日本人はなぜ考えようとしないのか —福島原発事故と日本文化—

新形信和より その5

当時のトラブル隠しの責任を取って東京電力副社長を
辞任した榎本聡明の次のような談話が載っていました

榎本は「なんでもオープンにし、自由に批判し合う風土にある
アメリカの原子力発電所は、数えきれないほどの議論と
改善・改良を積み重ねて今の姿になってきた」

それに対して日本は、何でもまずは隠そうとし、
批判を恐れて口をつぐむ風土である
「そこを変えないと本当の安全はありません」
「私はそういう文化を是正すべき地位にいたが
十分なことができなかった。それが残念です」と語っています

榎本が言う様に「原子力のトップが現場のみんなを集めて
『大きな津波が来るという話があって、自分にはよくわからない
みんなで議論してどんな対策ができるのか知恵を出してくれ』と
言えばよかったんです」

「そうすれば『バッテリー(非常用ディーゼル発電機のことか?)が
水につかっちゃう』という話が出ていたはずです
予備のバッテリーを準備できていた」でしょう

現実には先ほどお話しましたように予備のバッテリーはなく
所員のマイカーのバッテリーを取り外して使っても間に合わなくなり
いわき市までバッテリーの買い出しに走ってやっと直流電源を
確保したのです。しかし、すでに手遅れでそれが致命傷になりました
榎本はそのことを悔やみ「涙が出る」と語っています
(中略)

日本人は「私」を空しくして共有する状況の中に
お互いに溶け込んで同調(調和)します。
論理を忌避し同調(調和)する心性、そこに
「物言えば唇寒し」「出る杭は打たれる」「長いものには巻かれよ」
などという封建時代の残滓的な気質が加われば
会社という縦の権力構造の組織の中で
「何よりもまずは隠そうとし、批判を恐れて口をつぐむ」
という習性ができあがるわけです

<キンセンカが咲きました>