「私憤と公憤」

先日、私憤(しふん)と公憤(こうふん)という、

ステキな言葉を耳にいたしましたぁ(^^)♪

【憤り】というものには、

大きく分けて2種類あるとのことでした。

「私憤」は、自分の我儘・自分さえ

良ければいいという想念から発心された憤りです。

「公憤」は、自分以外の他者・存在を守るため…

はたまたよりよい方向に導くために

起こすエネルギーです。

憤りや怒りのエネルギーは、

あまりよくないエネルギーなので、

人前でもあまり出すべきでないというのが

一般常識ですが、

怒りのエネルギーは自然界で言うところの

雷のように強烈且つ最強…

最終手段として使う“ショック療法的なもの”

かと思われますので、

優しい【愛の裏返し表現】として、

たまに私も使わせて頂いております(笑)♪

日本古来の“修験道”が祀る【蔵王権現様】は

とても恐ろしいお顔(激しい忿怒相)をされておられます。

正に「公憤の念」を持って、

何がなんでも人を世界を多種多様な

地獄から救い出そうとされているのだと感じます。

正に【恕・じょ】というものを具現化したもの・・・

のようにも感じております。

以上のように、ただ単に自分の快楽や欲求だけを

満たすだけの【私憤】の発心はよろしくないですが、

誰か・何かのために発心する【公憤】は、

必要に応じてすべきだと感じております。

日だまりのようにニコニコ諭しても通じない人間には、

台風や雷を起こす“風神・雷神”になって諭さなければ、

効かない場合もあろうかと思われます(^人^)♪