すぐに書こうと思いながら、仕事の煩雑さに、怠けてしまっていました。

ごめんなさいっ!

裁判を傍聴して、特に「性犯罪」について、二つの立場から「感想」(あくまで感想ですよ〜)を述べたいと思います。

(%ノート%) 被害者の立場から

 性犯罪の場合、被害事実が裁判所で、幾人もの人の前で語られ、時には自分で語るというのは、
 本当に、本当に、辛いことです。
 そしてまた、被告人側からはそれを否定しようと、さまざまなことを言われます。

 今回も、被告人側から「相手も望んでいると思った」という言葉を聴きました。
 この言葉は、性犯罪被害に携わっていると、耳にたこができるほど接する言葉です。
 性的な加害行為をする人は、本気でそう思っていることが多々あって、 
 自分なりの合理化をする特徴があり、
 「言い逃れ」「罪逃れ」とは一概に言えません(そういう場合もあるかもしれませんが)。

 一般の人からすれば、信じられない感覚だろと思います。
 当然、「あなたも望んでいたのでしょ」と言われた被害者は、たまったもんじゃありませんね。
 被告人から直接聞かされる身勝手な言葉も、相当腹立たしく、はらわた煮えくり返る思いでしょうが、 
 同じ言葉を相手方の弁護人、つまり、良識もある法律の専門家から、断定的に言われると、
 さらに悔しさも、辛さも、憤りも感じてしまうものでしょう。
 
 しかし、それも被告人がそう言ってるのだから、仕方ないとは、第三者的には理解しても、
 被害者に理解を求めるのは難しいでしょう。
 
 裁判で、事実を明らかにするということは、そう言った被告人の身勝手極まりない考えも
 明らかにされることなので、「事実」(と言い切れない面もありましょうが)を明らかにするということは、
 口で言うほどたやすいことではない、というのが、率直な私の感想です。

 
 (%ノート%) 加害者側の立場から

 加害者にとって、本当のことを言うというのは、実はものすごく難しい作業です。
 実際に「相手も喜んでいた」と本気で思っていることもありますので、
 加害者も混乱していることもあるでしょう。
 「悪いことをした」と認識を持っていたとしても、持っているがゆえに、全部ありのまま
 話をすることから避け、逃げます。
 警察や法廷という公の場で、「もう逃げられない」と、正直に話せる判断力、話す力、
 そして、被害者を配慮した表現方法を持っている人なら、
 最初から性犯罪を起こすこともないわけです。

 つまり、加害者が本当のところを話すことができるようになるためには、
 自分がしてしまったことの、事の重大性
 被害者に与えてしまった影響
 事件後の被害者と家族の一変してしまった暮らし
 自分の家族が受けている苦しみ
 などを自覚しないとできない作業なのです。
 なんで責められているのか、なんでココにいるのかさえ、わかっていない人もいるでしょう。
 加害者は、なぜそのような受け止めしかできないのか、ということを
 考えていくことも必要なのかもしれません。

 そのような加害者(被告人)を弁護する弁護士(弁護人)は、
 被告人の権利擁護や減刑だけを目的にするのではなく、
 被告人が考える「真実」を明らかにし、
 そこからなぜこのような事件が起こったのか、を究明し、
 二度とこのような事件が起こらないように、という思いを持たれている人もいます。
 被告人を諭し、罪の自覚を持たせようと努力される弁護人もいます。
 
 でも、裁判では、なかなかそういった面は見えにくいのも事実です。

 よーく表現を聞いていると、見えてくるのですけどね(%ニコ女%)

(%緑点%) (%緑点%) (%緑点%)

今回は、書きっぱなしです。
まとめられず、すいません・・・(%痛い女%)