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まなびの会
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2019/05/16のBlog
[ 17:29 ] [ 環境・健康 ]
日 時 2019年5月16日(木)13時40分~14時30分
 2人に1人が「がん」になるという、その「がん」についての
お話しでした。
 がんは正常な細胞の遺伝子に2~10個程度の傷がつく
事により、発生する由にて、最初は悪性でなかった細胞が
多段階の変異によって悪性度を増し、がん細胞が出現する
とのことです。
 がんは遺伝子の病気ですが、遺伝性のがんは1%程度で
大半が一般のがん(正常遺伝子の一部が生活習慣などによる異常)だそうです。
具体的ながん対策としましては、次の4つをあげられました。
(1)予防と早期発見の推進
 生活習慣を改善し、国の指針に基づく検診を受信する
(2)医療体制の整備;がん診療連携拠点病院の指定
(3)安心できる暮らしの支援
 家族や友人に不安を吐き出し、支援センターに相談する
(4)将来につながる基盤づくり:先進的がん治療の発信
 要は一人ひとりが対策を実行することが大切とのことでした。
2019/05/14のBlog
[ 18:36 ] [ 音楽・美術 ]
日 時 2019年5月14日(火)10時30分~12時
 ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を2曲(①弦楽四重奏曲・第8番
「ラズモフスキー・第2番」、②弦楽四重奏曲・第11番「セリオーソ」)
をCDで聴く集いがありました。
 ①は、第1番といろいろ異なっており、第1番が外に大きく拡がりが
あるのとは反対に、この第2番はどちらかと言えば内省的で密度の
高い渋い音楽とのこと。
 言い換えれば、繊細で情緒的な感じの曲というところでしょうか。
②は、ウィーンの国立博物館に保存されている草稿には
「1810年、友人ベートーヴェンよりツメスカル氏に捧げられ
10月に書かれる」と記されているそうで、この言葉の前に
「セリオーソ(厳粛な、まじめなの意)」なる語があったとか。
 この曲の特徴は、第一に構成がいちじるしく緊縮されている
ことと、第二に知性的で情緒的であることで、この二つの
特色が重なり合って一種おごそかな趣が出ている曲でした。
(写真は、ベートーヴェンの博物館)
2019/05/11のBlog
[ 18:43 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 2019年5月11日(土)13時30分~15時
 古代の摂津国は難波津をはじめ、住吉津・武庫水門・大輪田泊
などの諸港津とその後背地をひとつの行政区とした地域を指す由
にて、この地域の氏族についてご教示賜りました。
 今回は特に西摂津地域(兎原郡・武庫郡・河辺郡・有馬郡等)を
中心としたものでした。
 815年に編纂された「新撰姓氏録」(古代氏族の系譜書)によれば
摂津国の氏族は1182氏あったとのことです。
 まず兎原郡からは、大和首(ヤマトノオビト:神知津彦の後裔)や布敷首(ヌノシキノオビト;葛木襲津彦の後裔)等々を。
 武庫郡からは、日下部宿祢(クサカベノスクネ:開化天皇の子孫)や牟佐呉公(ムサノクレノキミ:中国の呉国の王子の子孫)等々を。
 そして河辺郡からは、宣化天皇の皇子・火焔王の後裔であると言われている川原公(カワハラノキミ)や為奈真人(イナノマヒト)等々を。
 また有馬郡からは、羽束首(ハツカシノオビト:天足彦国押人の子孫)等々と有馬温泉(「日本書紀」舒明天皇行幸)について解説をしていただきました。
 最後は凡河内(オウシコウチ)氏の話しで、この氏族は摂津の他、三島(高槻・茨木等)・志紀(大和川流域等)において海上交通を掌握していたと思われるとのことでした。
2019/05/09のBlog
[ 13:27 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 2019年5月9日(木)10時~11時30分
 阪神間ゆかりの作家から、今回は「放浪記」や「浮雲」等で
鮮やかな足跡を残した林芙美子が取り上げられました。
 彼女は1903年に福岡県門司市(現北九州市)に生まれ
1922年に女学校を卒業してすぐに上京いたしました。
 作家活動といたしましては、1928年から「放浪記」の連載
をスタートし、1948年には「晩菊」で女流文学賞を受賞して
います。
 しかし1951年の6月に47才という若さで急死(心臓発作)しました。
彼女の代表作は何と言っても森光子主演の舞台で人気を博した
「放浪記」で、実に2000回以上も上演されたそうです。
 またこの芝居の最初に流れるナレーションがあの有名な「花の
命は短くて、苦しきことのみ多かりき」です。
 彼女は貧しい行商の家庭に生まれ、上京してからもさまざまな
職を転々とし、その間失恋もする等放浪生活をしていました。
 その時に書き始めたのが「歌日記」で、これが「放浪記」のもと
になったと言われています。
2019/04/27のBlog
[ 16:06 ] [ 生活・社会 ]
日 時 2019年4月27日(土)10時~12時
 無形文化遺産とは、ユネスコが制定し、「無形文化遺産の保護
に関する条約」にもとづく概念で、慣習・描写・表現・知識および
技術ならびにそれらに関連する器具・物品・加工品および文化的
空間であって、社会・集団および場合によっては個人の自己の
文化遺産の一部として認めるもののことを言うのだそうです。
 因みに、世界文化遺産が有形の文化を対象としているのに対し
無形文化遺産は無形の文化を対象としている点に大きな特徴が
あります。
そのような中から、本日は日本がユネスコに申請したものを
いくつかご紹介していただきました。
・2013年登録⇒和食(日本人の伝統的な食文化)
・2016年登録⇒山・鉾・屋台行事(京都の祇園祭や秋田の
 花輪ばやし等30件余が登録されています。
 ただ、岸和田のだんじり祭は除かれている由です。)
・2018年登録⇒来訪神(仮面・仮装の姿をした者が家々を
 訪れ怠け者を戒めたり、幸や福をもたらす行事)
2019/04/25のBlog
[ 18:34 ] [ 環境・健康 ]
日 時 2019年4月25日(木)13時30分~15時
 長寿社会となり、シニアにとって避けて通れないのが介護
保険制度です。
 その介護保険のポイントをお聞きしてきました。
 介護保険制度とは高齢者の介護を社会全体で支える仕組み
のことで、高齢者の自立を支援することを理念としています。
 なお、この制度の対象者は・・・
 ①1号被保険者⇒65才以上の人で原因を問わず、要支援・
要介護状態になった場合に利用できます。
 ②2号被保険者⇒40~64才の医療保険加入者で、末期がんや関節リュウマチなどの老化による病気が原因で、要支援・要介護状態になった場合に利用できます。・・・です。
 また介護保険のサービスを利用しようとする場合は、まず要介護認定を受ける必要がありますが、これは認定によって使える内容が異なるからです。
 具体的なサービス内容は、訪問サービス・通所サービス・短期入所サービス・地域密着型介護サービス・居宅介護支援等があります。
 一方 ケアマネジャー(介護支援専門員)の役割ですが、要介護者や要支援者の人の相談や心身の状況に応じ、ケアプランの作成や市町村・サービス事業者・施設等との連絡・調整を行います。
 なおケアプランとは、どのような介護サービスを、いつ、どれだけ利用するかを決める計画のことです。
2019/04/19のBlog
[ 16:09 ] [ 環境・健康 ]
日 時 2019年4月19日(金)13時~14時30分
 今日の講座の趣旨は、主として健康寿命を延ばすことについ
てのお話しでした。
 まず講師から「年をとるということは、どんなことですか?」との
問いがあり、会場からは「あちこち身体が悪くなる。」「物忘れが
ひどくなる。」「固いものが食べられなくなる。」等々の声があがり
ました。
 上記は各々仕方がないことですが、要は昨日より今日の方が
ましだとする生活を心がけてくださいとのことです。
また筋肉の衰えを出来るだけ先延ばしするようにする。(動物性
たんぱく質を摂るなど⇒例:トンカツ)
 そして外に出て5000歩ほど歩くこと。(人と会話をしたり、花や
鳥などの自然に接する)
 それから目標を持つことが重要で、何かを成し遂げようとして
生きること。(仕事でも、趣味でも・・・)
 講師の実父は103才まで健在であった由にて、100才で運転免
許を更新し、毎日畑仕事もしていた・・・・とのことでした。
2019/04/18のBlog
[ 16:25 ] [ 音楽・美術 ]
日 時 2019年4月18日(木)13時30分~15時
 モーツアルトの最後の作品「レクイエム」は未完のまま彼が
亡くなってしまい、弟子のジュースマイヤーが補筆して完成
したものです。
 この補筆については様々な議論がありますが、今回は曲
の内容等について解説をしていただきました。
 モーツアルトは音楽史上まれにみる天才で、幼い頃から
天分を発揮し、各地を旅して普遍的な様式を身につけました。
 彼はザルツブルクでの宮廷音楽家を経て、1781年以降はウィーンで活躍いたしました。
 「レクイエム」とは、死者のためのミサ曲です。
 内容は、1⇒レクイエム・エテルナム(永遠の安息を)、2⇒キリエ(憐みの讃歌)、3⇒デメエス・イレ(怒りの日)、4⇒トゥーバ・ミルム(奇しきラッパの響き)、5⇒レックス・トレメンデ(恐るべき御稜威の王)、6⇒レコルダーレ(思い出したまえ)、7⇒コンフターティス(呪われ退けられし者達が)、8⇒ラクリモーサ(涙の日)、9⇒ドミネ・イエス(主イエス)、10⇒オスティアス(賛美の生贄)、11⇒サンクトウス(聖なるかな)、12⇒ベネディクトウス(祝福された者)、13⇒アニゥス・ディ(神の子羊)、14⇒ルックス・エテルナ(永遠の光)・・・の14曲から成っています。
 この曲は未完でしたので、妻のコンスタンツェ(写真)が収入を得るために補筆をジュースマイヤーに依頼し、完成した楽譜を依頼主・ヴァルゼック伯爵に渡し、無事に作曲料を得たとのことでした。
2019/04/13のBlog
[ 17:03 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 2019年4月13日(土)13時30分~15時
 古墳時代の中国や朝鮮半島との交易には瀬戸内海の海路が
重要な役割を果たしていた由にて、その中心である阪神地域に
ついて解説をしていただきました。
 海外交流を時代別に見てみますと・・・
・弥生時代(~3世紀)⇒漢との外交・交易
・古墳時代前期(~4世紀前半)⇒魏・晋、朝鮮との外交・交易
・古墳時代前~中期(~5世紀)⇒伽耶(朝鮮半島)との交流
・古墳時代中~後期(~6世紀)⇒中国南朝、百済・新羅との交流

これを古墳の展開と照らし合わせますと・・・
・古墳時代前期⇒神戸市東部を中心に展開(処女塚古墳等)
・古墳時代中期前半⇒大型古墳なし
・古墳時代中期後半・後期⇒芦屋(金津山)、西宮(津門)等
 なお阪神間には、猪名乃浦・六児乃泊・務古水門等の地名
が見え、「浦」「泊」「水門」等「港」を現す語が入っていること
から、交易に重要な役割をはたしていたことが伺えます。
 よってこの辺には海路を司る豪族が居たと思われる由です。
2019/04/11のBlog
[ 14:52 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 2019年4月11日(木)10時~11時30分
 阪神間ゆかりの作家から今回は長く苦楽園に住み(30年間)
どん底の生活を送りながら作家活動を続けた「黒岩重吾」につ
いてのお話しでした。
 彼は1924年に大阪市此花区に生まれ、同志社大学を卒業
して證券会社に勤めたり、株ブローカーなどをしていましたが、
全身マヒ等により思うような生活ができませんでした。
 その後執筆活動に入り、1961年の長編小説「背徳のメス」が
直木賞を受賞し、一躍社会派ミステリーの第一人者に躍り出ました。
 しかし彼はほどなく古代史ロマンに転身していきます。
 その理由は、第一に青少年時代の遊び場が百舌鳥古墳群周辺(仁徳天皇陵等)であったこと。
 第二にドライブで訪れた橿原神宮(神武天皇を祀る)において啓示とも受け取れる体験をしたこと。
 第三は昭和47年に高松塚古墳の壁画が発見されたこと・・・が一本の回路につながったからです。
 最初の古代史小説は「天の川の太陽」で、吉川英治文学賞を受賞するなど、高い評価を得ました。
 その内容は、大海人皇子(後の天武天皇)を主人公に、古代史最大の内戦と言われる壬申の乱に至るまでの10年余りを、朝鮮半島の情勢をからめながら描いている大作です。
 以後、「紅蓮の女王・小説推古女帝」「落日の王子・蘇我入鹿」「天翔ける白日・小説大津皇子」「聖徳太子・日の影の王子」など話題作を次々と発表していったとのことでした。