傷を負った人 自分を変え苦悩消す 佐々木閑より

生まれたばかりの赤ん坊の心は
どこにも傷のないツヤツヤした美麗な玉のようだ

しかし次第に大きくなって知恵がつき、言葉を覚え
家族や他人の交わりの中に踏み出していくと
その心にどんどん傷が付いていく

けんかをすれば憎しみの気持ちで傷つき
欲しいものが手に入らないと貪欲の気持ちで傷がつく

他者に比較して劣ったところが目に付くと
妬み・嫉妬が傷になり、老いや病を実感すれば
無常の悲しさで傷はいよいよ増えていく

毎日の暮らしは私達を一人前の大人にしてくれるが
裏返してみれば、赤ん坊の時の新品の心が切り傷だらけの姿に
変わり果てていく、その過程でもある

大人の心はつらい思いでズタズタである
普段は目先のことに紛れて忘れていても、じっと佇めば
誰もが傷を思い出し、歯をかみ締めてがまんする

釈迦はこう言ったのだ
「人は誰もが心に苦しみを持って生きている
どれほど社会的に恵まれた生活を送っていても心の苦しみは皆同じだ
なぜなら我々は皆生き物だからである
生まれて、生きて、年をとって病気で苦しんで死ぬ
執着して、憎んで、妬んで、ひがんで、年をとって死ぬ

誰もが平等に苦しみを持っている。それは我々が人として生まれた以上
避けることのできない苦しみなのだ
そしてその苦しみから逃れる道はひとつしかない
それは自分自身を変えることである
その、自分自身を変えるための道こそが私の教えの本質なのである」

自分がつらい思いをすれば、その分人のつらさが理解できる
生きるつらさは生きてきた人にしか分からない
大人はみんな傷だらけの心で生きているが、それが大人の素晴らしさである
釈迦もまた「傷を負った人」であった
だからこそ、その教えは慈愛に満ち、信用できるのである

<ホタルブクロが咲きました>