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NPO法人 認知症予防ネット
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2017/12/15のBlog
[ 08:08 ] [ 理事長から ]
やみくもに、ただ一生懸命、認知症予防に効果的なゲームの極意を身に付けていただきたい思いでやってきた「リーダー養成講座」です。
全国の、受講してくださったリーダーさんに呼び掛けて開催した、レベルアップ研修会と交流会の2回目が、師走8日に終わりました。溜まっていた仕事の半分が片付いたところで、振り返っています。

昨年度の研修会と違って、今年の研修会で驚いたのは、皆さんのゲームでの手の動きが、格段に上達しておられたことです。ゲームでの手の動かし方はとても大切です。繰り返し繰り返しお伝えしても、なかなか身に付かない、その場では納得し、覚えられたかに見えるのですが、次回に出会うと元の木阿弥になって居るのが通例でした。

ところが今年の研修会は違っていました。大多数のリーダーさんの手の構えが出来ていたのです。それを見て嬉しいを通り越して、内心、感動してしまいました。
尤も全員ではなくて、大多数の人でしたが、それでも画期的なことで、くどくどと言って来たことが、各地で花が咲くまでになったと感じられて、胸が熱くなったのです。

これほど嬉しいことが世の中に有るでしょうか。完全に私の努力は報われいる、もう何処で終わっても満足です。生きている間に報われるなどと、思いもしませんでした。
なんと有り難い事でしょうか。
2017/11/30のBlog
昨11月29日は、嬉しい一日でした。東京都新島村民生委員協議会の事業として、新島村役場民生課福祉介護前田係長のお世話で、伊豆諸島の中の新島と式根島から、8人ものお客様をお迎えして、「みんなの認知症予防ゲーム」の研修会が実現したのです。
小さな島とおっしゃっていましたが、飛行場まである大きな島です。
皆さんが青空か太平洋のように明るくて、兄弟姉妹のように仲良くて、積極的で、4時間の接触で私もその色に染めていただいたような気分で、余韻に浸っています。

ご縁は、一般社団法人みんなの認知症予防ネットの加藤さんによる体験会で、「みんなの認知症予防ゲーム」の良さを知ってくださったことからです。滋賀県に研修旅行に来られ、宇治まで足を延ばして下さいました。

このようなチャンスはまたと無いので、前夜からそわそわして会場のJR宇治駅前市民交流プラザ「ゆめりあ うじ」に向かいました。
1時から5時までびっしり、ゲームリーダー養成講座ができました。

「みんなの認知症予防ゲーム」は誰でも声を上げて笑う楽しいものですが、予防教室においては笑うだけで満足しては、目的が達成しません。
目的とは認知症の予防と改善の2本の柱です。医学知識の無い私たち市民に許される一次予防のゲーム、といっても一般高齢参加者さんの1割程度は認知症を発症しておられます。認知症予防ネットとしては市民にできる、市民にしかできない予防と改善のツールを身に付けたリーダが輩出してほしい。レベル混在教室で成果を上げてほしい。日本中、津々浦々まで、と願って活動を続けているのです。
ですから内実は、認知症の一次予防だけでなく、発症した人への改善目的、症状悪化の予防、元の生活への引き戻しを忘れてはなりません。単なる楽しいゲームでも構わないと言いますが、改善と悪化の予防も出来なければ、ゲームの名前が泣きます。それを実現させる力を、ゲームリーダーが体得していないと、単なる笑いになってしまうのです。

4時間で、ゲームリードの実技は時間いっぱいギリギリまで追求しましたが、少々時間切れで割愛部分もありました。一人ずつの体験を丁寧にしたからですが、思い残しも出たのが正直なところ。
完全無欠ではないが、大事な中枢は皆さんにお伝え出来、記念写真では「2~、2~、2~」と皆が笑顔だったと思います。熱い篤い握手でお別れしました。
2017/11/28のBlog
[ 05:49 ] [ 理事長から ]
毎月3回伺っている故郷の家京都デイサービスの11月27日教室は、利用者さんが少なくて、職員共で5人の輪でした。ところが小人数なればこその奇跡のようなことがありました。
今年度24回目の訪問ですが、毎回必ず逃げるように居室から出ていかれるD子さんが、今日は初参加されたのです。その理由は、交通事故で頸部をしっかり保護されて動けないかのようなデイサービス利用新人の方に衝立の陰のベッドを譲られて、ゲームを行う居室のイスに居られたので、自然に初参加となったのでした。
自己紹介から年月日の確認も一緒に出来て、1から10は「むつかしいなあ」と言われたのですが、なんとグーパーゲームの5段階加速に立派に乗られて、リズムを堪能されたのです。その様子を見るだけでも満足したのですが、そのあとの感想の表現に、得も言えぬ最高の喜びを頂きました。可なりのご高齢で、お口もとは歯が全く無いようで、もごもごしか聞き取れないのですが、「ドングリころころ」と「でんでん虫」が終わった時に、始めてみる明るい笑顔で「この辺がこうなるよ」と言いながら、両手で胸の前で大きな円を作って、それを大きく拡げるポーズを2回もされました。リズムが楽しくて胸が膨らむ・・・、という表現だと受け止めて、涙が出そうに嬉しくなりました。
これだけではエビデンスと言えないことは百も承知ですが、本人の証言を頂いて、今日まで毎月3回通って、ご褒美をもらった心地です。
骨折が治られたA子さんもおられたけれど、手が痛いからと言われてゲームには参加されませんでした。しかし、リズムに乗って手拍子を取っておられました。手が痛いのは指の関節の殆どに、“あかぎれ”が切れて、血が滲んでいたのです。帰る時に手を見せて下さったので、思わず痛そうな手を包んで「早く治られますように」と言ったら、これまで見たことのない柔和な優しい表情を向けてくださいました。
2017/11/25のBlog
[ 06:37 ] [ 理事長から ]
11月24日(金)、故郷の家・京都(高齢者複合施設)が主催される近隣の福祉事業所や、民生委員ほか地域役員対象の、健康講座が、3回の予定を無事に終わりました。
今日のゲーム体験は、2チームに分かれ勝敗を争う、活気を取り戻すゲームでしたが、想像以上の盛り上がりでした。
皆さん年齢の慎みや、役職の体面を、文字通りかなぐり捨てて、童心に帰られての大熱中となりました。
ビーチボールサッカーで燃え、ボール入れ競争では2チームの点差が大きすぎて大笑い。3回戦では、手でボールをポケットに落とし込むのは反則と、皆さん心得ておられるので、どうなったか奇想天外、3~4人がくっついて立ち上がり、胸の力でボールを操縦されたのです。ひっくり返るような大笑いとなりました。日ごろ責任のある仕事をしておられる皆さんです。たまには声を上げての大笑い、良いじゃないですか。
最後のジャンケンゲームではお相撲さんも負けるほどの四股踏みよろしく、慎み深い方が優勝決定戦まで進まれました。
このように笑ったり燃えたり、認知症の一歩手前の方も、認知症を身に持つ方も、もろともに楽しんでいただき、いきいきしてくる教室が、町のあちこちに出来ますようにと願って、さわやかな笑顔でお別れしました。
帰り道、紅葉が真っ赤でした。
2017/11/20のBlog
[ 21:18 ] [ 理事長から ]
認知症予防の薦め

1) 認知症予防は共生の基本理念、拒絶や排斥ではない。
2) 早期発見は、日常生活の中での気づきから。
3) 市民にできる、市民にしかできない、非薬物療法の、「みんなの認知症予防ゲーム」を、レベル混在の教室で行う。
4) レベル混在教室こそ、認知症を持ちながらみんなと一緒に明るく暮らせる社会構
築実現への第一歩。

「みんなの認知症予防ゲーム」は認知症対策であると同時に、介護者を筆頭に、
気力が衰えた人、ストレスのある人みんなに有効。

2017/11/18のBlog
[ 13:21 ] [ 理事長から ]
11月16日、大阪市城東区の区民センターで、城東区認知症予防推進連絡会・城東区地域包括支援センター連絡会ほか2団体の共催による、
「認知症であっても住み慣れた我が家、この町で過ごすために、城東区民ができる・区民しかできない“みんなの認知症予防”」
という長いタイトルの講演会にお招きいただいて行ってきました。講演会は2部式で、認知症サポート医の高田淳先生による、認知症の基本的なお話があって、そのあとを担当させていただきました。
次のようなレジメを用意していったのですが、440人というご参加皆さんと対面した途端に、レジメとは異なる切り口で、話を進めさせていただきました。学問的な内容とは打って変わって、実生活に根差した体験談からの話ですので、皆さん共感しつつ納得されて、予防ゲームをどのように行うか、脳の機能が正常な一般の方と、衰えが進みつつある方、発症しておられる方、つまりレベル混在で地域で暮らし続けるための「みんなの認知症予防ゲーム」の使命、およびその実践者となって頂きたいという願いを、しっかり受け止めて頂いた手ごたえを感じることが出来ました。当日配布して頂いたレジュメを、以下に貼り付けます。共生社会を実現させるのは誰だ? 市民だ、区民だ、家へのお土産にゲームを覚えて持って帰って、家族と、ご近所さんと、間違えても大丈夫だから、一緒にやってみてくださいと、心を込めてお願いしました。

認知症予防とは 認知症予防ゲームとは
2017年11月16日(木)
於・城東区民センター 
主催:城東区認知症予防推進連絡会 城東区地域包括支援センター連絡会 
一般社団法人大阪市城東区医師会 城東区居宅介護事業者連絡会(ジョネット)
二部:講師:髙林實結樹(NPO法人認知症予防ネット理事長)

1)早期発見は家庭で、市民力で、意識の改革で
2)認知症予防は、拒絶や排斥ではなく、共生の基本理念
3)市民にできる、市民にしかできない、非薬物療法の「みんなが共に楽しめる予防ゲーム」を、レベル混在の教室で行う
4)レベル混在教室であってこそ、認知症を持ちながら暮らしやすい社会を構築する基盤
5)「みんなの認知症予防ゲーム」は認知症対策であると同時に、介護者を筆頭に、気力が衰えた人、ストレスのある人みんなに有効

2017/10/28のBlog
「みんなの認知症予防ゲーム」の体験会に初めて参加した方であっても、ゲームがなぜ認知症予防に良いかという根拠のある説明を、家族の方への土産話として或いは知人や友人に経験談とするためにも覚えて帰ってほしい、というのが長いあいだの願いでした。

中でもデンデンムシのゲームは、幼児向けの童謡を歌いながらですが、ゲームは脳の異なる機能を8種類も同時に僅かずつ活性化させていると、どこででも話します。
説明の内容が適切で、しかも分かりやすければ「認知症予防ゲーム」への世間の偏見打破が、可能になっていく筈である・・・、どうしたら忘れずに覚えて帰っていただけるか、どうも難しそうだなと、内心思いつつ、長い期間の自分への宿題でもありました。

2017年10月27日、京都市南区の“故郷の家・京都”での勉強会で、宿題の答えを発表することが出来ました。一挙に記憶してもらえる方法です。
34人の参加者さんが、声をあげて笑いながら私の説明を聞かれて、8種類の脳の異なる機能を活性化させている、その“8種類とは”を、ほぼ全員が一度で記憶されて帰られた手ごたえを感じたのです。嬉しくて、ルンルン気分になりました。

① 他人の話を頭にしっかり聞きとめる(ヘルメットの絵を高い位置に描く)
② 一番は頭出せ、二番は目玉出せ、古い記憶の引き戻し(ヘルメットの下にマルを描く)
③ 二番まで続けることでルール記憶継続訓練になる(ヘルメットの下に二つ目のマルを描く)
④ 歌を歌うことで発声機能の活発化を図る(マル二つの中間の少し下に下弦の月、半円を描く。顔になってくる)
⑤ 音程・速さを揃えようとするので聴覚の刺激(耳の絵を描く、顔が完成)
⑥ チョキとグーの絵を、口よりも下のほうに描く
⑦ 腕を高めに構える筋力アップ(肩から肘の絵を描く)
⑧ 最後はリズム感の取戻し(下のほうに長~い音符を裾広がりに描くと2本の足になる)

図解は右上の枠をクリックしてください。

絵は下手で、下手なだけでも笑われるのですが、何を描くのだろうと言う好奇心が誘われて、参加者さんの目と耳がホワイトボードに集中。我ながらこれは良い方法だなと密かに感じました。

是より下手は無い、という絵が記憶を誘う効果になる、苦心の方法なのです。内緒にしておきたいです。
誰かぜひとも教えてと迫られたら、さて、どうしましょうか?

画像を掲載してもらうことが出来ました!!! クリックして大きくしてご覧ください。</>b>
2017/10/12のBlog
10月12日(曇りのち小雨)は、京都市南区にある「故郷の家・京都」の、認知症専門のデイサービスセンターに毎月3回、通い始めて19回目の訪問でした。職員さんとはすっかり顔なじみです。
利用者さんは、今日はお顔ぶれがいつもと少し違って、初めてお会いする方が、2人おられました。なじみ深いA子さんもB子さんもMさんも今日はお休みでした。

少しずつゲームに馴れていただいて、最近では自分一人だけの普通の自己紹介を取り入れる事が出来るようになっています。しかし今日初めての方はご自分の名前が言えません。その方の名前を職員さんは教える態度はとられません。皆が自然体で流して行く事が習慣になってきたことが私には満足です。人前では教えない、上手に出来ることを目的としない、と言う私の方針を会得しておられるのです。

日付の確認は皆で大きな声で曜日まで続けて言えるようになっていて、新顔の方も一緒に言えたつもりになってくださいます。レベル5まで進行しているC子さんは、前2回の教室体験と同じく、リズム加速が心地良さそうに、「兎と亀」「ドングリ」「でんでん虫」「故郷」まで歌声をピッタリ揃え動作もリズムに良く乗って心地良さそうに笑顔になっていかれます。違和感が少しもないのです。
ここまでは見学者がおられたとしても誰もレベル5の人とは信じないでしょう。ところがやはりお手玉は無理でした。右と左、掴む、摘まむ、隣の人に手渡す・・・、全て言葉の意味を理解出来ません。この状態でお手玉を始めることはまず不可能です。出来ないことで傷付けます。そこで私の得技と言いたい臨機応変で、全員諸共楽しむ時間に切り替えました。

皆が大きな椅子にゆったりと座ってテーブルを囲んだ状態のため、膝を手で打つなどの膝を使うことが出来ないのです。全てのゲームをテーブルの上で行うため、お手玉1個ずつ直接テーブルに置いて、置いたお手玉を弾くように、テーブルの上で勢いを付けて滑らせて、目標の相手にカーリング宜しく届ける、という新発明のゲームを始めました。
是が皆さんに大受けで、半泣きになりかけていたC子さんが上機嫌になって、皆で大混戦「そら、行け、えいっ」と賑やかなひとときを過ごして頂きました。

ジャンケンゲームも此処だけの特別ルールです。リボン5本を首にかけることが出来ない方も居られるので、5本とも手で持ったままです。ジャンケンに「負けたら一本プレゼント」から始めるのは標準通りですが、1対1でなく全体をテーブル別に2組に分けて始めました。移動が出来ないため、動かない特別様式です。
この時間帯は総勢7人でしたので、3人組と4人組に別れて、それぞれの勝者が最後に優賞決定戦としました。いつもはゲームに乗り気でなくよそ目で見て居るだけの女性が燃えるようにジャンケンで活気づかれて、優賞決定戦で惜しくも準優勝でしたが、初めてのご参加で、是までの冷ややかな彼女とは別人のようでした。

最後のゲームは小太鼓でアリランの歌の合唱を、二遍、三遍、四遍と繰り返し、私が韓国語の歌を間違いなく歌えたら、終わりです。韓国語の歌詞を、一生懸命に家でくり返し歌って覚えて行くのですが、いざ太鼓を叩いて大声で歌うと、詰まったり、発音をチョット間違えてしまうので、何度もやり直しになるのが皆さんには殊に楽しいようです。太鼓が最後というのも臨機応変の此処だけの特徴です。

帰りは天気予報通り小雨で、秋の気配が濃くなりました。
2017/10/05のBlog
今年2月3日、ブログに初めて次のような質問が寄せられていたのを、ホンの今見つけて、慌てて返事を書きました。
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[知りたがり屋] [2017/02/03 08:55]
「グーチョキパー」と称している腕の運動の、加速の付け方によって全員をほとんどど同時に振り落とすような計画的な働きかけを必要とするゲームの実技、その意義・解説
「ほとんど同時に振り落とす」 ことを計画的にすると言う目的はどういうことでしょうか。
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目的は、脳の働きが弱ってきた、認知症と目される参加者さんは、最初のころはどのゲームも失敗ばかりされて、自分の能力に落胆、がっかりされます。
やる気を全く失われるのです。放置していては、認知症に余計に追い込むことも懸念されます。その悲哀観を少しでも早く癒して、意欲を持っていただきたいので、全員もろとも急激な加速で、「できないよ~」、と笑って頂く、共感に誘うためです。
実際にやってみると健常者の方も、できないことが可笑しくなって、部屋中に大笑いが沸きます。脳機能が低下してきた方が、ご自分で、全員の出来ない様子を見て、自分だけではない。誰も出来ないのだ、と確認されることが “自覚による癒し” になるのです。

これまでブログの記事には、反響や質問がかつて無かったので、コメントを見ることを全く怠っていたため、お返事がこんなに遅くなってすみません。反省します。
2017/10/02のBlog
[ 14:16 ] [ 理事長から ]
9月30日(土)午後2時30分~大阪市内の会議室で「風は生きよという」という映画が上映されました。
障がいの程度は様々違うでしょうが、大正・昭和の時代でも障がいを持つ人はおられました。
私の従姉妹は小児麻痺で片足の成長が停まって、歩行困難でしたし、別の従兄弟は脊髄カリエスで寝たきりになって戦病兵として内地に帰還していました。親の知人はお子さんが寝たきりで、自宅で親御さんが学校の教科書で勉強を教えられていて、頭脳優秀な成績であったと子どもの頃に聞いていました。

それに引き替えて現代は、移動も呼吸も自力では出来にくくても外出し、健全な精神で ヘルプを受けながら生活しておられる。
重度の障害児でも移動式ベッドで通学して、クラスの全員に取り囲まれて、同じように勉強して中学・高校と入学試験を受けて、いる、と映画で見せて貰いました。
日本の国は、なんという良い社会になったのだろうと、偏見も一杯残っているにせよ、 国家的な成長が感じられて、そのことに感動しました。
日本の国も捨てたものではない、成長しているのだなあと思いました。

大昔の神話社会では、障害児が産まれたら「みずこ」と言って捨てた伝承があり、日本だけでなく世界中に、同じような伝承があるようです。その種の考え方の遺伝子を持った野蛮な思想の持ち主が減って、相模原事件が起きない国に、やがてはなることを信じたいと思います。

そのために努力することは何かと考えますと、私に出来ることは矢張り認知症への偏見と、認知症予防と言う言葉に対する偏見を解いていく活動を続けるしか無い、という結論に達したのでした。

人工呼吸器をつけて、車いすや移動式ベッドに寝た姿勢で、必要な援助を受けながら、 人として完全な、健全な精神生活を送っておられる実情の映画を通して教えられました。

そのこと自体が国の大きな成長としなくて何でしょうか。
国家予算は軍備でなく、世界中の国が人々の生活に視点を置くようになって欲しいものです。
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