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2017/08/18のBlog
[ 15:13 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 平成29年8月18日(金)13時30分~15時
 NHKの大河ドラマ「女城主・直虎」も佳境に入ってまいりま
したが、今年の大河ドラマは例年と異なり・・・
 ①大きな史実が画面にあまり出てこない。
 ②主人公も史実の表舞台に出ない人である。
 ③主人公の実在性や性別もはっきりしない。
・・・ものが取り上げられているという特徴があります。
 もっとも歴史そのものも、既知の事実と未知の事実があり
前者はありのまま表現されますが、後者は創作でき、そこにドラマの魅力があるとも言えます。
今年の大河ドラマは『次郎法師=直虎』を前提に物語が進行
しています。
 ところが今春に井伊家の史料を収集している井伊美術館が
「直虎」の名が登場する文献が新たに見つかったと発表。
 通説では、井伊直盛の娘・次郎法師が直虎を名乗り、後に
徳川家の重臣となる井伊直政の養母になったとされています。
 しかし同館の新たな史料では、直虎は次郎法師とは別人と
読み取れる由にて、ドラマとは別に興味深くなってきました。
2017/08/10のBlog
[ 15:15 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 平成29年8月10日(木)14時~15時30分
 関西文化に育まれた文学として、与謝野晶子の「君 死に
たまふこと勿れ」を主な題材としたセミナーがありました。
 与謝野晶子(旧姓:鳳志よう)は、堺の駿河屋に1878年に
生まれ、もっぱら店番として青春を過ごしました。
 兄が東京の学校へ行っていたことから、東京の雑誌やら
新聞等を時々送ってくれるのですが、その中に与謝野鉄幹の
和歌を発見し、その現代的な感覚に感動してしまいます。
 やがて鉄幹が関西に講演会の講師として来阪し、晶子と急速に親しくなっていきました。
 この頃鉄幹は内縁の妻と子が居て、その妻の実家から経済的援助も受けていたようですが、これらを捨て二人は駆け落ち状態で結婚いたします。
 そして「みだれ髪」を発表しますが、この中の一番の話題作が「やわ肌の あつき血汐に ふれも見で 寂しからずや 道を説く君」(燃える肌を抱くこともなく、人生を語り続けて寂しくないの)でした。
 やがて日露戦争が起こり、弟が召集されて激戦地・旅順に配属されたので、ついに反戦歌(?)とも言うべき次の歌を送り、世間にも発表して物議をかもします。すなわち・・・・・
「ああ をとうとよ 君を泣く 君死にたまふこと勿れ 末に生まれし君なれば 親のなさけはまさりしも 親は刃をにぎらせて 人を殺せとをしえしや 人を殺して死ねよとて 二十四までをそだてしや(後略)」
 因みに弟は商人で字が書けたため、書記官として本部勤務で戦場には行かず、無事帰還いたします。
2017/08/05のBlog
[ 13:43 ] [ 環境・健康 ]
日 時 平成29年8月5日(土)14時~15時30分
 ユネスコの世界遺産には、文化遺産・自然遺産・複合遺産の
3種類があります。
 今回はこのうち、日本の自然遺産に焦点を当ててのお話し
でした。
 因みに、世界自然遺産とは「顕著な普遍的価値をもつ地形や
生物多様性、景観美などを備えた地域など。」と定義されて
います。
 なお、ユネスコの世界遺産への登録プロセスは次のとおりです。
各国政府(暫定リスト)→世界遺産センター(推薦書受理)→
専門機関(調査・報告)→世界遺産委員会(審査・登録)・・です
 現在の日本の世界自然遺産は4地域で・・・・
 ①白神山地(青森・秋田):原生的なブナ林など。
 ②屋久島(鹿児島):樹齢千年を超える屋久杉など。
 ③知床(北海道):流氷接岸や亜寒帯植物の分布など。
 ④小笠原諸島(東京):海洋島で特異な生態系など。
(写真上は白神山地、写真下は知床です。)
2017/08/03のBlog
[ 12:28 ] [ 音楽・美術 ]
日 時 平成29年8月3日(木)10時30分~12時
 CDでクラシックを聴く会に足を運んできました。
 今回は、ラフマニノフが取り上げられ、ピアノ協奏曲の第3番
と第2番を聴かせていただきました。
 セルゲイ・ラフマニノフ(1873~1943)は地主貴族の子として
ロシアに生まれ、4歳から母親にピアノを学びました。
 彼は音楽的才能の豊かな両親の感化で、幼少の頃からその
方面の素質を発揮し、モスクワ音楽院に入学しました。
 在学中には早くもピアノ協奏曲第1番を作曲し、オペラの作曲もする等、その天才ぶりをみせます。
しかし1917年にロシア革命が起こり、彼は共産主義を嫌ってパリ
へ亡命し、翌年にはアメリカへ渡って永住を決意いたします。
 最初の曲、ピアノ協奏曲第3番は彼がドイツのドレスデンに滞在
していた頃から作曲をはじめ、アメリカでの演奏旅行中に書き上
げたピアノ技巧のすばらしいものでした。
 引き続いてピアノ協奏曲第2番を聴かせていただきましたが、
この曲は彼の作曲の中でも最も人気の高い作品で、ピアノテク
ニックの華麗な効果とロマン的な気分が色濃く漂う名曲でした。
2017/08/02のBlog
[ 11:49 ] [ 生活・社会 ]
日 時 平成29年8月2日(水)10時~11時30分
 自分に万一のことがあった場合に備えて遺言書を残すケースが
増えているようです。
 通常の相続は民法に規定されている法定相続で処理されるわけ
ですが、それ以外の相続には遺言書が必要になってきます。
 遺言には、①自筆証書遺言、②公正証書遺言、③秘密証書遺言
等があり、①は簡単で費用もかかりませんが、紛失等の危険性が
あります。
 ②は公証人が作成するので危険性は少ないのですが、証人が2人必要で費用もかかり、③は内容は秘密に出来るが、不備等のため無効の可能性があります。
 なおいくら遺言書があっても、配偶者・子供・親には遺留分(法定相続分の2分の1)が主張できるので、留意が必要です。
 次に、もし将来認知症等になった場合のことを考えて、法定後見制度があります。
 この制度は、財産管理等を支援する制度で、①後見、②保佐、③補助の3類型があります。
 ①は精神上の障害により、財産管理等が出来ず、日常的な買物も出来ない場合等。
 ②は精神上の障害により、財産管理等のうち重要な行為(不動産等)が単独で出来ない場合等。
 ③は精神上の障害により、財産管理等について援助が必要な場合等。
 その他、任意後見制度(後見人をあらかじめきめておく)もあります。
2017/08/01のBlog
[ 07:11 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 平成29年7月31日(月)13時30分~15時
 安倍仲麻呂は19才で第9次遣唐使に加えられ、唐の都・長安
にて学問を修めるも、時の皇帝・玄宗(寵姫は楊貴妃)が手放し
たからず、やむなく帰国を断念して唐の宮廷に仕えた人です。
 第10次遣唐使(35年ぶり)が唐に到着したのを機会に帰国を
決意し、決別の宴で詠んだ和歌が・・・
 もろこしにて月を見てよめる 「あまの原 ふりさけ見れば かす
がなる 三笠の山に いでし月かも」 です。
 しかし帰国するために乗った船が嵐で漂流し、沖縄を経て現在のベトナムに漂着してしまいます。
 その1年後に長安に戻ることは出来ましたが、その直後に安禄山の乱が起こり、ついに日本の土を踏むことなく、770年に72才で没してしまいました。
 したがって百人一首の歌人の中で唯一外国で没したのは安倍仲麻呂ただ一人です。
 なお安倍仲麻呂は安倍清明の祖先にあたるとする伝説もある由です。
 また安倍仲麻呂と遣唐使として同行した有名人をあげますと・・・
 ・玄昉(不詳~746)奈良仏教隆盛の基をひらいた人で、政界へも進出した。
 ・吉備真備(695~775)藤原仲麻呂の乱の平定に尽力し、右大臣にまで上りつめた。
 ・井真成(せいしんせい:藤井政成)734年に36才で唐でなくなった人。
 (写真は、当時の遣唐使が乗船した船の予想図)
2017/07/31のBlog
[ 15:14 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 平成29年7月31日(月)10時45分~12時15分
 古代の韓半島・高句麗の話しです。
 高句麗の祖は東明聖王(朱蒙)で、建国神話があります。
 すなわち①河伯の娘が日光により妊娠→②卵生した朱蒙を
王が捨てる→③動物達が朱蒙を保護→④危険を避けて南へ
逃げる→⑤高句麗を建国する・・・・・です。
 いずれにしろ高句麗は鴨緑江の中流地域に紀元前1世紀に
形成されたとされています。
 国民の多数は農耕民で、税金は農産物の他、海産物・絹・布・粟等々であり、政治は初期は部体制の国家、中期は郡県制、後期は中央集権体制(貴族連立体制的な性格)です。
 国としては、第28代・宝蔵王まで続きます。
 その中で特筆すべき3人の王を列挙してみますと・・・・・
 ・小獣林王(第17代):律令制度を導入し、支配体制を確立した。
 ・広開土王(第19代):国土を最も広くした。
 ・長寿王(第20代):首都を遷都し、対外政策の方向性を提示した。 ・・・です。
 また隣接する中国とは再三衝突し、3世紀の魏、6~7世紀の隨・唐とは大きな戦いになりました。
 特に7世紀に唐と新羅が軍事同盟したことにより、まず660年に百済が滅ぼされ、次に高句麗が668年に滅ばされてしまいます。
2017/07/29のBlog
[ 11:55 ] [ 音楽・美術 ]
日 時 平成29年7月29日(土)9時30分~11時00分
 東洋山水画の原点・郭煕山水のお話しです。
 郭煕は北宋時代の人で、神宗(1048~1085)に登用され、
中央(首都・開封)に出てきます。
 郭煕は宮廷画家となり、今迄の色を捨てて水墨のみで描いた
ところ皇帝に気に入られ、書画担当技官の最高位にまで昇進
いたします。
 郭煕の山水画の特徴は、光と空間をモチーフにしたことで、西洋
画家で言えば、カラバッチョかレンブラントでしょうか。
やがて北宋は亡びますが、郭煕の作品は残り、これが広く伝播
して今でも画家達に大きな影響を与え続けています。
 ここで郭煕の言葉(教え)を列挙しますと・・・
 ①山に「三遠」あり、②山水は光と雲煙によって構成
 ③対象とはすなわち変化する状態の集積
 ④生まれたところの画風にとどまらず、広く学べ
 ⑤地方様式にとどまることなく、それを総合する
 ⑥古い作品を見てよいところを取り、自分のものに 等々です。
2017/07/28のBlog
[ 15:38 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 平成29年7月28日(金)10時35分~11時25分
 宗教改革と聞けば、ルターの名が浮かびます。
 彼の生きたこの時代はペストが大流行し、いつ死が訪れるか
わからない不安な時でありました。
 一方バチカンはカトリックの本山としての体裁を整えるためか
華美化が進み、多額な借金により財政は破綻寸前でした。
 そこで目をつけたのがマタイの福音書第4章の「悔い改めよ」で
そのためには、巡礼・断食・善行そして献金などの手段があるとし
教会では免罪符の発行に踏み切ります。
 しかしルターは「悔い改めよ」はその生き方であり、信仰によってのみ達成できると論争を挑みます。
 もっともルター以前にもイギリス人のウイクリフやチェコ人のフスなどの先駆者が居ましたが処刑等されています。
 ただルターの場合は、パトロンにザクセン選帝侯フリードリッヒ3世がついていましたので、そこまではいきませんでした。
 ルターの最大の武器はこの頃発達してきた印刷技術でこれによりビジュアルに風刺し、その思想は広範囲に伝播いたします。
 結局 ルターは神の義として認められるのは、愛・承認・評価・赦し・自由であるとし、これらをモチーフとした讃美歌も創り、ヒットソングになりました。
2017/07/24のBlog
[ 13:28 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 平成29年7月24日(月)10時45分~12時15分
 韓半島の古代は三国時代(高句麗・百済・新羅)が長く、
紀元前は古朝鮮~衛氏朝鮮が見えます。
 三国時代はやがて百済が660年に、高句麗が668年に
崩壊して新羅が統一しますが、その後 王氏の高麗が、
そして李氏の朝鮮が建国されて近世に至ります。
 これらの経過は高麗の第17代仁宗の命によって「三国
史記」が編纂されたことにより我々も知ることができました。
 その後 高僧一然によって「三国遺事」が編纂され、庶民や民族の事も分かるようになりました。
また韓半島の特徴としましては、中国等に隣接していることも
あって、しばしば大陸・海洋勢力の衝突地点になりました。
 地形は東高西低で、東に山が、西に川や水田があるという
環境で、島が多いのも特徴のひとつです。
 そして山地比率は70%と多く、これらの山々には鉱物資源
があります。
 気候は日本に似ていますが、やや大陸の影響もあり、人文
的には仏教~儒教が浸透しているようです。
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