明治末の軍隊料理書に「豚汁」を発見

明治末の軍隊料理書に「豚汁」を発見

 薩摩汁が豚汁の原型だと仮定するなら、薩摩汁から豚汁へと名前が変化したのは、一体いつ頃なのだろうか。

 文献をあさっていて、初めて「豚汁」の名を発見したのは、1910(明治43)年に刊行された『軍隊料理法』(川流堂)だった。そこでも、薩摩汁と豚汁の関係の深さが現れている。同書には、

以下のように薩摩汁と豚汁が併記されているのだ。

 <薩摩汁 豚肉ハ普通細ニ、鶏肉ハ骨共ニ切ル可シ人参、大根、油揚ハ短冊形ニ牛蒡(ゴボウ)ハ笹ガキトナシ是等ヲ普通ノ味噌汁中ニ入レ充分煮沸シタル後采ノ目切ノ甘藷及五分切ノ葱ヲ入レテ仕立ツルナリ

 豚汁 先ツ豚肉ト人参及里芋トヲ・服(ユ)デ其汁ニテ普通味噌汁ヲ製シ其中ニ是等ノ材料並ニ葱ヲ入レ煮沸スルナリ野菜多キトキハ味一層美ナリ>

 わざわざ薩摩汁と豚汁を分けて書いているわりには、作り方はほぼ一緒、材料だけが違う。薩摩汁は豚肉と骨付きの鶏肉の両方を使っているが、豚汁は豚肉のみ。

イモも薩摩汁はサツマイモだが、豚汁でサトイモになっている

 先述したこれ以前の薩摩汁のレシピには、2例ともサツマイモではなく、サトイモが入っていた。そのことを考えるに、わざわざ豚汁と区別するために、薩摩だからサツマイモを使ったとの見方もできる。

 また、豚汁にはダイコンやゴボウが入っていないが、野菜を多く入れるとよりおいしくなるとあるから、薩摩汁のようにこれらの野菜を入れてもかまわないということだろう。

となると、レパートリーを増やすために、材料を変えて差別化したと言えなくもない。

 ただ、「豚汁」という名前はすぐに広まったわけではなかった。

 1908(明治41)年から発行された料理の通信教育テキスト『家庭料理講義録』(東京割烹講習会)には、1週間の献立例を紹介するコーナーで薩摩汁がたびたび登場する。

 閲覧できた1911(明治44)年から1922(大正11)年までに刊行されたもののうち、薩摩汁の初出は1916(大正5)年。

そのレシピはというと、味噌を溶いた鍋を火にかけ、そこへ切った豚肉、ゴボウ、ダイコン、サトイモ、ニンジンを入れる。

野菜がやわらかく煮えたら、ネギを加えてさらに少し煮て、最後に生姜を散らす。ほかに掲載されている薩摩汁のレシピもほぼ同じである。したがって、大正時代には豚肉を野菜と一緒に煮込んだ味噌汁が一般にも知られていたことが分かる。

 整理すると、もともと鶏肉が使われていた薩摩汁に豚肉も入れるようになる。明治時代末頃には、それが「豚汁」とも呼ばれるようになった

だが、薩摩汁という名前も残ったまま、大正時代には家庭にも入り込んでいった。こう考えるのが自然ではないだろうか。