幸福は、どこか遠いところではなく、あなたのすぐそばにある。
メーテルリンクが『青い鳥』でそう呼び掛けてから百年ほどたつが、
人は今でも、大切なものはありふれていない、と思い込みがちだ。
この夏で他界して5年になる作家の中島らもさんは、
アルコール肝炎でずいぶん苦しんだ。
精神状態も、かなり追い込まれたことがあったという。
そんなころの話を『ポケットが一杯だった頃』の中で語っている。
<ものすごくしんどくて、もう駄目なんじゃないかと思ったとき、
焼き芋屋が通った。「やきいもーやきいもー」と。
そしたら急におかしくなって笑ってしまった。
人がこんなに苦しんでいるのに、なにが焼き芋やと。
でも、それでふっと救われた>
煮えたぎったお湯に注ぐさし湯みたいに、
高まった焦燥をすっと和らげてくれるもの。
それが映画のような劇的な出来事でなく、
「やきいもー」だったりするのが、作り物ではない人生の妙味だろう。
中島さんはこれを呼んで「その日の天使」と。
<そうやって1日1日必ず天使がいるんです。
それに気づけば、その日が生きられる>。
身近にありふれたことだから、どんな「天使」かは重要ではない。
タイミングよく来たバスでも、会議中の誰かの放屁でも、
父親の寒いギャクでもいい。
自分で見いだせれば、多分、それが「天使」だ。
<胡蝶蘭が美しいです>