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まなびの会
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2018/10/11のBlog
[ 17:08 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 平成30年10月11日(木)14時~15時30分
 関西文化に育まれた文学の中から、今回は志賀直哉の「城崎
にて」をご紹介していただきました。
 彼は1883年(明治16年)に宮城県に生まれ、学習院初等科
入学(7才)、学習院中等科入学(12才)、学習院高等科入学
(20才)、そして東大に進みました。(23才)
 その後、徴兵(甲種合格)で入営するも、中耳炎でたった9日で
帰され、27才の時に雑誌「白樺」を創刊します。
 そしてこの作品はその「白樺」に1917年(大正6年)に発表されたものです。
 この作品は、心境小説(実際にあったことを題材に)です。
 冒頭の部分は「山の手線の電車に跳ね飛ばされて怪我をした。その後養生に一人で但馬の城崎温泉に出掛けた。」・・・・とあり、彼は実際に相撲を見ての帰りに電車に跳ね飛ばされて入院の後、兵庫県の城崎温泉に療養のために訪れています。
 この時に数日間に実際に見た「ハチの死」「ネズミの死」「イモリの死」を素直に書いています。
 すなわち、ハチに対しては親しみとも言える静かな死を、ネズミに対しては死の直前の恐ろしさを、そしてイモリの死に対しては哀れみや淋しさを感じたようです。
 おそらく殺される立場で、「生」と「死」を考えたのではないでしょうか、彼は「生きている事と死んでしまった事とそれは両極ではなかった。それ程に差はないような気がした。」と結んでいます。
2018/10/09のBlog
[ 16:15 ] [ 音楽・美術 ]
日 時 平成30年10月9日(火)13時30分~15時
 サンサーンスは1835年に生まれ86才で亡くなったフランスの
作曲家です。
 彼は3才で作曲をはじめ、10才ではベートーヴェンのピアノ
ソナタを全て覚えて弾くなど、モーツァルトと並ぶほどの神童
でした。
 彼の人気作品は「動物の謝肉祭」の「白鳥」ですが、他にも
素晴らしい曲を多く作っていますので、それらの美しいメロディ
の数々をCDで聴かせていただきました。
 まず彼の代表作「動物の謝肉祭」からですが、内容はライオンや象などを描いた全14曲からなる組曲で、これは私的な集いのために作られたので、他の作曲家の楽曲をパロディーにして風刺的に用いているものもあり、「白鳥」を除いて作曲家の生前には演奏が禁じられていたとのことです。
 次に聴かせていただいたのは「序奏とロンド・カプリチオーソ」で、サラサーテ(スペインのヴァイオリニスト)のために書かれた曲で、スペイン風の要素がかなり取り入れられていました。
 そしてその次は、交響詩「死の舞踏」で、これは午前0時に骸骨が現れて踊り、夜明けとともに墓に逃げ帰り、再び静寂に包まれるという様子を描写したものです。
 その他としまして、歌劇「サムソンとデリア」より「バッカナール」(神話に出てくる酒の神バッカスを表現した曲)や交響曲第3番(ピアノとオルガンが効果的)、七重奏曲(バロック風)等でした。
2018/10/06のBlog
[ 15:06 ] [ 環境・健康 ]
日 時 平成30年10月6日(土)14時~16時
 斑状歯に関するセミナーがありました。
 なお斑状歯とは、歯冠の表面に生ずる白斑を主体とする歯の
異常のことで、原因は飲料水中に含まれるフツ素にある由。
 斑状歯の歴史は、米国ロッキー山脈の麓に褐色斑の歯を持っ
た子供が多数いるとの報告が始まりです。(1909年)
 その後の調査で原因は飲料水中のフツ素であることが判明。
 米国では研究の結果、フツ素は1ppmが最適と結論。
 そして日本においても飲料水は「水質基準に関する省令」によって、0.8ppmとされたとのこと。
講師は宝塚市内の開業医でしたので、これについて同市の対応
にも次のとおり言及されました。
 最初は1930年に宝塚の温泉旅館の家人に歯の異常を多数認
めるとの報告がありました。
 その翌年には兵庫県が調査しましたが、フツ素が原因とは断定
されませんでしたが、1971年市内の児童に斑状歯が多発している
との告発があり、住民運動にまで発展した由。 そして今では・・・
飲料水のフツ素は0.3ppmとなり、安全を確保されたとのことです。
2018/10/03のBlog
[ 23:16 ] [ 音楽・美術 ]
日 時 平成30年10月3日(水)14時~15時30分
 あべのハルカス美術館で開催(9月15日[土」~11月4日[日」)
されている「太陽の塔」展の見どころなどをご紹介していただき
ました。
 美術館の展示は、次の5つのゾーンに分かれている由です。
 ゾーンⅠ:地下展示の世界、ゾーンⅡ:岡本太郎のメッセージ
 ゾーンⅢ:再生・太陽の塔、ゾーンⅣ:巨大なスケール
 ゾーンⅤ:太陽の塔への道・・・・・です。
 展示作品は、岡本太郎記念館(東京)、岡本太郎美術館(川崎)、万博記念公園(大阪府)の3カ所から拝借したとのこと。
 展示物は84点ですが、特に1.初代「黄金の顔」(現在吹田にあるのは2代目)、2.失われた空間・ジオラマ(現在吹田の塔の周辺には何もない)、3.塔の制作に至るまでの作品(集大成のベースとして)の3つが一番の見どころであるとのことです。 
 また今回の展示会では会場の入口で、目録は配布しないとのことで、その代わりに来場記念に「暴発語録」というスタンプ帳を配っている由です。
 もちろん「太陽の塔」は1970年の大阪万博(テーマ:人類の進歩と調和)の顔でした。
 全体のプロデュースは前東京オリンピックの体育館などを手がけた丹下健三で、彼はすでに旧東京都庁の建築時にも岡本太郎と組んで仕事をした関係から、メイン会場の作品を岡本に依頼したようです。
2018/10/01のBlog
[ 14:12 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 平成30年10月1日(月)14時~15時30分
 キリシタン大名・高山右近が現代へメッセージをするなら・・・
というセミナーがありました。 右近の略歴は・・・
 1552年:高山飛騨守の長男として誕生する。
 1573年:高槻城主になる。
 1582年:本能寺の変で羽柴秀吉に味方する。
 1587年:秀吉の禁教令(右近は拒否、領地は没収される)
 1614年:家康の禁教令(右近は国外追放、翌年マニラで病死)
 昨年(2017年)大阪城ホールにおいて右近の列福式が行われました。(福者に認定)
 日本のカトリック教会はさらに彼を聖人に認定されるよう運動を続けている由で、因みに聖人とはキリストの福音に生き、徳や教養等を身に着けた最高の人であるとのことです。
 彼が残した生涯から、我々はメッセージをくみ取って現代に置き換えてみることも大切なことではないでしょうかとのこと。
 特に禁教令を拒否し、大名からひとりの人間として生き、ついに国外追放となってフィリピンで病死するわけで、殺されたわけではないので殉教と言えるか否かは別として、信念を持って(福音を原点として)生きたことは間違いないことでしょう。
 秀吉が「大名として残りたければ信仰を捨てよ」と命じたことに対して、右近は「全世界を与えられても、真の救いにはかなわない」と答え、身分を捨てたとのことでした。(ゆるぎない信仰に根差した生涯)
2018/09/29のBlog
[ 16:30 ] [ 生活・社会 ]
日 時 平成30年9月29日(土)14時~16時
 文化の向上と社会・生涯学習の振興を目的とした講演会でした。
 講師はかつてアメリカンフットボールのコーチ・監督を勤めた経験
からアメフトをベースにしたお話しでした。
 コーチや監督は選手を指導することで、自身の現役時代に果たせ
なかった願望達成をつい夢見てしまい、選手がミスすると頭にきて
叱りますが、この時叱るばかりではなく「どうするか」を言ってやり、
①当人のレベルから、②ステップ・バイ・ステップ(少しずつ)を心がけ
ることが大切であるとのことでした。
後半は生涯学習をメインとしたパネルディスカッションでした。
 生涯学習とは、出会い(きっかけ)、集い(足を運ぶ)、学ぶ
(聞き方、話し方)でしょうが、ともすれば生涯教育(教える、
育てる)的になっているのではないかとのこと。
 また、日本では生涯学習(シニア中心)と学校学習(若者の
特権)が完全に切り離されているところも問題がある由。
 退職をしたから何かではなく、〇〇を学びたいという具体性
も必要で、年齢や性別に垣根がなくなれば・・・とのことでした。
2018/09/21のBlog
[ 16:09 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 平成30年9月21日(金)13時30分~15時
 後醍醐天皇は鎌倉幕府の倒幕を計画するも、これが発覚して
隠岐に配流されます。(1332年)
 ただ翌年(1333年)には新田義貞が鎌倉を攻略して幕府が滅亡
すると後醍醐天皇も隠岐を脱出いたします。
 そして建武の親政が始まりますが、彼は倒幕に貢献した武士
よりも公家を優遇するような政治を行いました。
 結局 不満をいだく武士を集めた足利尊氏が室町幕府を開き、
形成が悪くなった後醍醐天皇は吉野(南朝)へ逃れざるを得なくなります。(南北朝分裂)
 彼は北闕の夢(京都へ帰ること)を抱き、そのために自分の皇子(18人)を手足のごとく使います。
 たとえば、①尊良親王:倒幕の旗頭として北陸路を行軍するも、幕府軍に攻撃され戦死しました。
 ②世良親王:将来を嘱望されるも、20歳頃に病没いたしました。
 ③護良親王:父のために懸命に働くも、見捨てられて殺害された悲劇の英雄です。
 ④宗良親王:生涯のほとんどを戦の流れに身を置くも、晩年は歌人として過ごしました。
 ⑤懐良親王:九州の統治を任され征西将軍となるも、福岡で死去いたします。
 ⑥恒良・成良親王:越前へ行軍を命じられるも捉えられ、京都で毒殺(牢死)されました。
 ⑦義良親王:後醍醐天皇の後継として南朝の天皇(後村上天皇)に即位しました。
 ・・・等ですが、再び京都に帰ることはなく、52才で崩御いたしました。
2018/09/20のBlog
[ 14:11 ] [ 環境・健康 ]
日 時 平成30年9月20日(木)13時30分~15時
 高齢になってきますと家族の人数が少なくなったり、作った
ものを何回も続けて食べなければならなかったり、つい面倒
になってきたりします。
 そういった時は、どう考えれば良いのでしょうか。
 その辺のことを病院の栄養士さんにお尋ねしてきました。
 データに、平均寿命(男:81.09才、女:87.26才)や健康寿命
(男:71.19才、女:74.21才)がありますが、この内健康寿命を
延ばすことが大事なことである由。
 この健康寿命を延ばすためには、食べるだけではダメで、身体を動かすことが大切(食べて動く)で、それにプラスして毎日を楽しく過ごす(生活を楽しむ)こととのことです。
 そして自分の体格(BMI)を知り、体重の変化などを常に確認することを習慣づけてほしいとのことで、標準は身長が150cmの人の体重は45~55㎏、160cmの人は50~60㎏だそうです。
 これにはバランスのよい食事をすることですが、そのバランスとは①穀物(ごはん、麺類、パン等)、②たんぱく質(魚介類、肉類、大豆、たまご、乳製品等)、③食物繊維(野菜類等)を適正に組み合わせることが基本とのこと。
 人数の少ない家庭では、なかなか少量を作ることはむつかしいので、あらかじめ何種類かを作り置き、それを適当に回し使いすれば、毎日同じものを食べなくてもよいのではないでしょうかとのことでした。
2018/09/19のBlog
[ 12:33 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 平成30年9月19日(水)11時~12時30分
 幕末維新の出来事の中から、今回は禁門の変・薩長同盟・大政
奉還等を中心としたお話しがありました。
 西郷隆盛は月照を薩摩に匿まおうとしたことで、奄美大島に流刑
になっていましたが、1862年1月に赦免、しかし国父・久光に無断
で上京(寺田屋事件等)したことで、再び6月に流刑(徳之島→沖永
良部島)になってしまいます。
 翌年(1863年)は薩摩では生麦事件から薩英戦争が勃発して
いますし、長州では高杉晋作が奇兵隊を結成するなど、世間はますます騒がしくなってきました。
 そしてその次の年(1864年)には長州の過激派グループによる蛤御門(禁門)の変が起こりますが、この年の2月に赦免されていた西郷も参戦しています。(写真は蛤御門)
 国父・久光は西郷を憎んでいましたが、時局を打開するためにしかたなく赦免したものです。
 長州はこれに敗北し、幕府は第一次長州征伐を命じます。(長州は恭順して終結)
 長州は上記の他にも、四国(英・仏・蘭・米)の連合軍に馬関(下関)を占領されましたが、これは何とか高杉晋作の働きにより事なきを得ます。
 幕府はさらに1866年に第二次長州征伐を計画しますが、薩摩がこれを拒否し、長州も第二次征伐を阻止したいことから、ついに薩長同盟が結ばれます。
 その後将軍家茂が死去し、一橋慶喜が次期将軍に着くと起死回生の大政奉還を実行いたしました。
2018/09/15のBlog
[ 14:20 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 平成30年9月15日(土)13時30分~15時30分
 小説家・放送作家・劇作家である井上ひさしの世界について、
お話しを伺ってきました。
 今回は特に彼の劇世界に焦点をあてた内容でした。
 彼は1934年11月16日に山形県の薬局の次男として生まれ
ましたが、5才の時に父が病没し、児童福祉養護施設に入園
する等して育ちました。
 一応 上智大学に入学するも休学して帰省し、2年余りは
公務員などをして過ごしています。
 その後復学しますが、同時に浅草のストリップ劇場で働き、この頃から台本を書き始めます。
 やがてNHKの「ひょっこりひょうたん島」を共作で執筆し、多くの人々に愛されるようになりました。
 さて彼の戯曲となりますと、公式サイトによれば「うかうか三十、ちょろちょろ四十」から「組曲虐殺」まで『68』を数え、「十一ぴきのネコ」で斉田戯曲賞を、「道元の冒険」で芸術選奨新人賞を、「しみじみ日本・乃木大将」や「小林一茶」で紀伊国屋演劇賞等を受賞しています。(他に直木賞、菊池寛賞等も)
 彼の作劇の特徴は、①音楽劇(歌芝居が多い)、②言葉遊びを多用、③エロチックな場面も、④多重構造劇も(劇中劇など)、⑤評伝劇も目立つ(樋口一葉、夏目漱石、松尾芭蕉、石川啄木等々)、⑥はめこみ(極端な例がシェイクスピアで、ハムレット・リチャード3世・リア王・ヴェニスの商人・ロミオとジュリエット等がひとつの芝居に引用されている)、⑦芸能の取り込み(浄瑠璃など)等々とのことでした。