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よしこちゃんの部屋
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2020/07/29のBlog
[ 21:47 ] [ よしこちゃんのつぶやき ]
ご参考までに、“個人的備忘録”として

シェアさせていただきます(=人=)☆ ↓



【京大研究者が明言「再自粛不要論」

欧米より圧倒的に低い日本の死亡率…

この差は「集団免疫」で説明できる 抗体検査には“盲点”も 】

https://www.zakzak.co.jp/soc/news/200728/dom2007280005-n4.html?fbclid=IwAR1de_AojNkE5yIASaTyX7PzcePz5WZRX5mvKIXMxhZdMKdgUWDGjOq2gbI




最近、あっちこっち行ったり、ネット等で

この手の情報を集めつつ、

感情や過去の地球での経験は自らの心から排除し、

大局的に物事を観、分析を行いながら、

今後起きることを【今】からではなく、

【未来】から観ており・・・

その一連の活動が非常に忙しく、ブログ更新など、

各種“娑婆の情事”に費やす時間(エネルギー)が今、

あまりない状況となっております。



地球・宇宙の状態が非常に微妙な状況になっております。

それが目に見えないだけで・遠くの知らない場所で

起こっているだけであり、

既にいろんなことが起こっています。

やがてそれは否応無しに全地球人類の前で見える化して参ります。

(物事が現象化するのにはタイムラグがある)



私は自らの役割があって、その現象化する前に観、

あれこれ判断、行動しようと曲りなりに努力しています。



(昔からですが)今の地球人類の殆どは

目に見えないものを観ようとせず、

物事の現象や前兆を“ありのまま”に観ることもなく、

自己の自我我欲、過去の経験や成功

<目先の自己利益>に執着し、

闇権力(エネルギー)の大衆世論操作攻撃に

遭っていることに気づかず、

いろんな意味で生命と財産を知らないうちに搾取され、

迷走しちゃってますが、

なんせ今は目に見えていないので、

殆どの人には理解を得られる訳でもなく・・・

そんな意味では、私はフリーな虚空間にこもり、

表に出ないのも、ちょうどいい機会だと認識しております。

8月は最小限の娑婆の情事しか

関わらないことになっております。



ということで、今の日本や世界の人たち全員を

いろんな意味で冷めて(醒めて)観察させて頂いており、

今後必要になる情報とのことですので、

あれこれインプットの最中です。



風の如く、雲の如く・・・

自らの使命に基づいて私は人間の感情/虚実に

流されることはなく、

常に時空を越えた宇宙(虚空)空間に

我が身我が心を置く実践を、今後も心がけてながら、

祈り続けて参ります(=人=)☆


[ 21:45 ] [ よしこちゃんのつぶやき ]
個人的備忘録です(=人=)☆



【おめでとう、スウェーデン。そして、ありがとう。その中で我々のほうはただ退化していく】

https://indeep.jp/congratulations-to-sweden-i-love-you-now/?fbclid=IwAR37HAV1E6z899DdNbpAaw-dOYjvrLxa2yWP05t2_FUJUadqChVJxqUnvM0




2020/07/18のBlog
[ 17:42 ] [ よしこちゃんが日々観じていること ]
嘆き悲しんだり焦ったり、のたうち回わったりしても、

コロナ等の災いはまだ収束は成されないのです。

我々人間の思惟を越えた絶対的な意思に基づいて

行われていることであり、

人間の力ではどうしようも出来ないからです。



どうしようも出来ないことに、

嘆き悲しんだり苦しんだり憂えたり焦ったりしても、

それは時間やエネルギー【命】の無駄遣いである

ということに早く気づくべきなのです。



従いまして私は、

ありとあらゆる自他の悪想念を消しながら、

世界(地球)が真に平和になることを常に祈り続け、

そして自らが今すべきことをこなしています。



例え人間がどんなに嘆き悲しんでいようとも、

人間以外の動植物たちは、いつもと変わらず、

命の営みを粛々と続けています。



今朝、寝室の窓の外のところに、

じ~~~と鳴く蝉がやって来て、

その声で目が覚めました。

始めは「エアコンの室外機の調子が悪いんかな?」

と思ったのですが、よくよく見ると蝉でした(笑)。



木ではなく、我が家の屋根の下でじーっとしていました。

いつの間にかいなくなってましたが、

かれこれ5時間くらいはいて、じ~~~と鳴いていました。



鳴いている蝉が私に「一所懸命、生きているのか?!」と

大いに問われているような気がして、

何だか朝からちょっとした自己反省の

時間を過ごしています(^^;)☆



きっとこの蝉の前世は「一所懸命生きます!」と

創造主に約束をし人間として生まれたのに、

ちっとも一所懸命生きなくて、

その懺悔で今生では蝉となり、

それで人間(私)に一所懸命生きることの

必要性を問うているような気がしました。。。



何年も土の中にいて、そしてじ~~~と鳴き始めて

一週間程度であの世に還ってしまう蝉。



同じ人生の時間を使うのであれば、

嘆き悲しんだり苦しんだり憂えたり焦ったりのではなく、

今すべきこと/過去を捨て、未来に向けて

成長進化することに一所懸命であれと、

その蝉に教えられた気がしました(=人=)☆


[ 17:40 ] [ よしこちゃんが日々観じていること ]
先日、晴天の日に洗濯をしたカーテンですが、

裾がほつれていることに今日気づいたので、

そんなに上手じゃないのですが、

白い糸で縫って、そのほつれを直しました。



カーテンのほつれを直しながら、

自らの【心のほつれ】に気づかせて頂きました。



物にも【意識 ~ココロ~】というものがあり、

その意識が常に持ち主である私に、

大切なことを教えてくれています。



これからも森羅万象/万物に自らの意識を向け、

その精度を高めて参りたいと思います(=人=)☆


[ 17:37 ] [ よしこちゃんが日々観じていること ]
最近、晴天という日がなく、、、

また多方面・多次元的から観て社会/

地球全体がインウツな雰囲気を放っていますので、

せめて自分の裁量で何とでもなる身辺の整理整頓をし、

心身共にスッキリしようと、

「晴れますように」と祈りながらその機会を

伺っていました。



朝起きてカーテンを開けると

雲間からピカー☆と太陽のヒカリを観、

「よし、今日やな。」とせっせと洗濯機を回したり、

掃除機かけたり、ホウキやチリトリ使ったり、

ぞうきんで拭いたりと、

思いつくところを手当たり次第お掃除しました^^♪



個人的に最もスッキリしたのは、

恐らく設置してから一回も洗濯したことのない

寝室のカーテンと、いつも使っている

パソコンのキーボードの隙間を

掃除機とホテルで貰った歯ブラシで

キレイにしたことです(笑)♪



これとは別に、切れた電球や

壊れたパソコン周辺機器、

ミニ家電などの新品を買いに行き、

どんどん補充していきました。



と同時に、壊れて引出しの奥に眠っていた

スマホやガラケーは、

大手家電屋さんに持ち込み、

リサイクル料金無料で引き取って頂きました。



夕方、仕事から帰って来た妹は

私の綺麗になった部屋を見て、

「掃除したと言ってる割には、

朝の状態と何も変わってないやん」

って言ってましたが(笑)、

要は大きな不必要なモノは昔に捨てて

もう既にないので今日は細かいモノの破棄と、

カーテン等、今あるものの整頓&清掃、、、

例えば、棚に入っている全てのものを

全部取り出して、棚の奥まで空気を通し、

棚に入っているモノも一緒にホコリ・汚れを取って、

元の位置に戻す

(その際、不必要なモノが見つかれば、潔く捨てる)

という作業の繰り返しをしたので、

それで、見た目に於いては殆ど変わりがないのです。



そしてお掃除の最後には、

掃除機を始めとする清掃道具の清掃、

感謝の気持ちで合掌礼拝(=人=)で終了です。



このような感じで更なる

身辺整理/整理整頓清掃をし、

めっちゃスッキリ、洗いたてのカーテンのように

軽やかな心境です。



また明日から雨で、梅雨が終わっても、

インウツな状況は暫くは続くとのことですので、

身辺を更に磨き上げつつ、

これからの荒波を心して進んで

参りたいなと思っています(=人=)☆


2020/07/04のBlog
[ 22:58 ] [ よしこちゃんのつぶやき ]
何でもやり過ごすのではなく

「意識すること/正しく認識すること」を

常に心がけています。



自らの人生に於いて、必要な対象や現象、

場所を意識をしないことには、

ベターな判断や言動に移せないからです。



そもそも「【意識すること】って何やねん!?」

と思うようになり、あれこれ雑感しています(笑)。



人間が物事を判断して行動に移す時に

必要なものが「意識」というものです。

その意識というものは、

【無意識という名前の、自らの持つ

「小宇宙」からあらゆる答えを得ている】というのです。



無意識層には「無意識の小人」という、

自分の分身のような存在が無限大に存在しており、

それらが“神の経(シンケイ)”というもので

綿密に繋がっており、コミュニケートしているとのことです。



その小人たちは、自分の人生の過去で培って来た

知識や経験だけではなく、

自分の先祖(DNA)や過去世の情報も含まれており、

何かを思考する時に、その無意識層にいる小人たちが

瞬時に協議し、「よし、今回はこう判断/行動しよう!」と、

そこで得た答えを自らの意識層にもたらして来るようです。



例えば、2枚の独身男子の写真があるとして、

誰かが私に

「よしこちゃんはどちらの男性とお見合いしたいですか?」

と聞かれるとします。



すると私の2つの目(感覚器官)を通して無意識層に

その2人の男性(写真)の情報が行き、

無意識の小人たちが、どちらがいいか?

瞬時にコミュニケートし判断し答えを導き出して

私の意識層に返信し、 私は

「写真を見た第一印象では、右側の男性がいいです」とか言います。



無意識層には、良い・正しい小人もいるし

悪い・間違っている小人もいます。

なぜなら人間は損得・善悪・上下・貧富など、

二元対立の要素を持ち続けており、

その徳と罪の双方が人間の意識体に

蓄積しているからです。



ですので、間違った方の小人が

意識層に出して来た答えを言動に移すと、

失敗したり、問題が起こったり、人間関係がこじれたりします。



ですので常に、意識層を通して無意識層にいる、

よろしくない側の小人をよい方の小人に変えたり、

自らの無意識層から出ていって貰ったりすると同時に、

自らの意識層に無意識層からの答えが出てきた時に

「果たしてこの答えは本当に正しいのかどうか?/

100%よい方の小人たちから導き出された答えかどうか?」と

無意識層の小人たちと何度かやり取り・確認してから、

自らの言動としてアウトプットするようにしています。



娑婆修行(自我我欲【罪】を消してクリアーになること)が

ある程度進んで来ますと、

自らの持つ「小宇宙」が、だんだんと「大宇宙」

~大いなる宇宙の智慧~と繋がって来る・

完全一体化していくようですので、

自分の人生や先祖の人生、

はたまた自分の過去世で全く経験のしたことのない答えが、

私の意識層にひょっこり出てくる時があり、

その答えが間違っている時は一度もありません。



ここまで来ると、人生、いよいよ怖いものが無くなってくる/

楽しくなってくる・・・といいますか、

感情や快楽、意思や意識といった人間的な感覚を越えた、

全てと完全に一体化された【ヒカリだけの境地】になるようです。



https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61105

↑個人的な備忘録としてシェアさせていただきます(=人=)☆



密=秘密、人間の理解を遥か越えた得体のしれない密なるもの

密=大いなる宇宙、またその根源

密教とは、大いなる宇宙、またその根源の教え(真理)ということでしょうか?



その根源的存在/深遠なる宇宙の

絶対的な創造主を「大日如来」と名づけ、

その化身で“憤怒の相”で我々を叱咤激励しながら

また護って頂きながら導いてくださるのが

「不動明王」というかんじでしょうか。。。?



となりますと、これからの時代は

【不動明王の時代】という観じもいたします。

次から次へと、地球全体が混迷を深めて参ります。

地球(のイシキ)が牙を向いて“憤怒の相”で

我々に襲いかかって来て、命を落とされる方もおられることでしょう。



たしかに自らの命や財産が奪われるということは、

非常によろしくない、嘆き悲しいことであることは

間違いのない事実かと思われます。



しかしながら、それを別の角度、

また違った【次元】から観てみますと、

それは今までの間違いを正すための【苦難】であり、

同時によりよくなって行くための【試練】でもあるということです。



つまり、本来の人間のあるべき姿に還るため、

そして地球人類全体が、真の幸福になるための

「天与の機会」だということです。



過去に起こってしまったこと/

これから起こることは仕方がありません。

人間の力ではどうすることも出来ません。



ただ、今を生きる我々が出来ることは、

全てがよりよくなる為に祈り、

そうなるための実践をし続けるということです。




それがやがて進歩となり進化となって、

子々孫々の希望へとなり、

先祖への最善最高の供養となっていくのです。



不信でも過信でもない、中庸を貫徹した【自信】で持って、

一歩一歩、確実に歩を進めて参りましょう。


2020/07/03のBlog
[ 22:24 ] [ よしこちゃんのつぶやき ]
現在、目に見えないかたちでさまざまな

次元上昇が起こり続けています。



例えば善は善として、悪は悪として

どんどん浮かび上がっており、

徹底的に罪の浄化/デドックスという

たぐいの現象が起こり、

やがて今の「二元対立の世界」は、

「一元一体化の世界」に向かっていきます。



明日・7月4日(土)アメリカの独立記念日に、

500年に1度という惑星直列が起こります。



水星ー金星ー地球ー火星ー木星ー土星ー冥王星

の7惑星が並ぶという現象です。

これは非常に分かりやすい、次元上昇というメッセージです。



※参考ホームページ【惑星が勢ぞろい(2020年7月)】↓

https://www.nao.ac.jp/astro/sky/2020/07-topics04.html?fbclid=IwAR0QLLqEWSFrrLSxJ6R9Ns4fLkcJEqSGa3Sw8UQlAfW9sdII0mAA29FFhTI



7月1日(水)夕方、マイ畑から美しい夕焼け

~深遠なる宇宙の大いなる眼~が顕れ、

我々の住む大阪平野/地球を

照らしていました(2枚の写真)。



何かを暗示する、宇宙からのメッセージですね。

いよいよ 本格的に 始まります。



これからおこることは、全て宇宙(生命の根本)からの【愛】です。

我々が真によくなるために、おこってくるのです。



たとえ、どんなことが起こっても

覚悟して参ります



2020/06/29のBlog
[ 12:47 ] [ ぶらり旅日記 ]
先日、岡山市内に行く用事があり

「せっかく岡山に来たんやから!」と、

更にマイカー飛ばして、旧・備中松山藩

(岡山県高梁市)に行って来ましたぁ~(^0^)♪



高梁市の中心市街地を流れる高梁川の支流

(細い川)をどんどん上って行った山間にある、

“平家の落ち武者の村”って感じの

(実際は違うようですが)場所にあり、

祖母が生前暮らしていた実家がそのまんま残っていて

(ひいおじいちゃんの代に建てられた家らしい。築120年以上!)、

そこには祖母の弟のお嫁さん・モモエさんが、

今も一人で元気に暮らしておられます。



ということで、よしこちゃんの4分の1のルーツは

この“備中松山”です^^♪



幼稚園の時に、ひいじいちゃんのお葬式で

初めてここに訪れた以来、5回目くらいの訪問です。



当時はナント!土葬で、大きな樽のような“座棺”で

八つ墓村の映画のワンシーンような感じで、

その大きな樽が太い棒を使って男性たちに担がれて、

家の上にあるお墓へとゆっくり運ばれていき、

土の中に埋められていきました。

幼稚園の時ながら、強烈なインパクトがあり、

今でもはっきり覚えています。



母方の祖母の家系は代々真言宗で

(中四国は“お大師さん”が讃岐出身な関係で真言宗が多い)、

モモエさんは「南無大師遍照金剛」と唱えながら、

お墓や仏壇のお参りをされていて、

いつもそう唱えながら四国遍路をしている身として、

とても親近感を覚えました。



確か、祖母の姉の旦那さんは私のように、

かなり頻繁に四国遍路をされていたと以前、

モモエさんから聴いたことがあります。

私が今、四国遍路行をしている理由の一つが、

この家系に属している身だからやと観じております。



自分の家系(過去)を自発的に知ることは、

日々生きていく上で、とても多くのヒントや感動、

そして感謝の念を私にもたらしてくれます。

過去を知り未来に生かし、恩に生きて参りたいと思っています。



そして近い将来、“最悪の地球シナリオ”が起こった時は、

このモモエさんのお宅に疎開し、

完全自給自足の生活で命をつなぎたいと思っています。

そんな意味に於いても、家族・親族の絆や多様性は、

かけがえのない先祖からの財産【徳】でもあります(=人=)☆



とにもかくにも次ここに行く時は、母や母の姉(叔母)を

連れていきたいと思っています。モモエさんも喜ばはるしなぁ~!



[ 12:43 ] [ ぶらり旅日記 ]
岡山県高梁市と言えば、備中松山城です^^♪



標高430mの臥牛山頂上付近に建つ天守は

国の重要文化財で、現存天守を持つ

山城としては最も高い所にあります。



雲海に浮かぶ備中松山城、めっちゃ有名です↓

http://takahasikanko.or.jp/modules/spot/index.php?content_id=58&fbclid=IwAR2aUisrvv-bzZM6cILj9tOfRCGASd3mj3DquZEN4O9AoEHaWB31_XhXw1M



ほんと、おかげさまで今回の旅も天気に恵まれ、

美しい写真がたくさん撮れました(=人=)☆



全国あっちこっち旅をしますが、

昔からの天守が残っている地域は、

その地域の方々の民意のレベル、文化レベル、

そして地域愛のレベルが高い証拠、

その象徴だと観じております。



そんな地域こそ、日本の日本としてのあるべき姿や、

日本の国力を根幹から支えていると思います。

決して東京や大阪などの都会だけが、

この国を民族を支えている訳ではありません。



江戸時代のように、日本の地方にも活力や多様性、

ハイレベルな精神性が普く広がっている、

地方創生の時代こそが、

日本人を人類全ての真の幸福を満たしてくれる、

最先端の実相であると観ております。



[ 12:35 ] [ 人生、修行です。 ]
岡山県高梁市=備中松山藩と言えば、

山田方谷(やまだ ほうこく)先生が有名です^^♪



全国の駅名で唯一、

人の名前がついているのではないでしょうか?

JR伯備線「方谷」駅。



以前、何度目かの祖母の実家訪問の時に

山田方谷先生のことを知り、その後に読んだ

司馬遼太郎先生の小説『峠』に登場し、

より詳しく知りました。



『峠』の主人公である、

越後長岡藩の家老・河井継之助の師匠が

この山田方谷先生です↓

https://www.kurashiki-tabi.jp/yamada-houkoku/kouseki/



藩政改革を断行し、たったの8年弱で、

備中松山藩を借金漬けから状態から、

超優良黒字藩に仕立て上げた家老です。



で、その藩主であった板倉勝静がその藩政を評価され、

最後の将軍・徳川慶喜の老中首座(筆頭)になったという

歴史的な流れがあります。



今回は、方谷駅と方谷園(山田方谷先生の墓所)、

方谷園側にある「方谷の里ふれあいセンター」に行きました↓

http://takahasikanko.or.jp/modules/spot/index.php?content_id=59&fbclid=IwAR2YdRs9134PK8F6yc0lJzPMJRQAVnglU6T3Pf5MhUBxcCXbhweQNnNFyss


センターではスタッフの方から方谷先生について

みっちり1時間、展示されている方谷先生が書いたもの

(掛け軸等)を使って、いろんなことを教えていただきました。



ほんと、方谷先生は今でも備中松山の方々に

愛され続けてはるんやなぁ・・・って実感すると同時に、

私自身も4分の1ですが、備中松山の血が流れているので、

これからも方谷先生を尊敬し愛し続けたいと思います。



「義を明らかにして、利を計らず」

「事の外に立ちて、事の内に屈せず」




いやはや。。。深すぎる、

すてきな先生の御言葉です。



そして 「至誠惻怛(しせいそくだつ)」 は、

山田方谷先生が河井継之助に贈った言葉。

まごころ(至誠)と、いたみ悲しむ心(惻怛)の二つを

兼ね備えて生きることが、人としての基本姿勢であると説かれています。



歴史(過去)って本当に面白い。。。

悠久なる大河の流れを一つずつ丁寧に紐解いて行くと、

深い感動や学びの宝庫だということに気づきます(=人=)☆



[ 12:30 ] [ よしこちゃんのおススメ! ]
岡山・備中松山旅を終えても大阪には戻らず(笑)、

快晴の美しい瀬戸大橋を渡って四国に行きました。

香川県高松市でお仕事をした後、

愛媛県西条市に向かい、そこで一泊しました。



伊予西条の「周ちゃん広場

http://www.ja-syuso.or.jp/syuchan/)」という、

JAがやっている直売所の中に

「周ちゃんまるごとカフェ」というカフェがあり、

期間限定で販売される「メロンマウンテン(880円)」が

安くて美味しい!とメッチャ有名で、

普段あまり食に関心のないよしこちゃんですら

「これは絶対に一度は食べとかなければ~^^♪」と、

この時期になるのを待ちわびてて(笑)、

朝10時に「周ちゃんカフェ」へ行きました。



この日は「70食限定」とのことでしたが、

朝9時に開店して1時間。既に私が21番目で、

私が帰る頃(10時半)には、

30番目の人が入って来ました(^^;)☆



平日でしかもコロナショックで比較的訪れる人が少ない中、

どんだけ人気やねん!と

うわさ通りの評判にアッパレでした!!



甘くて新鮮なメロンが半分丸々出てきて、

しかもその上に、甘さを抑えるなどして

そのメロンに合った味に調整されたソフトクリームが

山(マウンテン)のようにグルグル~と乗っているんです^^♪



ほんと、地元農家の方々の「まるごとおいしい」という

その意気込みにまた更にアッパレです(^0^)!!!



そもそも周ちゃん広場自体が、

地元の方から私たち旅人(観光客)まで

広く支持されている、

ステキな直売所やなぁと感じております。

今回もミカンを大量購入しましたし~♪



[ 12:24 ] [ 遍路修行日記 ]
“メロンマウンテン”を満喫した後は、

先達の大先輩で私を公認先達へと導いて下さった

引田大先達に会いに行き、

今回もいろいろなことを教えてくださいました。



やはり、何らかのことを志し、成長進化しようと思えば、

先輩/師匠という存在がいると、ぶれない上、

多方面に於いて非常にスムーズに事が

進んで行くということを改めて感じることが出来ました(=人=)☆



次に同じく愛媛県西条市にある四国88霊場/

64番・前神寺に行き、4年前に私が修繕奉納した、

大師堂の前に設置されている灯明台(ロウソク立て)の

お掃除をさせて頂きました。



四国88の公認先達になるためには、

四国88どこかのお寺の推薦がいるのですが、

私は引田大先達のご縁で、

この前神寺さんが推薦寺となっています。

その推薦の御礼として、修繕奉納をさせて頂いた次第です。



前神寺さんへ行く度に、

自らの手でお掃除させていただいております。

今回はせっせと2時間お掃除したのですが、

今回の新発見として、この灯明台を

お掃除担当されている方が、

扉のスライド部分に落ちたロウを容易に取るために、

2つの古い金属製のヘラの先を加工されていたということです。



誰かが奉納しても維持管理をちゃんとなされないで、

汚くなって朽ちていくスピードが早いものを、

全国各地の神社仏閣でちょくちょく見かけますが、

今でもこうしてちゃんと維持管理して下さっていて、

奉納者としてとても嬉しく思っています。



更に、やはりコロナのご時世もあってか、

お参りする人も少ないので、

メンテナンス・お掃除するタイミングもあまりないようで、

灯明台が何だかチョット寂しく感じてるようで・・・

灯明台(のイシキ)を通して、お参りされる人の

苦しみやお寺(四国88霊場全体)の

運営の厳しさも観じられました。



そんな中にあっても私は、

自らが奉納した灯明台を通して逆に、

「こんなご時世の中であっても、綺麗にシンプルに

そして希望を持って生きて欲しい」という祈り【念】を

この灯明台に込めながら綺麗に浄化し、

その場を後にした次第です。



その後は伊予西条~今治界隈をじっくりお参りして

大阪に戻りました。



四国遍路というものは、悠久の歴史に

積み重ねられた【祈りの道】ですので、どこをどう歩んでも、

その時々やその人にとって必要な

「天与の気づきや導き/智慧 ~オカゲノチカラ~」が

得られるものであると観じております。



これからもご縁続く限り、粛々と遍路行を続けて参ります。

南無大師遍照金剛(=人=)☆



2020/06/19のBlog
[ 18:30 ] [ よしこちゃんのおススメ! ]
一つ記載し忘れていたネタがありました(^^;)☆

先日事情があって、岐阜に行ってました。



フツーに車を運転し大阪に向けて帰っていたら、

道路沿いに「龍馬神社」と記載された

“ノボリ”が一本立っていて

「な、なんじゃこりゃー(>0<)!!?」と

通り過ぎた先にあったコンビニに車を止めて

ネットで調べると、「龍馬神社」というものがあると

分かったので、Uターンしてちょっと寄ってみました。



ほんと、ふつうの田舎に、突如現れた「龍馬神社」。

ちゃんと坂本龍馬の家紋や写真が石に刻まれてました。



岐阜県中津川市にある「龍馬神社」↓

http://www5.plala.or.jp/Luna-cmr-Golden/



めっちゃ神社らしくない作りで

(どちらかというとお寺っぽいというか・・・

民家の一部を神社化した手作り感満載の場所)、

めっちゃコンパクトな場所でした。



私が挙動不審感マンサイでそろ~っと境内に入ると、

どこから見ていたのか?白い割烹着を来た

団塊の世代のおばさまが飛んで来て、

ドンドンその神社の説明をされました(笑)♪



そのおばさまの旦那さまが司馬遼太郎先生の

不朽の名作『竜馬がゆく』にどっぷりハマり、

「わが町にも龍馬を祀らなければ!」と

天からの啓示状態で神職の免許を取り、

土佐にある龍馬神社に飛んで行って、

分祀して頂いたとのことです。



土佐にある佐川龍馬神社(高知県高岡郡佐川町)の方は

「坂本龍馬の先祖は、美濃から土佐に

やって来たと言われています。

(岐阜の龍馬神社のある)坂本という場所はきっと、

龍馬の先祖の土地で、龍馬のみたまは【先祖返り】

したがっているのかも知れませんね。」と、

快く分祀してくださったということです。



その神社のある場所は「坂本」という名前の場所で、

もよりの駅の名前も「美乃坂本」です。



なお、京都にある霊山護国神社を除けば、

坂本龍馬を神として祀る神社はこの二社だけです。






す、すごいなぁ。。。いろんな意味でっ(>0<)!!!

ということで龍馬好きの方、ゼヒ岐阜の

龍馬神社にも行かれてみてくださいね^^♪





・・・歴史的事実として、坂本龍馬だけが幕末の志士で

バリバリ活動して薩長同盟を結んだり

明治維新へと誘った訳ではないかと思うのですが、

「坂本龍馬」という一人の人物は、

幕末維新を実現させた【象徴神】として、

今でも多くの人たちが畏敬親愛の念を

抱いているのだと思います。



「明鏡止水(めいきょうしすい)」:澄み切って落ち着いた心。

「鬼手仏心(きしゅぶっしん)」:外科医は残酷なほど大胆に

手術するが、それは患者を治そうとする

やさしい心によるものだということ。。。

美しき四字熟語は龍馬の象徴的生き様にとても良く似合います。



そしてその象徴神は、革命期における日本人のあるべき姿、

またその道筋を指し示してくださっております(=人=)☆




[ 18:17 ] [ 人生、修行です。 ]
ご縁ありまして、

京都・大原、比叡山・比叡山坂本に行って参りました。

おかげさまで雨も降らず

(大原の宿に泊まっていた時に夜、降っていましたが)、

万事予定通りスムーズに流れました(=人=)☆

とりいそぎ、広くお知らせしたいことを選んで、

7つの日記にして、記しておきたいと思います。





・・・京都霊山護国神社は、あの坂本龍馬や

その同志である中岡慎太郎を始め、

幕末の志士たちのお墓がたくさんあります。

やっと墓参が叶い、嬉しい限りです。



墓参や歴史館見学、激動の時代の舞台の一つになった

“京”の散策を通して、

幕末の激動期に生きていた志士たち

(天皇、公家、幕臣・・・佐幕派や倒幕派を問わず、

真剣に未来を考え実践されていた人たち全て)の

生き様~念~を通して、いよいよ目前に迫る

本格的な激動期のトラエカタ~覚悟~というものを

肚に落し込みたいと考えた次第です。



今でも多くの墓参者がいるようで、

とても綺麗に整備されていました。

見晴らしの良い小高い山の中腹にあって、

京都盆地に向かって墓標は立っており、

今でも“京”~この国に行く末~を

その御霊(みたま)たちは守護されておられます。



お墓という陰鬱な場所かと思いきや、

墓域全体が「守護神」なので、

清浄な気が流れる美しい凛とした場所でした。



終末期~革命の時期は、中高年よりも

若者が率先して活動するようです。

知識や経験が豊富な中高年よりも、

感性と行動力を潤沢に持つ若者

(もしくは心に柔軟性のある/精神的に若い中高年)が、

変革の時代に於いては求められるようです。



護国神社の側にある、幕末の志士たちを紹介している

「霊山歴史館」の運営母体のもとである

「霊山顕彰会」の初代会長は、

あの故・松下幸之助氏です。

このことに更に深い感動と感謝の念が湧いて来ました。



自分の作った会社だけ大きくし、

自分だけ儲けるのではなく、

松下政経塾を作って政治や経済界で活躍する人材を育てたり、

PHPという、繁栄によって平和と幸福を探求し、

それを得るための思想や哲学を研究し

広めていく組織を作られたのは知っていましたが、

この霊山歴史館を仲間と共に作り、

幕末の志士たちへの鎮魂(供養)や感謝を含めた、

その志や生き様を広く世間に知らしめる活動も

されていたのは知りませんでした。



「子々孫々までこの国が弥栄であるために」と、

経営者として自らの会社のことだけを考えないで、

国家の安寧のため、また世界平和のために

生きられた松下幸之助氏。。。

「経営の神様という枠」を遥かに越えて、

私たち日本人全員にとっての神様~あるべき姿~やなぁと観じました。



幕末の動乱期を生きた志士、

戦後の混乱期を生き抜いた松下幸之助氏のような

先人たちの御恩に報いる人生を、

今を生きる我々は送れているのでしょうか?

出来ていないと申し訳ない気持ちでいっぱいです。



果たして松下幸之助氏が、幕末の志士たちが、

今の日本や世界を観たら、どう思い、

どのように実践されるのか?そのあたりのことも意識し、

自らの思考(念)や実践に活かして参る所存です。



●「京都霊山護国神社」

http://www.gokoku.or.jp/

●「霊山歴史館」

http://www.ryozen-museum.or.jp/


[ 18:12 ] [ 人生、修行です。 ]
およそ20年(京都で大学生してた時か

卒業してすぐくらい)ぶりに京都・大原へ。



行ったのは日曜日の午後でしたが、

そんなに観光客はおらず(外国人は数名)、

ゆっくり大原を満喫出来ました。

時間の都合上、三千院と寂光院しか

お参り出来ませんでしたが、大満足です。



夜は大原の旅館に泊まり、

静寂で清らかな大原の夜に光るホタルを見、

人間の持つ儚き人生と強い夢や希望溢れる

人生の両方を観じました。



聖徳太子の時代から歴史の表舞台に

この大原が登場して来ますが、

自動車で京都市内までカンタンに行けるようになるまでの大原は、

完全なる僻地(ド田舎)で、侘び寂びの中に何とも言えない

“美という名前の先人たちの生き様”が積み重ねられており、

とても居心地の良い場所でした。



ある意味素朴な、京都らしい京都が大原には

まだ遺っているのかも知れません。



寂光院の方は前回、2000年に本堂が火災で

燃えてしまった関係でお参りが出来なかったので

今回初めて行きました。

焼けたご本尊の周りにあった小さな仏様たちが、

宝物殿に展示されていました。

黒焦げで形が崩れ、とても痛々しかったです。



だけど・・・なんと言ったらいいんでしょう。



お寺(信仰そのもの)や信心深い人々を護るため

/消罪&弥栄のために、仏様たちは、

自らが成り代わって焼かれていったのでは?と観じました。

アンパンマンがおなかを空かしている人に、

自分の頭(アンパン)をあげるという発想と同じです。



仏像って、依代(いれもの)なんです。

“みたま”は自由自在なので本当はそこには無い

/どこにでも在るんですよね。



ですので信心さえあれば、仏像の中にも、

信仰心の篤い人の心の中にも常に宿るものなんだと思います。

その心さえ無くさなければ、その仏様(信じている存在)って、

そこから無くなることは無いんですよね。



仮相は仏像という目に見える・五感の範疇にあり、

本当のこと・実相は目に観えない、

五感を越えたところにあるということであり、

それに惑わされることなく今、

自分がすべきこと・考えるべきことを

一所懸命すべきであるということを、

御身を持って教えて下さっているようにも観じました。



とにもかくにも大原界隈は、

「ホトケという“カガミ”」を通して、

自分自身を見つめるにはとても良い場所ですし、

恐らく先人たちもそれを求めてこの地にやって来て、

そんな場所にして行かれたのだと思いました。



●「京都 大原観光保勝会」

https://kyoto-ohara-kankouhosyoukai.net/

●「三千院」

http://www.sanzenin.or.jp/

●「寂光院」

http://www.jakkoin.jp/


[ 18:06 ] [ 人生、修行です。 ]
大原を訪問した後は、比叡山の西側(京都側)にある、

赤山禅院(http://www.sekizanzenin.com/)と、

曼殊院門跡(https://www.manshuinmonzeki.jp/

に行きました。



今回の旅の目的は「比叡山・天台宗にふれる旅」で、

司馬遼太郎先生の『街道をゆく16 叡山の諸道』を片手に、

天台宗の開祖である最澄を始め、

その志を継いで日本に於ける天台宗の基礎固めや

繁栄に導いた(もしくは再興させた)

僧侶のゆかりの地に行きました。



私は四国遍路や高野山で有名な、

弘法大師空海並びに真言宗に

縁が深い人間のようですが、

その同時代に開創された平安仏教である

天台宗もさくっと知っておいた方が良いと思い、

今回の旅を企画しました。



事前にかなり天台宗のことを調べましたが、

その本質や枝葉のことは

あまり良く分かりませんでしたが(浅学ですので^^;)、

奈良仏教や真言宗、各鎌倉仏教と

【やり方(教義・色)】は違っても、

「万人を普く救う/安寧へと導く」という

【あり方(存在意義・目的)】は

同じなんだということは分かりました。



赤山禅院に着くと、平日にも拘わらずお参りする人が

とても多く驚きました。

たまたま月一度の、不動堂での護摩焚き

(比叡山天台宗の大阿闍梨様によるご加持)

があるということでした。



しかも、コロナの影響で数ヶ月ぶりの開催だそうで、

地元の方々が狭い境内に50名程集まっておられました。

せっかくのご縁ですので、私もそれに参加させて頂きました。



当然のことながら、比叡山からお越しの

大阿闍梨様の自然体の凄さはめっちゃ観じられたのですが、

ご参集のみなさんの信心深さ・仏様に対する

真摯な態度に心打たれ、感動いたしました。



恐らくこの比叡山界隈は、先祖代々

天台宗を信仰している人が多いんやと思います。

(その前日お参りした大原の三千院と

寂光院も天台宗のお寺です。

物理的に比叡山に近いからだと思われます。)



天台宗の護摩焚きは初めて体験し、

めちゃくちゃ新鮮でしたが、どの宗派であっても、

昔から今まで継承されている流儀(やり方)は、

時代を越えて真理を貫き通している真の理でありますので、

ALL OKなんだと思いました。



うまく言葉では表現し切れませんが、

本来の宗教~人としてのあるべき姿/

真の幸福への道筋~や、宗教と人間との

あるべき関係性というものの【根本的な風景】を

私は赤山禅院の不動堂で観ることが出来ました。



護摩焚き終了後は、

お寺の方からお土産(お下がり?)として、

パンなどをたくさん頂きました。



私も地元の方々のように、“赤山大明神”に

歓迎された気分になって、とても嬉しくなりました(=人=)☆


[ 18:01 ] [ 人生、修行です。 ]
生まれてはじめて比叡山に行きました。

おかげさまで天気は晴れて、京都・西側も、

滋賀・東側も綺麗に観えました。



その日の夜は、比叡山の東塔地域にある

「延暦寺会館」(http://syukubo.jp/)という、

比叡山唯一の宿坊に泊まりました。



宿坊というか、鉄筋コンクリートの立派なホテル

という感じで、今までに無いお高い金額を払いました・・・が、

思い切って泊まった甲斐がありました。



「延暦寺会館」に泊まる魅力は、

展望がめっちゃいい(滋賀・東側の夜景や朝日が綺麗)ことと、

お食事が精進料理だということ、

そして延暦寺会館側にある、

【根本中堂(比叡山天台宗の聖地中の聖地)】で

毎朝6時半から30分程度開催される、

朝のおつとめに参加出来るということです。



夕方や早朝、観光客がいない比叡山の

東塔地域を散策出来るのもいいです^^♪



なお、高野山みたいに、比叡山の山の上は、

一般の人が暮らしておらず、

お寺がポツポツ点在するだけです。

(お坊さんも中高年の方を中心に、

比叡山の下にある比叡山坂本で暮らしておられるっぽいです)



主に東塔地域、西塔地域、横川地域と

3つの広いエリアで形成されています。

町としての主たる機能は、比叡山坂本にあります。



比叡山は元々平地が少ないということ、

冬はとても寒い上、琵琶湖があって湿度も高く、

人間が健康に住みづらい場所とのことです。



それで、冬の北西からの風を防げる、

比叡山の東側の坂本が“天台宗のお膝元”

ということで繁栄したとのことです。



琵琶湖があるので、海上の船を使って、

人や物を容易に運べる拠点だったという

利便性もあるかと思われます。



もともと、天台宗の開祖・最澄の

生まれ故郷やということもあるかと思われます。



・・・比叡山や延暦寺会館からの眺めは、

本当に美しかったです。

たまにはこうして、上(カミ)から娑婆を

客観的に眺める時間も、ステキなことだと思いました。


[ 17:56 ] [ 人生、修行です。 ]
天台宗における千日回峰行の本拠地である

無動寺谷にも行きました。

このエリアは東塔地域から、せっせと30分くらい

谷を下りて行く(=帰りはひたすら上り^^;)

・・・車じゃ行けない僻地にあります。



司馬遼太郎先生も足を運ばれたからには、

私も行かない訳には参りません(笑)。

自宅から竹の棒(杖)を持参し、登山を覚悟し、参りました。



名前からして、このお寺のご本尊は

“不動明王”なんですよね。

先程の赤山禅院同様、何故か今回は

不動明王ばかりにご縁があります。

ボーボーと燃えて、自他の煩悩など、

ありとあらゆる邪・悪の存在を追い払う/消すというイメージです。



一応女子なんで(?)日々【憤怒の相】ではなく、

観音菩薩のようにニコニコと水のようにしなやかにしなければ・・・

と思いつつも、私はなぜか観音信仰には興味がない

/必要性を感じないので、

今後もボーボーと燃え(萌え)続けていくしかないです(笑)♪



明王堂は開いていて、中を覗くと、

いかにも「修行僧です!」という20代のほっそりした

若い男性が番をしていました。



「どうぞお参りください」と尼僧のような

澄んだ笑顔で受け入れてくださり、

靴を脱いて本堂の中でお参りをさせて貰いました。



外も中もとにかく掃除が行き届いて、

若い修行僧はひたすら掃除という行を

されてはるんやなぁととても良く分かりました。



お線香を立てる場所に、ほんの少しだけ、

灰が落ちていました。



それに気づいたそのお坊さんは

「あ。すいません。せっかくですので、

気持ちよくお参りして頂きたいですので、

拭かせていただきます」とおっしゃり、

小さな濡れ雑巾で念入りに拭いてくださいました。



だけど、ちょっと緊張されて、

拭き方がうまく行かず(恐らく修行し初めてそんなに間がない)、

すいません、すいませんと何度もおっしゃっていました。



別に、ほんのちょっとなので、知らんぷりしたり、

私が去った後でさっと拭いてしまいやん~って思ったのですが、

さすが、千日回峰行のメッカで修行を

重ねるお坊さんだけあって、

やることや私たちお参りする人への

心づかいが徹底されていて、とても感動いたしました。



お参り後、来た道を戻ろうとすると、

明王堂の外に「何度も洗濯してます!」という

年季の入った白い作衣を着、

ほうきを持った別の若いお坊さんがいつの間にかおられ、

せっせと境内を掃き清めておられました。



こちらのお坊さんは30代の真ん中、

いかにも体育会系で「千日回峰行に憧れて来ました!」

という感じで、私の気を感じたらさっと私の方を向いて

「こんにちは!」と元気に挨拶して下さり、

またせっせと掃き清めておられました。



別に今、掃かなくても十分綺麗やのになぁ。。。と、

ここでも思ったのですが、

さすが無動寺谷のお坊さんやなぁ。。。と

また更に感動いたしました。

(ここまで来る片道30分くらいの参道も

とても綺麗に掃除・管理されています)



娑婆がどんなに変化(へんげ)しようとも、

この無動寺谷の修行僧の風景は

昔から何も変わることなく継承されて来て、

数々の修行を通して、大阿闍梨という立派なお坊さんになられ、

衆生を救って行かれる存在になられて行かれるんやなぁ~と、

悠久なる人間の叡智の一端を、

無動寺谷という一つの小さな谷間で観じることが出来ました。



[ 17:51 ] [ 人生、修行です。 ]
比叡山の東側・琵琶湖沿いにある

比叡山坂本にも初めて行きました。

町全体が「里坊のまち」ということで、

重要伝統的建築物群保存地区に指定されており、

とても趣のある町並みでした。



最澄の生誕の地「生源寺」を始め、

比叡山延暦寺の本坊(総里坊)である「滋賀院門跡」、

その奥(上)にある江戸時代以降の

歴代天台座主のお墓や

徳川家康や紫式部等の供養塔がある「慈眼堂」、

そして、比叡山西側にある赤山禅院と並ぶ、

比叡山東側を護る「日吉大社」(http://hiyoshitaisha.jp/

などなど、神仏好きな方々にはかなり魅力的な場所だと思いました。




神様=神社・神職

仏様=寺院・僧侶



という感じで、現代において

(厳密に言いますと、明治初期からおよそ150年間のみ)は

完全に別物だとして取り扱われてしまっております。



しかしながら、古代より我々日本人は【神仏習合】であり、

八百万の神々(万物)を信仰する多神教の民族で、

つまり“他を尊重する”ということです。



かつての明治政府の愚策の一つとして、

神と仏が分断され、対立されてしまったものを、

今を生きる我々が、おのおのの心の中で

習合し直さなければ対立状態が続き、

いつまで経っても世の中から対立

(あらそいごと、不足不満などの偏った心)は無くならず、

地球人類が共存共栄出来る世界も実現出来ない

=地球人類は争った末、滅亡するということです。



神仏習合のように、身近なところにある、

自分と別に存在する・対立するものと合一(尊重)すると、

物事全てが生成発展し、双方が幸福になっていきます。



これが、これからの時代の【真の幸福のもと/システム】です。

対立は対立を生み、その双方が滅亡していきます。



元々の日本人・大和民族は

「和を以て貴しとなす」精神で生きて来ました。

和の集合体が「大きな和」「大和」です。



我々一人ひとりが自らの「和」と、

全体の「大和」を意識しながら、日々生きていれば、

いつか必ず全員が真の幸福に達することが出来るし、

地球もますます弥栄になっていくと観じました。



今こそ我々は、大和民族の真の【大和の精神/ヤマトダマシイ】を

取り戻さなければなりません。