「らく」のスタッフが、新聞に書かれていた文章を持ってきた。
一番の高齢のスタッフが「これ読んで、家族に僕が年を取って来たときは
このような、想いを理解して欲しい」って新聞の記事をコピーをして家族に見せたと言い
その記事のコピー持って来てくれた。
その時は、「そうなんや、分かったよ」って内容を読んで引き出しに
直してしまった。
しばらくして、別のスタッフが、この詩を読んでください、
「曲をつけてテレビで流れたそうなんです」って持ってきた。
読んでみると先に持ってきたスタッフとおなじ内容であった。

原詩は、「手紙」年老いて愛しいこどもたちに送る
作者不詳で、」ポルトガル語で老親がこどもたちに充てた手紙を
日本語に訳されたものです。

私はこの詩を読んで、人間の一生を克明につづった詩のように思えた。
年を取っていくことは、何も恥ずかしい事でもない、むしろ自分が生きてきた
事に誇りを持って残りの人生の終末を、人間らしく全うしていきたい、
今、認知症になって行くと、汚い物扱いされてしまう、
こどもが、ご飯の食べこぼしたり、おもらしをしても誰も咎めることなく
「どうちたの、おりこうさんね」っていて母親は汚いって言葉が出ない。
でも、年寄りが、こどもと同じことをすると、眉間に皺を寄せて、
「汚い」ってどなり声が鳴り響く、
これって、どこか違うって思いませんか、
自分の親が少しづつ壊れて行くのは、こどもとしてつらい事実なんです。
でも、壊れて行く親はモットつらいのです。
子育ては先が見えますが、介護は先が見えません。
親が子を世話をする、子が親を世話するは同じ事なんですよ。
子は、水の中からこの世に生まれ、親は、土にかえって行くのです。

これが同じサイクルで回っている事なんです。
どうか、死に行く老人を暖かく見送って頂きたいのです。

「手紙」を近じか公開いたしますので、読んでください。
老いていく人間の姿を克明にかかれています。