戦国・異才の人々より 「上杉謙信」

平成21年5月12日(火) に行われた、兵庫県芸術文化協会が
主催する、ふるさとの歴史講座シリーズの第2回目に参加して
きました、 今回も講師は茨木一成氏が担当されました。
今回の話題は、皆さんもよくご存知の「川中島の戦」をメインに
話をされました。
 「上杉謙信と武田信玄が領地を争ったあの戦い」です。
 川中島は千曲川と犀川が合流する地域。 肥沃な水田地帯で
あるとともに政治・経済の要地でもあり、信玄にとっては信濃攻
略における最終目標だった。 信玄がこの地にこだわり制圧に執念を燃やしたのは当然だった。 
一方の謙信にとって川中島はさらに重要な意味を持っていた。 
謙信の居城・春日山城からわずか70キロメートルしか離れていないこの場所を占領されれば、城は安泰でなくなってしまう。 この地は自国防衛の生命線だった。 謙信が侵入を防ぎ、川中島を死守しようとしたのも当然であった。
 さて我が国の北方4島は終戦直後、ソ連軍が不法占拠し、今もロシアが実効支配。
これは中国のように、責任者が強硬に言わないのが原因である。 ロシアは過去、中国との領有問題を折半で解決した。 ”領土は死守が原則です”