『松本清張・〈事件と文学〉』(全二回)


・日時:4月27日(木)午後1時半〜3時半
・会場:すばるホール(富田林市)
・講師:吉村 稠(よしむらしげる)先生(園田学園女子大学名誉教授)
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*前回(第一回)*『天城越え』
・松本清張、1909(明治42)、福岡県生まれ。尋常高等小学校卒。作家の歴史は、1950年(昭和25)に始まる(41歳)。『或る「小倉日記」伝』で芥川賞受賞(1952年)。作家40余年、ジャンルは広く、現代小説、推理小説、歴史小説、古代史の研究など、その作品は長編・短編他あわせて千篇に及ぶ。
・『天城越え』は、「30数年後の天城山の土工殺し事件」で向き合う「私」と「田島老人(元刑事)」の事件性を扱った推理小説。
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第二回『黒い福音』(週刊コウロン:昭和34年11月〜昭和35年6月)(中央公論社 昭和36年11月初版)
松本清張が描出した敗戦直後の日本の暗部−『黒い福音』の〈事件と文学〉の世界。
時代背景
1959年(昭和34)は、皇太子と美智子さんのご成婚。戦後日本の復興(外国からの支援、宗教界からの支援)という国情。
事件−BOAC(英国海外航空)スチュワーデス殺人事件−
『黒い福音』は、全くのフィクションではなく、実際に昭和34年3月10日に起こった、外国の航空会社に勤める日本人スチュワーデス殺人事件を材料にして書かれたものである。(『黒い福音』のかなりの部分が、実際の事件資料にもとづいて構成されている。)


あらすじ
第一部と第二部の二部構成となっている。第一部は、事件発生までの背景・過程を描いた犯罪編、第二部は刑事と新聞記者による捜査によって犯人を絞り込む推理編となっている。
◆第一部
(冒頭文)「東京の北部を西に走る或る私鉄は、二つの起点をもっている。この二つの線は、ほぼ並行して武蔵野を走っている。…(省略)」。(武蔵野に所在するキリスト教会と一人暮らしの婦人が住む、木立の中の家の描写で始まる。)
・神父と日本女性信者との男女関係に焦点を当てて見ている。→「事件の被害者である生田世津子はトルベック神父に惹かれ、中年の江原ヤス子はピリエ神父に惹かれる。」(グリエルモ教会に集う若い日本人女性の信者の多くは、憧れを白人神父に持っていた。…今日よりももっと欧米コンプレックスの強かった当時に日本において、欧米の白人男性に対して憬れから始まった。)
・戦後の時期に、教会が砂糖をヤミに横流しして、利益をあげていたことが、警察沙汰になったとき、教会の危機を救ったのが、司法行政の高官を夫に持つ女性信者であったし、スチュワーデス殺人事件で疑惑の目で見られていた教会を危機から救う力があったのは、政府高官を夫にもつ女性信者であった。


◆第二部
(冒頭文)「四月四日の朝八時ごろのことであった。玄伯寺川のほとりを、付近の農家の主婦が歩いていた。…(中略)。川に人が倒れていた。女だった。…数百メートル離れている交番に走った。死体は川から引き揚げられた。…(略)。」
・「被害者は、去年、EAAL会社に入社したばかりのスチュワーデスで、彼女の勤務は、東京−香港線であった。…スチュワーデスの死が、彼女の痴情関係によることは、どの新聞社も観測が一致したが、努力してもその具体的な線がつかめない。…(略)。」
(ラストシーン)神父は帰国。事件は迷宮入り。…「重要参考人トルベックが、羽田空港からエール・フランス機に乗って帰国したそうです。「なに!」叫びといっしょに、あッという声が捜査会議の出席者の全部の口から洩れた。」…相手は遁(に)げた!。警視総監に愕(おどろ)きはなかった。「仕方がないね。法的には根拠がないんだから…」。…事件は終わった。トルベック神父の帰国ですべて消失した。
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**あとがき**
・ララ物資(アジア救済連盟LARA):戦後の日本は、物資が困窮。海外にあるバジリオ宗派の協会は、日本における同派の教会に援助した。これらの品物は寄贈という形で、輸入品には関税がかからなかった。宗教活動は利益を上げることをしていた。
・『黒い福音』では、東京−香港間のスチュワーデスが、麻薬の運び屋に仕立てられようとして、これを断ったために、抹殺されたことになっている。
・清張は、グルエルモ教会内部の驚くべき腐敗にもかかわらず、それを布教のためだとして、省みることもしない神父たちの独善性と堕落、さらに生涯不犯でなければならないはずの神父たちが性的アバンチュールにかまけていることなども描かれている。(時の権勢と癒着した、宗教組織に犯罪性。)
・信仰のために信徒の間に協同防衛意識が強く、聞き込みが困難である。「神に仕える聖職者が、そのような邪悪を行なう筈がない。聖職者は男女の交わりを禁じている」。…しかし聖職者の犯罪は数々ある。