1月28日(月) (%くもり%)
6年生のふれあい学習として戦争体験を聞く会が
開かれました。
目 的
1.戦争体験を聞くことをとうして、現在の
生活とそのころの生活との違いを知り、
平和の大切さについて考える。
2.地域の方とのふれあいを通して、
地域の方との結びつきを知る。
上記の目的のために和田さんと吉村が学校へ
お話をしに行きました。
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和田さんは太平洋戦争末期ごろ中学生でした。
その頃の大阪の様子を話されました。戦争が
はげしくなり学徒動員で軍需工場へ行かされ、
勉強ができなかったこと。アメリカに制空権を
奪われ、B29からの1トン爆弾攻撃、焼夷弾が
雨のように降ってくる様子など話され、
特に防空壕に十数人で入っている時焼夷弾の
一つが防空壕の屋根を突き破り、小さな
おんなの子の肩に命中したことなど、聞くに
たえない生き地獄のような光景を話されました。
最後に、皆さんが大きくなったら、このような
悲しい戦争をしないよう、今の平和を感じて、
皆さんの努力で平和を保ってくださいと結ばれました。
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私は昭和18年深江小学校(当時国民学校)に入学
しました。2年生になる頃、戦況が悪くなり
警戒警報、空襲警報が多く出るようになり、
疎開が始まりました。縁故疎開出来ない者は
昭和19年8月に4年生以上、奈良県桜井市の
天理教大教会へ集団疎開しました。
昭和20年4月に3年生になった私らは橿原市
香久山村の法然寺へ集団疎開しました。
![](/img/uz679/FI1958468_2E.jpg)
行って二・三日は遠足気分でよかったんですが、
親元を離れてまだ幼い3年生、ホームシックに
かかる子もおりました。田舎ですから自然が
いっぱいでいいんですが、食糧事情が悪く、
皆栄養失調になり痩せていました。
田舎といえども艦載機が飛んできて機銃掃射され
危ない目にあいましたが、逃げて皆無事でよかった
です。このようなお話をさせていただきました。
いかに平和が大切かということが分かってもらえた
かと思います。
(%エンピツ%) よしむら
![](/img/uz679/FI1958468_3E.jpg)