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まなびの会
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2017/11/14のBlog
[ 09:50 ] [ 生活・社会 ]
日 時 平成29年11月14日(火)10時~11時30分
 地産地消の意義を中心に食と農のセミナーがありました。
 最初に「食べる」ということからお話しは始まりました。
 「食」という字は「人を良くする」と書き、本来「食」はみんなで
ワイワイガヤガヤ言いながら楽しくいただくものだとのこと。
 ①「いただきます」は、生きているものの命をいただき、私の
 命に代えさせていただきます。
 ②「ごちそうさま」は、食べ物を育てごちそうを届けてくれた
 人に感謝する。・・・・・・ということだとか。
一方 「農」の分野では、日本は先進国の中で自給率が50%を
割っている数少ない国のひとつです。
 したがって、輸入がストップしてしまいますとたちまち困ることに
なります。
 やはり「自分達が食べるものは、自分達で作る」が基本です。
 食と農をつなぐ地産地消の循環プロセスは、 →「食」→「身体
づくり(地消)」→「農」→「食べ物づくり(地産)」→ ・・・です。
 世界人口が増えていく中、連作障害のない稲作は貴重です。
2017/11/13のBlog
[ 17:40 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 平成29年11月13日(月)15時~16時30分
 中国史上最初の王朝である夏王朝についてのお話しです。
 「中華人民共和国」という国名にも使われている「中華思想」は
自国が世界の中心であるとする中国の重要な思想のひとつです
が、これは伝説の時代から統一帝国成立の過程である古代に
その原形が生まれたようです。
 まず「三皇(神話の時代の神)五帝(歴史の時代の始まりの聖
人)」ですが、これは伝説上の名君を指すと言われており、六国
を平定した秦の始皇帝はそれまでの「王」を廃止し、「皇」と「帝」を組合せ「皇帝」の称号を作りました。
 次に夏王朝ですが、文献によれば夏王朝の始祖は「兎」という人です。
 彼は黄河の治水事業を成功させ、帝位についたものです。
 兎は王になると、武器生産の停止、宮殿増築の先送り、諸税の免除、行政の簡略化、河川の整備、草木の育成、倹約政策等々を次々と実施していきました。
 兎の崩御後 子の啓が継承したので中国史上初の王位世襲となり、世襲王朝が成立します。
 結局 夏王朝は17代・桀王まで続きますが、桀は仁徳に欠け、武力で諸侯や民衆を押さえつけたので、ついに殷によって倒されてしまいます。
 なお夏王朝は実在した国か否かですが、現状では二里頭遺跡が有力とされています。
(写真は、二里頭遺跡から出土した王の象徴とされている「龍の杖」だそうです。)
[ 17:00 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 平成29年11月13日(月)10~11時30分
 天皇家の初代・神武天皇(イハレビコ)の東征について、
主として古事記を教材に解説をしていただきました。
 山幸彦の息子・ウガヤフキアエズと叔母のタマヨリビメの
間の末っ子(4人兄弟)に生まれたイハレビコ(天照大神の
五代孫)が兄弟ともども日向から大和へ東征いたします。
 ニニギノミコト(天照大神の孫)が降臨した日向は、火山
灰が多くて稲作に適さないことがひとつの動機として
イハレビコ達は東征を決意したようです。
 美々津(日向市)から船出をしたイハレビコ達は大分の海を通り、岡田宮(現北九州市)にて1年滞在いたしますが、ここは宗像氏の組織があったところです。
 その後瀬戸内に入り、周防竹島(山口県)を経て阿岐(広島県)に7年、さらに吉備(岡山県)に8年滞在しますが、これは主に稲作文化の価値観を指導したことによるのではないかということです。
 そしていよいよ畿内に入りますが、地元のナガスネヒコが立ちはだかり、兄の五瀬命が矢を受けるなどして惨敗し、兄は弟に「日に向って戦ったので敗北した。日を背にして戦え」と遺言しました。
 そこでイハレビコは和歌山の熊野に上陸し、八咫烏等の支援により吉野~宇陀を経由して橿原の地で神武天皇として即位いたします。
 結局 日向を出発してから16年かけて大和入りを果たしたことになります。
2017/11/10のBlog
[ 16:07 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 平成29年11月10日(金)14時~15時30分
 有吉佐和子著の小説「紀ノ川」を題材に、女性の生き方に
ついてのセミナーがありました。
 この小説は時代の変わり目に生きた女性三代(明治:花、
大正:文緒、昭和;華子)をえがいています。
 最初の主人公・花は明治10年生まれで、母が早く亡くなり
祖母に育てられます。
 祖母は文政(江戸時代)生まれで当時としては西洋文明に通じた開明的な女性でした。(写真下は、当時の近代化を表した絵です)
その祖母に育てられた花は、当時ではめずらしく女学校に学ん
だ才媛で、やがて敬策という人と結婚します。
 そして夫の出世の基盤となった紀ノ川の治水工事をめぐって
花はそれとなくアドバイスをいたします。
 家を買う時も正面きって言うのではなく、そっと意見を言って
夫を助けたりもします。
 花は古い家族制度を受容しながらも自我を保ち、自分の居
場所を広げていった新しい女性として時代を生き抜きました。
2017/11/09のBlog
[ 13:09 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 平成29年11月9日(木)13時30分~15時
 伊勢家に伝わる古武具や将軍家における礼儀作法等の書物に
ついてのお話しです。
 伊勢家は室町時代に3代将軍・義満に見いだされ、代々政所職
を世襲してきた家柄です。
 また江戸時代にも3代将軍・家光に召し出され、幕府の旗本とし
て仕えた家でもあります。
 したがって、伊勢家では足利将軍家に伝わる武具や各種作法等
についての書物が保管されており、特に8代将軍・吉宗はこれにたいへん興味を示し、上覧した由です。
この吉宗の頃に活躍したのが伊勢貞丈で、元々伊勢家の次男で
したが、兄が夭折したためその後を継いだ人です。
 貞丈はいろんな書物を書いておりその主なものは「犬追物語鏡」
(犬を追って弓矢の訓練をしたもの)「武器考証」(平家物語等に出
てくる武器の紹介)他、「軍用記」「包結図説」「四季草」等々、多数
の書物を著しております。
 これは次の世代・貞春にも引き継がれ、貞春は「武器図説」(家に
伝わる武器図に解説したもの)を書き、将軍家に献上しています。
2017/11/08のBlog
[ 10:38 ] [ 生活・社会 ]
日 時 平成29年11月8日(水)10時~11時30分
 住民主体のまちづくりについてのお話しです。
 まずは余川町の酒米・山田錦を例にした解説でした。
 余川町は美濃川と東条川の谷間に位置しており、海風を遮り
昼夜の温度差も10℃以上あって、かつ火山灰が堆積している
ため、肥料もち・水もちがよく、山田錦を育てるのに良い土地で
あるとのことです。
 また余川町は、村米制度(村全体で灘五郷等特定の蔵元と
契約栽培すること)を採用しており、正に住民主体の町になっています。
続いて、実際に存在する地域の「花の道」をテーマに、ここを
どのようにすればもっと魅力的になるかをブループで話し合い
意見をまとめる作業を体験いたしました。
 その進め方ですが、①発意⇒②呼びかけ⇒③現状把握⇒
④課題整理⇒⑤方針⇒⑥手法(⇒⑦実現⇒⑧評価)の手順
で行いました。
 これらをグループごとに発表し、その結果 将来像が何とな
く浮かび上がってきました。
2017/11/05のBlog
日 時 平成29年11月5日(日)13時30分~15時30分
 現代文学の中から、梨木香歩の児童文学「りかさん」と長編
小説「からくりからくさ」の解説をしていただきました。
 彼女は1959年に鹿児島県に生まれ、英国へ留学して児童
文学者のバティ・ウエストモーガン・ボーエンに師事した経歴の
持ち主です。
 「りかさん」という文学作品は、人形と話しができる少女のお話
しで、人形たちが背負っている「思い」を一つ一つ解き放っていく
というものです。
一方 「からくりからくさ」は、祖母が亡くなって引き継いだ
下宿の管理人である容子、美大生の紀久、与希子、鍼灸
大学生のマーガレットの若い4人の女性の共同生活が
基軸になっている物語です。
 彼女の人間観、児童文学観は『マトリョーシカ』を例に
「人間はロシア人形のマトリョーシカのように、入れ子の
ような形で年輪を重ねて成長していくもの」との考えを
お持ちで、各作品はこれが根底にあると言えます。
2017/11/04のBlog
[ 13:07 ] [ 生活・社会 ]
日 時 平成29年11月4日(土)13時10分~14時40分
 神戸開港の頃(約150年前)、江戸幕府は軍隊の近代化の
ため、フランスから軍事顧問団を招聘するなど、様々な援助を
受けました。
 幕府が手本にしようとした軍隊は、ナポレオン三世(ナポレ
オン一世の甥)統治下のフランス軍でした。
 今回は当時のフランス軍の軍服、特に将軍クラスの礼服に
見られる重厚で華麗なスタイルや軽騎兵に見られる多様で
華やかな装飾等についてご教示賜りました。
まず現在のミリタリーファッションですが、これはもう迷彩柄で
カーキ色のものが主流です。
 それに比べ150年前のフランス軍の服装は非常に華やかで
階級ごとに、帽子、服装(ジャケットやズボン等、礼服や戦争用
等)から剣や靴、さらに袖章などのいわゆる飾りものに至るまで
こと細かく決められていた由。
 なお、これらは後々の日本帝国陸軍にも影響を与えており、
特に正装(新年・参拝・観閲式用等々)に顕著なようでした。
2017/11/01のBlog
[ 15:58 ] [ 環境・健康 ]
日 時 平成29年11月1日(水)10時~11時30分
 阪急電車・宝塚線の中山観音駅と売布神社駅の間に位置する
「さらいけ公園」におきまして植生観察会(葉を中心に)が行われ
ました。
 ミーティングでは、サクラ類のソメイヨシノの葉を例に葉身、葉柄
中央脈、側脈、細脈、蜜腺、托葉、および芽等々について説明を
受けました。
 また葉の全体の形として、円形、楕円形、倒卵形等があることも
学び、早速 公園内にある木々を見て回りました。(写真下は、常緑樹のシラカシです。)
葉には前述のサクラ類のように単葉(一枚の葉)と複数ある
複葉とがある由です。
 それについて、①ナンテン、②フジ、③ニセアカシア、④ユキ
ヤナギの各々の実物での解説もありました。
 幸運の女神のように言われる四ッ葉のクローバーのように
本来三ッ葉であるものが通常と異なることが時々あります。
 このような現象は、一代限りの場合は「突然変異」と言い、
異常が何代も続く場合は「遺伝」ということになるのだそうです。
2017/10/30のBlog
[ 10:11 ] [ 政治・経済 ]
日 時 平成29年10月30日(月)10時~11時30日
 景気の好・不況の判断する最大の指数は、GDP(国内総生産)
と言われています。
 そして次に①景気の水準(需給ギャップ)、②景気の昇降(景気
動行指数)、③景気の強弱(日銀短観)・・・を見て、判断するとの
ことです。
 その結果 ①では需要が供給を若干上まわっており、「景気は
良い」と判断できます。
 ②では2012年からフラットな年もあるものの、上昇していることから「景気は良い」ことになります。
そして③では業況判断指数がプラスになっており、やはり「景気は
良い」と判断できることになります。
 よって、安倍政権になってから、景気は少なからず良くなってきて
いるということになります。
 しかし私達には「景気が良い」という実感はありません。
 私達の「景気が良い」のイメージは、過去の『高度経済成長』や
『バブル経済』で、これらを体験しているためか、微弱な指数の上昇
ではとても感じないということでしょうか。