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まなびの会
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2017/05/19のBlog
[ 15:47 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 平成29年5月19日(金)13時30分~15時
 応神天皇の母・神功皇后には朝鮮半島征服という勇ましい
伝承があります。
 しかし夫の仲哀天皇は、今や架空の人物ではとされるヤマト
タケルを父とするため、その実在性そのものが問われている
人物です。
 したがって、神功皇后自身もまた実在したのか否かも含めて
謎の多い人物と言えます。
 そのように考えていきますと、神功皇后伝承とはそもそも何なのか、また朝鮮半島征服伝承とはいったい何を意味しているのか考えさせられてしまいます。
 まず古事記・日本書紀の記述によれば、熊襲が反乱を起こしたので、仲哀天皇は妻である神功皇后と九州に赴き、これを討伐しようとします。
 そこで皇后は神がかり、「熊襲は攻める価値がない。私を祀れば戦わずして金銀豊かな新羅国を従わせることができる。」との神託が下ります。
 しかし天皇はこれを疑ったため死に、皇后は男装して新羅に渡り、これを服従させます。
 この時皇后は臨月でしたが、出産を遅らせて、帰国してから九州で子(応神天皇)を産みます。
 この事跡は、4世紀に倭と伽耶連合軍が新羅と戦ったことを重ねたもので、神功・応神の母子を前王朝に繋ぐために、架空の「仲哀」を挿入したのではないかとのことでした。
2017/05/18のBlog
[ 13:30 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 平成29年5月18日(木)10時~11時30分
 阪神間ゆかりの作家たちの中から谷崎潤一郎の解説でした。
 谷崎は37才のときに関東大震災にあって関西に移住し、
そのまま関西各地に住んだ作家です。
 彼の代表作のほとんどが関西で書かれ、テーマは女性です。
 彼は3度結婚しており第一夫人は千代、第二夫人は丁未子
そして第三夫人が生涯を共にすることになる松子です。
 松子は元々船場商家の跡取り息子の嫁で、すでに子供も
いたのですが、谷崎が41歳、松子が24才の時に出会い、愛をはぐくんでいったのだとか。
 最初の妻・千代は佐藤春夫とのスキャンダル(妻譲渡事件)が発生し、2番目の妻・丁未子も役不足ということもあって、松子とは出会って8年後に正式に結婚します。
 代表作の「細雪」は、この松子とその姉妹の日常をもとに書かれた作品で、船場の旧家の美しい姉妹の話しで、未婚の三女・雪子の結婚話を軸に展開するものです。
 時期は戦争前夜ながら、古き良き上方の美意識を地でいくはなやかな生活を描いており、二女・幸子のモデルが松子であると言われています。
 谷崎は転宅魔で、79年の生涯で実に42回も転居しており、~37才までを関東時代、~57才までを関西時代、~65才までを京都時代、~79才までを熱海時代と分けられますが、「痴人の愛」や「春琴抄」等の名作は関西時代に書かれています。
2017/05/17のBlog
[ 13:56 ] [ 環境・健康 ]
日 時 平成29年5月17日(水)10時~11時30分
 今回は人と自然と文化が生み出した日本特有の妖怪について
のお話しでした。
 街中によく切るとたたりがあるという理由で道路の真ん中に樹
が残っているのを見かけます。(蛇が宿っている?路傍樹)
 また妖怪でポピュラーなものが「河童」で、これは川・沼・淵等に
出没するとされていますが、これは子供がこの辺で遊ぶと危険
なので、とかその村で暮らしにくいウィークポイントな所なために
このような話しを作ったとも言われています。
また、姫路城の天守閣に住みついているというウワサの妖怪に
「おさかべひめ」があり、人家の近くに出るという妖怪に「化け猫」
があったりもします。
 その他、よく山中に出るとされるのが「ひだる神」で、人をひもじ
くさせる妖怪ですが、これは山へ入る時は必ず食べ物や飲み物
を持参することという教訓からきたようです。
 このように、妖怪はただ怖い存在だったのではなく、日本では
人と自然と文化が深くかかわっていたようです。
2017/05/16のBlog
[ 15:57 ] [ 音楽・美術 ]
日 時 平成29年5月16日(火)11時30分~13時
 佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ「フィガロの結婚」の
今夏の上演に先立ち、そのプレ・レクチャー(第1回)が
ありました。
 ここでは、このオペラのオモテとウラを理解することに
よって存分に楽しめるとの主旨の解説でした。
 さてオペラは当初、モーツアルト(作曲)やダ・ポンテ
(台本)は上演の許可を取るのに一苦労した由にて、
これはフランス大革命を起こしたと言われる戯曲(ボーマルシェ)であったからだそうです。
 さてまずオモテのことですが、物語は夫の愛が去ったのを悲しんだ伯爵夫人が才知によって伯爵の愛を回復するという話しです。
 このオモテのストーリーは後日の「こうもり(ヨハン・シュトラウスⅡ)」や「アラベラ(リヒャルト・シュトラウス)」等のウィーンオペラの伝統になっていきます。
 次にウラの部分ですが、実は伯爵とスザンナ(小間使いでフィガロの結婚相手)はすでにできていて、伯爵を挟んで伯爵夫人とスザンナは三角関係にあるということや、ケルビーノ(10代の書生)をめぐる伯爵夫人とスザンナの関係もまたエロチックなのです。
 したがって、フィナーレは伯爵夫人が伯爵の愛を回復したやに見えますが、観客はこれは一時的で伯爵はまた浮気をするだろうと予想しながら帰途についたのではないでしょうか。・・・ということでした。
2017/05/15のBlog
[ 21:17 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 平成29年5月15日(月)13時30分~15時
 「おくの細道」等の作者・松尾芭蕉は、1644年に伊賀の
国に生まれ、長じて18才の時に藤堂家に出仕して俳諧を
たしなむようになります。
 29才の時に俳諧宗匠を志し、江戸に下向いたします。
 その後、37才で隠者の境涯に身を置き、44才の時に
江戸を立って「笈の小文」「更科紀行」の旅に出ます。
 隠者に身を置くことになった理由は、①俳諧宗匠として
の生活、②当時の遊びとしての俳諧に疑問を持ち、③荘子の思想への共鳴等々によります。
 そして46才になって、「おくの細道」の旅に出ます。
 「月日は百代の過客にして行きかふ年も又旅人也・・・」の書き出しで有名なこの「おくの細道」は、芭蕉が松島や象潟の自然に造化の秘密を探り、悠久なる姿を保つ中尊寺の光堂に感動して「不易流行」の思想を体得した旅の紀行でもありました。
 また、芭蕉の有名な「ふる池や 蛙飛び込 水のおと」の句ですが、ちょっと見には風景をそのまま詠んだもので、特にどうってことはありません。
 なのに、どうしてこれが名句なのでしょうか。
 これは、伝統的な和歌の優美な世界では、蛙は清流に配し「鳴く蛙」が定着していましたが、芭蕉は蛙をふる池に配し「飛ぶ蛙の音」ととらえたところでしょう。
2017/05/11のBlog
[ 19:01 ] [ 環境・健康 ]
日 時 平成29年5月11日(木)13時30分~14時30分
 平均寿命と健康寿命については昨今よく語られる話しです。
 しかしこの差をなるだけ短くする方法となると各々状況が異
なるためむつかしいのが現状でしょう。
 また、この差の算出根拠もかなりあいまいで、国が公表して
いる男性:9.22年、女性:12.77年は、日常生活に制限がな
いかの自己申告によるものですので現実的でないと言えます
 なお兵庫県が独自に算出している数値を見ますと、この差が
男性:1.47年、女性:3.23年となっており、国に比べて極端に小さな値になっています。
 この算出方法は、要介護2以上を不健康、それ未満を健康としたものであるとのこと。
 いづれにしろ平均寿命と健康寿命に差があることには変わりありません。
 ここで近年話題になってきたのが「フレイル」で、これは健康から介護に入るまでの期間のことだそうで、加齢に伴う様々な機能変化や能力の低下によって健康障害が増加した状態を言うとのことです。
 まず「フレイル」の位置付けですが、加齢により ①力が弱くなる、②倦怠感、③活動性低下、④歩くのが遅い、⑤体重減少・・・のうち、2つまでなら「プレフレイル」で、3つ以上あれば「フレイル」だそうです。
 すなわち「フレイル」とは、自立した生活は出来ているが、身体機能が低下し、健康障害を起こしやすい状態だと言えます。
 ただ「フレイル」は、食事や運動等によって再び回復できる状態でもある由でした。
2017/05/10のBlog
[ 13:36 ] [ 環境・健康 ]
日 時 平成29年5月10日(水)10時~11時30分
 生物多様性に鑑み、よく似た生物の異なる部分をご教示いた
だきました。
 たとえば、鳥類では「ウグイス」と「メジロ」の比較。
 また、「セグロセキレイ」と「ハクセキレイ」・「キセキレイ」の比較
等です。
 そして花では、「スミレ」と「ヒメスミレ」・「ノジスミレ」・「パンジー」
等の解説もありました。
 セミナーの後半は戸外へ出て、実物を観察しながらの説明です。
戸外では、主として「ヤマボウシ」と「ハナミズキ」の詳細な
比較を実物を前にして行われました。
 (名 称) ・・・ <ヤマボウシ>・<ハナミズキ>
 (種 別) ・・・・・ 在来種 ・・・・・・・ 移入種
 (開 花) ・・・・・ 初夏 ・・・・・・・・・ 春
 (かく片) ・・・・・ 先端が突 ・・・・・ 先端が凹
 (葉脈数) ・・・・・ 4(~5) ・・・・・・ 5(~6)
・・・・・等々でした。
2017/05/09のBlog
[ 09:42 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 平成29年5月8日(月)13時30分~15時
 古典文学作品から、奈良・平安時代の橘がどのような植物と
して人々の生活の中にあったかを考えるセミナーでした。
 「橘は垂仁天皇の命を受けた田道間守が常世国から持ち帰
った非時香菓である」(日本書紀・古事記)とされています。
 また「菓子の長上にして人の好むところなり」(続日本紀)
 「花の中より黄金の玉が見えて・・・」(枕草子)
 「橘は 実さへ花さへその葉さへ 枝に霜ふれど いや常葉
の樹」(万葉集)とあり、葛城王が臣籍降下により橘性を賜った時の歌で、その他万葉集には長短歌併せて71首に橘が詠み込まれているとのことでした。
 すなわち、古くは常緑の葉、かぐわしき花、金色の実、その全てが尊ばれ、特に果実の酸味は人々に愛されていた由です。
 前述のとおり「橘」は「非時香菓(ときじくのかくのみ)」として紹介しましたが、日本書紀・古事記に記述のように第11代垂仁天皇が田道間守(新羅からの渡来人か)に命じて求めさせたものです。
 田道間守は常世国(ユートピア)に行ってその木実を持ち帰りますが、すでに天皇は崩御されており、半分を皇后にあと半分を天皇陵にささげました。
 後文に「ときじくのかくの木実は是今の橘ぞ」があることから明解になります。
 最後に、ヤマトタチバナで作られたクッキーをいただき、お開きとなりました。
2017/05/08のBlog
[ 18:35 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 平成29年5月8日(月)10時~11時30分
 「古事記・上巻」に記されている姉・天照大御神(アマテラス)
と弟・須佐之男命(スサノオ)の姉弟対決について解説があり
ました。
 彼らは父・イザナギからアマテラスは高天原(天上)を、スサ
ノオは海原を統治するよう命じられたが、スサノオは泣いて
ばかりいたので追放となりました。
 そこでスサノオはアマテラスに別れの挨拶に行きますが、
アマテラスは乱暴しに来たと思い武装して身構えます。
 結局 誓約して神々を生む対決をし、アマテラスは男神を5柱、スサノオは女神3柱を生みます。
 スサノオはその後も天上に居続けて乱暴をしたので、アマテラスは天の岩戸に隠れてしまいます。
 何とか工夫してアマテラスに岩戸から出てもらった八百万神は、相談してスサノオを罰として地上へ追放してしまいます。
 スサノオは出雲に降臨し、八岐大蛇を退治して櫛名田比売と結婚します。
 ここで詠まれた和歌が日本最古と言われ、その内容は「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」(雲のわき立つこの出雲の地に、妻のために家を建て、妻を守るために八重の垣を造りました。)です。
 天皇家は、アマテラス→ニニギノミコト(孫)→ヤマサチヒコ→イワレヒコ(孫・神武天皇)の流れです。
2017/05/01のBlog
[ 16:13 ] [ 音楽・美術 ]
日 時 平成29年5月1日(月)10時30分~12時
 オペラのカルメンをDVDで鑑賞する集いがありました。
 これはフランスの作曲家、ジョルジュ・ビゼーの最高傑作
オペラですが、彼はこれの初演3カ月後に亡くなりました。
 物語は竜騎隊の伍長で田舎にミカエラという許婚もいる
純朴な男のドン・ホセがたばこ工場で働くジプシー女・カル
メンの魅力に取りつかれるも、移り気なカルメンはやがて
ホセを捨て、ホセが闘牛場の前でカルメンを殺すというもの
 このオペラは見せ場の多い作品で、有名なアリアも随所にちりばめられています。
 第一幕では、たばこ工場の休憩時間に登場したカルメンがホセをそれとなく誘う「ハバネラ(恋は野の鳥)」を歌い、怪しげな魅力をふりまきます。
 第二幕では、何と言っても人気闘牛士のエスカミーリョが歌う「闘牛士の歌」でしょう。
 第三幕では、カルメンとその仲間メルセデスとフラスキータのアンサンブル「カルタの3重唱」が印象的で、何度占いを繰り返してもカルメンには死のサインしか出てこない場面は、第四幕の出来事を予感させます。
 第四幕では、情熱的な「前奏曲」に続き、次々と闘牛士たちが登場し、カルメンの心を奪ったエスカミーリョもその中にいます。
 そしてついに心変わりしたカルメンをホセが刺殺して終幕となります。
 ビゼーは一度もスペインに行ったことがなく、劇中の曲は当時のヒット曲を引用したとも言われています。