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よしこちゃんの部屋
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2020/12/31のBlog
創業2005年、おかげさまで14年となりました
『よしこちゃん☆かけはし工房』 代表
「よしこちゃん」こと大橋良子のブログです

「名刺サイズの8ページパンフレット」をはじめ、
広報誌・チラシ・パンフレット等の各種広告ツールの
企画からデザイン、制作(印刷)をさせて頂いております。

(→)は、枚岡合金工具㈱様の名刺サイズの手描き絵本
『ありがとうデジタルドルフィンズ誕生物語えほん』等です。
※お会いしたことがない方への作品制作に関しましては、
一度お会いさせて頂き、ご縁を結ばせて(ご理解を)
頂いた後にさせて頂いております。
手間暇はかかりますが、そのような想いで日々制作しています。

当ブログでは、「よしこちゃん」の珍道中話から、
ボランティア活動、日々の感動話や雑感・・・そして
四国お遍路などの修行話を徒然なるままに記しております。
認定NPO法人宝塚NPOセンターの元センター長の
故・森綾子さんのお名刺(→)が最初の制作作品です。
森さんのご期待に沿える人生を目指しております。

どうぞよろしくお願いいたします

弊社の詳細情報は、下記「PDFファイル」をご覧ください


メールアドレス:yossy-77●zeus.eonet.ne.jp
 (●のところを@に変えて送信ください)

「フェイスブック」やっています。「大橋良子」で検索してください。

2020/03/31のBlog
ひょんなご縁で6年前、

撮影のサポートスタッフをさせて頂いた、

エミリ・ベルト監督のドキュメンタリー映画『88』が

一ヶ月限定で無料配信されるとのことです。

息抜きや気分転換にご覧くださいとのことです^^♪



ありがとうございます!

南無大師遍照金剛(=人=)☆



<以下エミリ・ベルトさんからのメッセージ>

皆さま、

四国遍路八十八ヶ所をテーマにした私の映画を、

1か月無料で配信いたします。

どうぞ息抜きや気分転換にご覧ください。


『88』 (日本語バージョン/Japanese Subs)

https://vimeo.com/cedricjouan/88_jap

パスワード: RESPIRATION

↑上記サイトにアクセスの上、パスワードを入力してください。



<シノプシス>

四国に渡り、弘法大師の遍路道を辿る……。

主観的な映像でとらえ、映画は観る者を神秘の冒険にいざなう。。。


2020/03/30のBlog
竹田恒泰さん、ありがとう!!!

私のイメージ通りの動画です。

まさに、そうですよね(^0^)!



「復興五輪/東日本大震災復興オリンピック」から、

「世界復興オリンピック」へ!




起こること・起こったことは仕方がありません。

起こったことをどう前向きに捉え、よりよい未来を創っていくのか?

その象徴として、世界一つになってこの

【平和の祭典】をいかにして成功させるのか?!が

地球人類に今、問われております(=人=)☆



【延期になった東京五輪、人類が新型コロナに打ち勝って迎えるオリンピックにしよう!】

~竹田恒泰チャンネル~↓

https://www.youtube.com/watch?v=MUmE7vc8PSU&feature=youtu.be&fbclid=IwAR0n-aU84upOJK2y9feVdOcvCj1g9YSmYAZoCWTNkMSnGpIIgQNvXSqO4zI





2020/03/29のBlog
[ 21:01 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
久しぶりに、マイ畑に行って来ました^^♪

畑のすぐ上にある、玉祖神社の桜は、

だんだんと満開に近づいてきました!


おかげさまで私の畑も、いろんなもの

(イチゴ・タマネギ・ジャガイモ・カブ・ブロッコリー・

キャベツ・レタス)がスクスクと成長中~♪



そして今日も美しい里山風景に

たくさん出会えました(=人=)☆



個人的な趣味としての畑作業ですが、

自分たちの食べるものを自分たちで

作って確保するという【自給自足】は

私がこの畑を耕す前から目指していたことであり、

これから先、この地球で必要になる可能性が

あると観ていたからです。



この社会がどんな状況になったとしても、

食べるもの(生きていくのに必要最小限の衣食住)が

確保出来る状態にしておけば、

心の余裕を持って朗らかに生きて行けるし、

心の余裕があるからこそ、周りの人たちをサポートする/

救うことが出来るからです(=人=)☆



下記のネット記事を見つけました。

なるほど。。。


【仏農相、自宅待機から農作業への切り替えを市民に提案】
https://jp.sputniknews.com/covid-19/202003247295262/?fbclid=IwAR27N_iTPSRyTeKAD_OgtMfp0AGaW7X27SWcbLJZYoNJ1MZ_ehPkXWn-DsI



[ 20:36 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
3月下旬~4月上旬は何かと忙しくなるのですが、

今日は日曜日(しかも雨上がり)でしたので、

久しぶりにマイカーを掃除しましたぁ~(^^)♪



雨天だった昨日からマイカーを外に出しておきました。

そうすると、水道代がかかりません。

天与のシャワーで水拭き状態です(笑)。



で、少し残っていた水滴を拭き取ってから、

せっせとワックスがけ☆



車内も綺麗に掃除機!

我が家の掃除機はかなり年季が入ってますが、

ガムテープで修理しつつも、

まだまだ現役で吸引力バツグン☆



そして最後は掃除機のお掃除をして終了~っ☆

快適なマイカーでこの4月も

迎えたいなぁと思います(=人=)♪



[ 20:23 ] [ よしこちゃんのつぶやき ]
自宅台所にビアードパパの作りたて工房の

紙袋がっ☆

シュークリームと思いつつ、中を開けると、

昔なつかしの手作りおかきでした(笑)。



近所に暮らす親類のおばさんが

焼いてくれたとのこと!



私の脳みそをシュークリームからおかきに

切り替えるのに15秒くらいかかりました(^^;)爆☆



そして私の胃袋に

「シュークリームやなくて、おかきが行くよ~」って、

言い直してから、美味しくいただきましたぁ~(^^)笑♪


2020/03/25のBlog
オリンピックの聖火を見終え、

その近くにある日和山公園に行って、

石巻の町並みを眺めてから、仙台空港に戻り、

おかげさまで無事大阪に帰って来ました。

その日の夜、やっぱりテレビで聖火のことがやっていました^^♪



思わぬところで、聖火という

【聖なる火(ヒカリ)】を観、

「なるほど。。。だから最初にこの東北に

このヒカリが来たんやな」って私は理解しました。



なお、トーチに関しましては先日3月11日、

地元アリオ八尾で『Fukushima 50』を観に行った時に、

たまたま実物が展示されていたので、

写真撮影しておきました。



今までオリンピックって、利権やカネ、

欲のニオイがプンプンして、嫌なイメージが

多分にありましたので、

「こんなオリンピックなんて、コロナでやめちまえ!」

って思ってました・・・。だけど聖火を直に観、

その考え方を改め直しました。

オリンピックをやって欲しいと今は心から願っています

(今の世界状況を観れば、1~2年延期となりそうですが)。



平和を愛する民が暮らしていた

古代都市・オリンピアで生まれたこのオリンピックは、

地球平和の象徴的行事であります。



実は訳(縁)あって、

ギリシャに行くことが決まっております。

ですので今、ギリシャについてもあれこれ調べており、

それに関連して「ギリシャ神話」についても調べています。

聖火が採られる場所である「ヘラ神殿跡」にも行くつもりです。



古代ギリシャは日本と同じ多神教の国でした。

多神教なんで、多くの神々(人間や物事)を受け入れる、

精神的な次元の高い国でした。

ところが、力で勝る一神教の民族に滅ぼされ、今に至るのです。



こんな感じで、愛と包容力のある平和的民族は、

この地球から抹殺されたと思いきや、

この聖なるヒカリの中に意識(念)として残っていて、

それが脈々と継承され続けて来たのです。



オリンピアの真の精神で持って被災地を愛のヒカリで灯し、

人々は希望に満ちて、真の復興・進化を成し遂げて行くのです。

だからこそ、最初にこの地に、

このヒカリがやって来たのだと私は観じました。



こんな感じで、今回の旅修行も、最初から最後まで

多種多様な大いなる存在たちに導かれ、終わりました。



例え世界が絶望の淵に立たされたとしても、

私はこの聖火のように、キボウノヒカリが

心の中から消えることはありません。



なぜならば真の絶望とは、

その人が絶望であると認識した時に起こる現象だからです。



絶望と思えば絶望、希望であると思えば希望であるというのが、

この世界の確信的真実であります。



この旅でお世話になった全てのみなさま、

ありがとうございました。



被災地の一日も早い復興を、

心よりお祈りいたしております(=人=)☆


3月20日(木)13時半。

今回の旅最後の目的地である、

宮城県石巻市に到着しました。



「がんばろう石巻」の看板と、

毎週金曜日13~15時までと土日祝しか開いていない、

その横にオープンした

「東日本大震災 メモリアル南浜つなぐ館」を観るために、

今回の旅の最後はこの石巻と決めて参りました↓

https://311support.com/spot/tsunami_museum



災害ボランティアで初めて石巻に来た時、

2年前に震災復興の様子を観に来た時も、

この町に来ました。



人間の大自然に対する無力さと、

また立ち直って生きて行けるという凄さ・素晴らしさ、

その両方を確認出来る場所かと思われます。



初めて来た時は、

震災後まだ半年しか経ってなくて

瓦礫がたくさん残ってて雑然としていましたが、

現在は人の手によって清浄な場所になっています。





「がんばろう石巻」の看板と

「東日本大震災 メモリアル南浜つなぐ館」を見終わった後、

やたらめったら人が多いし、宮城警察の方や

石巻市役所の方が多いので、

「今日何かイベント、あるんですか?」と伺いますと

「オリンピックの聖火が今、ここに来ているんです。

アテネから東京に着き、さきほど航空自衛隊・松島基地から

ここに運ばれて来ました。

日本で初めてここで一般公開されるんです。」



って、え~~~~~~~~~~っ(>0<)!??



「大阪からわざわざ聖火を見に来られたのではないんですか?」

「いえいえ、全くの偶然です。。。^^;☆」



ということで、帰りの飛行機は20:15分発

(レンタカー返却時刻は18時)で、

まだ時間はありましたので、

これは観ないといけないという天与の機会やと、

長蛇の列に並ぶことにしました。



私の前にも後ろにもたくさん人がおりました。

少なくても1,000人はいたかと思います。

多くて3,000人くらいおりました~(^^;)☆



【その時のNHKの報道↓】

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200320/k10012341971000.html?fbclid=IwAR2Z-qTZ7-ABilYVbP0otsrb7HfuuDbxBGTv9vogg77qnUH6LIlTP9HkZKo



3月20日(木)お昼。

宮城県南三陸町にあります

「南三陸さんさん商店街」に行きました↓

https://www.sansan-minamisanriku.com/



ここは地元の方向けのお店、

観光客向けのお店の両方が共存していて、

多くの人で賑わっていました。



八幡川を挟んで向こう側に震災遺構である、

「防災対策庁舎」がありました↓

http://memory.ever.jp/tsunami/higeki_bosai-tyosya.html



最後まで住民に避難を呼び掛けて、

呼び掛けておられた方々の多くが

亡くなった・行方不明となられた場所です。



ここに行った時もかなり風が強く、

ゴーゴー!と激しい音を立てていました。



天の嘆き、地の叫びのようにも観じました。。。



3月20日(木・祝)。

朝は曇ってましたが、だんだん晴れて来ました。

と同時に警報が出る程の強風となりました。

大船渡温泉を出て、宮城県気仙沼市にある

唐桑(からくわ)半島に行きました。



この半島のさきっちょに、ビジターセンターがあり、

そこに「津波体験館」というものがあると知り、

体験してみました↓

http://www.karakuwa.com/visiter/



この施設はかなり前に出来たようで、

昭和感が漂ってましたが、

映像は平成の東日本大震災バージョンに変わっており、

座っている椅子が地震のように動いたり、

前方から風が吹いたりします。



御崎(おさき)神社という清らかな場所もあり、

ちょっと散策してみました。

古の時代から続く、天地を仰ぎ共に暮す、

その悠久なる人々の営みに想いを馳せました。



ゆっくり散策したいのですが、

時間の都合上&性格の関係で(笑)、

唐桑半島には1時間の滞在で次の訪問地へ

サッと向かいました。



3月19日(木)は岩手県大船渡市にある

「大船渡温泉」に泊まりました↓

https://oofunato-onsen.com/



お客さんが少なかったようで、

無料で部屋のグレードアップをしてくださり、

最上階の角部屋(海側)に

泊まらせていただきました(^^)♪



三陸の海の真ん前にある絶景旅館でした☆

なお、この旅館は屋上が開放されており、

そこから見る星空がめっちゃ綺麗でした!



三陸の海から昇る朝日は、

曇っていたため見れませんでしたが、

朝の銀色に光る海がとても綺麗でした。。。☆



さすが料理旅館だけありまして、

「ついさっきまでそこの海で泳いでました~!」

ってかんじの新鮮なお魚たちの美味しすぎるお料理、

「わかめのしゃぶしゃぶ」という、

お湯を通すと一瞬で綺麗な緑色になって、

新鮮すぎて美味しいワカメなど。。。

本当にステキな旅館でした。



親近感バツグンのスタッフの方々との

いろんな会話も楽しませていただきました。



今度ここに来る時は、ゆっくり連泊して、

海を観、波の音を聞きながら

読書でもしたいです。



3月19日(木)。

引き続き、陸前高田のことです。

いろいろ聞いて調べて観て来ました。



陸前高田の市街地の多くが大津波で

流されてしまいました。

つるかめ鮨のおじさんに、震災前と後の

拡大写真を見せてもらいました。



国主導で最高12メートルの広大な

嵩上げ地が作られています。

被災地最大規模の国家予算が使われています。



設計図上では「ベストな復興計画だ」と

想定された実施されたこの大プロジェクトですが、

実際は陸前高田に住んでいた方の

およそ10%が震災で亡くなり、

嵩上げ工事期間が待てない等の理由で、

多くの人が他の地域に移住してしまい、

嵩上げ工事が完了しても、半分以上が

使用用途が決まっていない=空き地になるそうです。



実際起こっている設計者たちにとって想定外だった

人口流出現象によって、

少し大げさな表現で申しますと

「計画失敗」だったということです。



となると、つるかめ鮨のおじさんのような

更に借金を重ねた上で、嵩上げ地で

復興を決意された方々にとっては死活問題な訳です。

おじさん曰く「ある意味、震災時の苦しみよりも、

こっちの方が苦しみが大きい」とのこと。



震災って自然災害で、みんなが同じような苦しみを

背負った訳ですが、この都市計画の失敗って、

明らかに人災な訳ですよね。



かつての賑わいを取り戻そうと、

国や市町村主導でがんばっているようです。

「奇跡の一本松」で有名になった場所には、

大きな公園が出来ており、道の駅と、

入館無料の「東日本大震災津波伝承館」が出来ています↓

https://iwate-tsunami-memorial.jp/



この伝承館、大変見応えがあります。

かなりの来館者があるとのことです。

次の段階として、ホテルを作って、

観光客の滞在時間を増やそうという戦略のようです。



確かにハコモノ(ハード)を作ることも

必要なことかとは思います。

だけど、つるかめ鮨のおじさんとも話していたのですが、

旅人は何を求めてここに来ているかと言いますと、

どこにでもあるハコモノよりも、

その土地土地の義理人情(ハート)であったり、

その土地にしかないオリジナリティ(文化・歴史)なんですよね。



となりますと、行政主導のみの復興は片手落ちであり、

つるかめ鮨のおじさんのような郷土愛ハンパない

市民も積極的に巻き込んでまさに地域ぐるみで

行っていく必要があると観じました。



嵩上げ地が出来てしまったので、

何とも言えないのですが、

嵩上げ地を作ったことにより、

全ての郷土が白紙になったことで、

他の被災地とは別次元の、

復興に向けての難しさがあるように思いました。



【参考】ニュース映像 2020.3.11

https://www.youtube.com/watch?v=ZNk453fPIcM


3月19日(木)13時。

岩手県陸前高田(りくぜんたかた)市にある、

つるかめ鮨さんへ↓

https://www.facebook.com/tsurukamezushi/



2年前・2018年2月2日に「お寿司が食べたい」と

ふらーっと偶然立ち寄ったのが、つるかめ鮨さん↓

http://www.voluntary.jp/weblog/myblog/43837/3998816#3998816



名物のおじさん・阿部和明さんの

お人柄に魅せられて、

またまたお伺いさせて頂きましたぁ~^^♪



なお、おじさんのことは、NNNドキュメント(日テレ系)でも紹介されました↓

http://www.ntv.co.jp/document/backnumber/archive/post-55.html?fbclid=IwAR16NyUhXMeDvxsHwP_UY1LL9dYrdTBIuFWG_v4dQtxC-NPXA9too0vDrHQ



2年前は高台にある、プレハブでの営業でしたが、

今は嵩上げ地の中心部に出来た

「アバッセたかた」という

大型ショッピングセンター横に店舗を構え、

息子さんと共に経営されておられます。



寿司職人としてかつて大阪の黒門市場で

修行されておられただけあり、

大阪人である私には更にフレンドリーに接して頂き、

今回も感謝感激です!



2年前行った時の写真やメモ書きを

きちっとファイリングしておられ、めちゃくちゃ感動!!!



今回は更にパワーアップしたおじさんの体験記(冊子)や

NNNドキュメントのDVDも頂きました。



最後には前回同様、おじさんやスタッフのおばさん、

たまたま盛岡から来たお客さんも一緒に、

つるかめ鮨のおじさん名物の【愛のナイアガラ】

(紙テープで大歓迎してくださいます)をして下さいました!



陸前高田で起こったことの語り部として、

今回もいろんなことを教えていただき、、、

自分のため、家族のため、そして

陸前高田のためにがんばっておられます。



おじさんたちの涙が私たちの涙、

おじさんたちの歓びが私たちの歓びです。

遠い大阪からではございますが、

おじさんたちのご多幸を心よりお祈りしています。



またふらーっとおじさんたちに“愛に”いきます~(^^)♪


3月19日(木)朝。

岩手県宮古市を離れ、三陸海岸沿いを

南下(仙台方面)し、釜石大観音に行きました↓

http://kamaishi-daikannon.com/about/



この大観音は、大阪万博の年(1970)に出来ました。

なるほど、その時代の雰囲気からすれば、

こんなにドデカイ観音様を作ろう!

ということになりますよね。。。☆



上り専用ですが、

立派なエスカレーターまであります。

維持費大変そうです^^;



私はこの観音様や仏舎利のあるお寺よりも、

展望台にもなっている観音様の胸あたりから観る、

三陸の海に関心がありました。



この大観音が出来た当時は参道も

賑わっていたようですが、今は閑散としております。

が、この観音さまの想いは今も、

信を仰ぐ方々の心の中に響き続けているのだと

思います。
ゲストハウス3710には、シャワーしかないので、

白いカゴに入ったシャンプーセットを借りて、

近くにある昭和レトロ感満載の銭湯

「福島湯」に行って来ました。

宮古市街地では未だ銭湯が数軒あり、まだまだ健在です。



福島湯に入る前、この銭湯の裏側を通ったのですが、

そこに銭湯の燃料になる木材が

沢山積まれていたのですが、

それが明らかに地震津波で潰された

家屋や家財道具なんです。

何とも言えない気持ちになりました。。。



福島湯に入りますと、

何とも言えない昭和レトロ感に、

生まれて始めてこの町に来たのに、

めっちゃ懐かしいと思いました。



番台にいるおばさんも、お客さんたちも

みなさんとってもフレンドリー・仲が良くって、

旅人である私も何だか地元人になったかのような

気分になりました。



着替えを入れる場所が結構あったのですが、

どこも荷物が入っていました。

入っている人は4人しかいないのに・・・

番台のおばさん曰く

「みんな(常連さんが)荷物置いているからね~ 

8番は空いているよ」って、常連さんの量がハンパない(笑)。



しかも、入れる場所がイッパイなんで、

お風呂への入り口までも、

誰かのシャンプーセットが4つ程置かれてるし(笑)!



浴槽に入ってますと、4歳くらいの男の子が

一人で遊びながら体を洗っていました。

脱衣所には既に上がった妹(2歳くらい)と

お母さん(私と同世代)がいて、

番台のおばさんとワイワイ楽しくお話されていました。



そうか。。。今目の前で体を洗っている男の子は、

あの震災を知らないねんな。。。

だからこんなに無垢で人生楽しそう、、、

【影】がないねんなーって分かりました。



みんな笑顔であっても、人生いろいろ辛いことがあれば、

どこかに影があります。

でもこの男の子には影がないんですよね。



こうやって人間は死んではまた生まれてくる。

いろんなものを学んで、命を継承しながら、

どんどん新しくなっていく。



あの辛く悲しい苦しい出来事に囚われずに、

前を向いて歩いていくしかない。

やっぱり、この地球で生まれて来ることって、

希望であって、歓び、そのものなんだから。。。

そんなことをこの男の子から教えて貰いました。



東北の人って、定期的にこの手の震災が起こったりして、

所得の多い人って比較的少ない地域なのですが、

漁業などの第一次産業って、

みんなで分け合い助け合って、

仲が良くないと出来ない仕事なんですよね。



東北の方々が大切にして来た、

分け合い助け合う、共助の精神が、

きっと震災復興のベースの力になっていて、

みんな辛いし苦しいんやけど、

みんなで頑張っていこう、みんなで良くなって行こうと、

口に出さずとも日々一所懸命されてはるんやろうな

って思いました。



銭湯から出る時に、番台のおばさんから、

「ありがとうございました」ではなく

「おやすみなさいー」と言われ、

何故、ゲストハウスのハヤカワ君がこの町で

生きていくことを決めたのか?分かったような気がしました。



大都会にはいっぱい人や仕事やお金があるけど、

大都会には少ない、、、全ての人を包み込む

【愛】がちゃんとあって、家族のように

愛をみんなで分かち合って、

勁く生きているんやなーって思いました。


18日夜は、宮古市の市街地にある

「ゲストハウス3710」に泊まらせて頂きました↓

https://guesthouse3710.com/



私はこの手のゲストハウスって好きなんですよね^^♪

「多くの人に、この町の素晴らしさを知って欲しい」

自分の商売も大事やけど、町の活性化・繁栄を目指して

【地域愛】がベースになっている場所です。



だけど、相部屋は好きじゃないので、

個室のあるゲストハウスしか泊まりませんが(^^;)。



元々はメガネ屋さんだったそうで、

そこを自分たちでリノベーションしたとのことです。

クラウドファンディングで広く浄財を集めてオープンし、

2年経つんだそうです。



「自分たちのアジト」って感じで、

手作り感とワクワク感満載のステキな場所でした。



30代前半のお宿のおにいさん(ハヤカワ君)以外に、

一階のオープンスペースには地元の若者が2人、

思い思いの時間をゆったり過ごしていました^^♪



このハヤカワ君に一通り宮古市のことを伺った後、

彼自身のことをあれこれ伺ってみました。



彼は心に壁のない、

24時間365日春のようなおっとりした・・・

こっちまで自然とおっとりほっこりする

不思議な男の子でした。



ハヤカワ君は福岡県出身。

東日本大震災の時、ボランティアをしに長期間、

この宮古市に来てて、それで居着いたとのこと(驚)☆

今風の言葉で言いますと「Iターン」というやつです。



彼曰く「僕にとって、この町の大きさが

ちょうどいいんです。大きくもなく、小さくもなく」。



何だか、ハヤカワ君らしーなー!ってミョーに納得☆

彼のようにおっとり朗らかで心が綺麗な人は、

この町の【風土】にぴったりです☆



大都会・福岡では、彼のような人はスピードが

早くてついていけないし、彼の良さが潰されると思いました。

彼の周りには、そんなIターンの若者が結構いるようです。

その仲間たちと一緒にここを創り、運営されています。



儲かっている感じはあまりしないのですが(笑)、

だけどここに集う人たちはみんな幸せそうでした。

愛すべき居場所や仲間~フルサト~があるって、

本当にステキなことですよね。



あの大震災の“せい”で、人生が大変なことに

なってしまった人が多いですが、

このハヤカワ君のように、大震災の“おかげ”で、

自分の人生が大きく変わって、

愛すべき居場所が見つかった人もおられるんやんぁ。。。って、

何だかとっても嬉しくなりました。



ほんと、人生って、摩訶不思議で面白い・・・

一寸先は闇ではなくって、

【ヒカリ】だということを彼の生き様から

教えていただきましたぁ~(^^)♪


18日(水)17時。

大槌町からまた更に北上し、

宮古市にある景勝地「浄土ヶ浜」に行きました↓

https://www.kankou385.jp/jodogahama/



さすが名前の通り、

この世にいながら【浄土】にいる観じがいたしました。



にしましても、

地元の学生が遊びに来ているのが一番多く、

殆ど観光客がいなくて、閑散としていました。

さすがにここまで人がいないと、

この絶景を独り占め出来る喜びの中に、

地元経済の先行きを心配したくなる気持ちがよぎります。



だけど、そんな人間の心配をよそに、

ウミネコちゃんたちが、人間である私が

近くにいても動じることなく、

悠々と生きている姿を観、そんな心配の心すら、

何だかちっぽけに思えてきました(^^)。



18日(水)15時半。

宮城県気仙沼市から県境をまたぎ、岩手県・大槌町へ。



「ベルガーディア鯨山」という、

個人の方が作っておられる洋風のお庭の中にある、

「風の電話」を観に行きました↓

http://bell-gardia.jp/

(「風の電話」以外の場所は、要予約の施設です)



NHKのドキュメンタリーでもやってましたし↓

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586774/index.html

今年1月に映画にもなりました↓

http://kazenodenwa.com/



美しいお庭に佇む、電話ボックス。

その中にある線の繋がらない黒電話の受話器で、

亡くなった方々と会話をするというものです。



実際現地に行って観じたことは、

「やっぱり、ここで(故人と)会話出来るなぁ」ということです。



何とも言えない「あったかいもの」が、

風の電話のまわりに溢れていました。



どこにも繋がっていない電話の線はきっと本当は、

【どこにでも繋がる】電話の線なんだと観じました。



そう観じた人だけが繋がることの出来る、

時空を越えさせる【愛の電話】なんでしょうね^^♪



18日(水)10時。

仙台空港近くでレンタカーを借り、

高速道路で一気に、宮城県の北端の町・

気仙沼市に行きました。



その市街地ど真ん中にある「K-port」という

名前のレストラン&カフェは、

俳優の渡辺謙さんがサポートをされています↓

https://www.k-port-kesennuma.org/story



13時に行ったのですが、ほぼ満席状態で、

さすが“渡辺謙効果”バツグンです!

私はまかない丼を注文。

人手不足っぽく、お料理が来るまで30分かかりました(汗)★

だけど、大阪人に比べて気仙人(けせんじん)は

自然体でスローペースなのでニクメマセン^^♪



お味は、確かに美味しいのですが、

この後みっちり三陸海岸の海の幸を

食べまくったよしこちゃんからすれば、

地元のトーチャンカーチャンが昭和レトロ感漂う

古いお店でやっている方が値段が安くて

同等レベルのものが食べられると思いました。



ま、東京にありそうな、オシャレさやブランドが

ウリっぽいので、こんなもんでしょうね^^♪



ま、とにもかくにも私が何を申したいかと言いますと、

有名な方が、毎日本気で被災地応援をされ

続けていることによって、

多くの方々が被災地に意識が向き、

足を運んでくださることが、

本当に素晴らしいことだと観じましたぁ~!



先日3月11日に『Fukushima 50』も観ましたし、

ますます渡辺謙さん、

応援しております~っ(^0^)!!!
3月18日(水)9:05分。

おかげさまで定刻通りに仙台空港に到着。

しばし仙台国際空港の中や周辺を見て歩いてました。



今でも忘れません。

あの日私は、マイカーで四国遍路中で

高知市内(28番大日寺)におりました。

宿泊先ホテル隣にあった観光案内所のテレビで、

この空港が大津波に飲み込まれている

映像を観ました(5枚目写真)。



その3週間前、日本商工会議所青年部の

全国大会参加のため、仙台に行きました。

加えて宮城県倫理法人会の方々に当時、

大阪府倫理法人会で行おうとしていた

新事業についてあれこれ伝授して頂き、

大変お世話になりました。



その時飛行機の中から見た仙台空港が、

3週間後にこんな姿になるとは・・・

何とも言えない気分になりました。

もしも3週間震災が早く起こっていれば、

私はもうこの世にいなかったかも知れません。



それにその時にお世話になった方々のことが

心配でなりませんでした。

後で知りましたが、何人かの方は津波にのみ込まれて

亡くなられたとのことです。



ということで、出来ることは本当に小さいのですが、

震災ボランティアに2回行き、そして被災地に伺い、

鎮魂と復興応援をさせて頂いております。



仙台空港にも「ここまで津波が来ました」と

案内が貼られています。

この手の案内は被災地のあっちこっちに貼られています。

「過去の出来事を風化させない。」

という決意の顕れなんだと観じております。



だけど、被災者でない私たちの心の中では、

どんどん風化が進んでいるような気がしております。



被災地のこと、被災された方々、

亡くなられた方々を忘れないという心が、

私たち日本人全員にとっても必要な気がしてなりません。



なぜなら日本は、世界は、地球は、

バラバラではなく【一つ】なんですから。。。



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