ニックネーム:  パスワード:
| MyBlogトップ | Blogポータル | ブログガイド | よくある質問 | サポート |
”長屋のおっちゃん”のブログへようこそ!
記事一覧イベント一覧
[ 総Blog数:22件 ] [ このMyBlogをブックマークする ] [ RSS0.91  RSS1.0  RSS2.0 ][ ATOM ]
前のページ   |   次のページ
2025/02/21のBlog
昭和20年(1945年)前後に生まれた子どもは殆どが焼け野原に立つバラックか或いは粗末な長屋に住んでいました。食べ物や着る物が無くても、また、戦争で親を亡くしても子どもたちは元気に育ちました。 

何故なのでしょうか。今から70年も前のことですが、長屋の通りには年配のおっちゃんが長椅子にデンと座り、通る人たちを眺めていました。子どもたちはおっちゃんに何かと声をかけ、「学校で苛められた」「親が居ないので寂しい」「遊んで欲しい」「勉強を教えて!」など、まるで友達のように話しかけるのです。今で言えば「相談ごとコンヴィニ」のようです。子どもは「地域の宝、日本の宝」だと思っているおっちゃんは「親代わり」「家族代わり」「学校代わり」などの役割を担い、「共生社会の実現」に頑張っていました。

時代は順繰り、今度は私たちの番です。「心に傷や悩みをもった」子どもや若者たちの力になろうと「長屋のおっちゃん」というグループを立上げ、BMAを目的に活動しています。
B=Being(彼らの存在や考え)を認め、
M=Mission(役割ややりたいこと)を一緒に探し、
A=Action(活動、行動)の実現のお手伝いをする。

長屋のおっちゃんが座っているところは
川西市市民活動センター「パレット」のワーキングルームで
毎月第一、第三木曜日に午後2時から4時過ぎまでです。
 第二、第四木曜日は川西能勢口駅とアステの渡り廊下でチラシ配り。
(但し、平成30年1月から共に、午後3時から5時までとします(皆さんに好都合?)。

居場所でも良いし、傾聴でも良いし、或いはアドバイスをしてくれるところでも良いし、
気軽に立寄って頂きたいと願っています。
連絡先:井関義弘(090-5905-6011)
 谷口 清(080-4490-1456)



2017/12/12のBlog
こんにちは!ブログの更新は久しぶりです。その間に「まさしく冬」の寒さになりました。おっちゃんの家は木造で土壁の家なので乾燥した冬になると隙間ができ、そこから冷たい空気が遠慮なしに入ってきます。今朝の僕の部屋の温度は2度。冷蔵庫より寒い・冷たいのですよ!想像できますか?しかし、若いときに鍛えた身体!風邪をひいたこともなければ、病院にかかったこともありません。まさに「元気印」のおっちゃんです。

さて、今日のブログメッセージは「農作業を通じて気分転換しませんか!」です。相談室に来ている軽度のひきこもり男性から、「脱出したいんだ!しかし、一般の会社で仕事をしたり、人と会話をするのは難しい。でも、ヒョットしたら農作業ならできるかもしれない。土と自然を相手に野菜を作って見たい。出来た野菜は道路脇のスタンドで100円で売るんだ。買いに来た人と話が出来るかもしれない。収穫した野菜を買ってもらうために話すことができると思うんだ!」と。おっちゃんはその話を聞いて嬉しくなり、早速、貸してくれる農地を探し回っています。彼には、「しかしね!一人で畑を耕し、種まきから、水遣り、虫退治、肥料やりなどするのは大変だぞ!」というと、「おっちゃん!一緒に仕事してくれる人を捜してよ!ブログで募集して!」と言うので、「勿論、野菜作りのイロハから君が言う仲間募集も手伝うが、君が先頭にたって仲間を連れてこなければ・・・、回りには何人かいるんだろう?」と、彼の積極性、自立性を促しています。
おっちゃんはある農家から広大な土地(たんぼ)を借りることが出来ますが、そこに行くためには車が必要です。おっちゃんは車を持っていますが、色々とやることがあるので、毎日、毎回送り迎えすることができません。もし、このプロジェクトに参加してくれる人が出てくれば、おっちゃんは一肌脱いで「農業法人」のようなものを皆さんのために
作ってあげますが、誰か彼を応援してくれる人はいませんか!ひきこもりやニート当事者でも、或いは一般シニアの方でも。そうそう、先ず土作りをしなければいけないので、来年の春に具体的に動き出し、夏野菜、秋野菜を栽培してみようかと思っています。多くの人の連絡を待っています。
2017/11/13のBlog
皆さん、今晩は!いよいよ本格的な冬が来たような寒さになりました。風邪など引かないように気をつけてくださいね!

この前は福井での中学生の自殺の話を取り上げましたが、今度は座間市の若い女性8人が殺された事件を取り上げます。詳しいことは分かりませんが、報道によると殺された女性の何人かは「ひきこもり状態から脱出するために自殺を願望した」とのこと。
12日付の毎日新聞には「メール相談若者、高い自殺傾向・・・いのちの電話パンク(意味:相談電話が繋がらないほど掛かってくる)」「ボランテイア高齢化で減少(意味:相談窓口を担当するのは高齢ボランテイアだが、減少してきている)」などと書かれていました。

私たち「長屋のおっちゃん」には「ひきこもり」と自殺との関係は分かりませんが、「苦しい胸のうちを聞いて欲しい」という切実な気持ちは何となく分かります。しかし、「分かる」という言葉は使いたくありません。余りにも「第三者的であり、学者風、上から目線」過ぎるからです。実際に相談を受け、実際に心の内を聞き、苦しんでいる人たちの力になれてこそ、「分かる」という言葉が使えるのだと思っています。だから、このブログを見られた方で「胸の内を聞いて欲しい」と言う方は是非、ご連絡ください。先ほどの事件は15歳から26歳までの女性だった」というわけではありませんが、私たちのグループに女性が一人参加してくれることになりました。「長屋のおばちゃん」です。おっちゃんに話を出来ない・したくない人はおばちゃんに相談してください。ご連絡いただければ、彼女に時間をとってもらい、場所も相談室(パレット)以外に、例えば喫茶店などで会ってもらえるようにします。別に予約制ではありませんが、相談者に便宜(時間、場所、環境など)を計りたいのです。お陰さまでブログの閲覧者は4000をはるかに越えました。その内の何人かは切実な心の悩みを持っておられる方だと察します。一日でも早く、一歩でも前へ・・・相談を始めて下さい。では、連絡を待っています。
2017/11/03のBlog
皆さん、こんにちは!大分寒くなってきましたね!インフルエンザに罹っていませんか?
今日は「ホームレス」と「ハウスレス」の違いについて書かせて頂きます。よく「大阪駅の近辺や公園に多くのホームレスがたむろしている」というニュース記事をよみましたね、最近では余り聞きませんが・・・。しかし、これは「ハウスレス」が正しいと思います。彼らには家=住むところ=ハウスが無いからです(あっても、好んでその場所を選ぶこともあるらしい)。一方、ホームと言うのは、「○○ホーム」「ホームルーム」「ホームカミング・デイ」「スイートホーム」のように、「家族団らん、心休まるところ、何でも語り合えるところ・居場所」を現す場合に使われます。だから、ひきこもりの人は「ホームレス」と言えますね。
学校・教師の限界、家庭・家族の弱体化・希薄化の結果、子ども、若者、青年の「心の悩み」を解決しなくなりました。もっと、はっきり言うと、自分のこと(立場、利益、時間など)に忙しく、たとえ生徒、家族・子どもと言えども「関わりたくない」という状態になってしまったように思います。結局、「心の悩み」は深刻になり、当事者は勿論、家族、近隣、社会、将来に悪い影響を及ぼすことになってしまいます。辛いですね!
ある女性が教えてくれました。心の傷・悩みをもったときには「自然と会話しよう」と。山、川、海などに行って周りを見渡し、空を見上げ、「僕は、私は○○なんだけど・・・」と語りかけると、空気や緑・花が香りを伴って答えを出してくれる(自分で解決できる)と言うのです。つまり、自然が皆さんの「ホーム」だと。「長屋のおっちゃん」もこの考えを取り入れ、近くの地主・お百姓さんに場所を貸してくれるよう話を進めています。この「自然ホーム」に入りたい人はご連絡ください。これから少し寒いですが、気持ちよいですよ!
話は変わって、先日、平成30年1月の相談室の部屋を予約してきました。新年最初の相談室は1月4日ですが、今までより1時間遅らせて午後3時から午後5時過ぎまでとしました。皆さんの時間的都合を考えた結果ですが、どうすれば沢山の方が相談に来てくれるのか試行錯誤を続けています。福井さん、野田さん、児玉さん・・・お待ちしています!
2017/10/19のBlog
こんにちは!珍しく1週間でブログを更新しました。理由は、最近の新聞、テレビなどのメデイアが報じるタイトル(話題)について、おっちゃんも黙っておれないからです。
メデイアが伝えるのは「学校が、教育委員会が、担当、副担当教師が・・・」であり、「母親は何も気がつかなかった・・・」など、「犯人探しと責任の所在」関連ばかりです。このような子ども・少年の痛ましい事件でも「アメリカ的、韓国的になっている」ことに違和感を覚えてなりません。参考までに「アメリカ的、韓国的」と言うのは、「犯人探しと責任の所在の追求。そして、訴訟と損害賠償・・・」というシナリオで、問題点をすり替えていく現在の社会現象・報道姿勢を指しています。本当のシナリオは「日本人・大人の変質」ではないでしょうか。
自殺した中学生が「本当に問題にした」のは「回りには頼る人・相談できる人が誰も居ない」ではなかったでしょうか。「学校・教師は子どもを守るべき立場にも関わらず、いじめる側に立っている。友人も守ってくれない。親も聞いてくれない(気付いてくれない)・・・」となると、自分の存在を否定する(消してしまう)しかなかったのでないかと、おっちゃんは思っています。立派な先生は沢山居ます。腹を痛めて生まれた子どもを大事に育てる親は沢山居ます。また、寄り添ってくれる友人も沢山居ます。しかし、今の日本は「そのような当たり前」が「美談・稀有」というニュースになる社会になりました。自分のことで忙しく、他人のことをかばう余裕が無くなってしまった。だから、「絆」「おもてなし」「おもいやり」という言葉が脚光を浴び、商業的に盛んに使われるようになってしまったのです。これらは本来「ことば」ではなく、「こころ」ではなかったでしょうか。大人が「それらの言葉をもてあそぶ」態度は改めなければなりません。しかし、改まらないでしょうね!おっちゃんは自信をもって「そのように」言い切れます。りっぱな、頼りになる「長屋のおっちゃん」を演ずべく活動していても、「誰か来る?無料でやってるの?なんで?身内に障がい者を抱えているの?」という「冷めた質問」ばかりを大人から浴びせられます。
子どもたち、若者、青年・・・、こころに傷・悩みを持っているなら、何時でも連絡をください。電話でも、メールでも、或いは相談室に直接訪問でも・・・。
前のページ   |   次のページ