帰国がかなわなかった遣唐使

日 時 平成29年7月31日(月)13時30分〜15時
 安倍仲麻呂は19才で第9次遣唐使に加えられ、唐の都・長安
にて学問を修めるも、時の皇帝・玄宗(寵姫は楊貴妃)が手放し
たからず、やむなく帰国を断念して唐の宮廷に仕えた人です。
 第10次遣唐使(35年ぶり)が唐に到着したのを機会に帰国を
決意し、決別の宴で詠んだ和歌が・・・
 もろこしにて月を見てよめる 「あまの原 ふりさけ見れば かす
がなる 三笠の山に いでし月かも」 です。
 しかし帰国するために乗った船が嵐で漂流し、沖縄を経て現在のベトナムに漂着してしまいます。
 その1年後に長安に戻ることは出来ましたが、その直後に安禄山の乱が起こり、ついに日本の土を踏むことなく、770年に72才で没してしまいました。
 したがって百人一首の歌人の中で唯一外国で没したのは安倍仲麻呂ただ一人です。
 なお安倍仲麻呂は安倍清明の祖先にあたるとする伝説もある由です。
 また安倍仲麻呂と遣唐使として同行した有名人をあげますと・・・
 ・玄昉(不詳〜746)奈良仏教隆盛の基をひらいた人で、政界へも進出した。
 ・吉備真備(695〜775)藤原仲麻呂の乱の平定に尽力し、右大臣にまで上りつめた。
 ・井真成(せいしんせい:藤井政成)734年に36才で唐でなくなった人。
 (写真は、当時の遣唐使が乗船した船の予想図)