「西尾武陵句集百句選」 酒井 八重子

「西尾武陵句集百句選」 酒井 八重子

【春】

1.松風の声も朧のあらしやま

2.菜の花に余りて雨の匂ひかな

3.咲初る藤を浅間の山おろし(伊勢)

4.春の雨二葉の草に光る也

5.鶯や朝日まつ間の二尊院(嵐山)

6.寝る人は寝るにして置け朧月

7.寝て居るか起きておろうか花の春

8.梅か香に折とる心おくれけり

9.咲き出すや花は一重のあらし山

10.昼からの日の眠たさよふしの花

11.故郷や菫摘にも片こころ(波賀尾山)

12.貫之と枕ならへん春の月(初瀬)

13.さひしさや人の音する花の奥(西行庵)

14.散桜よくもけふまてこらへけり

15.柴の戸を明て誰まつ草の萌

16.散花の跡追う鐘のひひき哉

17.鶯のつと来てふいと初音かな

18.鶯の来るやきのふのいま時分(西尾邸句碑)

19.旅人をけふもそたてて春の風(河原町句碑)

20.けふあすもきのふに成ぬ落椿(悼亡妻)

21.嵐山松の後ろも霞けり

22.ゑいさらと梅折る老いのちから哉

23.うつつなき胡蝶よ花のちる中に

24.思ひ余りて人にもよらす猫の恋

25.恋猫のかよふも筧つたひかな

【夏】

26.長かれと思ふ夜もあり星の恋

27.涼しさの一度に出るや月と風

28.朝影の茶碗にうつる若葉かな

29.ゆふくれの草にかくろふ夏野かな

30.北国の人にわかれて雲の峰

31.やま水の音より出たり夏の月

32.はたはたとあふいて居るや団扇売

33.虫ほしのゆめや西施のから衣

34.一の瀬も二の瀬も埋む若葉哉

35.川骨や三寸五寸みたれさく

36.三尾獄三つにそひえて雲の峰(国領)

37.海すすし月にさしかかる汐頭

38.とく起きて水そそかはやかきつはた

39.ころころと露ちる蓮の浮葉かな

40.明安き夜のちらつくや竹の間

41.花やかに飛を命の子鮎哉

42.卯の花をさして酒売小家哉

43、田を植し夜のたのしさや月の照る

44.藻塩火の烟かかるや夏の月

45.朝影や此の静けさを合歓の花

46.蝉啼やたらひにうつる松の影

47.莟から大事かられて牡丹哉

48.夕顔の宿ならは来んあすの夜も

49.ほとときすこの暁も夢の世そ(五七日)

50.寝て居は涼しかるらん肱まくら

【秋】

51.白雲も終に去りけり秋の山

52.朝かほやわりなき風の花に葉に

53.けふはけふの浮雲かかる秋の山

54.雨風に夜も独ある案山子哉

55.這い出る虱はつかし菊の宿

56.手に提て行くや秋立薄羽織

57.秋風のくくりぬけるや城の門

58.虫啼や雇れ人のいにしたく

59.足弱のおはるる秋の入日かな

60.足弱の我を見かけて雁の声

61.二階から見て又下りて萩の花

62.夜もすからうなつきあふて蚊やり哉

63.椎の実の落ちてははしる小坂かな

64.年ひとつよりて尊き十夜かな

65.うちよりて松風はやせ里神楽

66.木犀の香に落ちつきぬ旅こころ

67.山風のはつみをつける砧哉

68.夜をこめて行や隙なき雁の声

69.秋風や暇乞する草履かけ

70.寝られぬは稲妻をさへ庵の友

71.筑波見てもとれは赤し唐からし

72.人の寝る頃やまことの秋の月

73.ひまな日の一日あれやきくの花

74.老けりな扇ならして付きの友

75.砧うつ家にかへるか荒男

【冬】

76.川音にのりて来たるか神無月

77.行人の遠く暮れゆく枯野かな

78.来る年も可愛かられて桐火桶

79.鼻先の高根に出たり冬の月

80.いまうつは城の七つよ降は雪(自画像に)

81.二三日ひまてありしを初時雨

82.ほっこりと日のかかりけり枯尾花

83.猪垣に取りまく家や冬の月

84.をし鳥の中むつましき朝日哉(菱田まん陵婚)

85.坊かりて吉野に寝たる夜寒かな

86.戸を明て見て居る門の時雨かな

87.こからしやはし取り落とす船の中

88.日は西にめくるもはやし枯尾花

89.又しては誰まつ雪の夕哉

90.父恋し母恋しとて火桶抱く

91.挨拶のうちも尻手にほた火焚

92.としのよる日はなけれとも年暮ぬ

93.こくうすく野は老けりな草の霜

94.影坊とわれと二人の夜寒かな

95.木からしの野にも山にも月ひとつ

96.雁鴨の小春こころを草のうへ

【新年】

97.老の春かたりして慰めん

98.生のひよ竹に千とせの春の色(四十二賀)

99.正月やころりと寝たる肱枕

100.君か代にうまれあはせて花の春