THE BIG ISSUE JAPAN 156号より

“心の闇”からの贈り物 「おしまい」は「はじまり」香山リカ

すべての人にとってのきらわれもの、それが“心の闇”
時にそれは人を恐ろしい犯罪に駆り立て
絶望や悲しみの底にたたき落とすともいわれる

しかし、本当にそうなのだろうか
精神科の診療室にいると
“心の闇”の別の顔が見えてくることがある

一流企業の営業マンとして超多忙な日々を送っていた男性は
ある時突然心の中にぽっかりと穴が開いたような心境に陥った
何を見てもおもしろくないし、昨日まであれほど楽しかった
仕事への興味も失った

「“心の闇”ってやつですよ。それにとりつかれてしまったんです」
男性は大きなため息をついて「もう俺はおしまいだ」とつぶやいた

医学的にはうつ病と考えられたので、まずは仕事から離れて
ゆっくり休息し必要なクスリを飲むようにすすめた
それには渋々従ったが、男性は「もう負け組だ」と肩を落とした

ところが意外なことに妻と2人の子どもは“パパのうつ病”を歓迎したのだ
毎日帰りは深夜、休日も仕事だ接待だと家を空けることの多いパパが
いつでも家で寝ていてくれる

特に幼稚園の息子は「ボクもパパの横で寝る」と大喜び
男性もそれをいやがらず奇妙な一家団欒の構図が生まれたのだ

それから3ヶ月。男性のうつ病はかなり回復した
もうそろそろ仕事にも戻れる、という状態になったが
家族は「またあんなパパになるのはイヤだ」と反対
結局、一家は小さな町に引っ越して夫はそこで
妻の実家の仕事を手伝うことになった

「“心の闇”にやられましたけれどね。今となってみると
これでよかったんですね。やっと人間らしい生活ができそうですよ」
最後の診療の日、男性は晴れ晴れとした笑顔を見せた

そう、“心の闇”は時として粋なプレゼントを与えてくれることもあるのだ
闇にはわるい面ばかりあるわけじゃない。私はそう思う

<ポインセチアが鮮やかです>