こんばんは。松尾です。新年度を迎えましたね。今年度もほっと・HOTを、どうぞよろしくお願いします。
ところで、テレビでは毎日のようにつらく悲しく、暗く息苦しいニュースが流れますね。確かにこれらも現実なのだと思います。
ですが、余りにも希望が少ないので、こどもたちはしんどくなるなあと心配してしまいます。
明るいニュースはWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)くらいです。でも、もう終わってしまいました。
社会の闇の部分もこどもたちに知ってもらうのは大事だとは思いますが、何もそこまでこどもも見るニュースで暗い嫌な部分ばかり…と思ってしまいます。
僕も前年度は悩みに悩みました。真っ暗なトンネルの中を歩いたり、うずくまっているような気分でした。
両親の支えなどがあったのですが、こうも考えていました。
温かなお風呂に入れる幸せ、おいしいごはんが食べれる幸せ、好きな人と話が出来る幸せです。
何を当たり前の事をと、思われる方も多くいらっしゃるかと思います。ですが僕はあえてこの事に感謝するのです。
当たり前のことが出来る幸せを僕は今だからこそ、強く感じるのです。昨年度の僕は悩み抜き、体調も崩しましたので、せっかく軌道に乗りかけたヘルパーの仕事も全てキャンセルして、療養に努めました。
今でも完全に回復はしていません。
自分のキャパシティを超えた仕事を引き受けた僕が悪いのですが、こんな僕でも最低限の幸せは確保出来ていました。母親の優しさ、父親の大きさ、人間の素晴らしさを十分に感じて生活出来ていましたし、今もそうなのです。
人間には良い時とそうでない時が必ずあって、良くない時があるから、はじめて良い時がより幸福に感じるのではないでしょうか。
宝塚から電車を乗り継いで、尼崎のasカフェに行きます。コーヒーを飲み、マスターの三好さんとおしゃべりをしながら読書をする。
そんな当たり前のことがすごく幸せなのだと強く感じるのです。
人が僕の話を聞いてくれること。僕に話し掛けてくれること。様々な方とのお話の中で、僕は成長などたいしてしていないのだなと痛感します。
それは幸福な落胆なのです。
ここで一足止まってください。
僕はまたウダウダと言っていますね。でもこんな当たり前のことを出来ないという事は、全くの暗やみなのではないでしょうか…。
暗闇のどん底に居た 今までにも何度もあったことだ
私の本当の苦しみ 誰がわかってくれるというのだろう
居るのだ 確かに居るのだ 私はまだその人に逢っていないだけなのだ