記紀伝承・応神天皇の謎

日 時 平成29年7月21日(金)13時30分〜15時
 仁徳・応神天皇陵を中心とした百舌鳥・古市古墳群をユネスコの
世界遺産に登録すべく、大阪府他がたいへん力を入れています。
 今回はこの内 応神天皇の出生などについて、その謎に迫ろうと
するセミナーでした。
 応神天皇は「日本書紀」によりますと、神功皇后が朝鮮半島を
平定し、九州に帰還して産んだ皇子ということになっています。
 しかし父とされている仲哀天皇は実在性が疑わしい人物であり、
したがって応神天皇の系譜も謎に包まれています。
 それはともあれ、仲哀天皇と妃・大中姫の間にはカゴサカ王、オシクマ王という息子がいて、「日本書紀」にはこの二人の反乱伝承が書かれています。
 神功皇后は武内宿禰らに命じてこれを討ち、皇位を確保いたします。
 天皇家は天照大神を祖としていわゆる『万世一系』を旨としていますが、研究者の中には天皇家は『万世一系』ではなく、少なくとも「応神天皇(第15代)」と「継体天皇(第26代)」の時に途切れているのでは、とする意見もあるようです。
 また応神天皇と仁徳天皇とは同一人物ではとする説もあり、この時代の話しは混沌としています。
 しかしあくまでも『万世一系』を基本とすることもあってか、応神天皇は仲哀天皇と神功皇后との間の皇子であり、継体天皇も応神天皇の五世孫とされていると言えそうです。