国宝『源氏物語絵巻』を読み解く〜柏木(三)を中心として〜

(%紫点%)前期講座(文学・文芸コース)(3月〜7月)の第4回講義の報告です。
・日時:4月2日(木)午後1時半〜3時半
・会場:すばるホール(3階会議室)(富田林市)
・演題:国宝『源氏物語絵巻』を読み解く〜柏木(三)を中心として〜
・講師:浅尾 広良先生(大阪大谷大学教授)
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**国宝『源氏物語絵巻』平成復元プロジェクト**
現存する『源氏物語絵巻』は、絵が十九面、詞書(ことばがき)が三十七面で、五島美術館(東京)、徳川美術館(名古屋)に所蔵されている。現存する作品は、色が褪せ、剥落が進み、当時の面影はない。平成十一年(1999)から平成十七年(2005)にわたり、「源氏物語絵巻・全巻復元プロジェクト」で、できるかぎり原本と同じ素材、同じ技法で製作するという基本理念のもとに、全ての絵巻の復元が完成した。講義では、現存するものと、復元模写したものを比較しながら鑑賞します。

○柏木(一)、柏木(二)、柏木(三)のあらすじ
栄華をきわめた光源氏に、朱雀院(源氏の兄)の女三の宮が降嫁する。源氏は女三の宮が幼稚で頼りなく興味が失せてしまう。一方、柏木は、桜の満開のころ、六条院(源氏の邸)で行われた蹴鞠の日に、憧れの女三の宮を垣間見てしまう。柏木は女三の宮への思いを募らせ、とうとう密通し、懐妊させる。ところが、柏木の手紙が源氏に見つかり、二人の密通が露見。女三の宮は男子(薫)を出産後、出家する。柏木の容態はますます悪くなり、病の床で後悔に苛まれている。親友の夕霧(源氏の長男)が柏木を見舞う。柏木は夕霧に後事を託す(源氏への取り成しと、女二の宮〈落葉の宮・柏木の妻〉の世話などを頼む)。そして、柏木は、水の泡の消え入るようにお亡くなりになった。三月、薫の五十日の祝いが行われた。
・【柏木(一)】…女三の宮、男子を出産する。朱雀院が下山し、女三の宮を出家させる。
・【柏木(二)】…六条御息所の物の怪が出現。柏木、夕霧に託して死去する。
・【柏木(三)】…若君の五十日の祝儀、源氏感慨に沈む。

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(%エンピツ%)講義の内容
柏木(三):若君の五十日の祝儀、源氏感慨に沈む。
(要約)「三月、女三の宮の産んだ若君の生後五十日の祝いが行われた。母親が出家の身であることから、侍女たちは戸惑いがちだが、源氏の指示で型通りにおこなわれた。六条院の南側に小さな御座をしつらえて、源氏は若君を抱いて、餅を口に含ませた。若君の出生の秘密を知る源氏は「ああ、不憫な子よ、私の余命ももう長くないというのに…」といって抱き上げると、その顔はまるまると肥え、色も白くかわいらしい。思いなしか柏木によく似ている。ほかの人は知らないので、源氏はただ一人、胸の内だけで《ああ、はかないあの人(柏木)の運命(さだめ)よ》。ここで、ふと、源氏は白楽天の漢詩を口ずさむ−[静かに思ひて嗟(なげ)くに堪へたり]。白楽天の詩と同じ心境である。《汝が爺に似ること名なかれ》、実父・柏木に似ぬなと呼びかけたい心境である。源氏は、女三の宮のそばに寄って、〝誰がこの世に種を蒔いたのかと、人が尋ねたら、若君は何と答えるでしょうか”と小声で申し上げると、女三の宮はなんの返事もなく、うつぶしてしまわれた。源氏は無理からぬこととお思いなり、これ以上は申し上げなさらない。
*(注1)五十日(いか)の祝い…誕生後五十日目に、新生児に餅を口に含ませる儀式。そのあと祝宴を行うのが慣習になっていた。
*(注2)白楽天の漢詩「静かに思ひて嗟(なげ)くに堪へたり」…白楽天が晩年の58歳で、初めて男児を得た時の詩から引用。源氏は48歳で10歳若いが、わが世も人生の終末に近づいた心地がする。
*薫の五十日の祝の日、わが子ならぬ無心のわが子を抱いて、白楽天の詩を自嘲的に口ずさむ源氏の複雑な内心(柏木への憎しみを越えた哀惜の思い、女三の宮への痛恨と愛執)を秘める姿は印象的。

国宝『源氏物語絵巻』〜柏木(三)〜
・現存する柏木(三)は色は褪せていますが、、柏木(一)・柏木(二)と同じように、かなり綺麗に残っています。これは、物語が不義・密通なので、『絵巻』を人にあまり見せなかったと思われる。
☆「復元複写プロジェクト〜柏木(三)〜」(右の写真を参照)
六条院南の御殿における五十日の祝の場面である。源氏が柏木と女三の宮の子(薫)を抱く。膳の上にはさまざまな料理を並べ箸が添えられている。侍女たちは着飾る。周囲の華やぎをよそに、源氏は若君を抱きながら複雑な思いをかみしめている。
(1)吹抜屋台の手法を用いた絵…建物・室内の描き方で、人物の姿がよく見えるように本来あるべき屋根を取り払い、斜め上の高い視点から覗き込むような描き方。
・右側から画面の2/3は建物の外、残り1/3が建物の内側を描く。
・内と外を対比的に描く。⇒外から見た華やかさとそれに対比した光源氏の苦悩を描く。
(2)銀の絵の具を用いて、登場人物の装束の絹の質感を表現している。
(3)描かれていない女三の宮⇒絵の左側、繧繝縁(うんげんべり)の畳(高貴な人にしか使われない)を描き、この画面の外側に女三の宮がいることがわかる。