韓国の歴史と現状(1)

・日時:7月11日(火)am10時〜12時
・会場:すばるホール(富田林市)
・講師:佐藤興治先生(奈良文化財研究所名誉研究員)
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1.原始・古代(*右の資料は、韓国・高校生向けの教科書「韓国史」)
・南韓では、京畿道全谷里遺跡などから握斧、尖頭器などの石器類が出土。(旧石器時代とみられるが、古人類の化石骨などは未解明。)
・「古朝鮮」…紀元前2000年頃、檀君(ダングン)が王国を築いたという。.
・「青銅器時代・初期鉄器時代」…金属器文化は、紀元前1500年頃、中国東北部から流入し、弥生中期頃、日本列島にも広まる。
・「稲作」…韓半島では紀元前700年頃の青銅器時代の遺跡から炭化米が出土し、本格的な水田稲作が始まる。稲作は、韓半島には大陸を経由。日本の稲作は、紀元前400年頃に長江下流の江南地方から伝播し、北九州に伝わった。

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2.三国時代の始まり
(1)「辰韓・馬韓・弁韓」時代(*右の三世紀の韓半島を参照)
紀元前4世紀頃より、鉄器文化が普及し、生産が増加し、新しい政治勢力がおこる。
・韓半島南部には、辰韓・馬韓・弁韓の三韓をおこし、北方には、扶余、高句麗、沃沮、東濊などの小国連盟体を形成して発展した。
*韓民族は、早くから満州と韓半島に住んでいた。北方民族(胡族、匈奴、突厥、モンゴルなど)、西方の中国の漢族、そして日本列島の日本族、この三つの種族と互いに戦ったり、密接に協力しながら、歴史を歩んできた。

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3.いくつかの国が3国に統合され、統一新羅に。
高句麗
4世紀初頭には中国領であった楽浪郡を奪取して、領土を大きく拡張する。首都は、桓仁→集安→平壌。5世紀末には、東アジアの強大国として威勢を振るった。
百済
中国東北部の政治的混乱から逃れて移住した人々が、半島西北地方に勢力を伸ばし、3世紀中頃には漢江流域に統合して国を建て、韓半島西南部(馬韓地方)を領土とした。首都は、漢城→公州→扶余。
・先進文化を大和朝廷に伝える。
新羅
三国の中で最も遅く建国した新羅は、慶州地方にあった小国家から出発し、周辺の小国家を統合しながら4世紀末には古代王国へと発展した。
統一新羅
しばらく三国は鼎立状態にあったが、6世紀後半に新羅が北方に進出し、百済のあった漢江流域を侵略したことから、百済は高句麗と連合して新羅と対抗。孤立した新羅は中国の唐と結んで大軍で百済を滅亡させた(660年)。百済が崩壊すると、新羅と唐の連合軍は高句麗を攻撃し、滅亡させた(668年)。新羅は、その後、唐の干渉をしりぞけ、韓半島の統一を成し遂げる(676年)。

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**あとがき**
・アンケート…韓国:日本が嫌い(70%)、日本:韓国が嫌い(60%)。隣国でありながら、複雑な問題が絡みあっている。
・佐藤興治先生は、遺跡発掘などを通して、長年にわたって、韓国と交流されています。…「歴史の認識は、国によって違う。」、「韓国は、今でも歴史的な文化圏が続いている。例えば、新羅の人は自己主張が強く、語調がキツい。」、「三国間の抗争の中で安住の地を求めて、日本へ移住する集団は少なくなかった。彼らがもたらしたものは、日本古代文化の形成と発展に大きく寄与した。」
・先ずは、少しでも、韓国の歴史と現状を知ることができればということで、今回の講義を企画しました。
・次回の「韓国の歴史と現状(2)」は、「高麗時代」→「朝鮮時代」→「近代」です。