『伊勢物語』の心と言葉③−筒井筒・梓弓−


・日時:9月6日(木)午後1時半〜3時半
・会場:すばるホール(富田林市)
・講師:小野恭靖先生(大阪教育大学教授)
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◇『伊勢物語』概説…平安時代初期の歌物語。全125段からなり、ある男の元服から死に至るまでを仮名の文と和歌で作った章段を連ねることによって描く。各章段は、「むかし、男ありけり」と書き出して、その男が歌を読むにいたった経緯を語る小編の歌物語。
◆前回までの復習
・第1回「芥河」(第六段)…むかし、ある男がいた。入内する二条の后に恋して、女を盗み出すことを計画。結局二人の関係は、男が女を連れだした夜、女が鬼に食われたことにより終わりとなる。有名な鬼一口(おにひとくち)と呼ばれる段である。
・第二回「東下り」(第九段)…むかし、ある男がいた。わが身を無用なものと思い、京を離れて東国へと下っていくことになる。男は、道中の三河国の八橋や武蔵国と下総国の間を流れる隅田川などで、京に残してきた女への思いを歌に詠んだり、また、東国の女性とも関係を持つようになる。

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○第三回:第十六段〜第三十二段
第十六段「紀の有常」
・むかし、紀有常(きのありつね)という人がいた。三代の天皇に仕え、栄えた時もあった。けれど、時はうつり暮らしは人並み以下になってしまった。有常の人柄は、心が美しく優美なことを好み、他の人とは違っていた。…長年親しく連れ添った妻は、だんだん夫婦の契りも無くなって、ついに尼になり、少し前にやはり尼になった姉のところに行くことになったが、貧しかったので何もしてやれなかった。心苦しく思った有常は、親しい友人に手紙を送り、「こんな事情で、いよいよ妻が去って行きます。それなのに何もしてやれなかった。」と手紙に書いて、その最後に
《和歌》「手を折りて あひ見しことを かぞふれば 十(とを)といひつつ 四(よ)つは経にけり」 (歌訳:指を折って共に暮らした年月を数えてみれば、四十年にもなっていた) (以下、省略)

第二十二段「千夜を一夜」 (以下、省略)

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第二十三段「筒井筒」(つついづつ)(*右の資料を参照)
・むかし、田舎で行商している人の子供が、井戸のところに出て遊んでいた。大人になったので、男も女も互いに恥ずかしく思うようになったが、男はこの女を妻にしたいと思うし、女は男を夫にと思っていたので、親が他の男をめあわせようとしても、承知しないでいた。そうこうするうちに、この隣の男から、歌を詠んできた。
《和歌》「筒井つの 井筒に.かけし まろがたけ 過ぎにけらし 妹(いも)見ざるまに」(歌意:井筒(井戸の地上部の囲い)で背丈を比べてきたが、あなたを見ないうちに井筒を越すほどに大きく成長したでしょう。もう、大人としてあなたに逢いたい気持ちです。)
女は返しの歌を贈る。
《和歌》「くらべこし ふりわけ髪も 肩すぎぬ 君ならずして たれかあぐべき」
(歌意:あなたとどちらが長いと比べあってきました私の振分け髪も肩を過ぎるほど伸びてしまいました。あなたでなくて、誰が髪上げ(女性の成人式)をしましょうか。)
など歌をやりとりして、もとからの願い通りに結婚した。
・幼い日からの思いを遂げながら、その後、何年か過ぎるうちに、男は河内の国の別の女に思いを寄せるようになった。女は、男を恨むこともなく、その安否を気づかって、「夜半にや君がひとり越ゆらむ」と詠んだのを男は聞いて、とても愛(いと)おしいと思って、河内へあまりゆかなくなった。

第二十四段「梓弓」 (あずさゆみ)
・むかし、男が片田舎に住んでいた。男は宮中勤めをしに行くといって、女と別れを惜しんで出かけたまま三年帰ってこなかったので、女は待ちくたびれて、心をこめて.求婚してきた人に「今夜逢いましょう」と結婚の約束をした。…そこへ男が帰ってきた。男は「この戸をあけて」と叩いたが、女は開けないで、歌を詠んで男に差し出した。
《和歌》「あらたまの としの三年を 待ちわびて ただ今宵こそ 新枕すれ」(歌意:三年もの間、待ちくたびれて、私はちょうど今夜、新枕を交わすのです。)
この歌を見て、男もくやしくおもったけれども、
《和歌》「あづさ弓 引けど引かねど むかしより 心は君に よりにしものを」(歌意:年月を重ねて、私があなたを愛したように、新しい夫に親しんでくださいよ。)という歌を読んで立ち去ろうとした。
(以下、省略)

■第三十二段「倭文の苧環」(しづのおだまき) (以下、省略)
・昔、男がいた。かつて情を交わした女に、何年かたってから歌を詠んでおくった。
《和歌》「いにしえの しづのをだまき 繰りかえし 昔を今に なすよしもがな」(歌意:糸巻が繰り返し糸を巻くように、むかしの私たちの愛を再びとりもどしたい。)
この歌を女はどう思ったのだろう。それは女自身しかわからぬことだ。
・この歌は、義経記によれば静御前が若宮八幡宮の神前で、義経の思いをこめて、初句を「しづやしづ」と変えて舞いおさめた伝える。