<Dr・白澤に聞く>80歳でエベレスト、三浦さんの“七つの秘密”

<Dr・白澤に聞く>80歳でエベレスト、三浦さんの“七つの秘密”毎日新聞 6月6日(木)16時58分配信

花束を手に拳を上げて帰国を喜ぶ三浦雄一郎さん=東京・羽田空港で2013年5月29日午前6時55分、梅村直承撮影
 ◇高所順応の遺伝子活発/いくつになっても目標/肉魚交互に酒は適量を

 「いくつになっても、できるんだ」。史上最高齢の80歳で世界最高峰のエベレスト(8848メートル)登頂を成し遂げた三浦雄一郎さんの快挙は多くの人々に夢と勇気を与えた。その生き方に学びたい。三浦さんの主治医を務め、当欄に「Dr・白澤 100歳への道」を連載中の白澤卓二順天堂大大学院教授に、三浦さんの心、食事、運動にまつわる“七つの秘密”を聞いた。【大槻英二】

【三浦雄一郎さんの軌跡】1966年から現在までを写真で

 「今回の遠征のテーマは『年寄り半日仕事』です。若い頃は朝出発したら夕方まで行動したが、今回は昼ご飯を食べたら、そこにとどまり午後はゆっくり休んだ。若い頃の倍の時間をかけたことで高度順化が非常にうまくいった」

 ネパールから帰国した5月29日、真っ黒に日焼けした三浦さんは自ら校長を務めるクラーク記念国際高校東京キャンパス(東京都新宿区)で記者会見を開き、登頂成功の要因をそう語った。「焦らず、無理をせず」というわけだが、何しろ冒険のクライマックスは「酸素ボンベなしでは10秒で意識を失う」(白澤さん)という8000メートル超の別世界。80歳にして挑むのは命がけだったはずだ。そんな“未知への挑戦”を健康面からサポートしたのが白澤さんを中心とする医療チームだった。

 「最大の懸案は持病の不整脈でした。周りからは『やめた方がいい』という声が強かった中で、主治医として最終的にゴーサインを出したのは三浦さんのこれまでの経験と『どうしても登るんだ』という強い意志を感じたからです。今年1月に不整脈治療を目的とした通算4度目の心臓手術を受けていますが、100%大丈夫という状況で送り出したわけではなかった。でも結果としてはとてもうまくいきました」と白澤さん。

 10年前、100歳近くになっても山スキーを楽しんでいた三浦さんの父・敬三さん(2006年に死去、享年101)の元気の源を知りたいと思ったのが、長寿研究を始めたきっかけだった。その縁から70歳で最初のエベレスト登頂を果たしたばかりの三浦さんと知り合い、主治医となった。

 白澤さんによると、三浦さんの肉体は高峰登山に適したある特徴を持つ。「75歳で2度目のエベレスト登頂を果たした直後に血液を調べたところ、ヘムオキシゲナーゼ−1(HO−1)という遺伝子の働きが普通の人の数倍も活発なことが分かりました。高所に行って酸素濃度が下がると血管は収縮しますが、この遺伝子には血管を広げて脳の血流を十分に保つ働きがある。つまり高山病にかかりにくいということなのです」

 約10年にわたってアンチエイジングの視点から三浦父子を見つめてきた白澤さん。そこからすくい上げた「長寿の秘密」のうち、私たちも実践できそうな健康法を挙げてもらった。 

一、自ら目標を立てる 

「定年を迎えたサラリーマンは社会的な活動をする期間が終わったとされ、目標を失ってしまいます。しかし、それは社会が決めていることで、実は本人の体力や精神力とは関係ない。エベレストに挑み続ける三浦さんの生き方は、それを自分で決めようというものです。年齢に縛られず自ら目標を立てる。そうすれば社会にも大きな活力をもたらすはずです」

 三浦さんも50代で世界七大陸最高峰のスキー滑降を達成し、冒険家としての目標を失った時期があった。たちまち体重は90キロ近くに増え“メタボ”に。しかし、父親が90歳を過ぎてモンブランのスキー滑降に挑戦すると言い出したのに刺激を受け、65歳のときに「70歳でエベレスト登頂」という目標を立てたのだ。75歳、80歳での登頂も、その延長線上にある。

 二、ビールは中瓶1本

 「とても肉が好きな人で、以前は韓国料理店に行っては焼き肉にビールという感じでしたが、最近は飲む量が減ったようです。ビールなら中瓶(500ミリリットル)1本、ワインならグラス3杯までと上限を設定しています。アルコールの量にして30グラム以下が適量です」

 三、肉と魚は1対1に

 「良質なたんぱく質を取ることはアスリートだけでなく高齢者にとっても重要です。コツは肉と魚を1対1の比率にすること。例えば今日、肉を食べたら明日は魚にする。魚には動脈硬化を抑制する不飽和脂肪酸が含まれ、牛肉には亜鉛、豚肉にはビタミンB1、羊肉にはカルニチンと、それぞれに違った栄養素が豊富に含まれています。だからバランスよく取ることが重要なのです。動脈硬化を促進する飽和脂肪酸を避けたい場合はバラ肉ではなくヒレ肉を選ぶ、あるいは、しゃぶしゃぶにして脂分を取り除くなど調理方法を工夫するといいですよ」

 四、野菜はたっぷりと

 「厚生労働省は野菜を1日に350グラム以上、果物を200グラム以上取るよう指導していますが、これは結構な量。お勧めはミキサーで野菜ジュースをつくることです。三浦さんもそうしていますよ」

 五、朝食に発酵食品

 三浦さんは朝食にヨーグルトや納豆、キムチなどの発酵食品を取ることが多い。「発酵食品にはビタミンやミネラルといった栄養素が豊富に含まれ、消化吸収がいいなどの利点もあります。敬三さんが毎朝食べていたのが『納豆キムチ豆腐』。豆腐の上に納豆とキムチをのせただけのシンプルな料理ですが、骨粗しょう症の予防に適しています。敬三さんはテレビの健康番組をチェックして、試してみようと思った食べ物などをメモするノートを持っていました」

 六、トレーニング

 三浦さんは両足首にそれぞれ5キロ近くあるおもりを付け、リュックを背負って歩くトレーニングをしている。「あれは講演活動などで忙しいから日常生活の中でトレーニングできる方法として編み出したものでしょう。敬三さんは同じことをして転んだので、一般の高齢者にはお勧めできません。地下鉄の駅などで階段を上り下りすることで十分でしょう」

 七、笑いの効用

 今回の登山パーティーは標高8500メートルの最終キャンプで抹茶をたてて冗談を交わすなど笑いが絶えなかった。「高所で低酸素状態になると、血管が収縮して血液循環が悪化しますが、笑うと“脳内麻薬”と呼ばれるエンドルフィンというホルモンが分泌され、自律神経を安定させて末梢(まっしょう)の血管を広げたりする効果があるのです。

雄一郎さんはノリがよくて周囲に笑いを振りまくような人なのに対し、敬三さんはコツコツと日々努力を重ねていくようなまじめなタイプ。ただ『目標に向かって前進する』というところは親譲りで重要な共通点です」

 「皆さんも富士山やエベレストに登れなんて言いません。温泉に行こう、海外旅行に行こうと、まずは家から出ることが大切」。帰国会見での三浦さんの言葉だ。白澤さんも「高齢期にQOL(生活の質)を保つのに大事なのは骨粗しょう症と認知症の予防。そのためには日ごろから体をしっかり動かすことが欠かせません」と指摘する。

まずは歩数計で1日にどれぐらい歩いているかを知ろう。3000歩に届かないなら、ほとんど外出していない恐れがある。買い物に出れば4000〜5000歩にはなる。「骨粗しょう症の予防には6000歩、体力維持には8000歩、メタボ予防には1万歩以上が必要です。現状プラス1000歩という目標を立てれば、家の中でテレビばかり見ていた人も1日1回は買い物に出かけようとなるはず。

歩数計とともに体重計、血圧計で毎日、自分の体調をチェックして手帳につけることが健康管理の第一歩です」
 三浦さんも「70歳でエベレスト登頂」の目標を立てた当初は、標高500メートル程度の山でさえ息が切れて登れなかった。それぞれの「エベレスト」への道も小さな一歩からなのだ。

 ◇三浦雄一郎さんの冒険の軌跡

1932年 青森市生まれ

 66年 富士山をスキーで直滑降

 オーストラリア大陸最高峰でスキー滑降

 67年 北米大陸最高峰で滑降

 70年 エベレストの8000メートル地点(世界最高)で滑降

 78年 北極圏最高峰を滑降

 81年 アフリカ大陸最高峰に親子3代で登頂、滑降

 83年 南極大陸最高峰に登頂、滑降

 85年 ヨーロッパ大陸最高峰に登頂、滑降

 南米大陸最高峰に登頂、滑降

 世界七大陸最高峰のスキー滑降を達成

2003年 当時世界最高齢の70歳でエベレストに初登頂

 08年 75歳で2度目のエベレスト登頂

 13年 史上最高齢の80歳で3度目のエベレスト登頂

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 ■人物略歴

 ◇しらさわ・たくじ

 1958年、神奈川県生まれ。順天堂大大学院医学研究科・加齢制御医学講座教授。=須賀川理撮影