ベトナムの孤児院へ行ってきました
赤ちゃんから中学生まで、多くの子ども達がここで一緒に生活をしている
みんな元気!(%ニコ男%)(%ニコ女%)
カルタ・折り紙・しゃぼん玉と持っていった日本のおもちゃ達は次々と消えていく
しゃぼん玉遊びを取り仕切る子もいれば
ひたすら折り紙する子もいれば
カルタの遊び方を開発する子もいれば
まだ何か出てくるかと私に期待の眼差しを寄せ続ける子もいる
いいじゃない いいじゃない
みんな違っていいじゃない!
本当そんな感じ(%ひよこ%)
あまり広くは無いけれど三階建てのお家
ピアノとパソコンが一台置いてあった
狭い階段を上がった最上階には数日前に来たばかりの赤ちゃんが2人
哺乳瓶でミルクを飲んでいた
ボランティアの女性二人が付きっきりでお世話をし、たくさんの
「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」が覗き込んでいた
![](/img/u166/FI3968938_0E.jpg)
ここを運営するのはベトナム人女性のドンさん
子ども達の養育費はダンボールや空き缶などの廃品回収によるものだと言う
しかし当然それでは足りない
その不足分はレストランHuong Laiのオーナーによるもの
レストランの売上金を充てていた
また、レストランを訪れた日本の方が毎月寄付をしているようだった
簡単な報告書と内訳を見たが、
売上金と寄付金の全ては
ミルク・食費・年1回の服代(ベトナムではお正月に子どもに服をプレゼントする)できれいに無くなっていた
![](/img/u166/FI3968938_1E.jpg)
孤児院にいるたくさんの子ども達
「彼(女)らの元気な笑顔の数だけ希望がある」
それは(そう思いたい)っていう大人の気持ちから見えるものなのかも
もしかしたら勝手な解釈かもしれない
だって
ずっと私の身体にくっついてくる子の瞳
静かにミルクを飲む赤ちゃんの瞳
別れ際の子ども達の瞳
そこには未だ満たされていないものが確実に映っていたから
「希望をカタチにできるよ」って胸張って言えない気がした
社会はまだ未熟なんだって認めずにはいられなかった
日本では「NPOの情報発信」がキーになってきているが、
「情報発信ツール」はもちろんのこと、聞く耳すら未だ持たぬ社会の中では
「個人」の活動がいかに厳しいのか、認識を新たにした
子どもの希望をカタチにできる社会
「夢はなーに?」ってまず聞く方が胸張って聞けるようにならなきゃ
受け止められる社会を作らなきゃ
一歩一歩私なりにやっていこうっと(%左足%)(%右足%)
![](/img/u166/FI3968938_2E.jpg)