恋愛をしていないとは苦しみなのか

◇◆でも、生きづらさとは恋愛が出来ていない
 ということも要因の一つだと思う
◇◆

松尾は現在は恋愛をしていません。
好きな人はいますが、まだその恋は成就してはいません。
だからウダウダとこのブログで恋愛話を書きこんだりします(^_^;)

ですが、恋愛のことでいらだったりはしません。
以前はイライラした時もあったのですが、
それをすると周りの方々にご迷惑をお掛けしてしまう
ということ、よくよくわかりました。

いい年をしてみっともないということですね。

ですが、今回の本題—恋愛していない状況は
苦しい、哀れな状況なのか?

どうなのでしょう。松尾は病を抱えていたり、
収入が極端に低かったり、業務のデキる人間ではなかったり
するわけですが、異性関係にかんして、何も無いと
いうわけではないと思います。

おしゃべりを楽しんだり、笑顔をもらったり、
さまざまな女性との関わりを楽しむことが出来ています。
それは”全くモテていない”状況ではないと思います。
それなりに異性関係を楽しんでいるのかもしれません。
(何度もおことわりしているように、恋人はいませんが。)

その”楽しみ”が無ければ、苦しいものだとは思います。
女性っ気が無いというものは何ともつらいものだと想像もできます。
異性のやさしさと笑顔はこの上ない、エネルギー源になります。

僕は好きな人の、フィールド内にあまり入らないようにしています。
嫌われたくないのか、その人を大切にしているのか
入るのが怖いのか(何も確信なんてないわけですから)、
それらがごっちゃになった状況なんだと理解しています。

松尾も思いこみは強いほうなので、身勝手な視点は
持たないように気をつけています。
これはかなり気をつけています。
ですが、ささいなことで身勝手な思いこみをするようでは
恋愛するのは早いし、出来たとしても長続きはしない
のでは…と感じています。

恋心は誰にたいして持とうと自由ですが、
恋愛とは相手があってのこと
いくら自分がその相手を好きであっても
成就できないことなんてたくさんあるかと思います。
(そのケースの方がほとんどですよね。)

自分の想いが届かない—届いてはいるのだけれど、
相手が自分のことを想ってはいない
その場合だと思うのですね。
その時、自分はどうするか、怒りだすのでは
ある意味仕方が無いというか、少なくともカッコウは良くない

自分がどうするか、どうしていくのか
今の自分を、そしてこれからのライフフィールドを見越して
自分がちゃんと立ち振舞えれば、
見てる人って見てくれていると思うのですね。
自分は一人だが、異性はそのひと一人ではない
自分の人生、まだまだこれからだと捉えることができるか

そこに自分の成長がかかっているかと…
まあ確かに、フラレルとかなりきついけれど…
大ショックを受けるけれど…
巻き返し巻き返し★

自分の人生とひとの人生
交わるからおもしろく
いろいろあるから成長というステップがある
そんなことを振り返る時間があるのも素敵ですよね☆

恋愛をしていない状況というのは
さみしいものですが、その自分はマグマを溜めている
マグマが悪い方向へ向かわなければ、
昇華なんて状況も期待できるし
”いいもの”というのは、苦しい状況下で生まれていることが多い

けっきょく、人をみつめ、自分をみつめ、
そして何をするか、やるかにかかっている。
悪い方向へ向かわなければ、チャンスは巡ってくる
しかもそのチャンスは自己でメイクすることが出来る、マグマから…
僕は最近まで昇華という状況をあまり信じてはいなかったのだけれど、
今では信じているというより、ホントにあるものなんですね
と捉えています。

だから、今も文章を考えています。
この文章を書き終えたら、次は自分の世界の話へと移行するでしょう。
次に何をするかは自由があるから
悪いことをすると自由が無くなるから
そのことはつねに頭に置いています。
人として、社会人としてです。

恋愛できるひとはどんどんする
出来ないひとはなかなかできない
でも恋愛にばかり血走らせていると、
白い視線で見られかねないのが、今の世の中
その難しさはある その状況をアドベンチャーと捉えるのはさらに難しいのか

松尾はそのような状況が、通学制の大学に通っていたころに
あったのですが、また機会があればお話しさせて頂こうと思います。
”学生の感情”と”本当の大人の感情”によって、
恋愛観がちがうということ テーマにたいする観方も変わってくるのですね。