こどもひろば発足15周年を迎えて その4

NPOにとって人は財産であり
どのような人と出会い関わったかにより
会の方向性が決定付けられます。

これまでに参加されたボランティアは150人以上で、
その80%は女性であり学生や若者が大多数でした。
学業と両立させながらボランティアとして活躍され、
この経験をとおして専門職に就かれたり、
ご自分の親子関係や生き方を見直したり、
子育てに活かされていることにボランティア体験を通した
個人的、社会的影響力も感じています。

中には学生時代から参加し就職後も継続されたり
5年、10年と続けられた熱心な方たちが
後に理事として会を支えてくれています。
当会では会の民主的運営を確保するために、
理事は外部の専門家ではなく
ボランティアとして活動された方から選任してきました。

ただ私たちが社会的責任を果たすためには
当然専門家のアドバイスが必要になり、
その場合はアドバイザーとして多くの方々に
活動に直結したボランティア研修をお願いしたり
非常に大きなサポートをしていただきました。

また個人的にはこの活動をしなければ
出会うことがなかったであろう思い出があります。
まずは戦後知識人の良心的存在である3人の方々から
大事なことを教えられました。

当時すでにご高齢で大学名誉教授や学長など立派な業績のある
学者の方々でしたが、そんなことは微塵も感じさせない
謙虚なお人柄で人間愛に満ち溢れ誠実で清潔な人間性が共通しており、
人間としての到達点を見せられた思いです。
今は内2人の方は亡くなられましたが、その出会いは私の心の奥の宝物です。

2人の子どもも忘れられません。
1人はある中学校のホールで200人の生徒を対象に
いじめと人権の出前授業をした時、前の方の席に座っていた
小柄で色白で大きな目をした繊細な感じの少年です。
授業の間驚くべき集中力で身じろぎもせず瞬きもしないで
私を見つめていました。元気な中学生達は
ロールプレイになるとはしゃいだり笑ったりしていましたが、
彼のところだけ周りと違う空気が流れていました。
あんなに全身全霊で私たちの話しに耳を傾けてくれた人は
15年間で他にいません。
1時間の間に彼は何を受け止めてくれたのか、
私達に何を伝えたかったのか、ずっと気になっています。
今頃はもう大学生か社会人かもしれません。

もう1人は小学校低学年で、
出前授業後のアンケートに記入した言葉です。
「困ったことやいやなことがあった時話を聞いてくれたり
信じてくれる人は誰ですか?」という問いに対して
『サボテン』と答えた子どもです。
『犬』『猫』『ハムスター』等の答えは時々ありましたが、
声も出さず表情もない植物に話しかける
子どもの姿を思うと胸が痛くなりました。
私たち大人が子ども達に何が出来るのか、
いつも問われている気がしています。

1998年頃から新聞、テレビ等に度々取り上げられるようになり、
2001年頃から行政との連携や協働も増えて
武蔵野市、三鷹市、杉並区、立川市、武蔵村山市などと
協力することでより幅広い市民や子どもたちに提供することができました。

またこの活動が認められ2000年には
東京キワニスクラブ青少年教育賞を受賞、
2008年には私が法務省人権擁護委員に委嘱されました。

この間多くの民間助成金をいただき新たな事業を
広げることができました。
NPOの経営基盤の確立はなかなか手ごわい問題です。
元々非営利活動として取り組み経営感覚を度外視した試みから
スタートしていますので、発想の転換には時間が掛かりました。
しかし自主独立の市民活動を目指す以上、
自分たちの弱点を認め克服していく努力も必要であり、
少なくともNPOで働くスタッフが生活できる最低限の保障ができなければ
人権団体としても自己矛盾であり、活動を安定して継続するためにも
チャレンジを続けなければなりません。 

現在、出前授業がピーク時の数分の一に減ってきていますが、
学習サポートが軌道に乗り始め、
不登校だった子ども達が元気に学校に通ったり、
就職して活躍されていることは大きな喜びでもあります。
こうしてボランティアや生徒たちが成長していく様子に手応えを感じています。
ゼロからのスタートから15年間たくさんの方々に支えられ、
続けてくることができました。
これからも初心を忘れず前を向いて行きますので、今後ともよろしくお願いします。

<水仙の花がそろそろ咲きます>