今日のナイター練習。

本当は社会人のFCシニアさんに胸を貸していただく予定だったのですが、インフルエンザがここに来てまた流行りだして急遽来週へ変更していただきました。

インフルエンザの菌には潜伏期間というものがあるのでもしかしたら今日からまた出てくるかも知れないと自分の中の覚悟はしています。そういう中でも、チームとしてやるべき事をきちんとやらない、出来ない子がやっぱりいるのが現状。責任感のなさはそのままチームの中、プレーの中にも出てくるのは当然だと思う。プレーがうまくいかなかった時だけ落ち込んだり反省する子なんて山ほどいますが、そもそもそういうプレーが出る事自体、自分の日々の活動に、取り組み方に問題があるのでは?と考えられないものでしょうか・・・。

みんなは定期テストの結果の為に勉強しているのですか???

本当はもっともっと先の高校受験だったり、その先の自分の将来の知識の為にやるものではないのですか?だからテスト一週間前に休むとか、その制度自体に常に疑問を感じる所・・・。大会一週間前に練習休みますか?いきなり大会を迎えますか?勉強とスポーツは違う?そうではなく、考え方が違うんだと思うのです。

目先の結果の為の勉強、学習、トレーニングなんてしてもその場凌ぎであり、知識とか学力、実力という形では自分の中には残っていきません。そこにどうしても一喜一憂してしまう大人が大勢いるから子供達は先を見ようとしない。目先の事の次の事を考えられない頭、週間になってしまっている。

先日の小学生の大会とか、色々な場所のサッカーを観ても勝てないチームの共通点は『その場凌ぎ』だからです。

まずこれをやって、次にこれをやって、これが出来たらこれをやって・・・って流れが全て途中で切れる。勝つチーム、うまいチーム、選手というのは次のイメージに繋がっている。先のプレーを考えて目の前の選択をするのです。そこの差は大きく、外からいくら『後追いの指示』を出しても一向に良くならないのはそういう所でしょう・・・。しかもその状況を指導者の方々は、『あいつが言う事をやらないから・・・』とか自分以外の所に責任を向けているというサイクル。それを痛感しているからこそ、今子供達にも、次の事、先の事を考えるように促している所。出来る、という段階にまでは来ていませんが、そこに向かっていく事は出来る。

進歩しないのは目先に一喜一憂するからだと覚えておいてほしい。

そして、その一喜一憂する為の努力をしてしまう事だと分かってほしい。

自分を変えられるのは、自分の出来ていない部分とか弱さがちゃんと分かっている人だけ。その弱さというのも『どうせ』がつく言い方ではない。どうせ俺は・・・どうせ出来へんし・・・という『言い訳の弱さ』ではなく、『どう足掻いても出来ない事』という意味。ここを見つめられるようになると人は変われる。自分だけの特徴を見つける事も大事だけど、特徴を発揮するにも『ふさわしい場』が必要であり、そこには周りの状況も関わってくる。つまり、特徴、長所をただ発揮すればそれで良い、じゃなく弱い部分とも向き合える事で人は初めて変われるのです。

それを必死に隠そうとして、他人に悪さを押し付けようとする発想がまず一番に出てくるうちは変われません。いくら口先だけでどうこう言っても絶対に不可能です。自分の非を自分で認め、その上で改善策、改良策を考えられる人間こそがチームを本気で救える人間でしょうね!それがハッキリ分かる一日でした。

今日も参加してがんばってくれた2年生のみんな、ありがとうございました(礼)