我が家の近所にある踏切横の空地に
毎年咲く、小さな白梅の木があります。
毎年、このブログにもご紹介させて頂いていますが、
私が知る・・・
毎年最も早く花が咲く梅の木です。
まだまだ寒い日が続きますが、
毎年この白梅を咲くのを観ておりますと、
毎日寒い〜寒い〜と下を向いて縮こまっていても、
「春」というものは、確実に近づいて来ているんや・・・
という「希望」を感じさせてくれます。
春の訪れと共に咲く、あらゆる種類の梅の花や
春真っ只中に咲く桜も美しく、とても好きなのですが、
私はこの「白梅」には特別な想い(念)を持っています。
温かい時期に花を咲かせるのは
比較的簡単なことだと思います。
だけど、最も寒い時期とされる
この「大寒」の時期に毎年花を咲かせるこの白梅の木は
本当に凄い・・・素晴らしい木だと思っています。
この木を、人間で例えるのであれば、
最も辛い・・・絶望と思える時期であっても、希望を失わず、
一所懸命がんばっている姿、そのものであります。
私も、この白梅のように、最も寒くて辛い時期に
花を咲かせ、最も早くに「春」という希望の時を
多くの方々にさりげなく御知らせ出来る人でありたいと思います。
(なかなか、そんな生き方は出来ませんが・修行不足っ凹)
・・・あと、この「白梅」で思う・連想することは、
私も一度現地に行かせて頂きましたが、
歴史教科書にも乗っていて有名な・・・
「資料館」も併設されている「ひめゆりの塔」以外にも、
戦争に巻き込まれて、儚く散って言った女学生達の無念さは
言葉には表現出来ない・・・我々の思惟を絶するものなんだと思います。
★以前「白梅の塔」に行った時のブログ↓
https://www.voluntary.jp/weblog/myblog/43837/3959205
彼女たちが壮絶な最期を遂げたガマ(洞窟)の中は、
所謂「霊感」というものが、そんなにない鈍感な私でも、
彼女達の『魂(無念)の叫び』というものを強烈に感じられ、
その闇の奥まで入ることは出来ませんでした。
言葉では表現出来ません。無念の涙しか出て来ません。
今でもその時触れた彼女たちの「念」は、
忘れることは出来ません。
きっと生涯忘れることはありません。
前途洋々・・・無限の可能性を与えられるべきはずだった
女学生たちの無念の叫びは、今でも「念」となって
この世のどこかにも残り香のように遺っているようです。
戦争や天災など・・・無念の死を遂げた
有名無名全ての我々日本人の先人たち、
そして世界の人たちのために、
これからの残りの人生、どんな生き方が出来るんやろう?
強くて美しい・・・そして儚い・・・その白梅を眺めながら
ふっと、そんなことを自問自答する、早春の日々であります。