『伊勢物語』の心と言葉①−作品概況・芥河−

・日時:9月7日(木)午後1時半〜3時40分
・会場:すばるホール(富田林市)
・講師:小野恭靖先生(大阪教育大学教授)
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〇今回から5回シリーズで『伊勢物語』の講義です。第1回は、作品概説と第一段「初冠」、第四段「西の対」、第五段「関守」、第六段「芥河」です。

◇『伊勢物語』概説
・平安時代中期の歌物語。作者、成立年未詳。在原業平(825−880年)−成立は、何人物作者が手を加え、10世紀中にはある程度成立したとみられる。
・在原業平を思わせる男を主人公とした和歌にまつわる短編歌物語。
・章段は、流布本(定家本)で125段。伝本によって多少増減。初冠(元服)の段から臨終まで生涯をたどる形に配列。
・それぞれの冒頭が、「むかし、男…」と始まり、内容は男女の恋愛を中心に、親子愛、主従愛、友情、社交生活など多岐にわたる。
・別称に『在五が物語』、『在五中将日記』。(在五は、在原氏の五男業平のこと)
・江戸時代、人気のあった古典は、『源氏物語』、『古今和歌集』と並んで、『伊勢物語』でした。

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第一段「初冠」(ういこうぶり)(右の資料を参照)
(訳)【昔、ある男が元服して、旧都(奈良)の春日の里に領地を持っていた縁があって、狩りに出かけた。その里には、たいそう若く美しい姉妹が住んでいた。男は、それをのぞきみしてしまった。思いがけず、里には不似合いな姉妹だったので、男の心は乱れた。そこで、来ていた狩衣の裾を切って、歌を書いて贈った。男は、信夫摺りの狩衣を着ていたのであった。
(歌訳)「春日野の若紫のように美しいあなたがたにお会いして、私の心は信夫摺りの模様のように、乱れに乱れております。」…とすぐに詠んでやったのだ。こういう折に触れて歌を思いつき、女に贈るなりゆきが、面白い趣向だと思ったのであろう。
この歌は、(歌訳)「奥州の信夫の里で作られる、しのぶ草のもじずり染めのように、私の心が乱れはじめたのは、あなたゆえなのですよ。」…という、源融(みなもとのとおる)の有名な歌と同じ趣によったのである。昔の人は、こんなにも熱情をこめた、風雅な振舞をしたのである。】
・「初冠の段」を巻頭にもってきている。「初冠」は、男子の成人儀礼で、正装して、冠、烏帽子をつける。


第四段「西の対」
(概略)(むかし、東の京の五条に、文徳帝の皇后の宮(藤原順子)がおいでになられ、その御殿の西の対屋に住んでいる女があった。心ならずも彼女に恋してしまった男が、その女をしきりに訪れていたところ、正月の10日頃、女はほかへ姿をかくしてしまった。…普通の者が通っていけるような所でもなかったので、つらい思いで日を過ごしていた。その翌年の正月、梅の花ざかりに、去年のことを恋しく思って、西の対に行き、立ってみたり座ってみたりして、見まわしてみたが、去年の面影はなかった。…追憶の歌を詠んだ。(以下、省略)。
・西の対に住む女性…藤原長良(藤原順子の兄)の娘、高子(たかいこ)。清和天皇の女御となることが決まった。

第五段「関守」
(概略)(むかし、男がいた。東の五条あたりに住む女(清和天皇の二条の后高子が、まだ藤原長良の女(むすめ)であったころ)に、人目を忍んで、土塀の壊れたところから通ったのだった。世間の評判もあるので、高子の兄たち(藤原の国経や基経)が番人をおいて、見張り(関守)をさせていた。)(以下、省略)。

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第六段「芥河」 (あくたがわ)(右の資料を参照)
(訳)【むかし、男がいた。とうてい自分のものにはなれないと思われた女のところに、幾年も求婚しつづけてきたが、やっとのことで女を盗み出して、とても暗い夜に逃げてきた。芥河という河のほとりにさしかかったところ、草の上に置いて露を見て、女が「あのきらきらするものは、なに?」と男にたずねた。—行く先は遠く、夜もすっかりふけたので、鬼の住む所とも知らずに、男は女を、荒れはてた蔵の奥の方に押し入れて、弓や胡簶(やなぐい)(矢をさして背負う具)を負って戸口を守っている。夜が明けてくれるのを念じていたところ、鬼がたちまち女を一口に食ってしまった。「あれっ」と悲鳴をあげたのだが、雷のやかましい音に消されて、男の耳には聞こえなかった。だんだん明るくなっていくにつれ、見れば連れてきた女はいない。男は地団駄を踏んで泣いたが、いまさらしかたがない。
(歌訳)「白玉かしら、何かしらと愛しい人がたずねた時、露のきらめきさと、そう答えて、露のように私の身も消えてしまったらよかったのに。)
—これは、二条の后が、従姉妹の女御にお仕えするような形でいられたのを、后がたいそうな美人でしたので、男が恋慕し、盗み出して背負って言ったところ、后の兄の堀河大臣や長兄の国経大納言が、ひどく泣く人がいるのを聞きつけて、引きとめて取り返した。それをこのように鬼にたとえた話なのである。后がまだたいそう若くて、普通のご身分でおありになった時のことだということである。
・芥河…現在の大阪府高槻市にこの地名がある。
・「白玉か…」の歌は、女が露というものを見たことがないという想定で、それまで一度も野外にでたことのない深窓の貴女であることを暗示している。
・四段、五段、六段は、二条の后との恋物語。