「居場所」よもやま話

◇◆「居場所」はやはりコストカットされる分野なのか…?◆◇

ある秋の夕暮れ時の「若者居場所工房 ぐーてん」。
スタッフたちは、夕方の事務作業や雑務業務をしていました。
そこへ、ぐーてんの仲間である、
「若者&家族総合支援 ホッとリンク」
スタッフさんが訪れました。

何でも松尾に聞きたいことがあるとのこと。
作業を一時やめて、ホッとリンクのスタッフさんとお話をしました。
聞きたいという内容は、親の会とセルフヘルプグループの情報。
松尾はその辺りはあまり詳しいほうではないので、
知っている情報、つなげられる機関の話をお伝えしました。

そのなかで出てきた話題が、
「やっぱり継続される公的な居場所ってなかなか無いねぇ…」
というもの。

そうなんです。なかなか無いのですね。公的な「居場所」って。
様々な方にお聞きしたのですが、今現在、日本だけではなく、
世界的に経済状況は大変苦しい。破綻しそうなくらい。
その中で、このまま若者支援がなされていくとは思えない、
という考え方になるのが妥当な行政姿勢であり、私たちの捉え方です。

「居場所」という若者(子ども)支援スペースは、
就労支援やアウトリーチと比べて、目に見える支援スタイルではないというか、
わかりにくい(結果の出にくい)支援機関である、なので
ただでさえ、若者支援部門がコストカットされる可能性が高い中、
”わかりづらい”居場所スペースがカットされるというもの。

松尾は、最近まで、若者支援というものは、
これから伸びていくのだと勘違いしていて
(このブログにもそのようなことを書いてしまったのですが…)、
どうやら浅はかだったようですね、
やはり「居場所」はカットされる運命にあるとみるべき。

『生活支援』は、『就労支援』に向けて、
絶対に必要不可欠なものだと信じているのですが、
その生活支援は徐々に無くなっていくものであって、
それは公的な機関だけではなく、
民間の機関でも、補助金カット等で、縮小せざるを得ない状況になりつつある。
今すぐではないにしろ、これからそう遠くないうちに、
若者支援そのもの、そして先ず「居場所」というものが無くなっていく
それがどうやら偽りない現実のようだ、という「鬱感」に心が浸されてしまいます。

様々な現実というものがあるわけで、夢物語ばかりも言っていられないのですが、
やはり、希望を持っていないと、「ひきこもり」からは脱出しづらい、
家庭、体調、他にも本人の持ついろいろな苦しみというものはあって、
ひきこもりから抜け出れない大きな要因なのに、
追い打ちをかけるように、サポートが受けられないとなると、これは本当に苦しい。

自分の子どもだけが、自分の身内(親戚とか)だけが良ければ
それでいいのか、というより、自分の子どもや親戚の子どもまで
不登校やひきこもりになる昨今、誰が何に優越感を持つの、であって、
本人は大学を出て正社員になったとしても
きょうだいの誰かが不登校からひきこもったりする現実があるわけだから
どの家庭が幸せなんて、量れないのでは。
それこそ、現在は、順調に就職しても、一年後には鬱になって出社拒否になって、
会社を辞めて無職(ニート、ひきこもり)になる可能性って多くあるのだから。

右の写真は、そんな『鬱々としている僕たち』に
同僚スタッフが、そっと、差し入れてくれた「カステラ」です。
そう、そんな心のゆとりが大事なんですね(^v^)

「居場所での生活支援」も「不登校・ひきこもりサポート」も
一過性のものではなく、すぐに片付く問題でもなく、
継続して支援していく事が大切です。
現場では、おどろくほどそのような空気にみなぎっています。