夏目漱石『こころ』をめぐって(2)

(%紫点%)前期講座(文学・文芸コース)の第7回講義の報告です。
・日時:5月21日(木)午後1時半〜3時半
・会場:すばるホール(3階会議室)(富田林市)
・演題:夏目漱石『こころ』をめぐって(2)
・講師:浅田 隆先生(奈良大学名誉教授)
——————————————–
**前回の復習**
■夏目漱石『こころ』をめぐって(1)(H26.11.6))
・夏目漱石[1867−1916年]の主な作品:「坊ちゃん」「草枕」(1906年)、「三四郎」(1908年)、「門」(1910年)、「行人」(1913年)、「こころ」(1914年)、「明暗」(未完、1916年)
・小説『こころ』は、大正3(1914)年4月から8月のかけて、110回にわたって東京・大阪の朝日新聞に連載。同年、9月岩波書店より刊行。この作品は、上中下の三部からなる(上:「先生と私」、中:「両親と私」、下:「先生と遺書」)
★『こころ』慷慨(あらすじ)
上−「先生と私」…鎌倉の海で先生に出会ったとき、私は高校生だった。私は先生に惹かれ、自宅にたびたび訪れるようになった。しかし、先生は奥さんと女中の三人で、ひっそりと暮らしていた。
中−「両親と私」…私は大学を卒業して帰省した。父の持病が悪化して危篤状態になる。そこへ先生から厚い手紙が届いた。「…私はもうこの世には居ない」という一行が目を射たとき、私は家を飛び出し、東京行きの汽車に乗った。…」
下−「先生と遺書」…先生の遺書の中が語られていきます。父母を早く亡くした私は、叔父に財産の大半を横領され、人間不信におちて故郷を捨てた。上京して軍人の未亡人の家に下宿したが、そこに美しいお嬢さんがいました。私はいつかお嬢さんを愛しはじめていた。私(先生)はK(親友)を救うために、下宿に同居させた。−ある日、Kがお嬢さんへの愛を私に打ち明けた。私はKを出し抜いて、奥さんに結婚の許しを求めた。私とお嬢さんの婚約を知ったKは何もいわず、自殺した。私は大学を卒後しお嬢さんと結婚。たえず、自分は許しがたい罪人だとの悔恨。妻は何も知らない。そして、乃木大将の殉死を聞いて、私もとうとう「明治の精神」に殉死する決心をした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(%エンピツ%)講義の内容
1.難解な『こころ』のいくつかの問題
(1)青年(私)と先生の出会い 先生像
「それまで全く知らなかった先生との鎌倉海浜での出会い。先生は西洋人を連れていた。」→西洋人と二人連れのために注意をひいた「先生」に出会う。ところが、西洋人は姿を消す。「私」と「先生」との関係が成立するための動機となっている。
(2)手紙の数
「私は先生から2通しか手紙をもらっていない。一通は簡単な返書、あとの一通は遺書。」
2.先生はなぜ〈私〉に遺書を託したのか
(1)遺書を書く先生の内実
「ここに貴方という一人の男が存在しないならば、私の過去はついに私の過去で、間接にも他人の知識にならないで済んだでしょう。…貴方は現代の思想問題について、よく私に議論を向けたが、先生がまじめに対応してくれないように見えた。あなたは私の過去を絵巻物のように展開してくれと迫った。私はその時こころの内で、初めてあなたを尊敬した。」…「私は過去の因果で、人を疑りつけている。私は死ぬ前にたった一人でよいから、他を信用して死にたいと思っている。あなたは腹の底から真面目ですか。…」
3.青年時代の先生達のモラル
(1)先生のモラル
学生は修身中で、古い慎み深い生き方。信仰に近い愛。「学生の身分として、あまり若い女などと一所に歩き廻る習慣はなかった。」、「私とお嬢さんはただ堅いなりに親しくなるだけです。私はお嬢さんの事をKに打ち明けようと思い立ってから、何遍歯痒い不快に悩まれたかわかりません。肝心のお嬢さんに、直接打ち明ける機会も、時々出てきたのですが、日本の習慣として、そういう事は許されていないのだという自覚が、その頃の私には強くありました。…」
(2)Kのモラル
Kは真宗の坊さんの次男で、医者の所に養子に遣られた。「先生は心のうちで常にKを畏敬していた。Kは昔しから精進という言葉が好みでした。道のためには凡てを犠牲にすべきものだというのが彼の第一信条。…」

4.お嬢さんはどちらが好きだった?(先生かKか)
先生とK(親友)の二人が、同じ下宿に住んで、下宿のお嬢さんを二人が好きになる。「私(先生)は、お嬢さんの結婚について、奥さんの意中を探ったのです。しかし、私は、自分について、一言も口を開くことが出来ませんでした。…お嬢さんは戸棚を前にして座っていました。その戸棚の一尺ばかり開いている隙間から、お嬢さんは何か引き出して膝の上へ置いて眺めているらしかった。私の眼はその隙間の端に、一昨日買った反物を見つけ出しました。…」→お嬢さんは、反物で精一杯表現している。
・女性が、自分の気持ちをハッキリ言うことはなかった時代。
・奥さんはKを連れてくるとき、「私のためによくない」といった。しかし、私(先生)がKを強引に連れてきた。→小説における伏線

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
**あとがき**
・『こころ』は、人気の高い小説。本を買って読みはじめたが、正直なところ、難解。この小説は、心理現象の描写に大部分が費されている(漱石の小説の大きな特徴)。「こころ」は、明治以降、多くの人に研究されている。
・先生は、中学生のとき、父母を病気(チフス)で亡くした。資産家の家。信頼していた伯父さんに財産を横領され、人間不信に陥っていた。そして、恋のため親友を裏切る先生の苦悩…。
*今日の講義で、難解がすこしづつ解明されつつあります。
次回の「夏目漱石『こころ』をめぐって(3)」の講義は、6月11日です。