ピアノの発表会を目前に控えたある日。
RのおばあちゃんはRの舞台衣装に、「ドレス」を新調しました。
それは、とってもかわいい、フリフリがいっぱいついた「ドレス」でした。

「ドレス」が大好きな少女には、目の中に星がキラリンとなるような「ドレス」も
普段、メンズのTシャツにメンズのパンツをはき、空手の胴着をかっこよく着こなすRにとって、
その「ドレス」がどのように映ったかは、Rを知っている人なら想像するのは簡単です。
でも、Rのおばあちゃんには、Rの気持ちが全く分からなかったようです。

「こんなの着ない」
「かわいいわよ、似合うわよ」
「いつもの服でいい」
「そういうわけにはいかないわよ。
発表会は正装でなくっちゃ。女の子の正装はドレスと決まっているんです」
「スカートだけは絶対イヤだ」
「あなたは女の子なんだから、ワガママ言わないの!」

どんなにか頑張ったけれど、普段から自分が決めたことは絶対曲げない
おばあちゃんの性格を知っているRは、
「ドレス」から逃れるためには、ピアノをやめるしかない、と思い至ったのです。

○。・*・‘・。*・‘’○*。

Rの親友Hの母Yは、一連の出来事を聞いて、声も出ませんでした。
たかだか「ドレス」一枚で、この才能を閉ざすと言うの?!

Rがピアノを弾く姿は、とても楽しそうでした。
Yは音を聞けば、その人が今心に抱いている感情や思考がわかるのです。
Rの旋律は、「ピアノが大好き」と歌っていました。
どうしてそんなRがピアノをやめなくちゃならないの??

Rは懸命に涙を堪えていました。
Yもです。
Rを抱きしめることもできず、かける言葉も見つからず、Yは心の底から沸き起こる悲しみと
怒りに、ただただ震えていました。
それは、Rの心中はいかばかりかと思う「悲しみ」でした。
何に対するものなのか、どこへ向けるものなのかも分からない「怒り」でした。
RとYは、別々の方向に視線を向け、そこに映る景色を目で追いながら、
ただただ時間が過ぎていきました。

しかし、Yにとって、ひとつだけはっきりしたことがあります。
Yがどんなに悲しんでも、怒っても、どうすることも出来きないということ—

(つづく)