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先日、東京に行ってきまして、
いろんなところに行き、いろんな人とお会いして来たのですが、
その中の2つのことを記したいと思います。
まずは、靖国神社の「昇殿参拝」についてです。
以前、妹と靖国神社に行ったのですが、
正式に参拝したいと思ったので、
今回の東京旅初日の16日夜、昇殿参拝をさせて頂きました。
![](/img/uz42837/FI1955256_0E.jpg)
先日行った時は、殆ど人はいなかったのですが、
その当時は「みたままつり」という
一大イベントをしていた関係で、
大阪では見たことも無い、ものすごい数の人が
靖国神社にどっと押し寄せていました(%ショック女%)(%ショック女%)(%ショック女%)(%ショック女%)(%ショック女%)
![](/img/uz42837/FI1955256_1E.jpg)
ホンマ、めちゃくちゃ人に酔いましたが、
いくら夜店やイベント目当てであっても、
日本の若い人たちが、この靖国神社に多く集まって来ることに、
日本国の素晴らしさ、また懐の深さを感じました。。。
![](/img/uz42837/FI1955256_2E.jpg)
『靖国神社の由緒』は、
明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって
建てられた「東京招魂社」が始まりで
国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、
その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された神社です。
靖国神社には現在、幕末の嘉永6年(1853)以降、
明治維新、戊辰の役(戦争)、西南の役(戦争)、日清戦争、
日露戦争、満洲事変、支那事変、大東亜戦争などの国難に際して、
ひたすら「国安かれ」の一念のもと、
国を守るために尊い生命を捧げられた246万6千余柱の方々の神霊が、
身分や勲功、男女の別なく、すべて祖国に殉じられた
尊い神霊(靖国の大神)として斉しくお祀りされています。
![](/img/uz42837/FI1955256_3E.jpg)
私の母方の祖父は、戦前、鉄工所に勤めていた職人で、
その鉄工所代表で、中国の軍需工場に派遣され、
昭和20年7月12日(終戦約1ヶ月前)、
結核にかかり、中国で亡くなったそうです。
もちろんお葬式とか、遺骨とかはありません。
おばあちゃんの元に、「亡くなりました」と電報か何か来て、それでおしまいです。
その祖父は私の母とは一度も会うことなく、逝ってしまったそうです。
従って、私の祖父(産みの祖父)も
設定上ではその靖国神社の神霊に入っていることになります。
ですので、祖父母の右上写真を持って、
靖国神社の本殿に上がり、正式に参拝をさせて頂きました。
靖国神社の本殿の中は、私が「一日参り」をしている三輪大社などと違い
カラフルで派手な装飾品は一切なく、
古びた・・・濃い茶色をベースとしたシンプルな本殿で、
そのど真ん中に直径1.5メートルくらいの大きな丸い鏡がありました。
その鏡の回りには、深い茶色をした、
荘厳さあふれる龍な何かの美しい彫刻が施されていました。
その時はもう夜でしたし、
そもそも夜用の照明があまりないようで、
薄暗い中で、その鏡の前で、神主さんが祝詞を上げられ、
なんとも言えない雰囲気を持った、独特の空間でした。
鏡が南向きにあり、私たちは北向きに座っていて、
私は西端の前に座っていました。
私の前には、右上の祖父母の写真を置いていました。
(祖父母それぞれ抱いている赤ちゃんは叔父(故人・母の兄)です)
その本殿に座り、祝詞を上げ始め、土下座した瞬間、
全身が震えて、急に、どっと涙が出てきました。
めちゃくちゃヘンな感覚なのですが、
私が流しているのですが、私が流している涙でないという感覚がありました。
もしも明るい場所であれば、隣りの人に
「なんやこいつ〜」って不思議がられそうでしたが(笑)、
その点、薄暗くってよかったです。
祝詞が終わり、「黙祷のように目をつぶって瞑想してください」
(=故人に想いをはせてください)と神主さんに言われ、
背筋を伸ばして目をつぶっておりますと、
西の方向から、さーっと涼しい風が吹いてきました。
その風が何とも言えず、心地いいんです。
「ああ、私って・・・人間ってすべて『愛されている』ねんや」と感じました。
またその風の中から「すべてを流す」「すべてを許す」という声が聴こえました。
これを『魂の浄化・昇華』というものなのでしょうか・・・?
全く持って、日頃なかなか感じることのない、「黄泉の国からのメッセージ」。
摩訶不思議な感覚・体験です。
参拝後、祖父母の写真を何となく眺めていました。
今まで、この写真を見ると、
悲しさと切なさしかこみ上げて来ませんでした。
だって、祖父母双方が、いろいろありつつ、
お互い子持ち・再婚同士で結ばれたにも関わらず、
戦争というものによって、引き裂かれたのですから。。。
おばあちゃんはその後、戦後の混乱期の中、再再婚をし、
私の母はその「育ての祖父」によって、育てられました。
そんな経緯を、私の母から聴いておりましたので、
そんな悲しくて切ないイメージしかありませんでした。
だけど、これまた不思議なのですが、
ご祈祷を受けた後に、その写真を眺めますと、
そんなイメージは一切なく、「幸せ」というイメージに思えました。
そんな怒涛の人生を歩んだ、祖父母が幸せだったのか?
それとも不幸だったのか・・・?
それは今となっては分からない事実です。
だけど、その血を引き継ぐ孫の私が「幸せだった」と思い、
そして私自身の人生も「幸せだ」と心の底から
思えるようになったら、
その祖父母の人生も「幸せ」なんだということを確信した訳です。
靖国神社にも、他の神社にも「鏡」がありますが、
鏡とは「『己』を映すもの」であり、「『己の中にある己』を映すもの」であります。
自分が自分のことを「幸せだ」と思えば、
鏡に映る自分自身を「幸せな人だ」と思えるし、
自分が祖父母のことを「幸せだ」と思えば、
鏡に映る(自分のDNAの中に存在し続ける)祖父母のことも
「幸せな人だ」と思えるようになるんだ・・・ということです。
結局のところ、自分自身の幸せも、身の回りの人たちの幸せも、
そして見えない世界(神仏の世界)の幸せや未来も全て、
鏡が映す『己自身』にかかっている・・・
「運命自招(運命は自ら招く)」
・・・ということだと思います。
私は、今回の靖国神社の本殿参拝にて、
「運命自招」の本当の意味を、確実を掴んだという手ごたえがあります。
人並みの言葉ですが、
両親・祖父母、ご先祖様・・・
そしてこの国・世界の繁栄の礎となられた御霊に恥じないような
幸せな人生を、今後も確実に歩んで参りたいと思います。
それが、頂いた(頂いている)『愛』に対するご恩返しだと思います。
いつも見守ってくれて、ありがとう。。。
![](/img/uz42837/FI1955256_4E.jpg)