ニックネーム:  パスワード:
| MyBlogトップ | Blogポータル | ブログガイド | よくある質問 | サポート |
よしこちゃんの部屋
記事一覧イベント一覧
[ 総Blog数:3974件 ] [ このMyBlogをブックマークする ] [ RSS0.91  RSS1.0  RSS2.0 ][ ATOM ]
2020/03/25のBlog
3月20日(木)13時半。

今回の旅最後の目的地である、

宮城県石巻市に到着しました。



「がんばろう石巻」の看板と、

毎週金曜日13~15時までと土日祝しか開いていない、

その横にオープンした

「東日本大震災 メモリアル南浜つなぐ館」を観るために、

今回の旅の最後はこの石巻と決めて参りました↓

https://311support.com/spot/tsunami_museum



災害ボランティアで初めて石巻に来た時、

2年前に震災復興の様子を観に来た時も、

この町に来ました。



人間の大自然に対する無力さと、

また立ち直って生きて行けるという凄さ・素晴らしさ、

その両方を確認出来る場所かと思われます。



初めて来た時は、

震災後まだ半年しか経ってなくて

瓦礫がたくさん残ってて雑然としていましたが、

現在は人の手によって清浄な場所になっています。





「がんばろう石巻」の看板と

「東日本大震災 メモリアル南浜つなぐ館」を見終わった後、

やたらめったら人が多いし、宮城警察の方や

石巻市役所の方が多いので、

「今日何かイベント、あるんですか?」と伺いますと

「オリンピックの聖火が今、ここに来ているんです。

アテネから東京に着き、さきほど航空自衛隊・松島基地から

ここに運ばれて来ました。

日本で初めてここで一般公開されるんです。」



って、え~~~~~~~~~~っ(>0<)!??



「大阪からわざわざ聖火を見に来られたのではないんですか?」

「いえいえ、全くの偶然です。。。^^;☆」



ということで、帰りの飛行機は20:15分発

(レンタカー返却時刻は18時)で、

まだ時間はありましたので、

これは観ないといけないという天与の機会やと、

長蛇の列に並ぶことにしました。



私の前にも後ろにもたくさん人がおりました。

少なくても1,000人はいたかと思います。

多くて3,000人くらいおりました~(^^;)☆



【その時のNHKの報道↓】

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200320/k10012341971000.html?fbclid=IwAR2Z-qTZ7-ABilYVbP0otsrb7HfuuDbxBGTv9vogg77qnUH6LIlTP9HkZKo



3月20日(木)お昼。

宮城県南三陸町にあります

「南三陸さんさん商店街」に行きました↓

https://www.sansan-minamisanriku.com/



ここは地元の方向けのお店、

観光客向けのお店の両方が共存していて、

多くの人で賑わっていました。



八幡川を挟んで向こう側に震災遺構である、

「防災対策庁舎」がありました↓

http://memory.ever.jp/tsunami/higeki_bosai-tyosya.html



最後まで住民に避難を呼び掛けて、

呼び掛けておられた方々の多くが

亡くなった・行方不明となられた場所です。



ここに行った時もかなり風が強く、

ゴーゴー!と激しい音を立てていました。



天の嘆き、地の叫びのようにも観じました。。。



3月20日(木・祝)。

朝は曇ってましたが、だんだん晴れて来ました。

と同時に警報が出る程の強風となりました。

大船渡温泉を出て、宮城県気仙沼市にある

唐桑(からくわ)半島に行きました。



この半島のさきっちょに、ビジターセンターがあり、

そこに「津波体験館」というものがあると知り、

体験してみました↓

http://www.karakuwa.com/visiter/



この施設はかなり前に出来たようで、

昭和感が漂ってましたが、

映像は平成の東日本大震災バージョンに変わっており、

座っている椅子が地震のように動いたり、

前方から風が吹いたりします。



御崎(おさき)神社という清らかな場所もあり、

ちょっと散策してみました。

古の時代から続く、天地を仰ぎ共に暮す、

その悠久なる人々の営みに想いを馳せました。



ゆっくり散策したいのですが、

時間の都合上&性格の関係で(笑)、

唐桑半島には1時間の滞在で次の訪問地へ

サッと向かいました。



3月19日(木)は岩手県大船渡市にある

「大船渡温泉」に泊まりました↓

https://oofunato-onsen.com/



お客さんが少なかったようで、

無料で部屋のグレードアップをしてくださり、

最上階の角部屋(海側)に

泊まらせていただきました(^^)♪



三陸の海の真ん前にある絶景旅館でした☆

なお、この旅館は屋上が開放されており、

そこから見る星空がめっちゃ綺麗でした!



三陸の海から昇る朝日は、

曇っていたため見れませんでしたが、

朝の銀色に光る海がとても綺麗でした。。。☆



さすが料理旅館だけありまして、

「ついさっきまでそこの海で泳いでました~!」

ってかんじの新鮮なお魚たちの美味しすぎるお料理、

「わかめのしゃぶしゃぶ」という、

お湯を通すと一瞬で綺麗な緑色になって、

新鮮すぎて美味しいワカメなど。。。

本当にステキな旅館でした。



親近感バツグンのスタッフの方々との

いろんな会話も楽しませていただきました。



今度ここに来る時は、ゆっくり連泊して、

海を観、波の音を聞きながら

読書でもしたいです。



3月19日(木)。

引き続き、陸前高田のことです。

いろいろ聞いて調べて観て来ました。



陸前高田の市街地の多くが大津波で

流されてしまいました。

つるかめ鮨のおじさんに、震災前と後の

拡大写真を見せてもらいました。



国主導で最高12メートルの広大な

嵩上げ地が作られています。

被災地最大規模の国家予算が使われています。



設計図上では「ベストな復興計画だ」と

想定された実施されたこの大プロジェクトですが、

実際は陸前高田に住んでいた方の

およそ10%が震災で亡くなり、

嵩上げ工事期間が待てない等の理由で、

多くの人が他の地域に移住してしまい、

嵩上げ工事が完了しても、半分以上が

使用用途が決まっていない=空き地になるそうです。



実際起こっている設計者たちにとって想定外だった

人口流出現象によって、

少し大げさな表現で申しますと

「計画失敗」だったということです。



となると、つるかめ鮨のおじさんのような

更に借金を重ねた上で、嵩上げ地で

復興を決意された方々にとっては死活問題な訳です。

おじさん曰く「ある意味、震災時の苦しみよりも、

こっちの方が苦しみが大きい」とのこと。



震災って自然災害で、みんなが同じような苦しみを

背負った訳ですが、この都市計画の失敗って、

明らかに人災な訳ですよね。



かつての賑わいを取り戻そうと、

国や市町村主導でがんばっているようです。

「奇跡の一本松」で有名になった場所には、

大きな公園が出来ており、道の駅と、

入館無料の「東日本大震災津波伝承館」が出来ています↓

https://iwate-tsunami-memorial.jp/



この伝承館、大変見応えがあります。

かなりの来館者があるとのことです。

次の段階として、ホテルを作って、

観光客の滞在時間を増やそうという戦略のようです。



確かにハコモノ(ハード)を作ることも

必要なことかとは思います。

だけど、つるかめ鮨のおじさんとも話していたのですが、

旅人は何を求めてここに来ているかと言いますと、

どこにでもあるハコモノよりも、

その土地土地の義理人情(ハート)であったり、

その土地にしかないオリジナリティ(文化・歴史)なんですよね。



となりますと、行政主導のみの復興は片手落ちであり、

つるかめ鮨のおじさんのような郷土愛ハンパない

市民も積極的に巻き込んでまさに地域ぐるみで

行っていく必要があると観じました。



嵩上げ地が出来てしまったので、

何とも言えないのですが、

嵩上げ地を作ったことにより、

全ての郷土が白紙になったことで、

他の被災地とは別次元の、

復興に向けての難しさがあるように思いました。



【参考】ニュース映像 2020.3.11

https://www.youtube.com/watch?v=ZNk453fPIcM


3月19日(木)13時。

岩手県陸前高田(りくぜんたかた)市にある、

つるかめ鮨さんへ↓

https://www.facebook.com/tsurukamezushi/



2年前・2018年2月2日に「お寿司が食べたい」と

ふらーっと偶然立ち寄ったのが、つるかめ鮨さん↓

http://www.voluntary.jp/weblog/myblog/43837/3998816#3998816



名物のおじさん・阿部和明さんの

お人柄に魅せられて、

またまたお伺いさせて頂きましたぁ~^^♪



なお、おじさんのことは、NNNドキュメント(日テレ系)でも紹介されました↓

http://www.ntv.co.jp/document/backnumber/archive/post-55.html?fbclid=IwAR16NyUhXMeDvxsHwP_UY1LL9dYrdTBIuFWG_v4dQtxC-NPXA9too0vDrHQ



2年前は高台にある、プレハブでの営業でしたが、

今は嵩上げ地の中心部に出来た

「アバッセたかた」という

大型ショッピングセンター横に店舗を構え、

息子さんと共に経営されておられます。



寿司職人としてかつて大阪の黒門市場で

修行されておられただけあり、

大阪人である私には更にフレンドリーに接して頂き、

今回も感謝感激です!



2年前行った時の写真やメモ書きを

きちっとファイリングしておられ、めちゃくちゃ感動!!!



今回は更にパワーアップしたおじさんの体験記(冊子)や

NNNドキュメントのDVDも頂きました。



最後には前回同様、おじさんやスタッフのおばさん、

たまたま盛岡から来たお客さんも一緒に、

つるかめ鮨のおじさん名物の【愛のナイアガラ】

(紙テープで大歓迎してくださいます)をして下さいました!



陸前高田で起こったことの語り部として、

今回もいろんなことを教えていただき、、、

自分のため、家族のため、そして

陸前高田のためにがんばっておられます。



おじさんたちの涙が私たちの涙、

おじさんたちの歓びが私たちの歓びです。

遠い大阪からではございますが、

おじさんたちのご多幸を心よりお祈りしています。



またふらーっとおじさんたちに“愛に”いきます~(^^)♪


3月19日(木)朝。

岩手県宮古市を離れ、三陸海岸沿いを

南下(仙台方面)し、釜石大観音に行きました↓

http://kamaishi-daikannon.com/about/



この大観音は、大阪万博の年(1970)に出来ました。

なるほど、その時代の雰囲気からすれば、

こんなにドデカイ観音様を作ろう!

ということになりますよね。。。☆



上り専用ですが、

立派なエスカレーターまであります。

維持費大変そうです^^;



私はこの観音様や仏舎利のあるお寺よりも、

展望台にもなっている観音様の胸あたりから観る、

三陸の海に関心がありました。



この大観音が出来た当時は参道も

賑わっていたようですが、今は閑散としております。

が、この観音さまの想いは今も、

信を仰ぐ方々の心の中に響き続けているのだと

思います。
ゲストハウス3710には、シャワーしかないので、

白いカゴに入ったシャンプーセットを借りて、

近くにある昭和レトロ感満載の銭湯

「福島湯」に行って来ました。

宮古市街地では未だ銭湯が数軒あり、まだまだ健在です。



福島湯に入る前、この銭湯の裏側を通ったのですが、

そこに銭湯の燃料になる木材が

沢山積まれていたのですが、

それが明らかに地震津波で潰された

家屋や家財道具なんです。

何とも言えない気持ちになりました。。。



福島湯に入りますと、

何とも言えない昭和レトロ感に、

生まれて始めてこの町に来たのに、

めっちゃ懐かしいと思いました。



番台にいるおばさんも、お客さんたちも

みなさんとってもフレンドリー・仲が良くって、

旅人である私も何だか地元人になったかのような

気分になりました。



着替えを入れる場所が結構あったのですが、

どこも荷物が入っていました。

入っている人は4人しかいないのに・・・

番台のおばさん曰く

「みんな(常連さんが)荷物置いているからね~ 

8番は空いているよ」って、常連さんの量がハンパない(笑)。



しかも、入れる場所がイッパイなんで、

お風呂への入り口までも、

誰かのシャンプーセットが4つ程置かれてるし(笑)!



浴槽に入ってますと、4歳くらいの男の子が

一人で遊びながら体を洗っていました。

脱衣所には既に上がった妹(2歳くらい)と

お母さん(私と同世代)がいて、

番台のおばさんとワイワイ楽しくお話されていました。



そうか。。。今目の前で体を洗っている男の子は、

あの震災を知らないねんな。。。

だからこんなに無垢で人生楽しそう、、、

【影】がないねんなーって分かりました。



みんな笑顔であっても、人生いろいろ辛いことがあれば、

どこかに影があります。

でもこの男の子には影がないんですよね。



こうやって人間は死んではまた生まれてくる。

いろんなものを学んで、命を継承しながら、

どんどん新しくなっていく。



あの辛く悲しい苦しい出来事に囚われずに、

前を向いて歩いていくしかない。

やっぱり、この地球で生まれて来ることって、

希望であって、歓び、そのものなんだから。。。

そんなことをこの男の子から教えて貰いました。



東北の人って、定期的にこの手の震災が起こったりして、

所得の多い人って比較的少ない地域なのですが、

漁業などの第一次産業って、

みんなで分け合い助け合って、

仲が良くないと出来ない仕事なんですよね。



東北の方々が大切にして来た、

分け合い助け合う、共助の精神が、

きっと震災復興のベースの力になっていて、

みんな辛いし苦しいんやけど、

みんなで頑張っていこう、みんなで良くなって行こうと、

口に出さずとも日々一所懸命されてはるんやろうな

って思いました。



銭湯から出る時に、番台のおばさんから、

「ありがとうございました」ではなく

「おやすみなさいー」と言われ、

何故、ゲストハウスのハヤカワ君がこの町で

生きていくことを決めたのか?分かったような気がしました。



大都会にはいっぱい人や仕事やお金があるけど、

大都会には少ない、、、全ての人を包み込む

【愛】がちゃんとあって、家族のように

愛をみんなで分かち合って、

勁く生きているんやなーって思いました。


18日夜は、宮古市の市街地にある

「ゲストハウス3710」に泊まらせて頂きました↓

https://guesthouse3710.com/



私はこの手のゲストハウスって好きなんですよね^^♪

「多くの人に、この町の素晴らしさを知って欲しい」

自分の商売も大事やけど、町の活性化・繁栄を目指して

【地域愛】がベースになっている場所です。



だけど、相部屋は好きじゃないので、

個室のあるゲストハウスしか泊まりませんが(^^;)。



元々はメガネ屋さんだったそうで、

そこを自分たちでリノベーションしたとのことです。

クラウドファンディングで広く浄財を集めてオープンし、

2年経つんだそうです。



「自分たちのアジト」って感じで、

手作り感とワクワク感満載のステキな場所でした。



30代前半のお宿のおにいさん(ハヤカワ君)以外に、

一階のオープンスペースには地元の若者が2人、

思い思いの時間をゆったり過ごしていました^^♪



このハヤカワ君に一通り宮古市のことを伺った後、

彼自身のことをあれこれ伺ってみました。



彼は心に壁のない、

24時間365日春のようなおっとりした・・・

こっちまで自然とおっとりほっこりする

不思議な男の子でした。



ハヤカワ君は福岡県出身。

東日本大震災の時、ボランティアをしに長期間、

この宮古市に来てて、それで居着いたとのこと(驚)☆

今風の言葉で言いますと「Iターン」というやつです。



彼曰く「僕にとって、この町の大きさが

ちょうどいいんです。大きくもなく、小さくもなく」。



何だか、ハヤカワ君らしーなー!ってミョーに納得☆

彼のようにおっとり朗らかで心が綺麗な人は、

この町の【風土】にぴったりです☆



大都会・福岡では、彼のような人はスピードが

早くてついていけないし、彼の良さが潰されると思いました。

彼の周りには、そんなIターンの若者が結構いるようです。

その仲間たちと一緒にここを創り、運営されています。



儲かっている感じはあまりしないのですが(笑)、

だけどここに集う人たちはみんな幸せそうでした。

愛すべき居場所や仲間~フルサト~があるって、

本当にステキなことですよね。



あの大震災の“せい”で、人生が大変なことに

なってしまった人が多いですが、

このハヤカワ君のように、大震災の“おかげ”で、

自分の人生が大きく変わって、

愛すべき居場所が見つかった人もおられるんやんぁ。。。って、

何だかとっても嬉しくなりました。



ほんと、人生って、摩訶不思議で面白い・・・

一寸先は闇ではなくって、

【ヒカリ】だということを彼の生き様から

教えていただきましたぁ~(^^)♪


18日(水)17時。

大槌町からまた更に北上し、

宮古市にある景勝地「浄土ヶ浜」に行きました↓

https://www.kankou385.jp/jodogahama/



さすが名前の通り、

この世にいながら【浄土】にいる観じがいたしました。



にしましても、

地元の学生が遊びに来ているのが一番多く、

殆ど観光客がいなくて、閑散としていました。

さすがにここまで人がいないと、

この絶景を独り占め出来る喜びの中に、

地元経済の先行きを心配したくなる気持ちがよぎります。



だけど、そんな人間の心配をよそに、

ウミネコちゃんたちが、人間である私が

近くにいても動じることなく、

悠々と生きている姿を観、そんな心配の心すら、

何だかちっぽけに思えてきました(^^)。



18日(水)15時半。

宮城県気仙沼市から県境をまたぎ、岩手県・大槌町へ。



「ベルガーディア鯨山」という、

個人の方が作っておられる洋風のお庭の中にある、

「風の電話」を観に行きました↓

http://bell-gardia.jp/

(「風の電話」以外の場所は、要予約の施設です)



NHKのドキュメンタリーでもやってましたし↓

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586774/index.html

今年1月に映画にもなりました↓

http://kazenodenwa.com/



美しいお庭に佇む、電話ボックス。

その中にある線の繋がらない黒電話の受話器で、

亡くなった方々と会話をするというものです。



実際現地に行って観じたことは、

「やっぱり、ここで(故人と)会話出来るなぁ」ということです。



何とも言えない「あったかいもの」が、

風の電話のまわりに溢れていました。



どこにも繋がっていない電話の線はきっと本当は、

【どこにでも繋がる】電話の線なんだと観じました。



そう観じた人だけが繋がることの出来る、

時空を越えさせる【愛の電話】なんでしょうね^^♪



18日(水)10時。

仙台空港近くでレンタカーを借り、

高速道路で一気に、宮城県の北端の町・

気仙沼市に行きました。



その市街地ど真ん中にある「K-port」という

名前のレストラン&カフェは、

俳優の渡辺謙さんがサポートをされています↓

https://www.k-port-kesennuma.org/story



13時に行ったのですが、ほぼ満席状態で、

さすが“渡辺謙効果”バツグンです!

私はまかない丼を注文。

人手不足っぽく、お料理が来るまで30分かかりました(汗)★

だけど、大阪人に比べて気仙人(けせんじん)は

自然体でスローペースなのでニクメマセン^^♪



お味は、確かに美味しいのですが、

この後みっちり三陸海岸の海の幸を

食べまくったよしこちゃんからすれば、

地元のトーチャンカーチャンが昭和レトロ感漂う

古いお店でやっている方が値段が安くて

同等レベルのものが食べられると思いました。



ま、東京にありそうな、オシャレさやブランドが

ウリっぽいので、こんなもんでしょうね^^♪



ま、とにもかくにも私が何を申したいかと言いますと、

有名な方が、毎日本気で被災地応援をされ

続けていることによって、

多くの方々が被災地に意識が向き、

足を運んでくださることが、

本当に素晴らしいことだと観じましたぁ~!



先日3月11日に『Fukushima 50』も観ましたし、

ますます渡辺謙さん、

応援しております~っ(^0^)!!!
3月18日(水)9:05分。

おかげさまで定刻通りに仙台空港に到着。

しばし仙台国際空港の中や周辺を見て歩いてました。



今でも忘れません。

あの日私は、マイカーで四国遍路中で

高知市内(28番大日寺)におりました。

宿泊先ホテル隣にあった観光案内所のテレビで、

この空港が大津波に飲み込まれている

映像を観ました(5枚目写真)。



その3週間前、日本商工会議所青年部の

全国大会参加のため、仙台に行きました。

加えて宮城県倫理法人会の方々に当時、

大阪府倫理法人会で行おうとしていた

新事業についてあれこれ伝授して頂き、

大変お世話になりました。



その時飛行機の中から見た仙台空港が、

3週間後にこんな姿になるとは・・・

何とも言えない気分になりました。

もしも3週間震災が早く起こっていれば、

私はもうこの世にいなかったかも知れません。



それにその時にお世話になった方々のことが

心配でなりませんでした。

後で知りましたが、何人かの方は津波にのみ込まれて

亡くなられたとのことです。



ということで、出来ることは本当に小さいのですが、

震災ボランティアに2回行き、そして被災地に伺い、

鎮魂と復興応援をさせて頂いております。



仙台空港にも「ここまで津波が来ました」と

案内が貼られています。

この手の案内は被災地のあっちこっちに貼られています。

「過去の出来事を風化させない。」

という決意の顕れなんだと観じております。



だけど、被災者でない私たちの心の中では、

どんどん風化が進んでいるような気がしております。



被災地のこと、被災された方々、

亡くなられた方々を忘れないという心が、

私たち日本人全員にとっても必要な気がしてなりません。



なぜなら日本は、世界は、地球は、

バラバラではなく【一つ】なんですから。。。



更新が遅れました(=人=)☆



3月18日(水)~20日(金・祝)。

ご縁あって二泊三日、東北・宮城&岩手県の

三陸海岸沿いの町をレンタカーで行って来ました。
今回の旅のテーマは

「東日本大震災から9年 鎮魂と復興応援」です。



レンタカーで訪れた場所、車窓から見た風景・・・

幾度となく合掌させていただきました。

本当の意味での復興は始まったばかりなのかも

知れません。。。



18日朝7:45分関空発のピーチに乗り、

9:05分定刻通りに仙台空港に到着。

今回は行き帰り共に、たまたま窓際の席になって

(座席指定すると別途料金がかかるのでしていません)、

行きしなにとっても美しい富士山が見え、

私の(旅の)応援をして下さっているように観じました。



美しいお山の御心が、私の心に映り、

染み入るような感覚を覚えました(=人=)☆



関空から仙台への飛行ルートが、

乗っている時にイマイチ分かりませんでしたので、

飛行機から下りた後「フライトトレーダー24」

(4枚目写真)で、調べてみました。



こんな感じで、自分が乗っていた飛行機のことが

ネットで調べられるって、

乗り物好きなよしこちゃんにとってはカナリ有難いことです~(^^)♪


2020/03/16のBlog
3月14日(土)。

おかげさまで今回もゲンキに

43回目の誕生日を迎えることが出来ました(=人=)☆



コロナショックが蔓延る中ですので、

お祝いムードは自粛しつつ、

こそーっとその歓びや感謝の念をかみしめながら、

マイカーぶっ飛ばして、

奈良・山添村に行って来ましたぁ~^^♪



3月1日にオープンした山添村にある

「ume,」という名前のめっちゃステキなホテル↓

https://www.ume-yamazoe.com/



奈良県倫理法人会の梅守会長率いる、

株式会社梅守本店さんが経営するホテルで、

このホテルの支配人は梅守会長の

三女・志歩さんです。



長くなるので割愛しますが(笑)、

ひょんなきっかけで、14日・15日と、

このホテルで開かれた、

梅守本店さん主催の行事の

ボランティアスタッフをさせて頂きました。



実は大したことはしてないのですが(笑)、

参加されたみなさまとワイワイ楽しい

2日間を過ごさせていただきました^^♪



そこに集まった方々とのお話も

めちゃくちゃ楽しくて学び深くて

感動的だったのですが、

そのことはプライベートな内容もありますので、

割愛させて頂きます(笑)が、

私が今ここに書けることで、

めちゃくちゃ感動したことは、

「ume,」から見ることの出来る【朝日】についてです。



「ume,」には3部屋あって、その中の

「めぶき」という部屋に今回、

泊まらせて頂いたのですが、

写真のようにベッドからちょうど

朝日が観えるように設計されています。



夜明け前に鳥のさえずりで目覚め、

ベッドの中から朝日が出てくるのを、

じーっと待っていました。

普段、マイ畑などで夕日は良く観ているのですが、

朝日を観るのは本当に久しぶりで、

夕日とはまた違った風景が拡がってました。



どんどん明るくなってくる空に胸踊らせ、

出てきて一筋のヒカリが差した瞬間は、

わーい!!!と万歳三唱&合掌礼拝(=人=)☆




「太陽は希望そのもの」

「希望は心の太陽である」

ほんと、両方真実やなぁ~と感動しました。



また太陽が上ってくるごとに、

南風がどんどん吹いきて、

山間部にあった雲海(霧)が、

どんどん北に流されて消えて行きました。



「太陽の光や風の動きによって霧が晴れて来た!

地球って、息してる・・・生きてるんやなぁ・・・」

ってまた更に感動。



普段、グースカピーって寝ている時間帯に、

毎日必ず起こっているこの

【ご来光】というものに、私は神を観、仏を観ました。



明けない夜は無いし、

例え人間にどんなことがあっても、

太陽は毎日変わらず、見返りを求めず、

私たちにキボウノヒカリ~愛~を

与え続けてくれています。

ただただ感謝。。。☆



この【ご来光】に合掌礼拝する(手を合わせる)と、

太陽/大自然の意識とも心も合ってくるようで、

自分が大自然そのものに溶け込んだ感覚になってきます。



太陽になった気分で、太陽/宇宙から、

地球上にポツンと存在する私自身を

観ているという感覚になります。



頂いたこの神々しい

キボウノヒカリを心で燃やしながら、

また新たな月日をハリキッテ

過ごしていきたいと思いました。



おかげさまでとってもステキな誕生日となりました。

ありがとうございました(=人=)☆



現在「ume,」では、

クラウドファンディングに挑戦中です。

「ume,」はただのステキなホテルではなく、

【大いなるミッション】を掲げ、

ホテルという枠を越えた境地を観、

果敢にチャレンジされてはります。



賛同いただける方は、

「ume,」の宿泊割引券など、

いろんな返礼品があるようですので、

みなさまの浄財をよろしくお願いいたしまーす^^↓

https://camp-fire.jp/projects/view/238307




2020/03/15のBlog
[ 17:55 ] [ よしこちゃんのおススメ! ]
リアクション芸人・出川哲郎さんの自然体キャラ&

ガチの人情旅番組というダブルで楽しい充電旅。

テレビ大阪(関西圏・7チャンネル)で、

出川さんがいよいよ【四国遍路】に挑戦されます~(^0^)↓



「行くぞ!四国88カ所“お遍路旅”香川県横断95キロ!

遍路ころがし雲辺寺から!ですが“讃岐うどん”ウマすぎ

食べすぎだ~ヤバいよヤバいよSP」

3月21日(土)18:58~20:54 

※テレビ大阪のみ

https://www.tv-osaka.co.jp/onair/detail/oaid=1863134/



なんで徳島じゃなくて香川・66番雲辺寺からなのか?

謎なんですが(^^;)、とにもかくにも楽しみです!

四国遍路に興味あって且つ“充電ファン”の方、

是非ともご覧くださいマセ~^^♪


2020/03/10のBlog
[ 17:30 ] [ よしこちゃんが日々観じていること ]
訳あって、四天王寺さん

http://www.shitennoji.or.jp/)に

行って来ましたぁ~^^♪



あれ~っ!!?



熱心にお参りしている(?)

キジトラ模様のネコちゃん発見っ☆



近づくと一瞬ゆっくり振り向いて、また元通り。

殆ど目を開けることなく、じーっと瞑想中(?)



私やその後に来た老夫婦が

写真バチバチ撮っても、一切動じず。



瞑想っていうか、日向ぼっこ&お昼寝中~^^♪



その一方で写真の奥に写っている「六時堂」では、

お堂のセンターを陣取り、

正に“必死のパッチ状態”で

お祈りしているおじさん1名がおられました。



かれこれ3分は全身力んで

じーっとしつつお祈りされてました。

一体何をどう拝んではるのか!?

めっちゃ気になるところでしたが(笑)、

とにかく必死にカミダノミされてはりました~^^;



必死のパッチであたふたする人間と、

全てを達観したような不動心&マイケースさで

のほほーんと日向ぼっこしているネコちゃんとの

“コントラスト”が何だかめっちゃ摩訶不思議な風景でした。



そして考えさせられました。

「果たして、どっちが本当に幸せなのか?」

ということを。



そして気づきました。

嗚呼・・・私ってやっぱり、

このネコちゃん的な方を主体的に

選んで生きてるわなぁ。。。って(笑)☆



同じ地球・同じ境遇や環境にいても

心境・心の持ち方が違うだけで、

幸福の境地(次元)って

こんなにもちゃうねんなぁ~って、

深い感動を覚えました。

「万象我師」です。



おかげさまで今日もステキな一日となりました。

ありがとうございました(=人=)☆


[ 17:24 ] [ よしこちゃんのつぶやき ]
1月31日にもご紹介(シェア)させて頂きましたが、

改めてもう一度シェアいたします。



https://gisanddata.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/bda7594740fd40299423467b48e9ecf6



「数字」というものが最も科学的で現状を

【見える化】させるデータです。



どうぞ感情に囚わって間違った認識判断行動をせず、

正しく把握し、適切な判断と行動をお願いいたします。



感染者数の横に(カッコ)して、

「回復された・退院された人数」も入れて頂きたいと

思ったりもしています。



ご参考までにどうぞ(=人=)☆


https://gisanddata.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/bda7594740fd40299423467b48e9ecf6


2020/03/08のBlog
[ 23:56 ] [ よしこちゃんのつぶやき ]
前回のひがし北海道旅~オホーツク文化探訪~は、

実行日の7ヵ月前に企画&プランニングをしましたが、

次回の格安ピーチ旅は昨日企画&プランニング&

全ての予約を完了し、10日後に実行いたします。



一瞬躊躇し考えましたが、

日本におけるコロナショックは今がピークだと観、

やっぱり今、行くと決めなければならないと観じ、

肚を決めると、やっぱり格安(往復12,000円ちょっと)の

往復航空券ゲットや行きたい場所の手配が

スムーズに流れました(=人=)☆



前回のひがし北海道旅で

1時間程無料でガイドをして下さった、

網走にある北海道立北方民族博物館は、

コロナショックで2月下旬から臨時休館中だそうです。

ほんと、あのタイミングで北海道に行っておいてよかったし、

肚を決めたこと・思ったことの全てが、

おかげさまでスムーズに(しかもお安く)進んでいます。



次回の旅のテーマは

「東日本大震災 ~鎮魂と復興応援~」です。

仙台空港からレンタカーを借りて、

ひたすら三陸海岸を北上・往復して返ってくるという旅です。



コロナショックも非常に重要な問題ですが、

東日本大震災を始めとする数々の自然災害が起こった

被災地の復興は未だ道半ばです。

2万人近い方(未だ行方不明の方数千人も含む)が亡くなり、

震災関連死された方もたくさんおられます。



またその数を遥かに超える方々が被災者となり、

未だ多くの方の心身の復興が終わっておらず、

苦しんでおられます。

死者も破壊された国土もコロナショックよりも桁違いに多いのです。



本当は10周年になる来年3月に行く計画を

立てておりましたが現在、

いろんな用事が中止・延期になっているので時間がある上、

全ての旅の経費が割安になっているので、

一年前倒しにすることにいたしました。



なお、これ以外にも4月~10月にかけて既に4ヵ所、

国内外で旅をする場所が決まっており、

すでにそのテーマ決めとプランニングは

終了しております☆



私は目先の恐怖(感情)や人間の情事に囚われることなく、

幽顕双方の状況を大局的に観、総合的に判断をしながら

自己の責任において足元も見ながら、

常に先を観て動いております。




何が最も重要で、何がそんなに重要でないか、必要でないか?



一つの主観も例外もなく、常に変化(へんげ)進化を求めながら、

自らが選んでやってきた、今生の人生を的確にこなし、

また切り拓きながら、ステキに謳歌しまくりたいなぁと

思ってます~(^^)♪


[ 20:18 ] [ よしこちゃんが日々観じていること ]
先日2月18日~21日。

司馬遼太郎先生の

『街道をゆく38 ~オホーツク街道~』を片手に、

北海道・網走へ「オホーツク文化」に

触れに行ってきました。

その概要考察編を記載させて頂きます。

<図説については2枚の添付資料をご覧ください>



「縄文時代」については、

北海道~沖縄界隈まで全ての我が国における

共通の時代・先祖です。



が、大陸より稲作文化が九州北部から

本州の岩手県北部まで一気に拡がり

【弥生時代】になってからは、

北海道と本州の【時代 ~人の営み全般~】が

分かれて行きます。

(添付資料に記載しておりますように、

稲は南方系の植物であり、

当時は岩手県あたりまでしか育たなかった上、

当時は青森の三内丸山遺跡が示すように、

東日本は今よりも山や川、海の資源・食べ物が豊富で

稲作しなくても十分豊かに生活が出来ました)



北海道のオホーツク海沿いには、

海獣(食べ物)や貿易品を追い求め、舟や流氷上を

ソリや徒歩でやって来た・・・

今までの日本にいた所謂“縄文人”とは

違った文化(DNA)を持った人たち(ここで言うところのオホーツク人)

がやって来ました。



それが時を経て、北海道や青森県界隈で暮らしていた

続縄文時代的な生き方を継承していた人たちと混ざり、

擦文文化を経て、鎌倉時代に入った頃に

【北海道アイヌ】という民族が誕生します。



ですので、現在北海道で暮らす

アイヌと呼ばれる方々の歴史は意外と浅いです。



北海道アイヌと弥生文化を継承した我々本州の人間とは

別の民族であると言う、左派勢力を中心とする一派がおりますが、

歴史的&民俗学的に観れば、

「大阪人」「京都人」といった感じで、

同じ日本民族に(属する人たちと)なります。



オホーツク人は図説しておりますように、

アムール川流域の大陸⇔樺太(サハリン)⇔

北海道のオホーツク海⇔本州と舟を操って

海獣を追いかけたり交易する海洋民族でしたので、

北海道内だけではなく、本州・青森からまた更に

南へあっちこっち行って交易していた・・・

つまり、混血して行ったということです。



ということで、このオホーツク人も、

北海道や北日本を始め、我々日本人のDNAの

一要素を含む先祖ということになります。



私が観じますところは、

このオホーツク人含め【北方民族】は、

寒い地域で暮らす人たちなので、

この寒さを乗り越えるための【智慧】がなければならず、

無明(愚者)であれば完全に

滅んでしまっていたということです。



また寒いということの耐性に富んでいるDNAを持っているので、

これから先、地球全体が寒冷化に進んだとしても、

このオホーツク人のDNAを持っていれば、

耐えていけるのかも知れません。



こんな感じで、あらゆる人、あらゆる思考形態や

生活習慣を持っていたDNAを持っている人間こそが、

地球規模の変化にも対応出来る素養を持っていて、

これが我が日本民族の【強み】なのかも知れません。



この地球規模の国難の時代に、

変化し続けることの必要性を改めて、

私たちの持つDNA【根源】に問い、

未来に向けて実践して参りたいと改めて観じました(=人=)☆



【参考ホームページ/写真】

①北海道立北方民族博物館(網走)

http://hoppohm.org/index2.htm

②モヨロ貝塚館(網走市立郷土博物館 別館)

http://moyoro.jp/

(モヨロ人=オホーツク人の一派です。

故・米村喜兵衛氏が網走の最寄村で見つけた遺跡のために

「モヨロ人」と名付けられました)