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川西断酒会 ☆酒害に悩む本人と家族の方へ☆ 「必ず立ち直れる」と信じてください
記事一覧イベント一覧
[ 総Blog数:279件 ] [ このMyBlogをブックマークする ] [ RSS0.91  RSS1.0  RSS2.0 ][ ATOM ]
2019/02/16のBlog
16~18
13~15
10~12
7~9
続き4~6
写真ーーー>公益社団法人全日本断酒連盟 ロゴマーク
更新2月16日更新
Screening Brief Intervention Referral to Treatment Self-hellp groups の略で、アルコール依存症者に対する、介入プログラムを意味します。
ポイントは、最後のSelf-hellp groups。医療者だけでなく、当事者組織に繋ぐことも ...

Sはスクリーニング、BIはブリーフ・インタベンション、RTは治療機関への紹介。
スクリーニングテストを実施して、問題飲酒者には簡易介入を行ない、依存症の疑いがあれば専門医療につなぐ技法。
最近、末尾に「S=自助グループへの紹介」を加えて「 SBIRTS」

■SBIRTS(エスバーツ)

三重県の猪野亜朗医師がSBIRT(エスバート)の最後に「S=自助グループへの紹介」を加えて提唱した技法。

専門治療を開始した患者に、自助グループのメンバーから直接招待を受ける場面を作ることで、自助グループにつながる率が飛躍的にアップした。

具体的には、三重県と愛知県で、外来診療後に断酒会員と電話で話す方式や、病棟で退院前の患者のもとに断酒会員が訪問する方式が始まっている。

治療機関で自助グループのミーティングや例会が行なわれていても、そこに患者の一人として参加するだけでなく、
会員から直接「あなたを待っていますよ」と招かれる意味が大きいという。

A4サイズ19ページpdfにて、閲覧プリントできます。1~3下記クリックしてください
2019/01/13のBlog
[ 18:37 ] [ 尼崎市断酒会例会案内 ]
写真ーーーー>尼崎市市花キョウチクトウ
更新3月11日しました。
尼崎市断酒会例会H31年4月例会ご案内
下記クリックしてください
PDFにて閲覧プリントできます
2018/09/11のBlog
[ 18:39 ] [ 川西断酒会例会場予定月別ご案内 ]
写真ーーー>川西市キセラ川西プラザ
更新2月21日
2019年1月~12月例会予定ご案内
平成31年3月27日(水)は、総会にて例会は、休会します。
平成31年2月末までは、キセラ川西プラザ福祉棟2階会議室
平成31年3月1日以降川西市総合センターが、例会場になります。
注意:5月1日だけ会場変更キセラ川西プラザ福祉棟2階会議室D室

予定PDFにて、閲覧プリントできます下記クリックしてください。


[ 18:16 ] [ 川西断酒会例会場予定月別ご案内 ]
写真ーーー>川西市キセラ川西プラザ

2018年1月~12月例会予定ご案内

1月から9月12日(水)は、川西市総合センター
9月19日(水)ふれあいプラザ4階
9月26日(水)から平成31年2月末までは、キセラ川西プラザ福祉棟2階会議室

予定PDFにて、閲覧プリントできます下記クリックしてください。

2018/08/05のBlog
[ 09:53 ] [ 全国行事予定細川新聞 ]
写真ーーー> 全断連ロゴ
更新 3月18日
県外行事予定表ご案内H31年4月1日号 
編集発行人:(公社)香川県断酒会 細川一雄氏 了解いただき
下記PDFクリックしてくださいA4サイズ1枚にて閲覧プリントできます。
2018/07/07のBlog
[ 07:30 ] [ 全国行事予定細川新聞 ]
写真ーーー> 全断連ロゴ
更新 3月3日
 
編集発行人:(公社)香川県断酒会 細川一雄氏 了解いただき
下記PDFクリックしてくださいA4サイズ2枚にて閲覧プリントできます。
2018/06/01のBlog
[ 03:21 ] [ 尼崎市断酒会例会案内 ]
写真ーーーー>尼崎市市花キョウチクトウ
更新2月10日しました。
尼崎市断酒会例会令和元年5月例会ご案内
下記クリックしてください
PDFにて閲覧プリントできます
2018/05/30のBlog
[ 04:41 ] [ 東大阪断酒会例会・研修会ご案内 ]
写真東大阪市市花ウメーーー>
更新7月28日
東大阪断酒会H30年8月例会ご案内
PDFにてA4サイズ1枚閲覧プリントできます。
下記PDFクリックしてください

2017/10/23のBlog
[ 10:03 ] [ 伊丹断酒新生会例会案内 ]
伊丹市市花ツツジーーー>
更新 4月10日
伊丹断酒新生会は、4月13日(金)から例会再開します。

伊丹断酒新生会例会は、毎月第2・4金曜日
伊丹市中央公民館にて開催しています。
☆毎月第2・4金曜日 13:30~15:30
☆場所 伊丹市千僧1丁目1番地の1電話: 072-784-8000
☆連絡先 永山

☆下記PDFにて、アクセスA4サイズ閲覧プリントできます。



[ 07:49 ] [ 赤穂断酒新生会 ]
写真ーーー>赤穂市市花ツツジ
更新10月23日

赤穂断酒新生会


赤穂断酒例会ゴ案内

☆毎月…第2.第4.日曜日. PM6時~8時
☆毎月・・第1 水曜日. PM6時~8時
場所…赤穂市市民会館
会場 赤穂市中洲3-55
JR播州赤穂駅 東へ徒歩5分

☆赤穂仁泉病院例会

毎月…第1.第3.火曜日. PM3時~4時30分
会場…赤穂市坂越浜市408
(JR赤穂線坂越駅下車西側)
 <a target="_blank" href="">ココ</a>クリックしてください兵庫県断酒会ホームページにて検索できます
2015/05/04のBlog
[ 20:12 ] [ 三田市断酒友の会例会ご案内 ]
三田市15さつきーーー>
更新9月8日です
三田市断酒友の会例会場ご案内
下記クリックPDFサイズA41枚プリントできます

会場 三田市立フラワータウン市民センターTEL079-562-5555
三田市武庫が丘7丁目3番地1
☆月曜例会: 毎月第2・4・5月曜日 19:00~20:30
 (当日祝日の場合、13:30~15:30に変わります)
☆火曜日例会: 毎月第1・3火曜日19:00~20:30
 (当日祝日の場合、13:30~15:30に変わります)
アクセス
フラワータウン駅(神戸電鉄公園都市線)北860m徒歩13分
 駐車場あります(施設利用者無料)
2014/08/26のBlog
[ 17:19 ] [ アルコール関連問題ドイツヒント ]
写真ーー>東大阪市市木 クスノキ
東大阪市アルコール関連問題会議が、東大阪断酒会の例会参加者、ひがし布施クリニック受診者の現状を把握するために実施したアンケートの調査結果です。
大阪市保健所出展転載させていただきました.


アンケートをPDFにて閲覧プリントできます。
[ 17:06 ] [ アルコール関連問題ドイツヒント ]
写真ーー>東大阪市市花 梅花
東大阪市アルコール関連問題会議が、東大阪断酒会の例会参加者、ひがし布施クリニック受診者の現状を把握するために実施したアンケートの調査結果です。
大阪市保健所出展転載させていただきました.


アンケートをPDFにて閲覧プリントできます。
2014/06/13のBlog
[ 22:52 ] [ てんとう虫のおじさんのつぶやき ]
怒りのコントロール
今から20年ほど前、断酒して5~6年、上の娘二人は、小学校低学年。
下の二人の息子たちは、保育所だった。
私自身は、まだまだ、気持ちが安定せず、ガマン我慢の断酒だった。
疲れて帰宅すると子どもたちの黄色い声に、イライラ…。
(煩い)(黙れ)の罵声を浴びせる日々を送っていた。
同じく帰宅した家内から(あんた、何言うてんの)(気ぃよう、遊んでるだけやないの)(一番煩いのは、あんたや)(ガマンでけへんねん、やったら出て行って、離婚しましよ)と 散々だった

これは、どないか せなあかん と考えついたのが、(スキすきチュー作戦)だった。
直ぐに、カーッと怒るのではなく、(そんな悪いことする子は、お尻ペンペンか、スキ好きチューか?どっちがえ)と、 問い掛けることにした。
こどもたちは、決まって(スキ好きチュー)を選ぶ。
ぎゅ~っと抱きしめて、頬っぺに(チュー)。

子どもたちは、嬉しそうに笑い声を立てるし、何よりも、私自身が落ち着く。これをするようになって、大声で叱り付けるのが、随分と減った。

実は、もう一つ衝撃的な出来事があった。
子どもらと街のお風呂屋さんへ行った折り、入浴の手順を子らに事細かく指導していた。
その後、入浴中のおっさんが、何やら、我が子らに話し掛けていた。

(あのオッチヤン、何言うてたん)と尋ねると、(お前とこの、おとん、いちいち煩い奴やなあ)っていうてたよ!と、あっけらかんと返事が返って来た。
それはズキッとする程の衝撃だった。 過干渉の母親に振り回されて、「良い子」を演じて来た自分自身の嫌だった過去に思いに馳せ、(アカン!アカン)これやったら、母親と同じや!!と猛反省。

子どもとの距離を取る事が、次の課題となった。
その頃、保育所主催の子育て講演会で、講師が子育てで、躾を始め、色んなことをしてやろうて思っては、いけません。

「安定・安心の衣食住」を与える事だけ充分なんです。と言うのを聴き、確信となりました。


さて、怒りのコントロールで最大の難関は、連れ合いとの関係です。
長年の飲酒生活の中で、皮肉を云われては、反発するという、夫婦ゲンカの道筋が出来上がっていて、ちょつとした事で、ドツボに嵌まる事が続きました。
また、家内が職場での出来事を話し始めると、露骨に嫌な顔をし、「こうしたら」「ああしたら」…と解決法をアドバイスをする始末。

ただ、ただ、「聞いて欲しいだ」という事が長い間、分かりませんでした。
ところで 、皆さんは、「住いは人権」という言葉を聞いた事が無いでしょうか?
我が家もご多分に漏れず、ごくごく小さな二階家に子どもが4人。幼い時はまだしも、成人の子が四人。私たち夫婦で合計6名が暮らすという極めて狭隘な住環境でした。
長男は、大学生になると勉強する場所が無と、とうとう一年程、友人宅へ家出してしまいました。

また、2年前、二女が事情があってシングルで出産する事となりました。
肝心の自宅は築40年を超えて床が、波打つなどボロボロの状態。これでは、孫育てが出来なと退職金で 近くに、これもまた小さな中古の三階建を購入。
それまでの古家は、リフォームする事になりました。

この間、私の母親が突然死するなど、書き尽くせない程の困難が次々と起こりましたが、「家族力」で、どうにか乗り越えて来ました。
ここで、私が学んだ事は、自分さえ良かったらよから、運命共同体である家族全体のいく末を考えて最善の道を選択して行くしかない事。
いつまでも、「アル中はジコ中」の甘えでは済まされな事。
時には「家族会議」をも、しながら、特に家内とは、こちらから良く話し合いをする努力をして来ました。

今は少し落ち着き、実は、三階建ての家には、私と息子の3人が暮らし。
自転車で、1分間、直線上の、リフォームの済んだ二階家には、家内と娘二人と孫、4人が住み分け事になった。
つまり夫婦間で云えば、期せずして「オンデマンド婚」を実行中です。
今のところ、息子たちとも、じっくり語れるし、また、孫育てにも、距離をおいて係われる。家内との関係も新鮮ですね。

てんとう蟲おじさん

下記クリックにてPDFにて閲覧プリントできます。


2014/05/12のBlog
[ 05:58 ] [ 家族の体験談 ]
●『やっとたどり着いた断酒会』三重断酒新生会山崎 智子ーーー>ここから
●『やっと夫婦になれました』三重断酒新生会坂口 純子ーーー>ここから
●『娘と歩む断酒の道』香川県断酒会太田 富子ーーーここから
●『・・・・・・・・・』広島断酒ふたば会佐渡 順子ーーーここから
●『あまりにもいろいろありました』三重断酒新生会栗田 幸子ーーここから
●京都府断酒平安会 壬生支部 東江 和美
「私と父のラストチャンス」ーーーー ここから
●京都府断酒平安会 山科支部 阿部 実智代
 「酒と決別した主人の営業部人生」---------こちらから
●兵庫県川西断酒会 S/B
 「断酒会でつかんだ幸せ」----------こちらから
 「断酒会を信じて」----------------こちらから
●奈良県断酒連合会 南大和断酒会 荒川 弥生
 「大好きなお母さん」-------------こちらから
●大阪府高槻市 石村 健二
 「恵子の軌跡 水中毒と闘う Ⅰ」--------こちらから
 「恵子の軌跡 水中毒と闘う Ⅱ」--------こちらから
2014/03/26のBlog
[ 16:11 ] [ てんとう虫のおじさんのつぶやき ]
写真--->てんとう虫
バランスの取れた生き方を!!

「百薬の長とはいえ、百(よろず)の病は、酒によりこそ起これ」徒然草の一節である。
吉田兼行は、今から660年程前、鎌倉時代末期に、アルコールの功罪を看破していた。ところが、先日の大阪府断の一日役員勉強会で、講演されたDrは、アンケート結果を示し、内科医の多くが、自分の患者にアルコール問題は無い…とする回答を寄せていると云う。
アル中への偏見と共に、医療界でも認識の後れがあるならば、早期発見・早期介入が困難となり、助かる生命も助からない。
そして、もう一人挨拶に立った、あるpswは、体験談を聞いて一番腹のたつ事…として「自分がしっかりして無いと、断酒出来ない」とする体験談だ…と言い切った。「アルコールに対して無力である」事から逸脱した、自慢気な体験発表になっていることを危惧されたのだろう。
本人の様々な苦しい挑戦を経て、ようようにして「安定」した断酒継続になると…「無力である」事から、自慢の断酒になり勝ちである。しかし真理から外れると後から来る人達への悪しき見本となる。
そして前述のpswは、私にとっては、とても気になる事も話された。
「断酒会から離れても、断酒を続けている人は、たくさんいる。離れると再飲酒する…などとの脅しは、もう止めましょうや!!
人間(ひと)として成長するには、どうしても断酒会が必要だ…と断酒会の積極面を押し出して行こうと云う主旨であった。
これが、正しいとすれば、私の持つ、ある種の後悔が解消される。かく云う私も、酒が止まると直ぐに断酒会を離れ、断酒20年にして、再入会をしたからである。
戻って6年近くになるが、例会は、本当に人間(ひと)を成長させるところだ…とつくづく実感している。
ただ、批判的に云うと、「聞かす体験談」や「自慢の体験談」が横行している所でもある。
私自身もっともっと、バランスの取れた人間にならねば…と改めて思いを強くしている。
〈てんとう蟲おじさん〉
2014/03/22のBlog
[ 11:14 ] [ 川西断酒会総合案内 ]
写真-->川西市市木 サクラ
更新H30年3月16日
下記PDFにてA4サイズ4枚、閲覧プリントできます。
No4-1
川西断酒会会則
第一章 名称及び所在地
第一条 本会は、川西断酒会と称す。
第二条 本会の事務局は、会長又は事務局長宅に置く。
第二章 目的及び事業
第三条 本会は、会員相互の協力及び当人の努力により、断酒をまっとうし、

より良い、家庭環境と、よりよき社会人としての建設に励み広く

社会福祉に奉仕することを目的とする。
第四条 本会は、第三条の目的を達成するために、次の事業を行う。
1.定期例会、役員会、総会を開催する。例会は、原則として家族
同伴を建前とする。
2.諸集会、講演会、研修会及び記念大会の開催。
3.各都道府県内断酒会及び友好団体との交流により、断酒の
普及に努める。
4.酒害相談。
機関紙の発刊、その他の必要な事業。
第三章 構成及び運営
第五条 本会は、原則として、川西市周辺に居住する者をもって構成される。

第六条 本会は、アルコールを断とうとする者、及びその家族並びに本会の主旨

に賛同する者を会員とする。
第七条 本会は、役員会にはかり、顧問を置くことができる。
本会は、役員会にはかり、会員から相談役を、選出して総会にて承認
する。
相談役は、役員会に出席して意見決議に参加出来る。
第四章 会議
第八条 会長は、定期的に役員会を召集し、役員会は、年度予算、事業計画

等の審議を行い、総会に於いて、上記案件を会員にはかり決議する。

又、年度末には、経理決算、事業報告を文章にて提示する。
No4-2

第五章 役員及び任務

第九条 本会は、次の役員にて構成される。
会長1名、副会長1名、事務局1名、

会計1名、会計監査1名、とする。

但し、事務局は、会長又は副会長が兼任することができる。

1.会長は、会を代表し、会の責務を総括する。

2.副会長は、会長を補佐し、会長に支障ある時は、その職務
 を代行する。
3.会計は、本会の経理を担当する。
4.会計監査は、経理の監査を行う。

第十条 役員の任期は、1年とし、年度末に改選し、留任及び兼任を

妨げない。
第十一条 役員は、役員としての体面を汚し、又会の運営を妨げる行為
あるときは、役員会にはかり解任することがある。
第六章 部会
第十二条 本会は、第四条に掲げる事業を行う為、必要な部会を設置すること

がある。部会に必要な構成、規定、又は要綱は、役員会の議を経て

会長が決定する。
第七章 会年度及び会計
第十三条 本会の年度は、毎年3月1日より翌年2月末日迄とする。
第十四条 本会会員は、第十五条第一項に定められた会費を納入しなければ

ならない。
第十五条 本会運営の必要経費は、会費、寄付金及びその他の収入を当てる。

1.会費 会員は、月額 1.000 円
家族は、月額 500 円とする。
 但し、必要な場合、総会にはかり臨時会費を徴収する事がある。
2.寄付金は、会員及び、その家族または、一般からの篤志に仰ぐ。

No4-3

第十五条 3、弔慰金は、次の如く会費より支出するものとする。

会員本人死亡の時 3.000円
会員家族死亡の時 3.000円
4.各事業の経費は、会費より支出する。
第十五条 5.交際費等の支出は役員に一任する。
第八章 懲罰
第十六条 本会の会員は、次の事項に該当する場合、総会にはかり除名する
ことがある。
1.会の目的に著しく相反する行為のあった場合。
2.会の運営を故意に妨げる行為のあった場合。

第九章 支部設置及び家族会
第十七条 1..家族会
毎月、第2水曜日家族会を、平成30年1月から実施する。
2.支部設置は、役員会にて検討する。会長が、総会に諮る。
付則 1. この会則の各条項の改訂は、総会の決議を経なければならない.
2.この会則は、平成29年4月1日より施行する.
3,H30.3.14、総会にて弔慰金家族会員にて、変更決まる

























内 規 No4-4

1.定期例会

◎ 例会  毎月第1・2・3・4・5水曜日
 川西市総合センター 川西市日高町1-2
072-758-8398
☆ 家族例会 毎月第2水曜日
川西市日高町1-2
072-758-8398
* 時間は、全て午後6時50分から午後8時40分まで。


2.親睦例会

◎ 新年例会  日程は、役員会にはかり会長が決定し、全員で行う

◎ 忘年例会  日程は、役員会にはかり会長が決定し、全員で行う

◎ 親睦会  日程は、役員会にはかり会長が決定し、全員にて行う


但し、上記定期例会・親睦例会につき不都合が生じた場合は、役員会により、
話し合いの上変更することがある。

3,断酒表彰について

断酒 色紙 断酒継続 3ケ月 色紙贈呈
断酒継続 6ケ月 色紙贈呈
断酒継続 1年から10年までは、毎年 色紙+断酒表彰状
11年以降は、5年ごと 色紙+断酒表彰状
11年以降は、希望者には、毎年贈呈 色紙+断酒表彰状

更新
*平成30年3月14日川西市総合センター、総会上記承認


2014/03/12のBlog
[ 08:33 ] [ てんとう虫のおじさんのつぶやき ]
バランスの取れた生き方を
「百薬の長とはいえ、百(よろず)の病は、酒によりこそ起これ」徒然草の一節である。
吉田兼行は、今から660年程前、鎌倉時代末期に、アルコールの功罪を看破していた。ところが、先日の「ある断酒会の一日研修会」で、講演されたDrは、アンケート結果を示し、内科医の多くが、自分の患者にアルコール問題は無い…とする回答を寄せていると云う。
アル中への偏見と共に、医療界でも認識の後れがあるならば、早期発見・早期介入が困難となり、助かる生命も助からない。
そして、もう一人挨拶に立った、あるpswは、体験談を聞いて一番腹の立つ事…として「自分がしっかりして無いと、断酒出来ない」とする体験談だ…と言い切った。「アルコールに対して無力である」事から逸脱した、自慢気な体験発表になっていることを危惧されたのだろう。
本人の様々な苦しい挑戦を経て、ようようにして「安定」した断酒継続になると…「酒に対して、無力である」事から、自慢の断酒になり勝ちである。しかし真理から外れると後から来る人達への悪しき見本となる。
そして前述のpswは、私にとっては、とても気になる事も話された。
「断酒会から離れても、断酒を続けている人は、たくさんいる。離れると再飲酒する…などとの脅しは、もう止めましょうや!!
人間(ひと)として成長するには、どうしても断酒会が必要だ…と断酒会の積極面を押し出して行こうと云う主旨であった。
これが、正しいとすれば、私の持つ、ある種の後悔が解消される。かく云う私も、酒が止まると直ぐに断酒会を離れ、断酒20年にして、再入会をしたからである。
戻って6年近くになるが、例会は、本当に人間(ひと)を成長させるところだ…とつくづく実感している。
ただ、批判的に云うと、「聞かす体験談」や「自慢の体験談」が横行している所でもある。
私自身もっともっと、バランスの取れた人間にならねば…と改めて思いを強くしている。
〈てんとう蟲おじさん〉
下記クリックしていただくと、PDFにて閲覧と印刷できます
2013/11/25のBlog
[ 10:11 ] [ 断酒例会のあり方吹田市断酒会 ]
写真ーーー>角田久美子さんデザイン(酒害者の子供さん)

断酒例会のあり方


〈『指針と規範』、『松村語録』、「大阪府断酒会役員一日勉強会資料」を参考にして吹田市断酒会が作成したものです。
それを大阪府断酒会研修部が注釈、加筆しました。※部分〉

1.例会では 会員は断酒歴・断酒会歴に関係なく平等です。しかしながら、会員それぞれの生活や環境も違いますから、話される体験談は千差万別であり、すべての体験談が個々人の大切な人生の一こまであり、尊重されるべきものです。本音が語られていれば十分過ぎるほどに十分であり、こうでなければという体験談のおしつけやほかの人の体験談についての批判はやめましょう。
また、例会中は私語を慎み、ほかの人の体験談を熱心に聞きましょう。「熱心に聞く努力を止めるようになると、実際経験したことが無数にあるにもかかわらず、話せることが段々と少なくなり、自分を語るのにマンネリ化し、同じ話のくり返ししか出来なくなるのです。」(『松村語録○24』)

 ※体験談の押し付けや、新しい人に対しても一律に『例会では体験談に始ま っ て、体験談で終わる』と言うようなことは控えるべきだと思います。時期が来れば理解されます。特に病院から来られている人には配慮しましょう。
 ※例会中の私語は絶対してはいけない。語っているひとに迷惑です。
 ※例会中にお茶等を入れに回らないこと、例会が始まる前か間の休憩時間にするべきです。親切の安売りしないこと、例会の運営の支障になります。
 ※出されたお菓子・アメ等をパリパリ、ぽりぽり音を出して食べないこと参加されている方にとって、非常に耳ざわりです。

2、体験談について 体験談は「言いっぱなしの、聞きっぱなし」が基本です。
飲んでいたころの言動を包み隠さず口にすることで、自分の問題行動とこころ
の動きを確認することができ、それを聞いている人は、埋もれていた記憶を呼び覚まして自分の体験を思い出すことができたりします。
記憶の糸を手繰っていく作業はしゃべっていくうちに、当時のことを急に思い出したり、また、これ以上は恥ずかしいからしゃべりたくないと思っていた枠を話の延長で外して口にすることができるようになります。そのためには、体験談を途中でとめてしまうと折角の内容が引っ込んでしまうことがあります。
そのための「言いっぱなし」であり、例会場では何をしゃべってもいいという意味ではないのです。特に入会の新しい人は過去を振り返るきっかけになるためにということで、体験談が少々長くなっても途中でとめないで話してもらう様に配慮しましょう。
一方、体験談は深く、細かく掘り下げれば掘り下げる程、個人のプライバシ-にかかわる内容になってきます。本人は何よりも周りの人を信頼した上で、口にしたことが、例会が終わったあとその内容が外部へ漏れたらとんでもないことになります。体験談の内容は「聞きっぱなし」で、本人以外は絶対その内容を口にしないくらいの取り決めがあってもいいのではないかと思います。
例会終了後、本人に対して例会で語られた体験談の内容を話題にする人を見かけますが、体験談は人に聞かせるものですが、自分の過去を振り返るために語られるものであり、他の人がそれを聞いて自分の過去を思い出すためのきっかけになるもので、体験談を聞いてあの人はああいう人だと判断するためのものではないということです。
また、体験談の中で自分自身の体験を語らずに、ほかの会員のことを話題にするのはやめましょう。私たちは、個々の体験談をその人本人の口から直接聞くために、例会に出席しているのですから。

 ※『言いっ放しの聞きっ放し』の原則は守る。
 ※例会で話したことは絶対に外に漏らさないこと、特に家族の体験談は要注意。
 家族は体験談を話さなくなります


3.新入会の方に対して 心から温かく迎えましょう。新しい方が参加された時に話される体験談は最初のうちは少々わき道にそれることもありますが、勇気を奮い起こして話を続けるうちに次第に過去の掘り起こしができるようになってこられます。少々長くなっても出来るだけ辛抱強く聞いてあげるようにしましょう。
 新しい方の体験談に対するアドバイスは、体験談の中で直接取り上げて答えるのではなく、「そのアドバイスはやはり自分の体験発表の形でなされるべきだ」(『松村語録○52』)とされています。そして励ましのことばも、例会中ではなく、始まる前、休憩時間、終った後などにかけていくようにしましょう。

 
4.受付について 出席名簿は代筆を頼むことなく、必ず本人が記帳しましょう。時間の途中での退席などの事情がある人は、前もって司会者に伝えましよう。
病院等からの紹介状があるときは、支部長に渡すようにして下さい。

※出席証明を渡す時の注意点:必ず両手で手渡ししましょう、投げるように渡されると不愉快になります。


5.司会をする時に 例会の開始時聞と終わりの時間(例えぱ7時~9時)を厳守しましょう。「酒のために生活の折り目切り目を失っていた私達が、断酒して社会に適応するために一番手近にあってやれることが、この時間励行でもあるのです。」(『松村語録○28』)また、参加者にとって、たとえその例会の内容が素晴らしいものでも、時間オーバーになると帰りの交通機関が気になり、イライラして全てが台無しになってしまいます。
司会者が体験談に注釈をつけたり、アドバイスをしたりすると、ほかの人の体験談に触発されて湧いてくる「自分も本音を語ってみよう。」という気持ちにまで影響を与えてしまうことがあります。参加者同士の体験談が交換される中で次第に生まれて来る断酒への決意という例会の雰囲気を壊し、逆に参加者の反感をかって例会への不参加につながってしまいます。体験談の受け止め方、感じ方は人ごとに違うことを十分に認識して、司会者は例会の進行のみに徹してください。
また、新しい方に対して、体験談のたびに励ましのことばをかけるのはやめましょう。断酒の道を歩み出したばかりの新しい方は、往々にして「自分は生徒で周りは先生」だと錯覚されてしまう場合もあるようです。
断酒会は上下関係のない仲間関係という組織であり、例会において交換されるお互いの体験談を通じて会員同士が教えかつ教えられるという自助グループです。新しい方の体験談から断酒歴、断酒会歴の長い人も十分に学ばせてもらい、自分の断酒の糧にさせてもらう訳ですから、その体験談に対して一方的に「頑張って下さい。」という発言はおかしいということになります。
※司会者が体験談を語るときは、参加者が全員体験談を語り終わって時間が余ったときです。司会は進行のみに徹す。


6.支部長の役目
※例会の最後に支部長が挨拶する訳ですが、せめて直近の行事報告をする事は大事なことだと思います。


7.家族について 家族の誓いにもあるように「アルコール依存症は家族ぐるみの
 病気です。病気だから治さなければなりません。」断酒会では、家族も酒害から共に回復していくために例会に出席して、それぞれの体験談を語ります。自分の家族ではなく、ほかの会員の家族の体験談を聞いて、過去の記憶を取り戻すことがよくあります。
 給茶等は家族の役割だとまかせることなく、貴重な体験談を語ってくれる仲間として、家族も会員と同じ立場で例会に参加していることを認識しましょう。
 本人が入会する前に家族だけで参加されている方もおられます。本人は飲酒がまだ続いており、飲んでいるときの気持ちを何とか理解したいという思いでおられます。私たちには、例会において近況報告や決意表明でなく、ひたすら酒害体験を語っていくことが求められます。

 ※給茶等は家族の役割ではありません、例会に参加する事が大切です。家族も給茶等をしていればいいとは思わないで下さい。


8.その他 会員間での金銭の貸し借りはやめましょう。特に、先輩が立場を利用したような貸借関係は絶対にやめてください。新しい方にとっては断りきれません。貸しても借りても問題が起きた時に気まずくなり、やがて会を離れる原因に繋がります。仕事の世話もしないほうがいいようです。仕事での関係が出来ますとそれが上下関係につながります。
個人や会の批判はやめましょう。新しい方が例会出席を重ねて断酒会の印象を自分自身で感じ取り、自分なりの断酒会との関わり方を築き上げていく前に、先輩会員が自分の意見をおしつけると偏った先入観を与えてしまうことにもなりますし、断酒会についての誤った理解の原因にもなりかねません。
会員には、色々なタイプの人がいますが、断酒に対する前向きな姿勢さえあれば、断酒会はどんな性格のひとでも受け入れる大きい包容力を持っており、個人差を理由に批判されることはないと確信して下さい。
「例会で学んだことをただひたすらにこつこつと積み重ねることによって、まず自分自身の改善に全力を集中する人。自分自身の改善は行動の中から自然にできると考えて、例会だけでなく酒害相談、教宣活動と最初から幅広く動く人。例会は安らぎを与えてくれる場所と考えて、ゆったりとした表情で座っている人。例会は厳しさを教えてくれる場所と考えて、いつも緊張した表情でいる人。暗い過去を主にして体験発表をする人。明るい現在の生活を主にして体験発表する人。
断酒に真剣に取り組む姿勢は同じでも、性格の違いから来る断酒方法論はさまざまです。そうした時、どちらの考え方が良いか悪いかを、断酒会は論じるような愚かなことはしないのです。基本的な断酒会の持つ理念さえ理解されていれば、方法論はその人その人の体験の中で少しずつ変わったり、または変わることなくしっかりと自分の心の中に定着するのです。日常の実践活動が真剣になされていればとやかく批判されることはないのです。」(『松村語録○37』)

※会員同士での金銭の貸借はしない。
※会の批判や個人の批判はしない、会のことは例会の中で言うべきでは有りません、別の場所で役員と話すこと。個人の批判は絶対しない事。


9.最後に例会の検討 新人の定着が悪かったり会員の離脱について、来なくなった人にだけ原因があるのではなく、会の運営や例会にも問題があることも考えられます。定期的に役員会などで会や例会の中身の検討をしていきますので、疑問に思うこと、気付いたことがあれば、遠慮なく役員まで伝えるようにしてください。
 
 ※例会の中で気まずい思いをすると、次から来なくなります。
 ※会を離れる最大の原因は会員同士と会員と家族の人間関係の不和からです。
以 上
松村語録
1. 例会には必ず出席しよう。
2. 一人で止めることはできない、無駄な抵抗は止めよう。
3. 断酒に卒業なし。
4. 今日一日だけ止めよう。そして、その一日一日を積み重ねよう。
5. 前向きの断酒をしよう。
6. 例会には夫婦共に出席しよう。
7. 例会の二時間は断酒の話のみ真剣に。
8. 自分の断酒の道を見出だそう。
9. 断酒優先をいつも考えよう。
10. アル中は心身の病気である。
11. 例会で宗教や政治の宣伝をしてはいけない。
12. 酒害者の最大の敵は自分自身であり酒ではない。
13. 自信過剰は失敗のもと。
14. 失敗したらすぐ例会へ。
15. アル中は一家の病気である。
16. 断酒会は、酒害者の酒害者による酒害者のための会である。
17. 酒害者は酒のため墓場へ行くか、断酒会で酒を断つか二つの道しかない。
18. 会員は断酒歴に関係なく平等である。
19. 自覚なき酒呑みの多い中で入会された勇気に敬意を表する。
20. 断酒会員には普通の人より何か優れたところがある。
21. 節酒は出来ないが断酒は出来る。
22. 飲酒に近づく予防のため自己の酒害を常に認識しよう。
23. 酒害者に対する奉仕は自分の断酒の糧である。
24. 仲間の体験をよく聞き、自分の断酒を再確認しよう。
25. 家族、同僚の協力を得るために、絶対飲んではいけない。
26. 断酒会に入会すること。
27. 最初の一杯に口をつけないこと。
28. 時間励行。
29. 仲間に励ましの手紙を書こう。
30. 全国組織の拡大につとめよう。
31. 厳しさのないところに断酒なし。
32. 実践第一。
33. 他力による断酒ではなく、自力、自覚の上に立つ断酒であること。
34. 失敗しても悲観するな、成功への糧とせよ。
35. 消極的だが初心者は酒席に出ないこと。
36. 姓名を堂々と名乗り、断酒会員であることを明確にせよ。
37. 各人の性格の相違を認め、各人が自らの体験を通じて体得せよ。
38. お互いが欠点や失敗を話し合って、裸の触れ合いが出来るように努めること。
39. 酒の奴隷になるな。
40. 断酒会員であることを誇りに思え。
41. どんなことがあっても会から離れるな。
42. 条件をつけて断酒をするな。
43. 酒害者の最後の一人までも残すな。
44. 素直な心で話を聞こう。
45. 一年半したら会の運営に参加しよう。
46. 私の屍を乗り越えて断酒会を益々発展させて下さい。
47. 一県、一断酒会。
48. 会員は人に疑われるような場所に行くな。
49. 初志貫徹。
50. 君と僕は同じ体質だ。断酒するより他に生きる道はない。
51. 語るは最高の治療。
52. 例会は体験発表に始まり体験発表に終わる。
53. 聞くは最高の治療。


2013/11/20のBlog
写真ーーー>角田久美子さんデザイン(酒害者の子供さん)

断酒一年を振り返り
和歌山市断酒会友綱 橋口孝一

昨年のちょうど今頃、兵庫県川西断酒会の皆様のご好意により体験談の投稿という機会を与えていただけました。
本当にありがとうございました。
一年後、またこのような機会をいただきましてありがたく思います。

断酒会に入会して一年が経ち、県外研修なども一巡して昨年行かせて頂いた地を訪れると一年間の自分自身の変化を感じることができ、嬉しく思うことが数多くあります。
断酒会に入会させていただいて良かったと幸せに感じる一瞬です。
 
家族への償い。

家内や娘のことを考えた時、同時に父の酒に想いが向っていきます。
殴られた母の腫れあがった顔が思い浮かび、今も冷静な気持ちを保つことの困難さを感じます。
 
私が中学二年生のとき、父に愛人ができました。
毎夜愛人が家にやってきて、母の手料理が振舞われる。
父と愛人の宴に母が酌をする。
ひとしきり食べて飲んだ後、二人はご機嫌になり何処へともなく消えていく。
毎晩繰り返されたそうです。

私は塾通いで知らなかったのですが、ある日妹から聞きました。
 許せないと思い父に抗議をしました。
当時私の家には木刀がありました。
酔っている父は木刀で私に殴りかかりました。
寸前、母が私の盾になってくれたのですが、木刀は母の頭に当たり血飛沫が上がりました。
母は「きゅーん」という声を発し倒れました。
今もその「きゅーん」という動物が絞められたような声が耳にこびりついて離れません。
 私はすぐに救急車を呼んで欲しい、母が死んでしまうと父に頼んだのですが、呼んでくれませんでした。
「格好が悪い、呼べるか」父はそう言って自分で飲酒運転をして母を病院に連れて行きました。
病院では階段から落ちたと言ったそうですが、そんなはずはない、とお医者さんに叱られたそうです。
 
物心ついた頃から父は怖い存在でした。
同時に母や祖父母、叔父や叔母には「お父さんは偉い人、立派な人」そう言われ続けてきましたが、私には理解することができませんでした。

父には私の気持ちがある程度は分かっていたのだとは思います。
父なりに努力はしてくれていましたが、私は怖くて、苦しくて逃げていましたから、父は余計に焦っていたのではないかと思います。
父がもし本当に愛情のない人だったら私はもっと楽だったのかもしれませんが、飲んでいないときに見せる父の愛情には応えたいという気持ちがありました。

中二当時のこの一件があってから私は迷いなく父を憎むようになりました。
「殺してやる」何度も思いました。
父に「誰のおかげで飯が食えるとおもってるんや」とよく言われましたが、本当に悔しくてたまりませんでした。
ですから私は酒が嫌いで、酒飲みが嫌いで、家族すら幸せにできない男は屑だと思っていました。

自分が酒を飲むなど、ましてやアル中になるなど思いもしていなかったのです。
19歳になり進路のことで父と喧嘩になり、家出をしました。
叔母に援助してもらって六畳一間のアパートを借りました。
アルバイトを終え、アパートに帰ってから飲むようになりました。

二ヶ月ほどたったころ風邪を引いて寝込んだのですが、熱が下がっても部屋から出られなくなりました。
朝も昼も夜もなく飲み続ける日が始まりました。
当然アルバイトも行けなくなり、最初は心配して来てくれていた友人たちにも愛想をつかされ、結局5ヶ月足らずで実家に戻りました。

実家に戻っても荒れ狂った生活は直らずに、部屋から出ず、朝も昼も夜もない生活は2年近く続きました。
青春期の貴重な時間を飲んだくれて棒に振ってしまいました。
やがて就職もでき、結婚し、娘も一人授かりました。
アルコールに関してはかろうじて社会生活は営めるけれども、相変わらずひどい状態でした。

家族だけは泣かせていない。
当時はそう思っていました。
いや、今思えば思い込みたかっただけでした。

娘が思春期になり口を利いてくれなくなりました。
最初は年頃の女の子だからと軽く考えていました。
やがて家内を通して聞く娘の言葉に驚きました。
「パパは自分のことしか考えていない。
自分勝手」「パパは家族の気持ちを少しも分かろうとしない」「私はパパに何一つしてもらったことがない」「お祖父ちゃんを見習って」。

かつて私が父に対して抱いていた思いと一緒。
それどころか「お祖父ちゃんを見習って」とは。
確かに私が家出をし、2年間荒れ狂ってから父は少しずつ変わっていきました。
ですから私が昔の父の話をしても、家内も娘も信じてくれませんでした。

その言葉で気づけばよかったのですが、アルコールに狂っている私は耳を傾けませんでした。
「子供には親の気持ちは分からない」自分に言い訳をしていたのです。
昨年三月私は酒が原因で会社を首になりました。三度目です。

朝から飲んだくれていました。
娘と些細なことで喧嘩になり、馬乗りになり首を絞め、殺しかけました。
ぐったりしている娘をほったらかし飲み続けました。
気がつくと病院で手術を受けていました。
川へ飛び込んだそうです。

怪我の治療のため1ヶ月入院しましたがその間に娘は家を出ました。
ついに私は全てにおいて父以上のアル中になり、最低の父親になってしまいました。
4月になり今度は新阿武山病院に入院しました。
入院中断酒会に導いていただき、高槻を始め病院から通えるたくさんの断酒会にお世話になりました。

8月になり退院し、和歌山市の断酒会に入会させていただけるようになりました。
例会や研修会でたくさんの体験談を聞かせていただき、自分は一体何をしてきたのか考える機会を与えていただきました。
また愚痴なのか、言い訳なのか分からない、そのときどきの自分の気持ちも体験談として聞いていただけました。
何処へ行っても、どなたも黙って拙い私の話を聞いてくださりました。本当にありがたく思います。

家族に償いたい。
そう思っても実際には難しいことです。
かろうじて離婚を踏みとどまってくれた家内に申し訳ないと思っても、今までの苦しみを少しでも取り除きたいと思っても、自分の考えの甘さを実感されるばかりです。

娘に償いたいと思っても、家を出て、連絡先も教えてもらえません。
当たり前です。
せめてもと思ってACのことを調べたりお話を聞かせていただくと娘への償いのつもりがいつも自分の子供のころの記憶に戻ってしまいます。

自分はどうしてアルコール依存症になったのだろうか? 
体質なのだろうか? 
生まれつきの性格なのだろうか? 
思いましたが、生まれつきにしてしまっては母に申し訳なく思います。
父がアルコールに問題があったからだろうか? 
父のせいにしてはいけません。

現に同じ親に生まれ、育った妹は酒を飲みません。
今考えているのは自分が狂っていたのは、父を殺したいほど強く憎んだからだ。
父の酒を憎んだからだ。
憎しみの気持ちが自分を父以上のアル中に、最低の父親にしてしまったのだと考えています。

「人を呪わば穴二つ」とは陰陽師から来ている言葉だそうですが、単なる戒めの諺ではないと思います。
心の法則だと思います。
目には見えない法則だと思うのです。
多くの方の体験談からそう思うようになりました。

そして解決の方法は、体験談を聞いていただき、自分を振り返る。
何度も何度も繰り返すと、自然と和解したい気持ちが生まれてくる。
思ったら実際に行動に移すことだと考えています。

娘や家内に償いをするときに、同時に父とも心の底から和解することが必要だと思っています。
家内や娘だけだと本当の意味での償いができないように思うのです。
父と和解し、心の底にある憎しみという毒を消さないと自分を許せませんし、家内や娘に対しても浅い償いしかできないのではないかと思います。

今父はすっかり弱くなり、認知症が進行しています。
現在の父を見ても、もう憎いという感情はおきません
。しかし、体験談を語るとき、記憶の中の父は今でも怖く、憎いのです。

「お父さん、あなたのおかげで生まれることができて良かったです。
育ててもらえて良かったです。
本当にありがとう」、記憶の中の、あの憎かった父に心の底から感謝できる日が来ることを信じて、きっとその日が来ると信じて、多くの方の体験談から学ばせていただきたいと思います。
 
断酒会に出会えてよかった。
一年前も思いましたがもっと深まりました。多くの皆様に感謝をしています。
2013/11/17のBlog
滋賀県断酒同友会 大津支部30周年 瀬田支部4周年 記念誌 寄稿
「命の絆」 京都府断酒平安会 東江 清一
写真ーー>京花シダレヤナギ

滋賀県断酒同友会大津支部が三十周年を迎える。村田支部長はじめ支部員の皆様誠におめでとうございます。
私も断酒会を知って三十数年になります。
今私が常に心がけている事がある。
一日を笑顔で過ごす事、大切な事だと思っています。

愛宕登山の時先輩のSさんからなりげない言葉「これからはその笑顔でいこうや、貴男は笑顔が良い」と。それまでの私は断酒会の内であまり笑う事が無かったかもしれない。今思えば宝物を頂いた気持だ。
私は近江の郷大津に昭和十七年夏に生まれる。
その時分親父が蒲鉾職人として日々精いっぱい家族を守っていました。
その親父も仲々の酒飲みでした。

終戦のあおりで親父は慣れない土木業についた、長男の私を一人前の蒲鉾職人にすることが親父の夢だったと聞かされていました、その土木業の仕事で事故に遭い片足を切断する、其の後の親父は裏社会の人達都の付合いが多くなり、そのためか生活苦から一家心中するところまでおいつめられる。

見るに見かねた蒲鉾屋の親方の長男が、当時七才でガキ大将であった私を使ってくれる事になる、義務教育を受けないで世間の荒波の内に入っていった、その時分コロッケ一個三円、蒸しパン一個三円、その蒸しパンを持ち帰り家族の糧として生活をしていました。
昭和二十三年の頃である、母親が弟を身籠っていました。

今思えば学校に行かず仕事に着いた私は両親のためになった男でした。
その私を見込んだ蒲鉾屋の親方が私を奉公人としてつかってくれる事になる、もちろん学校も認めてくれました、それから私が善悪の道をさよう男になり酒も覚えバクチの使い走りをする様になる、しかし仕事だけは、一生懸命覚えた。
十七才の時親方の反対を押切って女中してた女性と結婚する、そのため蒲鉾屋を離れる事になる、昭和三十六年の事でした、昭和三十六年の事でした。

昭和三十八年九月長男出生する、一年七ヶ月トラックの運転をしながら家族を守る、その時分は何かにつけて酒を良く飲んだ、その頃の酒の飲方はましな方だった、突然私の視力が悪くなり運転手の仕事が出来なくなる、再度私は頭を下げて蒲鉾屋に戻れることになる、

その時分日本は東京オリンピックで盛り上がっていた、私が近畿代表でパラリンピックでメダルをもらうことが出来た、各方面の著名人から盛大な歓迎を受ける、その時親方が名誉な事だと私に工場長のポストを用意してくれる、

それ以後の私は有頂天のなり我を忘れ酒に溺れてゆく事になる、昭和四十ニ年長女出産、二十五才にして山科に大きな家も新築出来た、益々有頂天になり我の強い男になっていく、仕事に行き帰りに深酒する、段々と切れなくなる、妻が夜の商売に着く、酒でボケた頭で思う事は妻に対しての嫉妬妄想でした、

その後三重県に単身で責任者として仕事に行く、その仕事も酒を飲みに行った様なものだった、その時、三重の断酒会の例会をすすめられるが私自身その気にならない、三重から帰ると家族が宇治黄檗病院を用意しててくれました、

副院長の広兼明先生に主治医になってもらうが酒は止められない、受診をぬけ出して病院の側の万福寺で酒を飲んだこともある、今度は岩倉病院で杉浦先生に主治医になってもらうが酒の方は中々止められない、黄檗と岩倉の入退院のくり返しの度に、私の家族が姿をかくす様にになる、酒でボケた頭でしたので離婚されたと勘ちがいをしてたのか連続飲酒の状態で家族をうらむ事しかなかった、

私から家族が離れた後、色々な仕事に着く、時には裏組織の仕事をした事もある、酒を止める気があるはずもない。

昭和五十二年に平安会に入会はしたものの例会の帰りに飲んだ事もある。
大津支部が膳所本町に看板が出てました昭和五十五年六月の事です、支部長は川北氏でした、彼の自宅で例会が開けれていあました、そして幼稚園を借りて開かれたことを知っていましたが、

私自身は酒は止められない、大津支部が膳所本町の今の例会場の二階の畳の部屋で例会が開かれてた時、私は院内生として出席をしていました、私にとって思い出深い例会場である、十四回の入退院のくり返しの中で、岩倉病院に入院中の時幻覚のひどさから右手が半身不随になる、それ以後杉浦先生を勘ちがいから飲み続ける中でうらむ様になった事もある、

ある日酒が切れて飲みたくてしかたがない時に、母親に浜大津の駅から電話をする、母親が涙を浮かべながらワンカップを持って来た、母親は着物を質に入れて酒を買ってきたとのだと言う、どうしょうも無い男になつてしまった、それから大津の実家に帰る、たまりかねた母親甲西町の母親の里の山の中で私と死んでくれと言った、

その一言で止める決意をした、

十五回目の入院を大阪淀の水病院一週間、その一週間は私のラストチャンスでした、病院のスタッフの方々の協力でさらに決意をかためる、退院後例会出席を続ける、

父親が自転車で豆腐を売りながらこの私に断酒会に通えともうけの少ない中で交通費を出してくれる。涙が出るほど嬉しかった、それからしばらくして仕事に着く、例会出席のおかげで酒は止まってましたが、

一人の同期のKさんに私の仕事先ででだまされてジュースの中にアルコールが混入されているとも知らないで飲んだため連続飲酒になる、この時ほど人間不信になったことはない。

昭和六十二年末に岩倉病院退院後知り合い再婚した今の妻と無所属で例会出席を続ける。
平安会に度々再飲酒のためか入会認めてもらえない、それでもガマンしながら例会出席で自分のブザマな体験談を語り続けた、その後約一年で入会を認めて頂いた、そして今があります。

大津の小学校の同窓会に何年か前に出席をした時笑顔で迎えてくれた男二人、一人は私が酒でどうにもならない時に私の前で君に売る酒は無いと酒を全部捨てた方、もう一人は同じガキ大将であった今は議員になっておられる方、この方は私の断酒を喜んで滋賀全国大会虹の会や大津支部記念例会に出席して頂いて励ましの言葉を頂いた。大津支部長村田氏とはOB会のおたぎ会等で共に頑張っています

、彼にも娘さんが居ります、彼の娘さんと山科駅で会った時、娘さんに今度村田君が飲んだらきびしい対応する様に言ったことがある。何回もの精神病院の入退院のく返しで身も心もボロボロになった。

できるならこれから酒を止める方々に私の様になってほしくない。
私の娘がやっと結婚を決意してくれました、これほどの喜びの感動はない。
ガンとアルコール依存症の闘いの中で私を支えてくれた妻に感謝する、二人で海外の断酒会や日本全国断酒会等に歩き続けたかいあって今酒止め続けて生きている、命の尊さを知り、命を大切にしながら妻と二人三脚で断酒会の中で仲間と共に命の絆をつくってゆきたい。

下記クリックしてください、PFDにて閲覧プリント出来ます。




2013/11/04のBlog
写真ーーー>奈良県県花奈良八重桜

『お酒の問題でお悩みの方へ』奈良県断酒連合会が、PDF
にて掲載了解いただきましたので、閲覧下さい

その1からその7まで、B5 20ページです

下記クリックしてください その1PDFコピー閲覧できます
2013/10/28のBlog
[ 10:49 ] [ 自己診断アルコール依存症を知る ]
写真ーーーWHO本部
AUDIT(おーでぃっと)
AUDITは1990年代初めに、世界保健機関(WHO)がスポンサーになり作成されたスクリーニングテストです。
 WHOはアルコール関連問題の低減を主導しており、その重要な手法の一つが簡易介入です。
このテストは、簡易介入の対象者をスクリーニングする目的で作成されました。
その対象者とは、アルコール依存症までには至っていない危険な飲酒や有害な使用レベルにある人です。
 テストは自記式で、10項目からなり、各項目の回答にしたがって0点から4点の点数が付与されています。
すなわち、テスト全体では最低が0点、最高が 40点です。
このテストの特徴の一つは、世界共通なカットオフ値を設定していないことです。
このテストが使用される場所の飲酒文化に従い、カットオフ値を自由に変えることができます。
危険な飲酒のカットオフ値は世界的には8点です。
また、アルコール依存症の場合には13点にしているところが多いようです。
わが国では15点あたりが妥当だと考えられています。
 AUDITは多くの国で使用されていますが、地域、年齢、性の違いを超えて高い妥当性が報告されています。
AUDITは邦訳されていますので、下記日本語版です。


・テストは、自記式で、10項目からなり、各項目の回答に従って0点~4点の点線が付与される(選択肢の前の数字が点数を意味する)。

・AUDITのカットオフ値は、20点以上がアルコール依存症レベルの「問題飲酒」、10点以上20点未満が健康被害のある『危険な飲酒』。

・AUDIT-C、AUDITの最初の3項目、1..2.3.の合計得点で判定する。カットオフ値は男性が5点以上女性が3点以上で『危険な飲酒』。


1.あなたはアルコール含有飲料をどのくらい頻度で飲みますか?

0 飲まない 1 1ヶ月に1度以下 2 1ヶ月に2~4度 3 1週に2~3度 4 1週に4度以上


2.飲酒するときには通常どのくらい量を飲みますか?
ただし、日本酒1合=2ドリンク、ビール大瓶1本=2.5ドリンク、ウイスキー水割りダブル1杯=2ドリンク、焼酎お湯割り1杯=1ドリンク
ワイングラス1杯=1.5ドリンク位、梅酒小コップ1杯=1ドリンク=純アルコール9~12g

0 1~2ドリンク 1 3~4ドリンク 2 5~6ドリンク 3 7~9ドリンク 4 10ドリンク以上


3.1度に6ドリンク以上飲酒することがどのくらいの頻度でありますか?

0 ない 1 1ヶ月に1度未満 2 1ヶ月に1度 3 1週に1度 4 毎日あるいはほとんど毎日


4.過去1年間に、飲み始めると止められなかったことが、どの位の頻度でありましたか?

0 ない 1 1ヶ月に1度未満 2 1ヶ月に1度 3 1週に1度 4 毎日あるいはほとんど毎日


5.過去1年間に、普通だと行えることを飲酒していたためにできなかったことが、どのくらいの頻度でありましたか?

0 ない 1 1ヶ月に1度未満 2 1ヶ月に1度 3 1週に1度 4 毎日あるいはほとんど毎日


6.過去1年間に、深酒の後体調整えるために、朝迎え酒をせねばならなったことが、
 どのくらいの頻度でありましたか?

0 ない 1 1ヶ月に1度未満 2 1ヶ月に1度 3 1週に1度 4 毎日あるいはほとんど毎日


7.過去1年間に、飲酒後罪悪感や自責の念にかられたことが、どのくらいの頻度でありましたか?

0 ない 1 1ヶ月に1度未満 2 1ヶ月に1度 3 1週に1度 4 毎日あるいはほとんど毎日



8.過去1年間に、飲酒のため前夜の出来事を思い出せなかったことが、どのくらいの頻度でありましたか?

0 ない 1 1ヶ月に1度未満 2 1ヶ月に1度 3 1週に1度 4 毎日あるいはほとんど毎日


9.あなたの飲酒のために、あなた自身か他の誰かがけがをしたことがありますか?

0 ない 2 あるが過去1年にはなし 4 過去1年間にあり


10.肉親や親戚、友人、医師あるいは他の健康管理にたずさわる人が、あなたの飲酒について心配したり、
 飲酒量を減らすように勧めたりしたことがありますか?

0 ない 2 あるが過去1年にはなし 4 過去1年間にあり


2013/07/13のBlog
写真ーーーー福知山市花キキョウ
「平安の祈り 」京都府断酒平安会蘆田 幸治
神様私にお与えください
自分に変えられないものを受け入れる落着きを
変えられるものは変えていく勇気を
そして二つのものを見分ける賢さを
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
皆様こんにちは。
昨日お休みだったので、同郷の同級生仲間が体を壊し入院したので、ドライブがてら、お見舞いにふるさと福知山に行きました。
仲間も、思っていたよりも元気そうで一安心。いろいろゆっくり積もる話もできて、いい時間を過ごせたよ。
福知山に帰ってきても、実家には帰れないよなぁーーー・・・・・・・
っとか、話しているうち、両親はまだまだ元気だろーけど、大好きな婆ちゃんは・・・・・
すごく会いたくなってしまった。
今確かに突っ走るテンションであるのは、注意しているんだけど・・・
勇気振り絞って、逢いにいった。

泣きそうになった・・・・
でも、先に婆ちゃんが号泣した・・・・
死ぬまで会えないっと、思っていた・・・・・っと。
元気そうで、ホッとした。うれしかった・・・
心配かけてごめんね、今ちゃんと自力で生活出来とるから・・・・
っとしかいえんかった。
来てよかった・・・・ここまでは・・・・・・・・・・・・・・・・・・
婆ちゃんから思わぬ一言・・・・
「お父さんに出会ったかぁ???」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
母型の祖母です、親父の話題がなぜ、すっとでたのか???
なんでかな???

叔父さんから事実を知らされた。
親父が三度目の脳梗塞で倒れ、入院していると・・・・・
さっきまで仲間の見舞いにいっていた病院の下の階に…
虫の知らせだったのだろうか・・・・
ガンで手術をしたという話は仲間のおかん様伝えではきいていたんだけど・・・
そのあとは何も伝わってこなかったので、元気なものと思っていた・・・
先週の日曜日にもおかんが岩倉病院家族会にきているっという情報がはいっていたし・・・
叔父さんも絶対出会えと・・・・
そんなこというても、親父が会うけないやんっという私に・・・・・
そんな状態ではない、心の準備をしてから出会えっと・・・
心の準備もできないまま、約五年ぶりに両親に出会うことに急遽なった。
車いすに乗っている父・・・あの怖く威厳のある父はそこにはいなかった・・・
そこにいたのは・・・言い方悪いが、痴呆の老人・・・
私を見て怒るどころか、笑ってた・・・・
叔父さんが「これだれかわかるかぁー???」
っとの問いに・・・
笑いながら「幸治」・・・・・・それは、忘れていないらしい・・・
でも、私がしてきたことは・・・・・忘れた???
ショックでかすぎるよ・・・・・言葉が出ん・・・・・・・口から生まれた私が、言葉につまったよ・・・
もう元の状態に戻ることはないらしい・・・・・・・・・・・・
その後、おかんと語った・・・・
おかんっという生き物は強いなぁ・・・・・・・・
そして、改めて子供の事よーわかっとるわ・・・
「あんた、お父さんの状態見て世話するために、実家に帰ってこようと考えはじめとるやろ・・・・・」
図星やった・・・・・・・・
私は、この状態の父をおかん一人に世話させるのは・・・・・っと、おもった。
普通の家庭なら、普通の流れなのだろう・・・・・
「戻ってきてくれるか???」っと、おかんの口から出るのが普通なのかもしれない・・・・・・・・
ここから先私は、自分が情けなくなった・・・・・・自分のしてきたことの大きさを痛感した・・・・・・・・・・・・
おかんの口から出た言葉は・・・・・・
「お父さんは施設に入れる・・・福知山にあなたの帰るところはありません・・・・・あなたが帰ってきたら、お父さんの心配だけやなしに、あなたの心配までお母さんはせんなん・・・・かえってくることなど、考えないで・・・・・っと」
今頑張って酒やめて社会復帰して自分なりにやってきたつもりだったけど、両親にとっては、まだまだ・・・・・
やりきれない気持ちで一杯になったよ、ほんま情けなくて・・・・
でも、ほんの少しだけ・・・
「何か助けがいるときは連絡するから、すぐに対処できる状態をキープしていなさい・・・・・・」っとだけ、付け加わったよ。ほんの少しだけでも頑張りを評価してくれたかな???
久しぶりにおかんと語るも何もかわってない、すべての言動が過去の記憶をよみがえらせ不安にさせてしまって・・・・・
目の前でコーラを飲むだけで・・・ビールを煽る姿が・・・・
それだけのことをしてきたっと、改めて自覚した・・・・・
30分たっただろうか・・・
早々に別れ京都に戻るも・・・・涙が出てしかたない・・・
情けない自分、何もできん自分が・・・ほんまやりきれなくて・・・
少し遅れたけど、このまま一人でいるのも辛く例会に行って気持ち吐き出させてもらった。
昨夜は初めて体験談語りながら泣きそうになってしまった・・・
現実を受け入れる・・・・・むずかしいが、私にできることは、これ以上の心配をかけないこと・・・・・
日々精進。
いつ、連絡あっても、対処でける状態をキープするしかない。
がんばろう。
でも、再会したら、また甘えが出るかとしんぱいしていたが、その心配はなかった。
強く育ててもらったなぁー、改めて壬生の親父らに感謝です。
今日一日穏やかに ・ 第一の事は第一に
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2013/06/29のBlog
[ 07:32 ] [ てんとう虫のおじさんのつぶやき ]
スポンサーシップとフェローシップ

随分前からの疑問が氷解した。「言い放し、聞き放し」の事である。
ある断酒会の重鎮は『無責任である。自分の発した言葉に責任を持たないといけない!!』…と思いもかけない意見を述べた方が居られた。
もちろん、皆さんはお分かりであろう…と思うが、安心・安全の例会を保障する為に「体験談の外への持ち出しを禁止」し「体験談そのものへの批判を禁じたもの」と思われる。
このことは、指針と規範に記述が無く、松村語録にも見当たらない。
西川京子先生が、どうもAAから来たもの…ではないか!?
昔、Drたちが盛んにこの言葉を広げた経緯がある…と話されていた。
私が断酒会に入会した頃、体験談にイチイチ、コメントする長老がいて、実に不愉快だった事を思い出す。初心者に取って、仮に誤った考えであっても、聞いてくれる人々がいて、ときには「なるほど」と共感を表してくれる事ほど心強いことは無い。ようやく居場所を得た思いだ。
そうそう、何が氷解したのか…と言うと、スポンサー・シップとフェロー・シップの事である。「言い放し、聞き放し」であれば、断酒の要(かなめ)を、初心者にどう伝えて行くのか?これがとても気になっていた。
3年ほど前、退院間近の朋友から「入会したらスポンサーになって貰えませんか!?」と依頼された。(???…なんなん?カネがいる話しかいな)と、よく解らず《笑》。よくよく聴くと断酒で分からない事を聞く相談相手に!とわかり了解した。
蛇足だが、その時2つのお願いをした。①人間関係は長く続ける事が目的ではない。無理して人に合わせない事。自分の考えを持つ事。お互い、無理なら、いつでも関係は解消しましょう②喫茶店の費用などは、私が随分歳上と言う事もあり、私が持つが、その事で、あなたを支配するつもりは、全く無い。「ありがとー」で十分。
ただ、世間では、お金は、パワーゲームの最たるもの……と心得た方が良いでしょうと。
「スポンサーを探せ」は、何でも入院先の看護長からのアドバイスだったそうだ。
今も、その関係は続いており、若い者(ひと)の、感性・感覚・価値観に驚くと共に、自分自身の成長に極めて役立っている。
もう、ひとつのフェローシップについての、私なりの日本語訳は「仲間からの分かち合い」だ…と思う。
具体的には、例会後に、マクドで、お茶する事が多い。そこでの、意見交換の事である。
様々な話が出る。将来への漠然とした不安。腹立たしい事、就職や家族の事、恋愛、家事、生活保護上の扱い…と多岐にわたる。
此処で私が気をつけている事は、①朋友の噂や悪口で、盛上がるような集まりにならないように②参加者や不満が固定化して、断酒会の分派にならぬように③自分の意見を押し付けず、お互いの断酒の仕方や考え方を尊重すること④指示や指導する事無く、あくまで「平等」を貫くこと⑤そして自分自身の訓練の為に、アサ-ティブな会話を心がける事などである。
なかなか、旨く行かず、日々反省ではあるが〈苦笑〉
てんとう蟲おじさん
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