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よしこちゃんの部屋
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2020/06/29のBlog
[ 12:47 ] [ ぶらり旅日記 ]
先日、岡山市内に行く用事があり

「せっかく岡山に来たんやから!」と、

更にマイカー飛ばして、旧・備中松山藩

(岡山県高梁市)に行って来ましたぁ~(^0^)♪



高梁市の中心市街地を流れる高梁川の支流

(細い川)をどんどん上って行った山間にある、

“平家の落ち武者の村”って感じの

(実際は違うようですが)場所にあり、

祖母が生前暮らしていた実家がそのまんま残っていて

(ひいおじいちゃんの代に建てられた家らしい。築120年以上!)、

そこには祖母の弟のお嫁さん・モモエさんが、

今も一人で元気に暮らしておられます。



ということで、よしこちゃんの4分の1のルーツは

この“備中松山”です^^♪



幼稚園の時に、ひいじいちゃんのお葬式で

初めてここに訪れた以来、5回目くらいの訪問です。



当時はナント!土葬で、大きな樽のような“座棺”で

八つ墓村の映画のワンシーンような感じで、

その大きな樽が太い棒を使って男性たちに担がれて、

家の上にあるお墓へとゆっくり運ばれていき、

土の中に埋められていきました。

幼稚園の時ながら、強烈なインパクトがあり、

今でもはっきり覚えています。



母方の祖母の家系は代々真言宗で

(中四国は“お大師さん”が讃岐出身な関係で真言宗が多い)、

モモエさんは「南無大師遍照金剛」と唱えながら、

お墓や仏壇のお参りをされていて、

いつもそう唱えながら四国遍路をしている身として、

とても親近感を覚えました。



確か、祖母の姉の旦那さんは私のように、

かなり頻繁に四国遍路をされていたと以前、

モモエさんから聴いたことがあります。

私が今、四国遍路行をしている理由の一つが、

この家系に属している身だからやと観じております。



自分の家系(過去)を自発的に知ることは、

日々生きていく上で、とても多くのヒントや感動、

そして感謝の念を私にもたらしてくれます。

過去を知り未来に生かし、恩に生きて参りたいと思っています。



そして近い将来、“最悪の地球シナリオ”が起こった時は、

このモモエさんのお宅に疎開し、

完全自給自足の生活で命をつなぎたいと思っています。

そんな意味に於いても、家族・親族の絆や多様性は、

かけがえのない先祖からの財産【徳】でもあります(=人=)☆



とにもかくにも次ここに行く時は、母や母の姉(叔母)を

連れていきたいと思っています。モモエさんも喜ばはるしなぁ~!



[ 12:43 ] [ ぶらり旅日記 ]
岡山県高梁市と言えば、備中松山城です^^♪



標高430mの臥牛山頂上付近に建つ天守は

国の重要文化財で、現存天守を持つ

山城としては最も高い所にあります。



雲海に浮かぶ備中松山城、めっちゃ有名です↓

http://takahasikanko.or.jp/modules/spot/index.php?content_id=58&fbclid=IwAR2aUisrvv-bzZM6cILj9tOfRCGASd3mj3DquZEN4O9AoEHaWB31_XhXw1M



ほんと、おかげさまで今回の旅も天気に恵まれ、

美しい写真がたくさん撮れました(=人=)☆



全国あっちこっち旅をしますが、

昔からの天守が残っている地域は、

その地域の方々の民意のレベル、文化レベル、

そして地域愛のレベルが高い証拠、

その象徴だと観じております。



そんな地域こそ、日本の日本としてのあるべき姿や、

日本の国力を根幹から支えていると思います。

決して東京や大阪などの都会だけが、

この国を民族を支えている訳ではありません。



江戸時代のように、日本の地方にも活力や多様性、

ハイレベルな精神性が普く広がっている、

地方創生の時代こそが、

日本人を人類全ての真の幸福を満たしてくれる、

最先端の実相であると観ております。



[ 12:35 ] [ 人生、修行です。 ]
岡山県高梁市=備中松山藩と言えば、

山田方谷(やまだ ほうこく)先生が有名です^^♪



全国の駅名で唯一、

人の名前がついているのではないでしょうか?

JR伯備線「方谷」駅。



以前、何度目かの祖母の実家訪問の時に

山田方谷先生のことを知り、その後に読んだ

司馬遼太郎先生の小説『峠』に登場し、

より詳しく知りました。



『峠』の主人公である、

越後長岡藩の家老・河井継之助の師匠が

この山田方谷先生です↓

https://www.kurashiki-tabi.jp/yamada-houkoku/kouseki/



藩政改革を断行し、たったの8年弱で、

備中松山藩を借金漬けから状態から、

超優良黒字藩に仕立て上げた家老です。



で、その藩主であった板倉勝静がその藩政を評価され、

最後の将軍・徳川慶喜の老中首座(筆頭)になったという

歴史的な流れがあります。



今回は、方谷駅と方谷園(山田方谷先生の墓所)、

方谷園側にある「方谷の里ふれあいセンター」に行きました↓

http://takahasikanko.or.jp/modules/spot/index.php?content_id=59&fbclid=IwAR2YdRs9134PK8F6yc0lJzPMJRQAVnglU6T3Pf5MhUBxcCXbhweQNnNFyss


センターではスタッフの方から方谷先生について

みっちり1時間、展示されている方谷先生が書いたもの

(掛け軸等)を使って、いろんなことを教えていただきました。



ほんと、方谷先生は今でも備中松山の方々に

愛され続けてはるんやなぁ・・・って実感すると同時に、

私自身も4分の1ですが、備中松山の血が流れているので、

これからも方谷先生を尊敬し愛し続けたいと思います。



「義を明らかにして、利を計らず」

「事の外に立ちて、事の内に屈せず」




いやはや。。。深すぎる、

すてきな先生の御言葉です。



そして 「至誠惻怛(しせいそくだつ)」 は、

山田方谷先生が河井継之助に贈った言葉。

まごころ(至誠)と、いたみ悲しむ心(惻怛)の二つを

兼ね備えて生きることが、人としての基本姿勢であると説かれています。



歴史(過去)って本当に面白い。。。

悠久なる大河の流れを一つずつ丁寧に紐解いて行くと、

深い感動や学びの宝庫だということに気づきます(=人=)☆



[ 12:30 ] [ よしこちゃんのおススメ! ]
岡山・備中松山旅を終えても大阪には戻らず(笑)、

快晴の美しい瀬戸大橋を渡って四国に行きました。

香川県高松市でお仕事をした後、

愛媛県西条市に向かい、そこで一泊しました。



伊予西条の「周ちゃん広場

http://www.ja-syuso.or.jp/syuchan/)」という、

JAがやっている直売所の中に

「周ちゃんまるごとカフェ」というカフェがあり、

期間限定で販売される「メロンマウンテン(880円)」が

安くて美味しい!とメッチャ有名で、

普段あまり食に関心のないよしこちゃんですら

「これは絶対に一度は食べとかなければ~^^♪」と、

この時期になるのを待ちわびてて(笑)、

朝10時に「周ちゃんカフェ」へ行きました。



この日は「70食限定」とのことでしたが、

朝9時に開店して1時間。既に私が21番目で、

私が帰る頃(10時半)には、

30番目の人が入って来ました(^^;)☆



平日でしかもコロナショックで比較的訪れる人が少ない中、

どんだけ人気やねん!と

うわさ通りの評判にアッパレでした!!



甘くて新鮮なメロンが半分丸々出てきて、

しかもその上に、甘さを抑えるなどして

そのメロンに合った味に調整されたソフトクリームが

山(マウンテン)のようにグルグル~と乗っているんです^^♪



ほんと、地元農家の方々の「まるごとおいしい」という

その意気込みにまた更にアッパレです(^0^)!!!



そもそも周ちゃん広場自体が、

地元の方から私たち旅人(観光客)まで

広く支持されている、

ステキな直売所やなぁと感じております。

今回もミカンを大量購入しましたし~♪



[ 12:24 ] [ 遍路修行日記 ]
“メロンマウンテン”を満喫した後は、

先達の大先輩で私を公認先達へと導いて下さった

引田大先達に会いに行き、

今回もいろいろなことを教えてくださいました。



やはり、何らかのことを志し、成長進化しようと思えば、

先輩/師匠という存在がいると、ぶれない上、

多方面に於いて非常にスムーズに事が

進んで行くということを改めて感じることが出来ました(=人=)☆



次に同じく愛媛県西条市にある四国88霊場/

64番・前神寺に行き、4年前に私が修繕奉納した、

大師堂の前に設置されている灯明台(ロウソク立て)の

お掃除をさせて頂きました。



四国88の公認先達になるためには、

四国88どこかのお寺の推薦がいるのですが、

私は引田大先達のご縁で、

この前神寺さんが推薦寺となっています。

その推薦の御礼として、修繕奉納をさせて頂いた次第です。



前神寺さんへ行く度に、

自らの手でお掃除させていただいております。

今回はせっせと2時間お掃除したのですが、

今回の新発見として、この灯明台を

お掃除担当されている方が、

扉のスライド部分に落ちたロウを容易に取るために、

2つの古い金属製のヘラの先を加工されていたということです。



誰かが奉納しても維持管理をちゃんとなされないで、

汚くなって朽ちていくスピードが早いものを、

全国各地の神社仏閣でちょくちょく見かけますが、

今でもこうしてちゃんと維持管理して下さっていて、

奉納者としてとても嬉しく思っています。



更に、やはりコロナのご時世もあってか、

お参りする人も少ないので、

メンテナンス・お掃除するタイミングもあまりないようで、

灯明台が何だかチョット寂しく感じてるようで・・・

灯明台(のイシキ)を通して、お参りされる人の

苦しみやお寺(四国88霊場全体)の

運営の厳しさも観じられました。



そんな中にあっても私は、

自らが奉納した灯明台を通して逆に、

「こんなご時世の中であっても、綺麗にシンプルに

そして希望を持って生きて欲しい」という祈り【念】を

この灯明台に込めながら綺麗に浄化し、

その場を後にした次第です。



その後は伊予西条~今治界隈をじっくりお参りして

大阪に戻りました。



四国遍路というものは、悠久の歴史に

積み重ねられた【祈りの道】ですので、どこをどう歩んでも、

その時々やその人にとって必要な

「天与の気づきや導き/智慧 ~オカゲノチカラ~」が

得られるものであると観じております。



これからもご縁続く限り、粛々と遍路行を続けて参ります。

南無大師遍照金剛(=人=)☆



2020/06/19のBlog
[ 18:30 ] [ よしこちゃんのおススメ! ]
一つ記載し忘れていたネタがありました(^^;)☆

先日事情があって、岐阜に行ってました。



フツーに車を運転し大阪に向けて帰っていたら、

道路沿いに「龍馬神社」と記載された

“ノボリ”が一本立っていて

「な、なんじゃこりゃー(>0<)!!?」と

通り過ぎた先にあったコンビニに車を止めて

ネットで調べると、「龍馬神社」というものがあると

分かったので、Uターンしてちょっと寄ってみました。



ほんと、ふつうの田舎に、突如現れた「龍馬神社」。

ちゃんと坂本龍馬の家紋や写真が石に刻まれてました。



岐阜県中津川市にある「龍馬神社」↓

http://www5.plala.or.jp/Luna-cmr-Golden/



めっちゃ神社らしくない作りで

(どちらかというとお寺っぽいというか・・・

民家の一部を神社化した手作り感満載の場所)、

めっちゃコンパクトな場所でした。



私が挙動不審感マンサイでそろ~っと境内に入ると、

どこから見ていたのか?白い割烹着を来た

団塊の世代のおばさまが飛んで来て、

ドンドンその神社の説明をされました(笑)♪



そのおばさまの旦那さまが司馬遼太郎先生の

不朽の名作『竜馬がゆく』にどっぷりハマり、

「わが町にも龍馬を祀らなければ!」と

天からの啓示状態で神職の免許を取り、

土佐にある龍馬神社に飛んで行って、

分祀して頂いたとのことです。



土佐にある佐川龍馬神社(高知県高岡郡佐川町)の方は

「坂本龍馬の先祖は、美濃から土佐に

やって来たと言われています。

(岐阜の龍馬神社のある)坂本という場所はきっと、

龍馬の先祖の土地で、龍馬のみたまは【先祖返り】

したがっているのかも知れませんね。」と、

快く分祀してくださったということです。



その神社のある場所は「坂本」という名前の場所で、

もよりの駅の名前も「美乃坂本」です。



なお、京都にある霊山護国神社を除けば、

坂本龍馬を神として祀る神社はこの二社だけです。






す、すごいなぁ。。。いろんな意味でっ(>0<)!!!

ということで龍馬好きの方、ゼヒ岐阜の

龍馬神社にも行かれてみてくださいね^^♪





・・・歴史的事実として、坂本龍馬だけが幕末の志士で

バリバリ活動して薩長同盟を結んだり

明治維新へと誘った訳ではないかと思うのですが、

「坂本龍馬」という一人の人物は、

幕末維新を実現させた【象徴神】として、

今でも多くの人たちが畏敬親愛の念を

抱いているのだと思います。



「明鏡止水(めいきょうしすい)」:澄み切って落ち着いた心。

「鬼手仏心(きしゅぶっしん)」:外科医は残酷なほど大胆に

手術するが、それは患者を治そうとする

やさしい心によるものだということ。。。

美しき四字熟語は龍馬の象徴的生き様にとても良く似合います。



そしてその象徴神は、革命期における日本人のあるべき姿、

またその道筋を指し示してくださっております(=人=)☆




[ 18:17 ] [ 人生、修行です。 ]
ご縁ありまして、

京都・大原、比叡山・比叡山坂本に行って参りました。

おかげさまで雨も降らず

(大原の宿に泊まっていた時に夜、降っていましたが)、

万事予定通りスムーズに流れました(=人=)☆

とりいそぎ、広くお知らせしたいことを選んで、

7つの日記にして、記しておきたいと思います。





・・・京都霊山護国神社は、あの坂本龍馬や

その同志である中岡慎太郎を始め、

幕末の志士たちのお墓がたくさんあります。

やっと墓参が叶い、嬉しい限りです。



墓参や歴史館見学、激動の時代の舞台の一つになった

“京”の散策を通して、

幕末の激動期に生きていた志士たち

(天皇、公家、幕臣・・・佐幕派や倒幕派を問わず、

真剣に未来を考え実践されていた人たち全て)の

生き様~念~を通して、いよいよ目前に迫る

本格的な激動期のトラエカタ~覚悟~というものを

肚に落し込みたいと考えた次第です。



今でも多くの墓参者がいるようで、

とても綺麗に整備されていました。

見晴らしの良い小高い山の中腹にあって、

京都盆地に向かって墓標は立っており、

今でも“京”~この国に行く末~を

その御霊(みたま)たちは守護されておられます。



お墓という陰鬱な場所かと思いきや、

墓域全体が「守護神」なので、

清浄な気が流れる美しい凛とした場所でした。



終末期~革命の時期は、中高年よりも

若者が率先して活動するようです。

知識や経験が豊富な中高年よりも、

感性と行動力を潤沢に持つ若者

(もしくは心に柔軟性のある/精神的に若い中高年)が、

変革の時代に於いては求められるようです。



護国神社の側にある、幕末の志士たちを紹介している

「霊山歴史館」の運営母体のもとである

「霊山顕彰会」の初代会長は、

あの故・松下幸之助氏です。

このことに更に深い感動と感謝の念が湧いて来ました。



自分の作った会社だけ大きくし、

自分だけ儲けるのではなく、

松下政経塾を作って政治や経済界で活躍する人材を育てたり、

PHPという、繁栄によって平和と幸福を探求し、

それを得るための思想や哲学を研究し

広めていく組織を作られたのは知っていましたが、

この霊山歴史館を仲間と共に作り、

幕末の志士たちへの鎮魂(供養)や感謝を含めた、

その志や生き様を広く世間に知らしめる活動も

されていたのは知りませんでした。



「子々孫々までこの国が弥栄であるために」と、

経営者として自らの会社のことだけを考えないで、

国家の安寧のため、また世界平和のために

生きられた松下幸之助氏。。。

「経営の神様という枠」を遥かに越えて、

私たち日本人全員にとっての神様~あるべき姿~やなぁと観じました。



幕末の動乱期を生きた志士、

戦後の混乱期を生き抜いた松下幸之助氏のような

先人たちの御恩に報いる人生を、

今を生きる我々は送れているのでしょうか?

出来ていないと申し訳ない気持ちでいっぱいです。



果たして松下幸之助氏が、幕末の志士たちが、

今の日本や世界を観たら、どう思い、

どのように実践されるのか?そのあたりのことも意識し、

自らの思考(念)や実践に活かして参る所存です。



●「京都霊山護国神社」

http://www.gokoku.or.jp/

●「霊山歴史館」

http://www.ryozen-museum.or.jp/


[ 18:12 ] [ 人生、修行です。 ]
およそ20年(京都で大学生してた時か

卒業してすぐくらい)ぶりに京都・大原へ。



行ったのは日曜日の午後でしたが、

そんなに観光客はおらず(外国人は数名)、

ゆっくり大原を満喫出来ました。

時間の都合上、三千院と寂光院しか

お参り出来ませんでしたが、大満足です。



夜は大原の旅館に泊まり、

静寂で清らかな大原の夜に光るホタルを見、

人間の持つ儚き人生と強い夢や希望溢れる

人生の両方を観じました。



聖徳太子の時代から歴史の表舞台に

この大原が登場して来ますが、

自動車で京都市内までカンタンに行けるようになるまでの大原は、

完全なる僻地(ド田舎)で、侘び寂びの中に何とも言えない

“美という名前の先人たちの生き様”が積み重ねられており、

とても居心地の良い場所でした。



ある意味素朴な、京都らしい京都が大原には

まだ遺っているのかも知れません。



寂光院の方は前回、2000年に本堂が火災で

燃えてしまった関係でお参りが出来なかったので

今回初めて行きました。

焼けたご本尊の周りにあった小さな仏様たちが、

宝物殿に展示されていました。

黒焦げで形が崩れ、とても痛々しかったです。



だけど・・・なんと言ったらいいんでしょう。



お寺(信仰そのもの)や信心深い人々を護るため

/消罪&弥栄のために、仏様たちは、

自らが成り代わって焼かれていったのでは?と観じました。

アンパンマンがおなかを空かしている人に、

自分の頭(アンパン)をあげるという発想と同じです。



仏像って、依代(いれもの)なんです。

“みたま”は自由自在なので本当はそこには無い

/どこにでも在るんですよね。



ですので信心さえあれば、仏像の中にも、

信仰心の篤い人の心の中にも常に宿るものなんだと思います。

その心さえ無くさなければ、その仏様(信じている存在)って、

そこから無くなることは無いんですよね。



仮相は仏像という目に見える・五感の範疇にあり、

本当のこと・実相は目に観えない、

五感を越えたところにあるということであり、

それに惑わされることなく今、

自分がすべきこと・考えるべきことを

一所懸命すべきであるということを、

御身を持って教えて下さっているようにも観じました。



とにもかくにも大原界隈は、

「ホトケという“カガミ”」を通して、

自分自身を見つめるにはとても良い場所ですし、

恐らく先人たちもそれを求めてこの地にやって来て、

そんな場所にして行かれたのだと思いました。



●「京都 大原観光保勝会」

https://kyoto-ohara-kankouhosyoukai.net/

●「三千院」

http://www.sanzenin.or.jp/

●「寂光院」

http://www.jakkoin.jp/


[ 18:06 ] [ 人生、修行です。 ]
大原を訪問した後は、比叡山の西側(京都側)にある、

赤山禅院(http://www.sekizanzenin.com/)と、

曼殊院門跡(https://www.manshuinmonzeki.jp/

に行きました。



今回の旅の目的は「比叡山・天台宗にふれる旅」で、

司馬遼太郎先生の『街道をゆく16 叡山の諸道』を片手に、

天台宗の開祖である最澄を始め、

その志を継いで日本に於ける天台宗の基礎固めや

繁栄に導いた(もしくは再興させた)

僧侶のゆかりの地に行きました。



私は四国遍路や高野山で有名な、

弘法大師空海並びに真言宗に

縁が深い人間のようですが、

その同時代に開創された平安仏教である

天台宗もさくっと知っておいた方が良いと思い、

今回の旅を企画しました。



事前にかなり天台宗のことを調べましたが、

その本質や枝葉のことは

あまり良く分かりませんでしたが(浅学ですので^^;)、

奈良仏教や真言宗、各鎌倉仏教と

【やり方(教義・色)】は違っても、

「万人を普く救う/安寧へと導く」という

【あり方(存在意義・目的)】は

同じなんだということは分かりました。



赤山禅院に着くと、平日にも拘わらずお参りする人が

とても多く驚きました。

たまたま月一度の、不動堂での護摩焚き

(比叡山天台宗の大阿闍梨様によるご加持)

があるということでした。



しかも、コロナの影響で数ヶ月ぶりの開催だそうで、

地元の方々が狭い境内に50名程集まっておられました。

せっかくのご縁ですので、私もそれに参加させて頂きました。



当然のことながら、比叡山からお越しの

大阿闍梨様の自然体の凄さはめっちゃ観じられたのですが、

ご参集のみなさんの信心深さ・仏様に対する

真摯な態度に心打たれ、感動いたしました。



恐らくこの比叡山界隈は、先祖代々

天台宗を信仰している人が多いんやと思います。

(その前日お参りした大原の三千院と

寂光院も天台宗のお寺です。

物理的に比叡山に近いからだと思われます。)



天台宗の護摩焚きは初めて体験し、

めちゃくちゃ新鮮でしたが、どの宗派であっても、

昔から今まで継承されている流儀(やり方)は、

時代を越えて真理を貫き通している真の理でありますので、

ALL OKなんだと思いました。



うまく言葉では表現し切れませんが、

本来の宗教~人としてのあるべき姿/

真の幸福への道筋~や、宗教と人間との

あるべき関係性というものの【根本的な風景】を

私は赤山禅院の不動堂で観ることが出来ました。



護摩焚き終了後は、

お寺の方からお土産(お下がり?)として、

パンなどをたくさん頂きました。



私も地元の方々のように、“赤山大明神”に

歓迎された気分になって、とても嬉しくなりました(=人=)☆


[ 18:01 ] [ 人生、修行です。 ]
生まれてはじめて比叡山に行きました。

おかげさまで天気は晴れて、京都・西側も、

滋賀・東側も綺麗に観えました。



その日の夜は、比叡山の東塔地域にある

「延暦寺会館」(http://syukubo.jp/)という、

比叡山唯一の宿坊に泊まりました。



宿坊というか、鉄筋コンクリートの立派なホテル

という感じで、今までに無いお高い金額を払いました・・・が、

思い切って泊まった甲斐がありました。



「延暦寺会館」に泊まる魅力は、

展望がめっちゃいい(滋賀・東側の夜景や朝日が綺麗)ことと、

お食事が精進料理だということ、

そして延暦寺会館側にある、

【根本中堂(比叡山天台宗の聖地中の聖地)】で

毎朝6時半から30分程度開催される、

朝のおつとめに参加出来るということです。



夕方や早朝、観光客がいない比叡山の

東塔地域を散策出来るのもいいです^^♪



なお、高野山みたいに、比叡山の山の上は、

一般の人が暮らしておらず、

お寺がポツポツ点在するだけです。

(お坊さんも中高年の方を中心に、

比叡山の下にある比叡山坂本で暮らしておられるっぽいです)



主に東塔地域、西塔地域、横川地域と

3つの広いエリアで形成されています。

町としての主たる機能は、比叡山坂本にあります。



比叡山は元々平地が少ないということ、

冬はとても寒い上、琵琶湖があって湿度も高く、

人間が健康に住みづらい場所とのことです。



それで、冬の北西からの風を防げる、

比叡山の東側の坂本が“天台宗のお膝元”

ということで繁栄したとのことです。



琵琶湖があるので、海上の船を使って、

人や物を容易に運べる拠点だったという

利便性もあるかと思われます。



もともと、天台宗の開祖・最澄の

生まれ故郷やということもあるかと思われます。



・・・比叡山や延暦寺会館からの眺めは、

本当に美しかったです。

たまにはこうして、上(カミ)から娑婆を

客観的に眺める時間も、ステキなことだと思いました。


[ 17:56 ] [ 人生、修行です。 ]
天台宗における千日回峰行の本拠地である

無動寺谷にも行きました。

このエリアは東塔地域から、せっせと30分くらい

谷を下りて行く(=帰りはひたすら上り^^;)

・・・車じゃ行けない僻地にあります。



司馬遼太郎先生も足を運ばれたからには、

私も行かない訳には参りません(笑)。

自宅から竹の棒(杖)を持参し、登山を覚悟し、参りました。



名前からして、このお寺のご本尊は

“不動明王”なんですよね。

先程の赤山禅院同様、何故か今回は

不動明王ばかりにご縁があります。

ボーボーと燃えて、自他の煩悩など、

ありとあらゆる邪・悪の存在を追い払う/消すというイメージです。



一応女子なんで(?)日々【憤怒の相】ではなく、

観音菩薩のようにニコニコと水のようにしなやかにしなければ・・・

と思いつつも、私はなぜか観音信仰には興味がない

/必要性を感じないので、

今後もボーボーと燃え(萌え)続けていくしかないです(笑)♪



明王堂は開いていて、中を覗くと、

いかにも「修行僧です!」という20代のほっそりした

若い男性が番をしていました。



「どうぞお参りください」と尼僧のような

澄んだ笑顔で受け入れてくださり、

靴を脱いて本堂の中でお参りをさせて貰いました。



外も中もとにかく掃除が行き届いて、

若い修行僧はひたすら掃除という行を

されてはるんやなぁととても良く分かりました。



お線香を立てる場所に、ほんの少しだけ、

灰が落ちていました。



それに気づいたそのお坊さんは

「あ。すいません。せっかくですので、

気持ちよくお参りして頂きたいですので、

拭かせていただきます」とおっしゃり、

小さな濡れ雑巾で念入りに拭いてくださいました。



だけど、ちょっと緊張されて、

拭き方がうまく行かず(恐らく修行し初めてそんなに間がない)、

すいません、すいませんと何度もおっしゃっていました。



別に、ほんのちょっとなので、知らんぷりしたり、

私が去った後でさっと拭いてしまいやん~って思ったのですが、

さすが、千日回峰行のメッカで修行を

重ねるお坊さんだけあって、

やることや私たちお参りする人への

心づかいが徹底されていて、とても感動いたしました。



お参り後、来た道を戻ろうとすると、

明王堂の外に「何度も洗濯してます!」という

年季の入った白い作衣を着、

ほうきを持った別の若いお坊さんがいつの間にかおられ、

せっせと境内を掃き清めておられました。



こちらのお坊さんは30代の真ん中、

いかにも体育会系で「千日回峰行に憧れて来ました!」

という感じで、私の気を感じたらさっと私の方を向いて

「こんにちは!」と元気に挨拶して下さり、

またせっせと掃き清めておられました。



別に今、掃かなくても十分綺麗やのになぁ。。。と、

ここでも思ったのですが、

さすが無動寺谷のお坊さんやなぁ。。。と

また更に感動いたしました。

(ここまで来る片道30分くらいの参道も

とても綺麗に掃除・管理されています)



娑婆がどんなに変化(へんげ)しようとも、

この無動寺谷の修行僧の風景は

昔から何も変わることなく継承されて来て、

数々の修行を通して、大阿闍梨という立派なお坊さんになられ、

衆生を救って行かれる存在になられて行かれるんやなぁ~と、

悠久なる人間の叡智の一端を、

無動寺谷という一つの小さな谷間で観じることが出来ました。



[ 17:51 ] [ 人生、修行です。 ]
比叡山の東側・琵琶湖沿いにある

比叡山坂本にも初めて行きました。

町全体が「里坊のまち」ということで、

重要伝統的建築物群保存地区に指定されており、

とても趣のある町並みでした。



最澄の生誕の地「生源寺」を始め、

比叡山延暦寺の本坊(総里坊)である「滋賀院門跡」、

その奥(上)にある江戸時代以降の

歴代天台座主のお墓や

徳川家康や紫式部等の供養塔がある「慈眼堂」、

そして、比叡山西側にある赤山禅院と並ぶ、

比叡山東側を護る「日吉大社」(http://hiyoshitaisha.jp/

などなど、神仏好きな方々にはかなり魅力的な場所だと思いました。




神様=神社・神職

仏様=寺院・僧侶



という感じで、現代において

(厳密に言いますと、明治初期からおよそ150年間のみ)は

完全に別物だとして取り扱われてしまっております。



しかしながら、古代より我々日本人は【神仏習合】であり、

八百万の神々(万物)を信仰する多神教の民族で、

つまり“他を尊重する”ということです。



かつての明治政府の愚策の一つとして、

神と仏が分断され、対立されてしまったものを、

今を生きる我々が、おのおのの心の中で

習合し直さなければ対立状態が続き、

いつまで経っても世の中から対立

(あらそいごと、不足不満などの偏った心)は無くならず、

地球人類が共存共栄出来る世界も実現出来ない

=地球人類は争った末、滅亡するということです。



神仏習合のように、身近なところにある、

自分と別に存在する・対立するものと合一(尊重)すると、

物事全てが生成発展し、双方が幸福になっていきます。



これが、これからの時代の【真の幸福のもと/システム】です。

対立は対立を生み、その双方が滅亡していきます。



元々の日本人・大和民族は

「和を以て貴しとなす」精神で生きて来ました。

和の集合体が「大きな和」「大和」です。



我々一人ひとりが自らの「和」と、

全体の「大和」を意識しながら、日々生きていれば、

いつか必ず全員が真の幸福に達することが出来るし、

地球もますます弥栄になっていくと観じました。



今こそ我々は、大和民族の真の【大和の精神/ヤマトダマシイ】を

取り戻さなければなりません。



[ 17:46 ] [ 人生、修行です。 ]
今回の京都・比叡山シリーズ、これで終わりです。

6月16日(火)朝6時半より、

宿坊「延暦寺会館」に泊まっている人が参加出来る

「根本中堂(総本堂)」での【朝のおつとめ】に

参加させていただきました。



現在この根本中堂は大改修中で、

建物全体が工事用のシートで覆われていたりしていましたが、

その荘厳さは変わることはありません。



堂内は外陣・中陣・内陣に分かれ、

本尊などを安置し、僧侶が読経などをする内陣は、

中陣と外陣より3mくらい低くなっていて、

内陣にある本尊や「不滅の法灯」と、

中陣に座る私たち参詣者の高さが同じになる

珍しい構造になっています。



ですので、おつとめ中は読経しているお坊さんは見えず、

仏様が真ん前に見えます。

お坊さんたちの謙虚な姿勢がよく分かります。

感動いたしました。



天台宗総本山の聖地中の聖地である、

根本中堂での朝のおつとめは、

何とも言えない程に厳かで清らかで、

悠久の歴史の宇宙の流れに誘う、大変素晴らしい時間でした。



参加者は私以外に65歳前後のご夫婦3組のみで、

読経されたお坊さんが私たちの名前も読み上げてくださり、

いろんな祈願をしてくださいました。



おつとめ終了後、担当されたお坊さん

(以外と若く、私と同世代くらい?)が

「つたないお話ですが・・・」とめっちゃ謙遜されながら

私たちにお話をしてくださいました。

そのお話をざっくり要約しますと、、、



「我々僧侶のすることは“祈ること”です。

何かあっても、何もなくても、することは同じです。

変わることはありません。」


ということです。



建物全体が工事用のシートで覆われているので

とても暗い場所でしたが、そのお坊さんのお話を聴き、

鮮烈なヒカリの稲妻が落ちて来たくらいの衝撃を受けました。



平時の時も一所懸命祈り続けるし、

国難の時も一所懸命祈り続けるということです。

つまり、コロナウイルスとかが来ようと、

何も来なくても一切関係ないという訳です。



私たちって、何もない平和な時は、

傲慢になってほへーっと過ごしているんですよね。

だけど、何か大きな問題や悩みが発生した時に、

あたふたしたり、神仏や他人にすがって

「何とか、私を助けてください!」と

必死のパッチ状態になる訳です。



だけどお坊さんたちは、そんな強弱がないんですよね。

一日一生で、ただただ衆生のために

一生懸命祈り続けることが自らの使命役割であり人生であり、

真の幸福であるということです。



決して力んでる訳でも無理している訳でもない、

無為自然的な(自然体の)【覚悟】というものが、

そのお坊さんから観じられ、深く感動し、

そして自らの強弱のある日々の過ごし方や意識に

反省懺悔した次第です。



そして、「仏という存在とは、仏になった人ではなく、

【なろうと努力/精進し続けている人】であるということ」も、

とても良く理解出来ました。

私はそのお坊さんに“仏”を観ました。



いやはや。。。人生まだまだすべきことは多いです。



おかげさまでまた新たなる境地に触れることが出来ました。

ご縁いただいた全てのみなさま、ありがとうございました(=人=)☆

次回の『よしこちゃんの街道をゆくシリーズ旅』も

どうぞご期待ください(笑)♪



●天台宗総本山「比叡山延暦寺」公式ホームページ

https://www.hieizan.or.jp/



【写真】

比叡山・東塔エリア「根本中堂」

『街道をゆく16 叡山の諸道』(表紙写真:横川中堂)

比叡山・横川エリア「横川中堂」(横川中堂でお写経しました)


2020/06/17のBlog
助産師・坂本フジエさんの記事です。

あらゆる観点から広く深く、そして美しく学ばせていただきました↓



【子どもにしっかり愛を注いでいけば、世の中は浄化される。
日本で最高齢の助産師・坂本フジヱさんに聞く“人生”のこと
[STORY OF MY DOTS]】

https://greenz.jp/2014/07/14/sakamoto_fujie/




私の場合、この娑婆に産まれるという行為を通して、

【人間の尊厳】というものを特に考えさせられました。



こちらの記事もオススメです↓

【助産師・坂本フジヱさん「男と女が同じなら、そらセックスもせん」】

https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00059/052300001/




赤ちゃんは、何も知らずに産まれて来るのではなく、

【全て知って】産まれて来るんですよね。



命の本(もと)、その根源を、

助産師の坂本さんより観じました(=人=)☆



赤ちゃん(人間)全ての誕生を、

これからも祝福し続けて参ります。



2020/06/12のBlog
[ 00:10 ] [ よしこちゃんが日々観じていること ]
あれこれ調べてますと、

ステキな言葉に出会えました^^♪



「はきものをそろえると 心もそろう

心がそろうと はきものもそろう

ぬぐときに そろえておくと

はくときに 心がみだれない

だれかがみだしておいたら

だまって そろえておいてあげよう

そうすればきっと

世界中の人も心もそろうでしょう」




うーん。まさにそんな心境^^☆

誰に何と言われおうが朗らかにスルー&

自分から感情的になってあれこれ言うのでもなく。。。

はたまた、人が脱いだ、ぐじゃぐじゃな靴をだまって

朗らかに淡々と揃え続ける。

風の如く、雲の如く・・・まさに“自然体”やなぁ。



そろえる→合わせる→合→あい→愛

合うと愛なんですよねー。




「我は仏にならずとも

生きとし生けるものみなを

もらさず救い助けんと

誓う心ぞ仏なる」





ほんと、そうですよね。。。

そうカンタンに仏になれる訳でもなく・・・(涙)




だけど、そうなりたいと思い続け、

精進・努力し続けることこそが大切で尊い、

愛あふれる人生の営みですよね~^^♪




人間を観察してますと、

多くの人が大なり小なり

「愛」というものが欠乏しているようです。



意識的また無意識にその欠乏を認識していて、

欠乏した部分を何とか埋めようとがんばっているのが、

そんな人たちの人生の目的であるようです。



「欠乏しているということ」はみな同じなのですが、

欠乏している箇所(要素)や量、

その追い求め方がみんなそれぞれ違うために、

多種多様なパターンを観ることが出来ます。



欠乏しているところを、

お金(もの)を得ることで埋めようとしていたり、

「誰かに私の存在価値を認められたい」

「異性に愛されたい」「ライバルに勝ちたい」など、

名誉や承認欲求(感情的で一時的な満足)の方に走ったり・・・

実はそれって今の【新しい時代】には幸せになれない、

自我というものが齎している「不幸の種」なんですよね。




せっかく今生かされている命を、

本来使いべき方法で使えていないので、

そっち系の方向で頑張る程に、

仕事がうまく行かなくなったり、

お金やいい人が周りからどんどん逃げて行ったり、

余計に多種多様なトラブル(災い)が

起きて来たりしています。



そもそも、人間とは「欠乏している存在」であり、

全知全能の完璧な存在じゃなくって、

それを【愛】というものを今の人生で知って学び、

実践していくことこそが、この【新しい時代】で

真に幸福になる唯一の方法であり、

今生かされている意味、そのものであります。



別の言い方をしますと、神社仏閣で

「お金持ちになりますように」「彼氏が出来ますように」

などと願う時代はもう終わっているということです。

自我から発心された“願い”はもう叶うことはありません。



「みんなが幸せになりますように」

「○○さんの病気が治りますように」などと、

自らの自我ではなく【愛~神我~】から発心された

“祈り”のみが天に通じ、

あなたの人生の目的に味方するのです。



愛から発心されたものが、愛となって自分に

幸いというカタチで還って来て、

自我から発心されたものは自我という

底なしの苦しみとなって還って来るのです。



来週は、四国遍路行に行かせて頂くので、

“そっち系”のテンションが上がり、

ステキに冴えています。



本来のワタクシである【虚空】に還り、

自由に遊んで参ります(=人=)☆



2020/06/11のBlog
[ 23:18 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
昔に比べお菓子に関しましても、

あまり食べなくなっているのですが、

この「パイの実」は結構好きで、

今でもちょくちょく買って“3時のおやつ”

として食べてます^^♪



長い間食べている割には、

コンパクトな紙の箱に入っているパイの実の、

箱の裏面に「今日もいいことありますように」

と書いてあることをつい先日知って、

密かにめっちゃ驚き、

そしてチョット感動し、シアワセ気分です^^♪



ということで、みなさまも今日も・・・

明日もいいことありますように(=人=)☆


2020/06/06のBlog
[ 14:24 ] [ よしこちゃんのつぶやき ]
軽自動車(スズキのエブリイ)を本格的な

「車遍路仕様」にチェンジしたもの↓

https://autoc-one.jp/suzuki/every/special-5007515/



欲しいわ。。。

だけど、ホンマにゲットしたら、

これに乗ってエイエンとお遍路して、

家に帰って来ない・・・かも(爆笑)!!!


2020/06/05のBlog
【東京一極集中】という社会的システムにより、

ヒト・モノ・カネ、情報、そして権力も集中し、

そこからいつの間にか、

悪に味方する賢き売国奴たちにより巧みに

世界(宇宙?)中に蔓延る闇の権力者たちに、

我々国民の生命と財産が吸い上げられ続けており、

天文学的な富を得ている人もいれば、

その一方で食べるものがなくて餓死していく人、

病を治せる医療や薬を得ることが出来ずに病死する人、

返すお金が無くて自殺していく人がおります。



富や権力を得た人の多くは、

麻薬の魔力にかかったかのように、

底なしの欲にはまり、罪を増やしていきます。



が、地球の意識「ガイア」は生まれ変わり、

地球人類全てを真なる幸福へと導こうと決意をされ、

それを全面サポートする地球(宇宙)の

多くのヒカリ(美)の存在たちが、

様々な【悪】に邪魔されることなく本格的に動ける状態へとなり、

その大いなる存在たちと共に着実にその道筋を歩んでおり、

偏った富も是正しようと動き出しているようです。



闇の権力者たちの「ポチ」(手足の末端)であった、

東京高検の黒川弘務検事長が

“かけマージャン”をしていたことが暴かれ、

意外な展開で世間で裁かれて逝きましたが、

例え自分たちが持つ富や権力を使い己を守ったとしても、

天は常にカミから観、全てはお見通しであり、

今までの地球だったらうまく逃げ切れましたが、

それはもう出来なくなっています。



ということで“芋づる的”に、

闇の権力者たちも粛清されるのは時間の問題です。



闇の権力者<闇の意識体>は今、めちゃくちゃ焦ってて、

隠蔽工作も含め、人工地震などありとあらゆる工作を

日本も含む世界に対して仕掛けて来ておりますが、

今までまんまと騙せた・効果の出たことが、

うまく行かないばかりか、

なぜか自分たちの悪行がすぐにバレて行き、

自分たちの手足がどんどん消されて逝っていることを

脅威に感じているようです。



過去、地球人類は多くの罪を犯し、地球の空間また大地、

そして人間の中に蓄積しております。



その罪の蓄積を消罪をしなければ、この地球/地球人類は、

真の幸福へと進み出すことが出来ないのです。

それが【因果応報】という名の、宇宙の法則の一つであります。



今後、日本並びに世界において、

数々の災いを通しての罪の清算が本格的に行われ、

東京一極集中(「官僚主義」という名の富や権力が、

ごく一部の人間に集中するという罪)など、

過去の培われた国家体制の罪の清算も行われて行きます。



その罪を一掃を図るべく、

一つの方策として首都圏に集中していた、

経済の拠点が(近い将来いくつかの現象が発生し)、

大阪・関西に移ってくる(還ってくる)という情報が、

ちょこちょこ入って来ています。



権力・利権で毒された(東京)オリンピックが、

東京で無くなる、、、「日本オリンピック」

「世界復興に向けての、本来の古代ギリシャの

<平和祈念の祭典>というあるべき姿に還る」

というものに変化するようです。



「損か得か」「善か悪か」「医療か経済か」などの

陰陽が対立した【二元対立】の境地から超尅し、

陰陽双方を兼ね揃えた「一元調和の境地」を、

我々地球人類は目指さなければなりません。



陰陽の調和を得た姿を、

先人たちは【美】と表現して来ました。

美というものは本来、絵画や彫刻といった

芸術作品の中にだけではなく、

人間も含めた万物に宿るものであります。



二元対立は、対立のままであり、

対立した双方の人間は未来永劫、真の幸福になることはなし、

“火事場泥棒状態”で、闇の権力者たちに富や権力を与え、

搾取され続ける奴隷的人生から抜け出せず、

地球人類が真に幸福になれないからです。



[ 09:27 ] [ よしこちゃんが日々観じていること ]
この度の新型コロナウイルス感染症を通して、

いろいろな体験や実践、

そして未来に向けての学びをさせて頂いております。



私の場合、自分の想い(感情)はどうであれ、

「起こることは全て【必然】であり、

物事を全て前向き~絶対肯定~に捉える」

ということをまず学び、次に

「いろんな行事・用事が中止になったり延期になって、

時間的にゆとりが出来たので、

今まで出来なかったことをしよう」ということで熟慮した上で、

これからの人生において「不必要なもの」を

どんどん捨てて行きました。



それは着なくなった服や壊れた家電などの

物質的なものが多いですが、“人間関係”も多く、

私の意識(心)からどんどん外して行きました。



私たちの人生は有限という中に存在していますので、

時間・お金・空間・・・すべてにおいて制限があります。

ですので、地球上全ての人や出来事、

物質に関わることは出来ません。



従いまして優先順位を決め、取捨選択をし、

本当に必要な人・もの・こと・・・その上位から

順番に関わり・大切にして生きて行くべきだと思っています。



これも全て、私が今ここに生きている

真の理由の認識と理解、そしてその実践のためなんです。



その詳細の細やかな一例として、

取っ手の壊れた掃除機&ベランダのプランターに敷く

“すのこ”の修理と、

車でも使えるコンパクトな冷蔵庫(あっためるのも可能)と

小さな充電式の扇風機を新たに購入し、

車でも使えるように、空箱などを使い土台を作って、

どんなに揺れても扇風機が倒れないという改良を施しました。



これらの修理改良ポイントは

【全て端材(もともと我が家にあるもの)を使っているということ】で

つまり、物質的なコストはゼロということです^^♪



私は「端材」というものを、

収納場所を決めてコンパクトにためています。

「物はこれを生かす人に集まる」です。



万物には全て意識・意思(心)があり、

その意識に基づいた配置転換(生かし方)を常に観、

その意思通りに動かしています。



私は新型コロナウイルスは日本においては

(一部の地域で細かい“クラスター”はあっても)

終息していくと観ています。



このコロナ問題よりも、これから本格的にやって来る、

世界的な大不況や大災害、

政治的な体制崩壊や覇権争いなどの

同時多発的起こる出来事の方が桁違いに残酷で

多くの死者が出、人の人生や心を乱し、

希望を見いだせない世界になっていきますので、

そこに意識を向けた方が良いように観じております。



コロナ問題から発心した対策は、

【これからの時代の準備】であり、その準備を重ねて来て、

足元・軸足がぶれない体制が整い、

それがようやく全て完了したので、

この6月からはあっちこっち行く・関わっていく流れに

なっておりますので、出先での雑感を

このブログでも記したいと思っています(=人=)☆


2020/06/04のBlog

めっちゃオモロイ&ステキな発想(^0^)!!!

思わずじっくり見てしまいマシタ~♪



【これはたまらん!江戸時代(1840年頃)の

大阪・京都周辺をGoogleマップ風にした地図が素晴らしい!】

https://mag.japaaan.com/archives/111022?fbclid=IwAR2ppXVu9sD1_uu_CF9_sYwrZxwk6sX3Goh8xU2U-KY5xWrz8HdkFRpCAJ8