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よしこちゃんの部屋
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2020/11/04のBlog
[ 22:43 ] [ ぶらり旅日記 ]
下北半島からくるっと津軽半島へ移動!

源義経が北上して逃げてきた!という義経寺へ行ってみました↓

https://www.aptinet.jp/Detail_display_00002142.html



青森旅②キリストの墓と同じような、

ロマンな伝承ですが、、、^^;



源義経は源頼朝に追われ結局、

奥州平泉で自刃したといわれていますが、

このお寺のある津軽半島・龍飛崎まで逃げ、

荒れ狂う海を前に観音像に祈ると、

3頭の龍馬が現れ、

海峡を渡ることが出来たという伝承のあるお寺です。



そして大陸に渡り、チンギス・ハンになって

モンゴル帝国の初代皇帝となった!って

ブッ飛び伝承へと繋がって参ります(笑)。



雪深き地域には、ロマンあふれるすてきな伝承が

生まれやすいのかも知れませんね^^♪



ま、伝承はどうであれ、風光明媚な場所でございました。。。☆

旅の相棒・ゆうきちゃんが、お寺にあった「幸福の鐘」を鳴らして、

世界の平和を祈ってくれました。。。(=人=)☆



[ 22:39 ] [ ぶらり旅日記 ]
津軽と言えば、津軽半島/龍飛岬↓

https://www.aptinet.jp/Detail_display_00000066.html

龍飛岬と言えば、名曲『津軽海峡・冬景色』ですよね~!

よしこちゃんもカラオケでオッチャン達の前で

よく歌っております(笑)♪



龍飛岬の丘には、『津軽海峡・冬景色』の歌碑があり、

赤いボタンを押すと、女性の声

(恐らく、石川さゆりではない)歌の2番と、

最後のサビが歌われます。

なんだかステキで、そしてどこか滑稽です(笑)。



行った時はめっちゃ風が強くて冷たくて、

途中雨が横から降って来たりと、

『津軽海峡・冬景色』にちょっと近い情景になって、

こんな過酷で美しい場所だからこそ、

こんな名曲も生まれるんやなぁ。。。と

強風にあおられながら想いました。




人生もきっと、平穏な時よりも辛くて過酷な時の方が、

【美】であるのかも知れませんね。



赤いボタンを押して歌碑から放たれる名曲を愛でた後は、

龍飛岬の下に降りて、赤い祠に祀られている、

地元で愛されているウミノカミサマへお参り!




ここに来ると、雨も風が一段と【爆状態】となり、

祠の前での合掌礼拝した後、

私の重い肉体が枯れ葉のように、

一瞬ふんわりと舞い上がって、風雨と同化し、

このまま虚空の彼方へ飛んで行きそうになりました(笑)。



さすが、龍が飛ぶ岬だけあり、

その御力も物凄くて、益々心身か軽くなり、

目の前で起こる事象がより鮮明且つ軽やかに

スピードを増して進んでいます。



【龍の背に乗る/流れに乗る】ということは、

このような境地・次元なんやと、

体感中でございます(=人=)☆


「国道」と言えば、自動車がビュンビュン走っている

というイメージがありますが、

龍飛岬を走る国道339号線は、ナント☆階段で、

徒歩の人しか通っていません。

名付けて【階段国道】!!!

初めて聞いた日本語で、びっくり仰天~っ(>0<)!!!



詳しくはこちら↓

https://www.travel.co.jp/guide/article/1220/

https://trafficnews.jp/post/74594



階段あり、民家と民家の間の細い路地(?)あり。

国道の概念がステキに覆された衝撃的な

339号線との出会いでしたぁ~^^♪


津軽海峡・龍飛岬から、雄大な日本海を眺めつつ、

美しい海岸線をレンタカーで颯爽と南下し、

十三湖に行きました。

昔は「とさこ」(元はアイヌ語)、

今は「じゅうさんこ」と呼ぶそうです。

十三湖は浜名湖と同じ汽水湖です。



十三湖と日本海が交わるところに十三湊があり、

そこにかつて安藤(安東)氏という一族が、

本格的な都市設計を施し、

一大貿易都市を築いていた!ということです。

今はただの湖に寒村のみ・・・

その遺跡案内の看板が立っていたり、

小さな資料館があるのみです。



司馬遼太郎先生の『街道をゆく 41 北のまほろば』を手に、

中世の面影がほぼない雨の十三湖を見渡してから、

十三湖の中にある小さな島(中島)にある

市浦歴史民俗資料館へ行きました。



地の利を生かして、ホウボウと貿易をし、

巨万の富を築いていた安藤氏ですが、

どうやら巨大地震&津波で壊滅的な被害を受け、

そこに今の岩手県北部と青森県東部を支配していた

南部氏が攻めて来て、

室町末期にこの一族は滅んだ・・・というか、

この十三湊を捨てて、本州のどこかの湊町か、

北海道などに逃げたのかも知れません。



で、そこを支配した南部氏は、

海上貿易にはとんと興味もスキルも無く、

その土地を支配したことのみ満足だったようで、

中世の一大貿易都市はそんな南部氏によって

地中深くへ眠りにつき、今は寒村となっています。



天を仰ぎ海を渡る中世の人たちのロマンが、

生命の息吹“ツワモノドモガユメノアト”が、

この静寂を守る十三湊の下で眠っているなんて、

そのギャップが何だかめちゃくちゃ凄すぎて、

とってもステキな歴史ロマンやと感じました!




●十三湖

http://www.go-kankou.jp/miru_manabu/ando.html



●市浦歴史民俗資料館

http://www.city.goshogawara.lg.jp/kyouiku/bunka/shiurarekimin.html?fbclid=IwAR1tQLQWbkAf7hiGCCRnGIp99vp7krzik7SrNJA9W2I2Eq8NktsXJsl7kds


25日(日)夜は、五所川原市にある

パークイン五所川原エルムシティに泊まりました^^♪

支配人の中山佳さん(愛称:かいぴょんさん)は、

商工会議所青年部&倫理法人会の先輩です!



10年程前に地元八尾にて、

商工会議所青年部主催「近畿ブロック大会 八尾大会」

を開催した時に、日本商工会議所青年部の

委員さんをされておられ、いろいろと大会運営に

ご協力頂いた時以来のご縁で、その後、

五所川原市倫理法人会のMSに

お邪魔させて頂いたりしました。



青年部はご卒業されて、

今は青森県倫理法人会の幹事長をされておられるとのこと!

やっぱりデキルおねえさまは違いますワ~^^♪



ご多忙のところ、大阪からの旅人のために

わざわざ時間を割いてくださり、

いろいろと地元青森のお話を伺うことが出来ました。

地元の方から直接あれこれとお伺い出来るのは、

旅人として大変貴重で嬉しい機会でございます~(=人=)☆




かいぴょんさんオススメの津軽金山焼の置物

「あまびえたん」を購入させて頂きました。

めちゃくちゃ可愛い!!!



この合掌している「あまびえたん」に、

三内丸山遺跡でゲットした

黄金色のリンゴの鈴をつけて、さらにゴリヤク倍増です(笑)♪



あと、あまりにもキラキラしてて驚いたので

うっかり写真撮影し忘れたのですが(笑)、

パークイン五所川原エルムシティさんには“女子部屋”があり、

壁紙やインテリアがめっちゃ可愛い

お部屋に泊まらせていただきました!

ほんと、久しぶりに思い出しました☆

自分が女子やったことを・・・(笑)。

そんなかんだで、ステキな女子時間を

過ごさせていただきましたぁ~(^0^)!



みなさんも青森・五所川原に行かれた時は是非、

パークイン五所川原エルムシティさんに

泊まられてみてくださいね~^^♪



●パークイン五所川原エルムシティ

https://www.parkinn-elm.co.jp/



●津軽金山焼「あまびえたん」

http://kanayamayaki.com/?p=4096


青森・津軽と言えば「ねぷた(ねぶた)」です!!!

五所川原は立佞武多(たちねぷた)で、

ねぷたが立っています!



26日パークイン五所川原エルムシティを後にし、

「立佞武多の館」に行きました↓

http://www.tachineputa.jp/



ねぷたは元々、七夕の時の灯籠流しだったそうで、

それが神輿のように町中を行脚したり、

どんどん巨大化して色彩豊かになって来たようです。

(最近は温暖化で雪が少ないそうですが)

雪深い季節が長いので、やがて訪れる春を待ちながら

じっくりとねぷたの作品づくりに専念され、

それがこんなに美しくまた大きく進化されたのでしょうか。。。



この館は日頃は立佞武多の展示館且つ

保管倉庫となっており、お祭りシーズンになると、

いろんなところがビ~~~ッ!と開いて、

立佞武多が外へ運べるようになっています(驚)!!!

展示されている立佞武多の美しさにうっとり。。。☆




そしていつかリアルに動いている

迫力満点な立佞武多群を見たいなと

思いましたぁ~(*^^*)♪



[ 22:18 ] [ ぶらり旅日記 ]
五所川原の次は更に南下して弘前(ひろさき)です!

弘前と言えば、弘前城です^^♪

東北で唯一天守閣が現存している大変貴重なお城です↓

https://www.hirosakipark.jp/



弘前城は、リンゴの木の剪定を参考にした、

樹齢100年を超える立派なソメイヨシノの

桜並木がとても有名です。

(一般的なソメイヨシノの寿命は70年程なんだそうです。

剪定の技術、すごいですね!)


お堀の中が花びらで薄いピンク色になるんやそうです。

冬は桜並木や堀の中や回りが真っ白になるとのこと・・・

津軽は本当に美しいです。

いつか見に行きたい絶景です。




かつてこの弘前城は津軽家の手によって

立派な五層の天守閣があったそうですが、

江戸初期に焼失し、その後櫓の一つに

天守に準ずる装飾が施され、

現存するこぶりな天守閣が完成したそうです。

(当時江戸幕府は五層の天守閣の新築を禁じていた為、

同等のものを再建出来なかったらしい)



司馬遼太郎先生はこのこぶりな天守閣こそが全体と調和し、

ふしぎなやさしさを帯びた名城になっているとおっしゃり、

この天守閣の本丸にのぼった者は、

この台上の主役が天守閣ではなく、

西北にある岩木山であることに気づかれました。




三層のこのこぶりな天守閣が、

この津軽平野の支配の象徴ではなく、

神である岩木山に仕えているのである・・・とのことです。



実際この天守閣に上ってみて、

本当にそうやな。。。と観じ、感慨深いものがありました。



津軽為信を始め、この天守閣にいた

津軽家代々の想い~祈り~というものを、

天に仰ぐ絶対なる存在・岩木山を通して

知ることが出来ました(=人=)☆


弘前城の天守から岩木山を眺めておりますと、

お山に呼ばれた感じがしましたので急遽、

その麓にあります岩木山神社に行くことにしました↓

https://iwakiyamajinja.or.jp/



レンタカーだと行き先を急遽変更とかしやすいので、

旅はレンタカー移動が一番いいです^^♪



その近くにある高照神社

(津軽藩四代藩主・信政を祀る廟所)、

その横にある「高岡の森 弘前藩歴史館」にも行き、

弘前(津軽)藩の歴史を更に学ばせて頂きました↓

http://www.city.hirosaki.aomori.jp/takaoka-rekishikan/



弘前城から10キロくらい離れた岩木山の麓で、

また違った空気のある、清らかな場所でした。

かつての土地の支配者のことを知るのも面白いですが、

その時々の一般大衆の生活を知るのも結構面白いです。



その時々の生き様や価値観、成功や失敗、智慧。。。

時空を越えて私にいろいろと語りかけてくださいます。



歴史とは即ち、時空間を越えて

今を生きる私たちに贈られて来る、

かつて生きていた人たち全員の智慧、

そのものだと観じております(=人=)☆



【写真】岩木山神社
この16でようやく、青森旅日記も終わりです(ほっ)。

岩木山神社から青森空港へ向けて

レンタカーを走らせてますと・・・



「りんご(3つ)100円」



という驚愕の安さで販売されている

「無人販売所」がポコポコ出てきましたので、

スーツケースの隙間に入るだけの

りんごを購入しましたぁ~^^♪



さすが、日本一のりんごの産地ですよね(アッパレ☆)

青森県界隈に稲作文化(米による民衆支配)及んでから、

寒冷地でしかも雪深い津軽地方を中心に

「けかち(飢渇)」となり、江戸時代には

およそ五年に一度、凶作となって

多くの餓死者を出し続けて来ました。

上記自然現象に加え、江戸時代の津軽藩に於ける

政治のやり方にもかなりの問題があったようです。



その深い悲しみや苦しみ絶望感は、

比較的温暖で稲作に適した、

また武士(支配者層)が殆どいなかった

天領で生きていた先祖を持つ私には

理解し辛い部分もあります。。。



津軽藩が治めていた弘前を中心に、

今も多くの慰霊塔が遺っています。

私はそのみたまたちに祈り(ヒカリ)を捧げます。



明治に入り、けかちの元凶であった稲作から開放された

青森県界隈の人たちは、寒冷地でもよく育つ

(しかも高付加価値のある)、

りんご栽培を積極的に行っていき、今に至っています。



りんごは青森県人の命を救う、

“赤いみたま(いのち)”なんだと思いました。



青森は東北の地方都市なので、

大都市に比べて好景気・バブルとか

あまり無かったそうですが、それでも現代は

よほどのことがない限り、餓死することはなくなりました。

現代は品種改良され寒冷地でもちゃんと育つ稲もありますし。

ほんと、おかげさまで良い世の中になりました。



三内丸山遺跡を始めとする青森県内並びに

同文化圏内の縄文遺跡の発掘によって、

青森は日本国の端/僻地の「けかち」ではなく、

豊かな実り多き「北のまほろば」で

あったということが分かってきました。

この地を実際に旅させていただき、

この令和の時代に於いても「まほろば」

であるという確信を深めました。



たくさんの物やお金が無くても、

古き良き文化や歴史(先人たちの智慧)が

たくさん遺っていて継承されている。

外部環境が過酷だからこそ、人々の絆は深く、

助け合って分け合って生きている(内部環境の充実)。

そのように観じました。



かつて三内丸山遺跡で生きていた

縄文人のDNA(生き様)を最も色濃く継承されているのが、

地元青森の方々なのではないでしょうか。



我が国は南北に細長く、多種多様な

歴史、風土、生活習慣、価値観を保有する国家です。

日頃の大阪・関西の生活圏には無い、

または少ないものが、旅先には豊富にあったりします。

(逆に大阪にたくさんあって、旅先には少ない、無いものもあります)



今後も【旅という名の行(ぎょう)】を通してでも、

多種多様な価値観や歴史(先人の智慧)を学び、

自らの人生に活かして参りたいと思っていますし、

そこから得た学びをこのブログ等で

多くの方々と共有し発信して、

全ての進化成長・幸福に貢献して行きたいと思っています。



お世話になったみなさま、ありがとうございました。

一日も早くコロナが収束し、

観光業界や運輸業界が元通りになり、

ますます繁栄しますように。。。(=人=)☆


2020/10/29のBlog
隠岐の旅日記はこれで終わりです。

隠岐から伊丹空港に飛行機が着陸した時、

CAさんが「この飛行機は“アマビエジェット”です」

とおっしゃいました。


これです↓

https://travel.watch.impress.co.jp/docs/news/1274492.html



絵に書き写すことで疫病を収めるといわれている

妖怪「アマビエ」の姿を機体の底部に描いており、

整備士の発案で実現されたとのことです。

数機しかないそうなので、たまたまアマビエジェットに当たって

嬉しい限りでゴザイマス~(*^人^*)♪



飛行機を降りてから、機体の底部にプリントされている

アマビエの撮影を試みましたが、

飛行機の真下に行くと警備員さんに叱られそうでしたので、

叱られるギリギリっぽいところまで行って

撮影したのが2枚目写真です(笑)♪



あと帰宅後、「フライトトレーダー24」で、

隠岐→伊丹空港の飛行ルートを調べました。

飛行機の窓から、地元八尾の高安山レーダ(赤丸の箇所)や

我が家が見れて、とても嬉しかったです。



これらの上空を飛んだ時刻は15:15分です。

毎日同時刻に隠岐から伊丹まで飛んでおりますので、

15:15分に八尾上空で比較的小さなJAL機が見えたら、

それは隠岐から飛んできた飛行機です^^♪



・・・伊丹空港発着の飛行機は、

大阪のド真ん中を低空飛行しますので、

飛行機を見上げると肉眼でこの赤い

アマビエのイラストが見えると思います。



ほんと、このアマビエにあやかって、一日も早く、

社会的な新型コロナウイルス感染症の影響が収束し、

航空業界など多くの方々のご多幸を

心よりお祈りいたしまして、

この度の隠岐の旅日記を終えたいと思います。



お世話になったみなさま、

ありがとうございました(=人=)☆



なお、今月下旬は同じくJALで青森へ。

来月上旬はピーチで石垣島&小浜島に行きます。

過去の格安&ステキなGO TO トラベル旅の報告も含め、

また後日アップさせていただきます~^^♪


[ 20:03 ] [ ぶらり旅日記 ]
島後・隠岐の島町をレンタカーで走っていると偶然

「久見竹島歴史館」という看板を見つけ、

「お。これは行かねば~(>0<)!」と

即Google Mapで詳細を調べ、行って来ましたぁ~(^0^)!




スタッフのおばさまが展示資料に基づいて

とても丁寧に説明をしてくださいました。

この久見地区の先祖の方々は、

しかるべき適正なる政府機関の許可を得て

実際に竹島界隈へ魚介類などをとりに行っていた訳です。



が、戦後のどさくさにまぎれて、

韓国が竹島を不法占拠し、

「李承晩ライン」というものを勝手に設定し、

日本人が漁に行ったら拿捕されたり撃ち殺されたりした訳です。



1951年のサンフランシスコ平和条約で、

日本の国土が全て決まった訳ですが、

そこには竹島も日本の国土に含まれた訳で、

その調印に韓国は異議を唱えたのですが

、アメリカ政府はそれを退けております。



過去、国境線が曖昧な時代に、

いろんなことが竹島周辺海域であったかと

思われますが(いくつかの日韓の文面に記載が

遺っている程度ですが)、

とにもかくにも1951年のサンフランシスコ平和条約が

現在に直結する国際的な正当性のある

取り決めであることは間違いありません。



が、そのまま韓国の不法占拠が続いており、

韓国国内では昔から竹島(独島)は韓国固有の領土である!

と教育したり、世界に吹聴しまくったりしており、、、

慰安婦問題や徴用工問題と全く同じ構図といいますか、

慰安婦問題の“走り”といった感じです。

虚実を真実に見せかけ、我が国我が民族の

生命と財産を奪い続けております。



その韓国の不法占拠も国際的におかしくて、

憤りを感じまくっておりますが、

更に上を行く憤りを感じるのが、

当時の日本政府(自民党)の対応です。



拉致問題もそうですが、問題が起こった瞬間に、

一気に解決を図ろうとするのが最もベストで

且つ至極当たり前の方策であります。



しかしながら、この竹島問題が地元から

中央政府へ知れ渡っても、具体的且つ

積極的なロビー活動は行わず結果、

問題の先送り状態が70年程経った今も続いています。



その時に政治的な判断をした政治家はほぼ全員死んで

(引退して)もうおりません。

何とも無責任だと思いませんか。

今頃、そのタマシイは地獄の苦しみを地獄で

味わっていることでしょう。



北朝鮮による拉致被害者問題についても、

日本海沿岸地域を中心に若者がどんどん消えている、

どうやら北朝鮮に拉致されたらしい・・・と

警察機関は早い段階で実態を掴み、

当然のことながら日本政府にも知らせていたのですが、

それを日本政府が公表を遅らせて、

拉致問題発覚を遅らせたのは現代政治史における真実です。



残念ながら当時は日本政府の中枢部に対して

影響力の強い韓国・北朝鮮・中国など

日本と利害関係のある国の人間が、

日本人のフリして(もしくはカネ等で操つられた

日本人が)入り込んで、問題の発覚や解決を遅らせたり、

問題自体を無かったことにする工作を

積極的に仕掛けており、

我々日本人がまんまとそれに

引っかかってしまったということです。

(※現在もその勢力は存在しますが弱体化している上、

善良な国民にその存在や動きが筒抜けです^^♪)



で、その日本政府(中央政権)に業を煮やした

地元・島根県は2005年に「竹島の日」というものを設定し、

竹島問題を公のものにし、

日本人に広く知らしめる活動を展開し始めたのです。



北方領土もそうですが、戦後のどさくさで不法占拠された

状態がずっと続いており、その罪は莫大なものですが、

今後20~30年かけてこの大罪を償うべく、

大いに苦しみ抜いて、人によっては命でもって

償って貰うことになります(=人=)★



また尖閣諸島は中国による、不法占拠に向けての

不穏な動きが続いており、中途半端な日本政府の動きに

業を煮やした沖縄県石垣市が、

尖閣上陸やいろんなことを積極的に行い始めています。

その石垣市の動きに大いに賛同すべく来月、

石垣島に行って参ります。



ほんと、日本政府/政府自民党内に蔓延る【ガン細胞】には

ほとほと呆れており、日本国内においても罪深き政治家や

人間が自身また家系、そして過去世の罪の精算をすべく、

心身の病、人間関係の崩壊、金銭トラブル、

逮捕などなど・・・ありとあらゆる苦しみで持って償っておられ、

時には自らの命(寿命)で持って償っておられます。



すべては【因果応報】であり、人間は騙せても天は騙せず、

すべてをお見通しであり、一つの漏れも例外なく、

償うように出来ています。



奪った人間は奪われるし、殺した人間は必ず殺されるのです。

罪を作った人間を、天は“愛”で持って赦さないのです。



・・・隠岐の島の観光パンフレットやホームページには

この「久見竹島歴史館」は一切載っていなくて、

そのことに対して非常に違和感を覚えていますが日々、

この手の情報を意識して探しているので、

自然と看板が目に入って来ました~(笑)♪



ニッポンを愛する皆様、是非一度、

ここにも行かれてみてくださいね。

地元の方々は静かに、そして熱く、

歴史通りの竹島のあり方を求めておられます。

共に真実を実践して参りましょう~(^0^)!



●久見竹島歴史館 紹介ホームページ
https://www.town.okinoshima.shimane.jp/www/contents/1465433733102/index.html


隠岐はあっちこっちに奇岩や独特の地形があって、

めちゃくちゃ面白いです。

荒々しい地形が、日本海の厳しさ・この地球で

生きていく厳しさを教えてくれますが、

厳しい中にも美しさがあり、

とても魅了されました(*^^*)☆



中ノ島にある明屋海岸と西ノ島にある

摩天崖(まてんがい)界隈、凄かったです!

(空港のある隠岐の島からフェリーに乗って、

中ノ島と西ノ島に行きました)

それぞれの島で電動アシスト自転車を借りて、

見に行ってきました!



ちょっと大変でしたが、その分、

とっても美しい風景に出会えました!



人間は誰もおらず、

この絶景を独り占めです~(*^^*)☆



2・3枚目:明屋海岸

4・5枚目:摩天崖



隠岐に縁深い・・・この地に島流しに遭った天皇は、

先程日記をアップしました後鳥羽天皇と、

もうお一人、第96代で南朝初代天皇の

後醍醐天皇(1288~1339)です。



後醍醐天皇はおごり高ぶる鎌倉幕府を倒そうと

計画しましたが密告により事前にバレてしまい、

鎌倉幕府の軍勢に敗れ捕縛された上、

天皇の座を奪われて、1332年に隠岐に流罪となりました。



が、およそ一年で隠岐から逃げ出すことに成功し、

再び歴史の表舞台に返り咲いて挙兵し、

奈良・吉野で南朝を樹立して、

所謂「南北朝の動乱」へと日本の歴史は向かっていきます。



後鳥羽上皇は逃げ出さずにこの地で

19年間暮され亡くなりましたが、その点、

後醍醐天皇はめっちゃアクティブな方だったようですね(!?)



隠岐における後醍醐天皇の行在所跡は、

島後・隠岐の島にある、隠岐国分寺のある場所という説と、

島前・西ノ島にある黒木御所跡という説の二つがあります。



両方行きましたが、個人的には

隠岐国分寺の方かなぁと観じております。

隠岐国分寺の方が規模が大きく、

元々(奈良時代から)国分寺並びに人が住まう場所があって、

後醍醐天皇を見張るための基本的なインフラが

揃っていて良かったのかな?と

鎌倉幕府の立場から思いました。



逆に後醍醐天皇の立場からすれば、

隠岐諸島で最も栄えている西郷港があるこの地の方が、

脱出し挙兵する為のあらゆる諜報活動を

しやすかったのでは?とも思いました。


もしかしたら最初は隠岐国分寺の方で、

「こりゃマジで逃げ出すかも!?」と

危機感を感じた鎌倉幕府側がより逃げにくい・

あまり人が寄りつかない西ノ島の

黒木御所を突貫工事で作って、途中から

そっちに移動させた<させようとした>のかも知れません。



もしくは、最初から西ノ島側にしようとしていたのに、

御所を作るのが間に合わず、「仮の住まい」として

元々立派な建物がありインフラが揃っていた

隠岐国分寺になったのかも知れませんね~!



だけど、本当のところは分かりません。。。

歴史の雲にかかって観えませんが、

当時のことを想いながら、あれこれ想像するのは

【歴史の醍醐味】って感じで、めちゃくちゃ面白いです~^^♪



●黒木御所跡・碧風館
https://www.e-oki.net/spot/detail.php?spot_id=35


●隠岐国分寺・後醍醐天皇行在所跡・蓮華会之館
https://www.e-oki.net/spot/detail.php?spot_id=13

(それぞれ隠岐観光協会 公式ホームページ)


1~2枚目:西ノ島・黒木御所
3~5枚目:隠岐の島・隠岐国分寺



隠岐神社は島前・中ノ島(海土町/あまちょう)にあります。

創建は意外と新しく、昭和14(1939)年です。

地元の方々の熱意により創建されたそうです。



この神社の御祭神は第82代・後鳥羽天皇です。

詳しくは三枚目の写真をご覧頂ければと思いますが、

かつてこの隠岐は、比較的身分の高い方の

島流しの場所であったようです。



1221年、鎌倉幕府執権の北条義時に対して

討伐の兵を挙げられましたが(承久の乱)、

朝廷側が敗北したためこの地に流され

1239年、崩御されました。



19年間この島におられ亡くなられ、

そして火葬されましたので、

行在所跡と火葬塚が隠岐神社に隣接してあります。



その時から800年弱経って、実際にこの地に立ちますと、

後鳥羽上皇の無念というものは今は観じられす、

この地でまたこの地の方々と共に、

それなりの慎ましく朗らかな日々を

お過ごしになられておられたのかな。。。と観じました。



火葬塚の敷地内に咲いている彼岸花には、

黄色い蝶がやって来て、また木の門には、

門と同じ色のカマキリが合掌(?)してはりました。



京には京の美しさがあり、隠岐には隠岐の

美しさがあるということを、

後鳥羽上皇も観じておられたのだと思いました。



歴史は幾重にも積み重なったミルフィーユのような、

また地層のようなものであり、

限りなく無限大に近い多次元多重構造的なものであり、

摩訶不思議でとても魅力的です(=人=)☆



なお、隠岐神社には「夜の隠岐神社まいり」というものがあり、

夜間拝観もやっているとのことです(詳しくはWEBで)。



隠岐の島は漁師の町であり、

漁師は空が暗い時にも漁をしている時があり、

お参りも夜間することもあるようです。

ですので夜間も本殿前にある2つの灯籠の明かりが

灯っている神社がちょこちょこありました。



なお、隠岐の島にある神社の場所や一の鳥居は、

船を停められる港に面している場所がかなりありました。



その土地土地の人の生活習慣・風土に

合わせた神社のかたちになっているのも

また面白いです(^^)♪



★隠岐神社 公式ホームページ

http://okijinja.sakura.ne.jp/



★島前・中ノ島(海土町)観光協会ホームページ

http://www.town.ama.shimane.jp/kankoh/spot/




[ 19:37 ] [ ぶらり旅日記 ]
島根県の北に浮かぶ島「隠岐」に行き・・・

いろいろ見て回りましたが、

やっぱり「ローソク岩」が一番よかったです。

ため息が出る、美しさ。。。

やっぱり地球は美しい(*^^*)☆



荒天の日は出ないのですが、

漁船が「ローソク島遊覧船」に変わって、

一日一回(大人3,000円)ローソク岩などの

隠岐(島後/隠岐の島町)の奇岩(変わった地形・風景)

を海から見れる!というステキな遊覧船です。



雲があって、ローソクに火が灯っているようには

見れませんでしたが、

何だかとっても神神しい風景がそこにありました。



なお、このローソク岩って、

最上部が女性っぽい人魚にも観音様に

見えたりします(右写真、中央上部)。



別角度から観ると、“お大師さん”が

夕日に向かって座って修行してはる感じでした(笑)♪



岩も・・・万物も全て【仏】が宿っているねんなぁ~と、

しみじみ観じました。

みなさまが隠岐に行かれる際は、

晴天の日でこの遊覧船が出航する日を

おススメいたします(=人=)☆



★「ローソク島遊覧船」紹介

(隠岐観光協会 公式ホームページ)

https://www.e-oki.net/experience/detail.php?eid=4


隠岐の宿からいただきました!

よしこちゃん初の「地域共通クーポン(紙バージョン)」。

今回1,000円のクーポンを、

ナント☆7枚も頂きました!



同じお宿に3泊するのですが、

てっきりチェックアウト日まで7枚共に使えるんかな?

と思ったら、2枚が明日11日まで、

2枚が12日まで、3枚は13日までとなっています。



ってことで、明日中にどこか探して2枚使わないと、

無効になってしまいます(焦)!

このサイト↓

https://map.goto.jata-net.or.jp/



を見れば、どこで使えるか?分かるのですが、

現地に行きますと、

このサイトの情報は少し古いような感じがして、

他にもいろんなところで使えるようです。

お店の入口に「地域共通クーポン券」の

水色のポスターが貼ってあるので、とても良く分かります。



最初は新鮮な魚介類などのお土産をドッサリ

7,000円分買おうと思っていたのですが、

お土産屋さんや飲食店だけではなく、

たまたま事前予約していたレンタカー屋さんや、

4つくらいある隠岐の島同士を結ぶフェリー代でも

使えるということが今日来てみて分かり、

元々現金で使おうと決めていた、

これらの交通手段に支払うお金の代わりとして、

地域共通クーポンが全部消えてしまう感じです。



ということで、ドッサリお土産を買うのは止めて、

チョットにします(^^;)!?



で、宿泊代の15%が「地域共通クーポン」で

戻って来る仕組みですが、

どうしてお安い民宿に3泊して7枚も戻って来るかと言いますと・・・



私はいつも「じゃらん」というサイトで宿の予約をしています。

じゃらん独自で「JAL往復航空券と宿代セットで予約し、

合計金額が4万円以上になれば14,000円、割引します!」という、

めっちゃオトクな割引クーポン券が以前配られ、

それをゲットしていました。



ですので私の今回の本来の旅の合計金額は

44,800円なのですが、

このじゃらんの割引クーポン券を使っているので、

30,800円になりました。



更にこの「地域共通クーポン券」で7,000円戻って来たので、

今回の旅行代金は合計23,800円です。(めちゃ安!!!)

(JAL系列の旅行会社に事前にカードで支払ったお金

44,800円に対する15%還元なので、

それで今回7,000円分もクーポン券をくれたようです)



更に細かいことですが、じゃらんポイントや

JALのマイルも少しですが加算されますので、

それらも差し引けば23,000円しか

今回の旅でかかっていないことになります。



ほんと、あれこれと時勢や時期を観、

マメに情報をチェックしながら、

いかに費用対効果MAXな旅を、そして人生を謳歌するかが、

よしこちゃんの人生の要諦であり、醍醐味でもあります。



今後も更に追求して参ります(=人=)☆


10月10日(土)午後2時過ぎ。

大阪伊丹空港から45分くらいで、

隠岐の島(島根県の北側・日本海に浮かぶ島)

に到着しました!

個人的にはもう少し空の旅を満喫したかったなぁ・・・

さすが直行便はあっという間に目的地に到着です^^♪



機内のドリンクサービスは、100ミリリットルの

紙箱に入ったジュースになっていて、

「こんなに小さな箱のジュースは初めてやなぁ~」

って感動してました。

と同時に、個人的には100ミリリットルは少なく、

もう1つ欲しかったデス(^^;

まだ“はじらい”が残っていて、CAさんに言えない。。。笑)♪



なお、乗車率は座席の空き具合から見て

40%といった感じで、いつもより小さな飛行機を

使っているとCAさんはおっしゃっていたので、

実際はコロナ前よりももっとお客さんが

少ないと思われました。



一列4人で、左右2席ずつある飛行機で、

私の隣の席は誰も座っていなかったので、

めっちゃ快適な空の旅でしたが、

飛行機会社の採算を考えると、複雑な気分になりました。。。



・・・隠岐の島から、韓国に実効支配されている

竹島までは直線距離で150キロ程とのことですが、

竹島は昔も今も隠岐の島です。



だけど、島の方々からは、竹島を奪還するぞ~!的な

激しい要素はほぼなく、のほほ~んとした

平和な“島時間”が旅人・よしこちゃんを

癒し続けておりました~(*^^*)☆



いつもは旅に出かける前に、いつどこに行くか?

全てプランニングをしてから行くのですが、

今回はそれをする時間があまり無かったので

(観光協会から隠岐の資料一式は

事前に郵送して貰いました。無料でした)、

まずは空港から島後・西郷港にバスで移動して、

そこにある観光協会に行ってあれこれ相談や予約をし、

更に夕方4時に今回3泊させていただく

お宿にチェックインし、マイパソコンや資料を使って

詳細のプランニングをし、レンタサイクル等の予約を

完了させました~(^0^)♪




★隠岐観光協会 公式ホームページ

https://www.e-oki.net/



10月10日(土)~13日(火)まで、

島根県の北上に浮かぶ隠岐の島に行ってきました。

今度はその旅日記を一気にアップさせて頂きます!


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10月10日(土)。

おかげさまで台風14号はぐ、ぐ~、ぐ~っ!と

進路を変えてくれて、

大阪界隈の天気が回復しました。

私の乗る、島根県の北の海に浮かぶ

隠岐の島行きの飛行機は定刻通り

出発してくれることになりました。



一年ちょっとぶりに伊丹空港に来ましたが、

こんなに人が少ない伊丹空港は初めてで

とっても切なくなり、改めてリアルに

コロナの影響を感じました。



前回来た時は、大改修工事中でしたが、

そんな中でも多くの人で賑わい、

正直「なんでこんなに人が多くてゴチャゴチャしてるねん!」

って一種の憤りを感じていましたが、

閑散としているよりは賑わっている方が

絶対に楽しくて幸せでいいなぁ~って実感しました。



GO TO トラベルキャンペーン等を使っての、

格安での隠岐旅。楽しみたいと思っていますし、

と同時に、旅行業界の再建に

ちょっとでも貢献したいと思っています。



保安検査場の中にある、

フードコートの「神座ラーメン」で英気を養い、

いざ、隠岐へと飛びます~っ(^0^)ワクワク☆☆☆




2020/10/22のBlog
[ 14:02 ] [ ぶらり旅日記 ]
所謂“観光公害”の無い、真に美しい

我が国の観光~光を観る~を求め・・・

しかも今はGO TO トラベルキャンペーンで

安く行けるので今、

かなりの頻度で旅に出掛けています。



時間が無くて、なかなかアップ出来なかった旅日記を

一気にアップしたいと思います!



まずは美濃/岐阜県です。

以前、曹洞宗・道元のルーツを探る

越前・福井旅のついでに(?)白川郷に寄りました。

写真を見て頂ければお分かり頂けるかと思いますが、

この時白川郷には観光客が10人くらいしかおらず、

静まり返っておりました。。。



観光で食べている地元の方には申し訳ないですけど、

これが本来の美しい白川郷なんだと観じました。

この白川郷の美しい空気を持って帰りたいなぁ・・・と思い、

お土産屋さんで風鈴を買って帰りました。



この涼しげな音色のおかげで、

この夏はとても気分のいい時間を

過ごすことが出来ました(=人=)☆



★白川郷観光協会 公式ホームページ

https://shirakawa-go.gr.jp/



[ 13:58 ] [ ぶらり旅日記 ]
7月の豪雨災害の前に“じゃらん”で見つけた

人気のお宿「下呂観光ホテル本館」に泊まりました。



さすが人気だけあって、めっちゃステキでした。。。☆

設備はレトロ感あふれているのですが(笑)、

スタッフの方々の“おもてなし(心づかい)”に

非常に深い感銘を受けました。


とにかくスタッフの方々が目先の業務(仕事)ではなく、

私たちお客さんに最も大きな意識を向けていてくださり、

私の他愛ない質問や会話にも笑顔で

長々とお付き合いくださいました。



夕食後に部屋に戻ると、キャンドルと

可愛い青い瓶に入ったお酒、

そしてお手紙が置いてありました。

お酒は飲めない私なのですが(笑)、

スタッフの方々のお気持ち、とてもよく伝わりました。



それに夜と早朝の二回、それぞれ別の趣の違う

貸切風呂が楽しめ、とても良かったです。

お部屋もそうですが、とても綺麗に

お掃除されていて、気持ちいです。



ちょっとした図書館もあり、いろんな本を

ゆっくり読めるのも豊かな時間となりました。



コロナに加え、7月に豪雨災害のあった下呂温泉。

一日も早い復興を心よりお祈りしています。

また泊まりに行きたいお宿です(=人=)☆



★下呂観光ホテル本館 公式ホームページ

https://www.geroyado.co.jp/honkan/