との逢引き
を試みるが、伯爵夫人とスザンナの作戦によって大失態を演じるというものです。
 今回はハイライトですので、その見どころ、聴きどころをチョイスして披露されました。
 まず、序曲をバックに本日の出演者とその役柄の紹介がありました。
 アリアでは、このオペラで一番有名なフィガロの「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」やオペラを観たことがなくてもメロディくらいは知っているケルビーノ(小姓)の「恋とはどんなものかしら」が歌われました。
 またアンサンブルでは、主な出演者による7重唱で第2幕フィナーレの「イタズラ小僧め、もう許さん!」や6重唱の「この抱擁分かってくれよ」等のハーモニーは正にモーツアルトの真骨頂でした。
 このオペラが初演されたのは1786年で、ハプスブルグ家の皇帝はヨーゼフⅡ世(母:マリアテレジア、妹:マリーアントワネット)頃で、貴族社会の真っただ中でしたが、いくら劇とはいえ、貴族の失態ものの上演を許す懐の深さはさすがです。
2017/04/26のBlog
[ 13:09 ] [ 環境・健康 ]
日 時 平成29年4月26日(水)10時~11時30分
 手塚治虫は5才の時に祖父が建てた別荘が宝塚市御殿山に
あり、一家は転居してきました。
 当時の宝塚は阪神間のリゾート地で、雑木林に囲まれた自然
豊かな街でした。
 彼が昆虫に興味を持つようになったのは小学5年生のときで、
友人に図鑑を見せられたのがきっかけだったようです。
 その友人に誘われて箕面公園などに昆虫採集に出かけるように
なり、その頃からペンネーム「手塚治虫(甲虫のオサムシから)」を使い始めました。
中学生になると自らクラスの仲間を昆虫採集に誘うようになり
御殿山の他、箕面公園や能勢などの野山に出かけ、昆虫学者
を夢見ていました。
 その後、自身の負傷(両腕切断かと思われるところを名医に
助けられる)が動機になって医者を目指すようになりますが、医
学生時代に発表した漫画が評判となり、結局 医学博士の学位
をとりながらも漫画家の道を選んだとのこと。
 現在は約20年暮らした宝塚に「手塚治虫記念館」があります。
2017/04/25のBlog
[ 18:04 ] [ 音楽・美術 ]
日 時 平成29年4月25日(火)14時~15時30分
 ン十年前の懐かしい映画の主題曲を中心に生ピアノ演奏を
聴く会がありました。
 その一部を紹介しますと・・・
 オープニング曲はサンレモ音楽祭優勝曲で、そのメロディーは
ルネサンス発祥の地であり街全体が美術館のようなフィレンツェ
を彷彿とさせる曲「アル・ディ・ラ」です。
 次は、誇りをキズつけられた初老の機関車マンの生涯を描い
た「鉄道員」でした。
 そして反戦映画の「ひまわり」が演奏されましたが、これはソフィヤローレン扮するヒロイン・ジュバンナが、ロシア戦線に行ったきりの夫を探しにウクライナへ旅するもので、広大な大地のひまわり畑が印象的な作品でした。
 その次は、やはり戦争中の話しで、ナチスドイツに両親を殺害された少女と偶然知り合った少年の物語「禁じられた遊び」から、ギターの名曲「愛のロマンス」をアレンジしたものでした。
 最後は、アランドロン主演の映画「太陽がいっぱい」からそのテーマで、「美」と「智」は持ち合せているが「財」のない青年が、金持ちの友人を海で殺し本人になりすまそうとしますが、ラストの乗っていたヨットのスクリューに友人の死体が絡みついていたシーンは今でもはっきりと思い出します。
 青春時代にタイムスリップした90分でした。
2017/04/22のBlog
[ 13:42 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 平成29年4月22日(土)10時~12時
 イソップ物語に「犬と鶏と狐」がありますが、これは狐が木
の枝に止まっている鶏を食ってやろうと思い、「ぼくんちで朝
ごはんてどう」と呼びかけます。
 鶏は「友達といっしょでいいかな、この木の下に居るが」と
言うと、狐は木の下にもう1羽の鶏(と思っている)にも声を
かけます。
 実は木の下には犬が居て、狐の鼻面に襲いかかった。・・・という話しです。
 この話しから導きだされるのは・・・・
①鶏が狐の隠れた意図を見抜いているということ。
②鶏が騙されたふりをして、狐を騙しているということ。
③木の下に居るのがもう1羽の鶏であると狐が勘違いしているということ。
④狐が友人(鶏は犬と理解しているが、狐は理解していない)も騙そうとするだろう、朝食の誘いをかけるだろう、ということを鶏が見抜いているということ。
⑤犬が狐に襲いかかるだろう、ということを鶏が予想しているということ。 等々です。
 この話しからの教訓は、これが人間の場合でも賢い人は災いが襲ってきても容易に対抗することが出来る。・・・です。
 ただ教訓はともかくとして、「知らない事実を知る方法」はないということのようでした。
2017/04/21のBlog
[ 17:10 ] [ 環境・健康 ]
日 時 平成29年4月21日(金)13時~14時30分
 平均寿命と自立して生活が出来る健康寿命との差が男性で約
9年、女性で約12年である由です。
 まずこの差をいかに短縮するかが重要で、その為には何が必
要かということから、その1つの方法として「チェアエクササイズ」
をご紹介していただきました。
 まず自分を知る必要があり、たとえば素早さや敏捷性を測定す
る方法に「座位ステッピング」がありますが、これは活動的で安全
な日常生活を送るために必要な要素であるとのこと。(座位で手を広げて1分間に何回柏手を打てるか。)
またバランスの測定、すなわちつまづいた時とか物をまたぐ時等
に転倒せず、姿勢を維持する役割・能力がどの程度かを測るも
ので、「片足立ち」で何秒耐えられるかによって判断するものです。
 左右の足を交互に行い(片足立ち)、1分以上出来れば合格で、
5秒も出来なければ危険とするものであり、30秒間出来ればまあ
まあというところだそうです。
 その他、坐骨や骨盤を意識した姿勢づくりや肩こりの予防のエク
ササイズもご教示賜りました。
2017/04/19のBlog
[ 13:17 ] [ 環境・健康 ]
日 時 平成29年4月19日(水)10時~11時30分
 生物が子々孫々生き残っていくには3つの戦略を駆使してい
るのだそうです。
 それは、「辛抱」「依存」「競争」であるとか。
 昔からの諺に、『風が吹けば、桶屋が儲かる。』がありますが
これは、「風が吹けばほこりがたつ」⇒「ほこりがたてば、目が
悪くなり盲人が増える」⇒「盲人は三味線をひく」⇒「三味線に
は猫の皮が必要になる」⇒「猫が減れば鼠が増える」⇒「鼠が
増えれば桶をかじる」⇒「だから桶屋が儲かる」・・・というものです。
このような理屈が大なり小なり生物にも存在します。
 花は、おしべとめしべを蝶々やハチ等に依存していますし、
柿やドングリ等は、豊作と不作を繰り返しながら辛抱強く
着々と生き残っています。
 たとえば、ある葉は害虫に食べられようとする時、においを
出して周りの仲間に危険を知らせ、その仲間たちは害虫に
食べられにくい物質を出したり、その害虫の天敵を呼ぶため
に他のにおいを出したりするのだそうです。
2017/04/17のBlog
[ 18:17 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 平成29年4月17日(月)13時30分~15時
 韓非子は戦国時代の思想家で、今までの「礼」による統治か
ら「法」による統治に修正すべしとする考えを持っていました。
 具体的には、①法治主義、②結果主義と能力主義、③信賞
必罰主義、④職分の厳守・・・等々です。
 しかし当時のこの革新的な思想は出身地の韓では受け入れ
られず、皮肉にも敵国の秦において高い評価を受けました。
 韓非子の言葉に「明主の道は一人官を兼ねず、一官事を兼
ねず。」がありますが、これは「正しい君主のあり方は、一人の人間が複数の官職を兼ねることがなく、また一つの部署がいくつもの仕事を兼ねない。」の意です。
 また「三人言うて虎を成す。」という言葉もありますが、これは「責任ある地位に就いている者が、うその情報に惑わされてはならない。」という意味です。
 このような考えを持つ韓非子を高く評価した秦の始皇帝は、それまでの封建制を廃し、郡県制を敷いて中央集権的な官僚体制・法治国家を形成していきます。
 始皇帝は、自分の政治を批判する書物を焼き捨て(樊書と言います。)、また学者数百人を生き埋め(坑儒と言います。)にしてしまいます。
 そのような行為もあって、始皇帝のイメージは「暴君」でしたが、近年『兵馬俑』が発掘され、そのイメージも『英雄』に変わりつつあるようです。
2017/04/13のBlog
[ 12:54 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 平成29年4月13日(木)10時~11時30分
 「阪神間ゆかりの作家たち」シリーズで、今日は「河野多恵
子」を取り上げられました。
 彼女は大阪の老舗のいとはんであり、本来小説を書こうと
すれば、山崎豊子ののれんにまつわる根性ものか、織田作
之助的な庶民の生活であろうかと思われます。
 しかし彼女はそうではなかったのです。
 彼女は10才の時に店と住居を分離することになって阪神
の香枦園に移り住み、西洋的なモダン文化にふれることになります。
 その頃に書いたものに佳作「みち潮」があります。
 この内容は、主人公は11才の少女で、一家は商家で、郊外に住宅を得て移り住み、この土地(香枦園)の景観が書かれている・・・正に体験的なものですが、その中で母から「今の私達の生活が当たり前だと思わないで、幸福すぎるのよ。」と言われ、少女は後年その言葉を思い出す状況になる・・・というものです。
 また彼女の作品にはかなりインパクトのあるものが多いようです。
 たとえば、新潮同人雑誌賞を受賞した「幼児狩り」は、マゾヒティックな快楽を好む30才代の女性が、幼い男児への異常な愛をモチーフにしています。
 その他、結構異常性のある作品を多く書いている芥川賞受賞作家であり、文化勲章受章文学者である由でした。
2017/04/10のBlog
[ 13:41 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 平成29年4月10日(月)10時~11時30分
 「古事記」から、その冒頭の部分の解説がありました。
 「古事記」は3巻に分かれており、上巻は神話(神の世)、
中巻は神武天皇~応神天皇(上巻と下巻をつなぐ)下巻
は仁徳天皇~推古天皇(人の世)が書かれており、今回
はイザナギとイザナミの話しでした。
 二人はオノコロ島にて、大八島(①淡路②四国③隠岐
④九州⑤壱岐⑥対馬⑦佐渡⑧本州)を創ります。
 次に神生みにかかりますが、「古事記」においては二人で35柱の神を生んだと記されていますが、実際は17柱だったそうです。(写真は、オノコロ島ではと言われている沼島です。)
 イザナミが17番目の火の神を生んだ時に大やけどをして亡くなり、黄泉国へ行ってしまいます。
 イザナギはイザナミを迎えに黄泉国へ行きますが、イザナミはすでに黄泉国の食事をしており、醜い姿になっていたので地上に逃げて帰ります。
 イザナギが禊をしたところ、左目から天照大神、右目から月読命、鼻から須佐之男命が生まれました。
 なお、神の住むところの社には4種類あって・・・
 ○○神宮:天照大神の直系を祀っている・・・(例)橿原神宮、平安神宮等々
 ○○大社:末社を持っている・・・・・・・・・・・・・(例)出雲大社、住吉大社等々
 ○○○宮:朝廷の家臣を祀っている・・・・・・・(例)天満宮、東照宮等々 上記以外は○○神社とのこと。
2017/04/09のBlog
[ 17:02 ] [ 音楽・美術 ]
日 時 平成29年4月9日(日)11時~12時
 オーケストラの演奏には指揮者は欠かせません。
 しかし指揮者は音を出さないわけですから本当に必要なの
でしょうか。
 また演奏中、指揮者は何をしているのでしょうか。
 このような疑問の中、どうして指揮者がオーケストラに必要
なのかについてのお話しがありました。
 それにはまず指揮者変遷の歴史を理解しなければなりません。
 現在のように指揮者が指揮棒を持って常駐するようになったのはわずか130年前からだそうです。
 それまでのオーケストラは指揮者が杖を持って登場し、楽団員とともに客席を向いて杖で指揮床をトントンとリズムを取りながら演奏した由です。
 前を向いているのは、客席には王様や貴族が居るので失礼にならないためだとか。
 その当時の演奏方法で一曲演奏してもらいましたが、杖の音がうるさくてハーモニーが台無しでした。
 その後コンサートマスターやソリストが指揮をしながら演奏する方法がとられましたが、これはあくまでも小編成の楽団だから出来たのでしょう。(現在でも室内楽や協奏曲に散見されます。)
 しかしオーケストラが100人近い編成になってきますと曲の始まり、終わり方、リズム等々を総括する必要が生じ、現在のような形になってきた由です。
 最後に指揮棒ありとなしでの演奏がありましたが、曲によって使い分けする意味もよく解りました。
前のページ   |   次のページ