単純ではない障がい者の就労:その3

◇◆どう考えるかもどう動いていくかも
 けっきょくは、あなた次第です
◆◇

その日は、専従スタッフ2名と松尾(サポートスタッフ)の
合わせて3名だけの勤務。
松尾も下手くそなりに紙すき作業をがんばりますが、
どうしてもうまくいかず、
専従スタッフの足を引っ張ってしまいます。

そんなことがあり、帰り途中の電車内で考えていました。
昔、こんなことがあったけなあ…、と。
精神障がい者の作業所でアルバイトをしていて、
松尾は作業が下手くそで、
ベテランのメンバーの方の足元にも及ばず、
新人クラスの僕より若いメンバーさんよりも作業が下手で、
一応スタッフなのに、よく足を引っ張ったけなあ…、と。

もうだいぶ前の出来事なので、詳細に関しては
覚えていなかったりするのですが、
自分はあの頃、どのように考えて作業所に
アルバイトスタッフとして出勤していただろう。

メンバーさんに気に入られようと、
心配りというより、気遣い、苦心していたなあと。
そんな自分が、メンバー(通所者)さんを尊重する、
時には友人のように親しく、いろいろなことをしゃべりあう
仲間意識を持ち、自分なりにですが充実していたと思います。

そのような感情を持っていたのですね。
妙な余裕などではなく、とても対等な意識であった、と。
自分という出来の悪いアルバイト職員を
受け入れてもらった時の喜び。

当時(もう数年前ですが…)の気持ちの状態。
自分のこころがある程度満たされていると落ち着きが出てくる。
活動家の湯浅誠さんのおっしゃる『溜めがある』状態ですね。
周りに心配りができ、気遣いも苦にならない。
正常な状況下ですから、後はその人のパーソナリティ次第です。

今の僕にはやりたいことができたので、
それに向かい、邁進しているわけですが、
アート系作業所なら、本気でお世話になりたいと思っています。
そこが居心地が良いのならばですね。

けっきょく、最終的に自分自身に烙印を押すのは他人ではなく、
自分だと(現在は)思っているのですね。
それは、自分に妙なプライド(自意識過剰)ができたのではなく、
でも自信は確実にできているということ。
「ぐーてん」の同僚や、かわにしの同僚、
社協(フレミラ宝塚)にも同じ目的を持つスタッフがいる中で
確かに現在でも松尾の事を色眼鏡で見る人はいるかもしれないが、
それはそれ。これはこれ、という意識を持てるということ。

現在の僕は、まだ体調が悪くなる時はあるかもしれないが、
気持ち的には充実しているから、
必要ならば手帳を取得できると思う、素直に思える
そして、体調に合わせて、作業所を選択したり、
アルバイトを選択したりするのだと思うのですね。

そう思える幸せさ(土台)があります。
ですが、その(気持ちの)状態は、
自分がある程度、満たされているからこそですね。
それが十分にわかっているから、さらに満たされている、と言える。
だから視点によっては、身勝手にさえ思える気持ちになっている。
それもわかっているのですね。

沢山の人のたくさんの心があり、また沢山の心の状況があり、
そのような世の中で私たちは日々、生活しています。
ストレスがかかる時もあり、スムーズに行き、快適な時期もあります。
それが、世の中であり、人の色々な(良い・悪い意味での)輪。

ただわかっていることは、これからもその輪の中で
松尾もみなさんも生きていくということ。
その際、いろんなことが起きる。そしてしんどい経験や、
幸せに感じられるときも味わう、中で生きていく。

多様さがあり、
だから、それが世の中
人間(と他の動物・生きもの)社会の醍醐味でもある。
そうやって今までも生きて来たから、これからも続くのですね。

ダラダラと長い文章になってしまいましたね…(^_^;)
最後に、今の松尾は、雇用されているが、
実質的には作業所に通所しているのだと捉えています。
また、それで良いのだと捉えています。
(通所ではなく、雇用だという意識は、しっかりと持っています。)

まとめに入りますね。
様々な就労の形がありますよね。
確かに、一般就労にこだわるのも良いかと思います。
(以前の松尾もそういう感じが大きくあったかと思います。)
ですが、無理をして一般雇用のスタイルを取っても、
しんどい部分はしんどいかと思います。
(松尾も、障がい者雇用に近い”感じ”ですね。
 形的には、一般雇用ですが…。)

最近、よくテレビで発達障がい者の障害者雇用での
就労を見かけます。その人たちは何かしら生きづらさを
持っていて、周りは受け入れているように見えます。
(もちろん、テレビには見えない部分も多々あるかと思いますが。)

ですが、これから、さらに社会状況は進展していくと
(良い方向性へ向かうということ)思います。
けっして楽観的な見方としてだけではなく、
過渡期だとマスメディアやネットは様々な暴力性も発信しながら
今の状況も伝えていると思います。
(あらゆるメディアはどうしてもその時期を透かして見せてしまうのですね。)

これからも色々と考えていきたいと思います。
『ひきこもり』から様々な方向へと思考の行き先があるのですね◎

≪上の写真は、「若者居場所工房ぐーてん」での紙すき作業での
 ひとコマです。上手く出来ていませんね…(^_^;)
 でも、手助けしてくれる同僚がいるのですね(^v^)≫