籠もった生活の中で…

もう数か月前のことになると思いますが…

ほっと・HOTが発行している「ほっと・HOTニュース」の中で、僕の10年間の引きこもり生活を支えていたものについて書くようなことを言っていたと思うのですが…

なかなか書かせて頂く機会がなくて、ずるずると今日まで来てしまいました。
というわけで、今日書かせて頂きます。
途中で少しテーマは、ずれてきますが、ご了承ください。

いくつかあります。
先ず、何といっても本です。小説です。
あの頃の僕は日本人を忌み嫌っていましたので、日本人作家の小説は読まないで、ひたすら外国人作家の小説ばかり読んでいました。

文庫本ばかりでした。文庫本の後ろにリストがありました。
露・仏・独・英米文学とラインナップがありました。

ドストエフスキー、エドガー・ポー、ヘミングウェイ、コナン・ドイル…
ここでお気づきでしょうか、そう皆、昔の外国の作家ばかりなのです。

僕は現代に生きている外国人のことも好きではないのでした。
その頃は「ジャパン・バッシング」が盛んな頃で、NHK・BSでABCニュースやCNNニュースを見ても、日本叩き的なニュースばかりでした。

それが嫌というより、怖くなっていたのでした。
だから、日本に関しては、昔の時代に浸るだけ…アルバムを引っ張り出して、幼き頃の僕、若き日の母や父・そしてその時代に思いを馳せて、過去に生活していました。

いつしか、TVも全く見なくなりました。
だから、野茂が大リーグで活躍しだした時期も、イチローや松井秀喜が日本でしのぎを削っていたことも何も知らずに、ひたすら雨戸を閉じた電気の光だけの自室に籠もり、思い出と昔の外国小説に浸って生きていました。

小さな孤島に生きて、自分だけの世界で生きて—今、考えてみると、引きこもっていた僕を支えていたという感じではなかったと思います。
ただ、それしかなかっただけのことです。

ですが、僕は恐ろしいほど純朴にそして身勝手に、世の中の幸福について考えていました。
自分が政治家になる空想をして、自分なりの政策を考えたりしていました。
センチメンタルな甘ったるい考えの当時の僕なりの政策でした。

ですがそんな世の中の事を考えているくせに、考えている筈なのに、母に暴力を振るったりしていました。
完全に矛盾していました。
だからです。いつの間にか、母に暴力を振るうのは止めにしました。

母の心の痛みがわかるようにもなりましたし、空想ではありますが、政治家になって”良い政策”を考えている自分が母に暴力を振るうのはおかしいと痛感したからでした。

母に暴力ばかり振るっていた僕も、いつの間にか、そのようなことを考える人間になっていたのでした。

今、思います。あの頃は良い感じを持って生活していたのか。
わからないのです。
自分にとってどうとか、それだけで片付けられる生活だったでしょうか。
果たしてそれだけでいいのか。

これから長い時間をかけて考えて行くことになると思います。

それがあの頃の僕の何たるかなのです。

松尾