新日系人:フィリピンに“不法滞在” 日本国籍持つ子、「罰金免除」で帰国に道
毎日新聞 2007年5月8日 東京朝刊
日本人とフィリピン人の間に生まれ、フィリピンで暮らす「新日系人」。フィリピン政府は4月、日本への帰国を希望してもフィリピンでの「不法滞在」を理由に高額の罰金支払いを求められる新日系人に対し、「罰金免除」の決定を下した。同国在住の日本人で組織する支援団体「新日系人ネットワーク・セブ(SNN)」は決定を受けて、近く新日系人7〜8人の日本への集団帰国を実現させようと、期限切れの日本旅券の申請など準備を本格化している。【セブ島(比中部)で大澤文護】
マサキ君(17)はセブ市社会福祉局の施設で暮らす。日本人の父とフィリピン人の母は日本で出会い、86年に結婚した。2人の子供をもうけたが96年に離婚し、長男は父の元に残り、次男のマサキ君は母とともにフィリピンに渡った。
しかし母は故郷で覚せい剤におぼれた。父からの送金も途絶え、母子は屋台で飲み物などを売り歩いた。夜は屋台の下で眠った。市社会福祉局は03年、覚せい剤中毒の母からマサキ君を引き取りSNNに支援を求めた。
マリナさん(16)は日本で生まれ、91年に父母の離別でフィリピンに戻った。貧困のため高校を1年でやめ、貝の首飾り工場で働いた。収入は1日30ペソ(約81円)程度。06年2月、テレビでSNNの存在を知り、母とともにSNN事務所を訪ねた。
2人に共通するのは日本生まれで日本国籍を持ち、フィリピン入国後は母の知識不足や貧困のため滞在期間延長の手続きを取らなかった点だ。フィリピンの法律上「不法滞在」となり、出国を希望すれば罰金・手数料など20万〜30万ペソ(約54万〜81万円)の支払いを迫られる。支援機関を通じて日本で教育や就職の機会を得ても、高額な罰金や手数料の支払いが2人の前に立ちはだかる。
罰金さえ免除されれば、日本国籍を持つ2人は日本で働き、勉強を続けることができる。解決のためSNNが考えたのは「罰金免除」を求めるフィリピン大統領あての直訴状だった。SNNの訴えを受け大統領府は「申請者全員の罰金を免除する」との決定を出した。
SNNは「罰金は免除されたが延長手数料の支払いは免除されないなど、問題は残っている。出入国管理局と交渉して、早くマサキ君ら新日系人を出国させたい」と話している。
◆「親の把握」が障害に
◇残る問題
瑞樹(みずき)君(7)は日本で働いていたフィリピン人の父と日本人の母の間に生まれた。父は03年、不法滞在でフィリピンに送還された。05年4月、母が瑞樹君を連れてフィリピンに現れた。「瑞樹を抱えては生活できない」。母は父に3万円の生活費を渡すと翌日、日本に戻った。同年9月を最後に、母は父子との連絡を絶った。瑞樹君は難聴の障害を持つ。貧困で耳の不自由な人が通う学校に行けなかった。父子の意思疎通は身ぶり手ぶりが頼りだ。
問題は、母の戸籍に登録され日本国籍を持つ瑞樹君と、日本で母と正式な結婚をしなかった父との間の親子関係を証明する資料がないことだ。フィリピンでは人身売買防止のため、子供の出国には親の同行や渡航承諾などが必要となる。支援団体は「瑞樹君は日本の施設で早急に保護する必要がある」とみるが、瑞樹君の親権を持つ母の所在はつかめず、瑞樹君の出国を実現する手立てはないのが現状だ。
◇半歩前進
今年3月、マニラでの日比領事当局間協議で、新日系人について(1)日本国籍を持たない子供の国籍取得の可能性(2)経済困窮の現状調査(3)日本訪問・帰国を希望する場合の問題−−などを協議。さらに両政府の実務担当者による「具体的問題の整理」が必要との認識でも一致し、年内に会合を開くことになった。
日本国籍を持つか持たないか、母親の保護が必要か。新日系人が置かれた境遇はさまざまだ。そうした具体的な問題を一つずつ検討し始めた両国政府の動きを関係者は「半歩前進」と評価する。
一方、新日系人女性に近づきバーやクラブにあっせんしようとする悪徳業者の動きも活発だ。「新日系人が犯罪に巻き込まれるのを防ぐためにも日本政府の早急な支援対策が必要」と現地の支援関係者らは訴える。
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◇日本人父が認知拒否、貧しく英語も不十分
フィリピンの日系人という場合、第二次世界大戦前や戦時中に生まれた日本人移民の子孫や、日比両国人の間の子孫を指すことが多い。この日系人と区別するため、戦後日本人とフィリピン人との間に生まれた人たちは「新日系人」と呼ばれている。
問題となっているのは日本人の父親から養育や認知を拒否され、母親の故郷フィリピンで暮らすケースだ。日本語が話せず、話せても長年のフィリピン生活で日本語を忘れるケースや、貧しくて学校に通えず英語の能力も不十分なケースも少なくない。
厚生労働省の人口動態調査によると、05年の出生数のうち、父親が日本人で母親がフィリピン人なのは4441人。父親が日本人で母親が外国人の1万2872人のうち34.5%と最も多い。一方、母親が日本人で父親がフィリピン人なのは131人。父母のいずれかがフィリピン人を合計すると4572人。実態はもっと多いとみられる。【中尾卓司】
毎日新聞 2007年5月8日 東京朝刊